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魔術師未満  作者: 大日小月
第二部 忍び寄る影 第一章 森の中の都

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第二十八話 溜まった仕事

 イミダートの魔力障害を治療を終え、ネイリーもといネリを加えて四人となった『真紅の鴉』。早速、活動再開といきたいところだったが、その前にやることがある。

 治療期間中はイーサ家に泊まっていたため、工場勤務をすっぽかしていた。その穴埋めをしなくてはならない。


「ここがケントの働く工場かしら。普通の民家とあまり変わらないわね」

「小さい工場はそんなもんだよ」


 見た目は普通の木造の一軒家を、ネリはまるで珍しい魔道具でも見るように観察していた。

 仕事ことはネリも気にしていたため、今日は助っ人として付いて来ていたのだ。


「しっかりと現業することなんてなかったから、少し楽しみだわ」

「やる気が空回りしないようにだけしてくれよ。ほら、行くぞ」


 ネリは輝きのある銀色のポニーテールを払った。

 一級魔術師でゴールドランク冒険者、そして貴族という彼女との接し方はどうするべきか悩んだ。『真紅の鴉』で話し合った結果、貴族として振舞わない時はお互いにため口でいこうという決まり、名前も基本はネリ呼びになった。

 ネリを伴って、工場の扉を開く。

 

