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魔術師未満  作者: 大日小月
第五章 令嬢の秘密

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第二十七話 帰るべき場所

 イーサ家での役目を終えた翌日、俺とネイリーは並んでギルドへ向かっていた。

 今日は任務がないからなのか、冒険者としてのネリのポニーテールではなく、上品に髪をまとめている。


「二人とも、ちゃんと来てくれてるといいんだけど」

「手紙は届いてるし、大丈夫だろ」


 ギルドの前に立つと懐かしさがこみ上げる。たった数週間離れていただけなのに、まるで何ヶ月も旅に出ていたような気分になる。

 扉を押し開けると、すぐに声が飛んできた。


「ケント! やっと帰ってきた!」

「……戻ったか」


 セタールとルキッドが入口近くで待っていた。セタールは腰に手を当てて不満げに、ルキッドは腕を組んだまま静かに立っている。


「予定より遅れてたからさ、ちょっと心配したんだよ?」

「……無事ならいい」


 ルキッドは短く言うだけだが、その声音には安堵が滲んでいた。

 二人の心配する声を聞いて、胸の奥がじんわり温かくなる。


「悪い悪い。治療が長引いたんだ。長話になるから、場所を移そう」

「なんか大事な話?」

「ええ。ここじゃ話せないことです。魔術師協会の個室を借りてあるので、そこでお話できたらと」


 どうやら、ネイリーではなくネリとして接するらしい。それとも、話をするまでは本当のネイリーを晒したくないのか。


「えっ、魔術協会の!? それって結構すごいことなんじゃ……」

「まあ、その辺も含めての話だ」


 セタールが目を丸くしてわかりやすく驚く。

 ルキッドは無言のままだが、目線があちこちと泳いで興味を隠しきれていない。


「では、行きましょう」




 ネリが先導し、俺たちは魔術師協会へ向かった。

 協会内に入ると、セタールは思わず声を漏らした。


「うわ、なにこれ、すご」


 高い天井、白木と石材の荘厳な造り。ギルドとはまるで別世界な光景に、セタールは天体観測でもするかのように上を向いて首をあちらこちらと向ける。


「ここ、ほんとに入っていいの? 場違い感すごいんだけど」

「ネリがいるから大丈夫だ。堂々としてればいい」


 そわそわと足をもじもじさせてお上り感一杯のセタールに対し、学科試験の時に一度訪れたことのあるルキッドは落ち着いていた。


「……ふむ」


 短く唸った。建物そのものを鑑賞しているようだ。学科試験の時はゆっくり見る時間がなかったからな。


「こっちです」


 ネリが案内したのは、以前俺が話を聞いたのと同じ個室だった。扉を閉めると、外の喧騒が完全に遮断される。

 ネリは居住まいを正してから三人を見渡した。


「まずは、私のことから話します」


 そう言って髪をかきあげると、まとう雰囲気が一気に変わった気がした。部屋の空気がわずかに張り詰めた。


「私の名は、ネイリー・ラド・イーサ。貴族です」


 その声は震えてはいないが、指先だけがわずかに強張っていた。


「貴族……」

「そう、今まで黙っていてごめんなさい」


 ネイリーが頭を下げる。結んだ銀髪が虚しく垂れさがる。


「そんな、謝らなくていいよ! 言わない方が都合がよかったんだよね!?」

「でも、騙していたようなものですし」


 セタールが見たことないほどに狼狽えている。俺が異常なだけで、この世界で生まれ育った人からすれば、貴族というのはそれだけの存在なのだろう。


「嘘はついていなかった。それでいい」


 ルキッドが助け舟を出す。

 ネイリーは貴族ではないとは言っていなかった、そのことを指摘したのだろう。


「まず、兄のことから話します」


 セタールとルキッドが姿勢を正す。


「兄は魔力障害でした。魔術が使えなくてずっと苦しんでいました」

「魔力障害、そんなのがあるんだ……」

