第二十九話 護衛任務
新都を囲む二つの外壁、その外壁と外壁の間には人工林が広がっている。街に近いところの木は白く、外に向かっていくほど色の濃い木に変わっていく。
そんな濃淡を見せる木々の葉は、新緑の爽やかな緑から夏の深まりを感じさせる深緑に変わっていた。まだ日の昇り始めたばかりで肌寒い朝の風が木々を揺らしている。
異世界でも季節の移ろいは変わらないと改めて実感させられる。
溜まっていた工場の仕事も無事終わり、すっきりとした気分でよく晴れた街道を歩く。俺とルキッド、それからセタールとネリの『真紅の鴉』の四人に加えて、今日は別の人がいた。
「そろそろ街の外に出るぞ。準備はできてるか?」
「はい、ばっちりです」
護衛対象である行商人のボーダさんの問いかけに答える。
今日は『真紅の鴉』として初めての護衛任務を受けていた。
ネリが加入して人数的制約で受けられなかった任務を受けてみようということになり、「折角なら護衛の任務を受けてみたいわ。されたことはあるから、逆の立場に興味があるの」というネリの貴族丸出しな発言で護衛任務を受けることになったのだ。
「そいつは頼もしい。お嬢さん方も大丈夫か?」
馬上からボーダさんがセタールとネリに声をかけた。
二頭立ての幌馬車を引くその姿は、円形の帽子に袖のないケープを羽織っていることも相まって、これぞ商人という雰囲気が出ている。ついでに、少しお腹が出ているのは愛敬だろうか。
「大丈夫ー!」
「問題ないです」
青髪ぱっつんのセタールは八重歯を覗かせて元気よく、ネリは澄んだ声で返事をした。
「ルキッドもいいか?」
「問題ない」
刈り込んだ赤毛のルキッドは、逞しい腕を組んでいる。
全員に確認をとり終え、二つ目の外壁の門を抜けて街の外に出る。
「さあ、出発だ」
門の外に出ると生い茂った草原が広がる。冬の間に薄くなっていた色は、夏の日差しを受けて鮮やかな緑になっている。
自然が豊かになるということは魔物の活動も活発になる。護衛の仕事はボーダさんの行く手を阻もうとする魔物の発見と除去。
そのため、俺たちは馬車を囲うように位置取る。
今回は大きな馬車ではないので前方にセタールとネリ、後方に俺とルキッドという簡単な分担だ。
セタールとルキッドは普段通りの足取りだが、ネリは慣れない護衛の立ち位置にどこかぎこちなさを見せていた。
「ボーダさんは森都にはよく行ってるの?」
「ああ、そうだとも。いくら人工林があるとはいえ、やっぱり木材は森都産の天然ものが一番だからな」
比較的街に近いこともあり、前方のセタールはボーダさんと会話をとりながら歩いている。護衛だからといって常にピリピリした空気を出す必要はなく、安全な地帯ではこうして和やかな空気で旅気分を味わえるのだ。
「アタシは初めて行くんだ。どんなところか楽しみー!」
「そうなのかい。それだったら、美味しいスイーツの屋台を教えてあげよう!」
「ほんと!? おじさん優しい!」
セタールは早くもボーダさんの心を掴んだのか、次々に森都の情報を獲得している。
ネリの方はというと、辺りを警戒しつつ、時折セタールとボーダさんの方を見やる。会話に入りづらいのだろうか。
「……ケントの故郷か、興味深い」
ルキッドが呟く。
今日の目的地は新都から歩いて半日超の場所に位置する森都、この世界での俺の出身地だ。
「俺が言うのもなんだが、何にもないぞ。木材ならいくらでも売ってるけど」
「スミサさんに勉強してこいと言われている」
「あー、そういうことなら森都はもってこいの場かもな」
ルキッドが勤務している工場の親方のスミサさんを思い浮かべる。
グレーの髪にモノクルをかけて、いつも気難しそうな顔をしているイメージだ。彼女なら、魔杖の素材である木材の生産工程を学んでこいと言いそうだ。
「それなら、向こうに着いたら自由行動だな。俺もやることあるし」
「そうしてくれると助かる」
頭の中で計画を立てる。俺とルキッドはそれぞれ己の予定をこなすとして、女性陣がどうするかだ。
「森都は森の幸が一杯あるからな!」
「今から晩御飯が待ち遠しい!」
「私も森の幸に興味があります」
前方では相変わらず話が盛り上がっている。
これなら、女性陣は森都についても暇しなさそうだ。……しかし、ボーダさんはハードルを上げすぎている気がする。
「あー、前方組のアレはあてにしない方がいいぞ?」
「自分の目で確かめるに限る」
「そりゃそうだな」
俺が森都に行くのは年に一回程度となってしまっている。もしかしたら、前回から大幅に変わっている可能性だってあるかもしれない。