「おう、ケントか! 久しぶりじゃねーか! 用事とやらは終わったのか?」

「長い間休んですみません。用事は無事終わりました。今日から復帰します」

「そいつはよかった! お前がいないと検査が進まなくて大変だったからな!」


 工場長であるジョイナーさんは豪快に笑いながら出迎えてくれた。タオルを頭に巻き、前衛職にも引けをとらない筋肉は今日も健在のようだ。

 木と鉄の匂いが混じる独特な工場の匂いが懐かしい。


「隣の嬢ちゃんはケントの恋人か? えらい別嬪さんだな」


 ジョイナーさんが面白いものを見つけたと言いたげに、俺とネリを交互に見ながらニヤリと笑う

 隣で、ネリの表情が一瞬スッと鋭くなった気配がした。


「そんなんじゃないですよ。彼女は冒険者仲間です。今日は仕事が溜まってそうだと思って助っ人に来てもらったんですよ」

「ネリと申します。本日はよろしくお願いします。それと、こちらをどうぞ」


 そう言ってネリは両手で優しく包み込むように持った細長い木箱をジョイナーさんにそっと渡す。


「お、おう。こいつはご丁寧にどうも。ここの工場長のジョイナーだ」


 ネリの洗練された所作にジョイナーさんはたじろいだ。

 普段ガサツな野郎を相手にすることが多いから、繊細な女性の対応は苦手なのだろうか。意外な一面を発見した。


「ケントさんには私の家の手伝いをしてもらっていました。その迷惑代とご挨拶のしるしを兼ねて」

「そういうことかい。……これは、ワインか」


 パッと見で相当な代物だと感じたのか、木箱を慎重に持ってしげしげと見る。難しい顔でネリとワインを交互に見て、考えるのを放棄したように言う。


「まあ、ケントの仲間なら信頼できるだろう。こうしてる間も惜しいから、早速検査にとりかかってもらおうか」


 ネリがただの町娘ではないと察しはついたが、詮索しないと決めたのだろう。

 木箱を抱えたジョイナーさんの後に続いて歩き、検査室へと向かう。部屋に入ると、作業台の上にびっしりと並べられた魔道具が目についた。

 お馴染みのフライパンとアイロンに、ドライヤーっぽいやつに保冷箱みたいなこの工場で見たことのない魔道具も置いてある。


「随分溜まってますね。新製品もあるんですか?」

「ああ、ちょっとな。新製品についてはまた落ち着いたら話すとして、ケント、後は任せてもいいか? この通り仕事が山積みでな」


 それじゃ、と片手を上げて去っていくジョイナーさんの後姿をぽかんと見つめる。


「よっぽど忙しいのかしら。仕方ないわ、取り敢えず目の前のことを片付けましょうか。検査の方法を教えてもらえるかしら?」

「受け入れるのが早いな。まあ、やるしかないか。ネリには導通検査をやってもらおうか」


 作業台に並ぶ魔道具から、一番の売れ筋製品であるフライパンを手に取る。ネリには今日はひたすらこいつの検査をしてもらうことにする。


「これ、ルキッドが使ってた調理器具ね。ここで作ったものだったの」

「どうだろうな。アイツは魔道具集めの趣味があるから他の工場のものかもしれんぞ」


 ネリはじっくりとフライパンを眺める。魔杖について早口で語れる奴だ、魔道具にも興味があるのだろう。


「方法は簡単。魔力を通してフライパンを温め、そこに水を垂らす。温度が上がっていないと水が蒸発しないから、その箇所は印をつけて要修正品の箱に入れるだけだ」

「わかったわ。やってみるわね」


 ネリは指示通りにフライパンを温めて、小さじを更に小さくした検査用のさじで水を垂らしていく。

 調理面全体に水を垂らし終えたところで、手を休めて顰めていた眉を弛緩させる。


「これは導通に不備はないと思うのだけれど、確認してもらえるかしら」

「どれどれ」


 渡されたフライパンをさっと確認する。俺は魔力の流れが見えるから、魔力をながすだけでこのフライパンに異常がないとわかった。


「問題なしだな。次やってみよう」

「……やけに確認が早いのね」


 そう言われて、はたと考える。魔力障害があることはネリに伝えたが、その他のことはどうだったか。

 言うべきか迷ったが、ネリの目がそれを許してくれそうになかった。


「魔力の流れが見えることって言ってなかったっけか?」

「何となく察してはいたけれど、直接は聞いていないわ」

「あー、これはだな」

「みなまで言わなくてもいいわ。それに、このことは魔力障害と違って口にしない方がいいわよ」


 ネリの硬い視線が刺さる。

 六属性全ての魔力を扱えることと一緒にずっと秘密にしていたが、間違いではなかったようだ。


「この話はまた別の機会にね。今は作業に集中しましょう」

「ああ、そうだな」


 すっと目元を柔らくしたネリにつられて、気を取り直す。少し気が抜けていたようだ。


 その後、ネリはすぐにコツを掴み、俺ほどまでとはいかないが、かなりのハイペースで検査をこなせるようになっていた。

 この分なら今日中にかなり遅れを取り戻せそうだなと目算を立てていると、部屋の扉が勢いよく開けられる。


 「検査の方は順調そうだな。そろそろ昼飯にするぞ」

 



 工場二階はジョイナー夫妻の居住スペースで、ダイニングキッチンで社員は昼ご飯を一緒に食べることになっている。

 ジョイナーさんの奥さんが笑顔で俺たちを出迎える。


「今日は新しい子がいるって聞いて張りきっちゃった。冷めないうちに食べましょう」


 テーブルの上にはいつもの黒パンと野菜を煮込んだスープ、ではなく香ばしい匂いを放つミートパイと肉がゴロゴロ入ったスープが並べられている。デザートにマールムの実もあり、普段よりかなり豪華だ。


「とてもいい匂いがしますね。おいしそうです」

「ネリちゃんは慣れない仕事で疲れただろうから、しっかり食べてけよ!」

「はい、ありがとうございます」


 ジョイナーさんが筋肉で盛り上がった胸を張る。高級そうなワインを貰ったこともあり、ネリ相手に少し見栄を張っているのかもしれない。

 俺がこの工場で働き始めた時や他の従業員が新しく入った時と対応が全く違う。

 ジョイナーさんをよく観察すれば、身振り手振りがいつもより大きい気がする。どうやらネリを育ちのいいお嬢さんくらいには感じ取って、緊張しているようだ。


 二人のやり取りに、取引先の社長令嬢にへこへこする零細町工場の社長を思い浮かべながら、豪勢な昼食にありつく。

 焼きたてのパイと肉の味が溢れるスープは、久々に落ち着いて食事を味わうこともあって、この世界にきてから間違いなく上位に入る旨さだった。質だけならイーサ家の食事の方が遥かに上のはずだが、あの時は味を気にする余裕がなかったからな。


「保冷箱が置いてましたけど、あれも売り出していくんですか?」


 軽く腹が膨れてきたところで、検査の時に気になっていた話を切り出す。


「ああ、そうだ。今は移住者が増えて景気がいいが、将来のことを考えたら魔石を使わない単純な魔道具だけじゃ競争に勝てないと思ってな」

「ジョイナーさんは魔石の加工もできたんですね。今まで触っているのを見たことなかったです」


 保冷箱は魔力を溜められる魔石が埋め込まれている魔道具、魔力を流すだけで使えるフライパンやアイロンより加工が難しい。てっきりこの工場では技術的に無理だと思っていたが、そういう理由ではないみたいだ。


「これでも一応工場長だからな」


 ジョイナーさんの返答は珍しく素っ気なかった。魔石を使うことがポリシーに反しているのか、それとも他の理由があるのか。 何か事情がありそうだ。

 ジョイナーさんはそれ以上話を広げることなく、話題を変えた。


「それより、ケントたちの方はどうなんだ。モノの流れが増えたら冒険者の仕事だって増えてるだろう」

「こっちは全然ですね。護衛や荷受けとかの任務は増えてますけど、俺のパーティではあんまりやらないですね。寧ろ冒険者が増えて討伐の任務を取り合いになることが増えましたよ」


 人が増えたからといって、その分魔物の数が増えるわけではない。人が増えると瘴気が増えやすくなって魔物が増えやすくはなるが、任務が多くなるほどではない。


「魔術師の方も変わらないですね。景気がいいとはよく耳にしていますが」


 パイ屑をこぼさないように巧みなフォーク捌きをしていたネリも同調する。


「折角の好景気なのに勿体ない。護衛の任務は受けないのか?」

「人数的に難しかったので受けてなかったですけど、今はネリが加入したのでありかもしれません」

「ネリちゃんもケントのパーティに入ったのか。そいつは心強いな!」


 


「そういえば、『真紅の鴉』は討伐任務か清掃任務ばかりですね。なにか理由があるのですか?」

「護衛に関しては単純に人数不足かな。他のパーティの護衛任務に応援にいくことはあるけど。荷受けは体力的にしんどいからやらないだけ。ルキッドなら大丈夫だろうけど、セタールは絶対やらないだろうし」

「確かに、それは想像できますね」


 ネリが小さく笑う。他の二人を思い浮かべているのだろう。


「さ、昼からも張り切っていこう!」


 ジョイナーさんの合図で昼休憩が終わる。


 

 豪華な昼食で活力を回復させた俺たちは、午後の仕事も精力的にこなした。

 夕刻の鐘が鳴る頃には、部屋に溢れていた製品はほぼ検査を終えていた。


「今日は助かったぞ、ケント。それと、ネリちゃんもまたこいよ! まだこれだけあるからな」


 終わりの確認にきたジョイナーさんが、どさっと製品を検査台の上に置いた。


「これで全部ですか?」

「いや、まだまだあるぞ。しばらくは冒険者じゃなくて、工場の仕事につきっきりだな。ガハハッ!」


 一か月近く空けていたその穴埋めは、助っ人がいるとはいえ一日では終わらなかったようだ。……一気に疲労感に襲われる。


「ケント、私も手伝うから頑張りましょう」

「……そうだな」


 ネリは前向きだ。よっぽどこの仕事が気に入ったのだろうか。

 しばらくは木と鉄の混ざった匂いが体に染みつきそうだ、検査待ちの魔道具たちを見て思った。


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