そうして、のんびりと草原沿いを歩くこと数時間、新たな道が現れる。
「ここからは山道を行くから、少し警戒してくれよ」
ボーダさんがこちらにも顔を向けて注意喚起した。
山道では視界が悪くなり道も狭くなる。魔物が現れた時に咄嗟の行動が取りづらくなるため、草原の時と同じように考えてはいけない。
ボーダさんは冒険者ではないが、商人として何度も街道を行き来しているから熟知しているのだろう。
幌馬車について山道を歩きながら側面と後方をしきりに見て、魔物や野盗がいないかを確認する。野盗や知恵の働く魔物は馬車が通り過ぎてから襲ってくるため、後ろへの警戒を怠らないことが大事だ。
森の中を突っ切るように引かれた山道には木漏れ日が差し、時々吹く風が葉っぱと湿った土の匂いを運ぶ。葉のこすれ合う音が輪唱の如く充満し、道行く人を嘲笑っているかのようだ。
「前方は異常ないかー?」
「大丈夫だよー!」
セタールに確認をとると、いつも通り元気な声が返ってきた。
警戒しながら歩いていると、木々のざわめきや鳥の羽ばたきといったものまで怪しく見えてしまう。
俺自身は魔力の流れが見えるから不意打ちされることはそうそうないが、それでも魔物じゃない普通の動物や魔力の薄い人間だと見逃してしまうかもしれないから気は抜けない。
「休憩小屋が見えてきたぞ、一旦休もうか」
ひたすら歩き続けること一時間ほど、丸太小屋が見えてきたところでボーダさんが言った。
小屋に誰かが潜んでいないかを確認してから中に入って一息をつく。
「よし、じゃあ交代で休憩するか。先にセタールとネリは休んでいいぞ」
「やったー! お腹ペコペコだったんだよねー」
「ありがたく休憩させてもらうわ」
セタールとネリ、それからボーダさんを小屋に残して俺とルキッドは外で警戒に当たる。『真紅の鴉』での任務ならここまで警戒しないが、非戦闘員のボーダさんがいるから念のためだ。
小屋の周辺に異常がないかを注意深く観察しながら、時折ルキッドへ報告代わりに目配せをする。護衛対象が一人いるだけでいつもより神経が磨り減る。
護衛任務自体は『純白の水牛』で参加したことはあるが、初めて自分が主体となってやってみてわかる辛さというものがある。隊商の護衛なんてした日にはその日のうちに神経がなくなってしまいそうだ。
「そろそろ交代しましょうか」
警戒をすること十分程で澄ました顔をしたネリが小屋から出てきた。
「はー、お腹一杯になったよ」
少し遅れてセタールがお腹を押さえながら出てくる。
「任務中に満腹になってどうするんだよ」
「空腹になるよりマシだよマシー!」
呆れつつも入れ替わりで小屋の中に入ると、空きっ腹を刺激する匂いに歓迎される。
小屋の中央でスープが煮込まれている。
「やあ、ご苦労さん。君たちも遠慮せずどんどん食べて」
ボーダさんがスープを皿に取り分ける。大きく切りわけられた色とりどりの野菜と、分厚い肉が目につく。
「では遠慮なく、いただきます」
ごろごろとした野菜と肉が煮込まれたスープは薫り高く、味は野菜の甘味と肉の厚みが合わさった深みのある一品だ。
「おいしいです。素材の質がかなり良いですね」
「そうだろう? きっちり護衛してもらうために、食事はおいしいものを提供するようにしているのさ」
「なるほど、そこまで考えているんですか」
隣ではルキッドが頷きながら食べ続けている。
こりゃセタールが腹一杯食べるわけだ。
「君たちは随分とお上品に食べるね。いい意味で冒険者らしくない」
既に食べ終えて手持ち無沙汰なのか、ボーダさんが俺たちの食事をじっと見つめる。
「そうでしょうか? 普通だと思いますけど」
「その普通の基準が違うのさ。これでも色んな人を見てきたからわかるよー」
指でメガネを作っておちゃらけるボーダさん。
特段丁寧にしていたわけではないが、わかる人にはわかってしまうようだ。
「僕は最近独立したばっかりで馴染の冒険者がいないんだけど、君たちが護衛にきてくれてよかったよ」
「そんな、畏れ多いです」
「いやいや、もっと誇っていいよ。ギルドの受付の子も褒めたよ? 信頼できるパーティだって」
「ミルダさんがそんなことを。何だかむず痒いですね」
思いがけない高評価に照れくさくなる。
大人になると褒められる機会がなかなかない。身内でも素直には褒めることがないため、ボーダさんの言葉がやけに胸に響いた。
「大変なことも多いけど、お互い頑張っていこうじゃないか」
「はい!」
心機一転で受けた護衛任務は、新たな『真紅の鴉』に福をもたらす存在になる、そんな気がした。