「はい、魔力がなかったり、魔力があっても魔術が使えないことを指します」


 セタールは知らないなりに境遇を想像したのか、口調が弱弱しくなる。


「……珍しい症状だ」


 ルキッドがこぼした声には驚きが混じっていた。ルキッド症状自体は知っていたらしい。それを俺は知らなかった。


「私はずっと治療法を探していました。そんな中でケントさんに出会ったんです」


 ネイリーの視線がこちらを向く。


「ケントさんの魔術の発動には、魔力障害と思われる兆候がありました。でも、ケントさんは魔術を使えていた。その理由がどうしても気になりました」

「だから、私たちに近づいたってこと?」


 セタールが難しい顔で問いかけた。その声には困惑が混じっていた。


「はい、ケントさんが魔力障害を克服しているのではないかと思いまして。それで『真紅の鴉』の臨時メンバーに応募しました」

「そっか、そういう理由だったんだね」

「……理解した」


 セタールとルキッドは納得したように頷いた。一級魔術師でゴールドランクのネイリーが加入してきた理由を、二人も気にはなっていたのだろう。

 ひとしきり頷いた後、二人の視線が同時に俺へ向いた。


「ケント。魔力障害だったの?」

「ああ、そうだ」


 俺は観念して頷いた。


「そんなの、全然気づかなかったよ!」

「……魔術は普通に使っていた」

「いや、普通じゃなかったんだよ。無理やり魔術を発動していただけで」


 言いながら今までの自分の魔術を振り返って、我がことながら呆れてしまう。無茶をしていたものだ。


「俺はさ、魔力を流しこむのが下手なんだよ。だから微妙に魔術を発動するまでに時間がかかるんだよ」


 二人はしばらく黙り込んだ。

 そして、セタールが柔らかく微笑む。


「……ケント、よく今まで頑張ってたね」


 どこか大人びた慈愛に満ちて、傷口にそっと触れるような優しい表情だった。


「……無茶をしていたな」


 ルキッドの短く低い言葉も、優しさがこもっていて、安心感があった。


「ケントさんは魔力障害で今まで大変だったでしょうけど、その経験のおかげで兄の魔力障害は治りました」


 ネイリーが再び頭を下げる。

 セタールとルキッドは驚きながらも、どこか誇らしげに俺を見た。


「ケント、すごいじゃん!」

「……よくやった」


 二人から素直に褒められたことが少なく、なんだかむず痒い気持ちになる。

 しかし、セタールの表情が曇った。


「でもさ、ずっと隠してたのは、ちょっともやっとするっていうか……」

「……悪い」

「ううん、責めてるわけじゃないんだよ。ただ、苦しんでたのに、アタシたち気づけなかったんだなって。なんか、悔しいっていうか」


 セタールは唇を噛み、視線を落とした。 その表情は、怒っているような、悲しんでいるような、複雑なものだった。

 その気持ちが、痛いほど伝わってきた。


「気づかれたくなかったんだ。弱いところを見せるのが、怖かった」


 そう言うと、セタールは顔を上げ、少しだけ笑った。


「……そっか。じゃあさ、アタシも隠し事の一つや二つはあるから、今回は引き分けってことで」

「引き分けって勝負じゃないんだから」


 思わずツッコむと、セタールは肩の力を抜いた。


「いいの。そういうことにしておくの」


 ルキッドも静かに言葉を添える。


「……秘密は誰にでもある。話してくれた、それで充分だ」


 その言葉は重みがあった。

 ネイリーも微笑む。


「そうですね。ケントさんが話してくれたこと、私は嬉しかったです」


 部屋の空気が緩み、柔らかくなる。

 ネイリーの説明も俺の説明も終わり、部屋に静けさが戻った頃、セタールがぽつりと口を開いた。


「ねえネリちゃん、これからどうするの? 目的は達成したみたいだけど」


 その問いに、ネイリーは少しだけ目を瞬かせた。まるで、今初めてその問題に直面したかのように。


「……正直、何も考えていませんでした。どうしましょう?」


 肩を落とすネイリーは、イーサ家で見せる凛々しさとはまるで違う。冒険者としての実力は折り紙付きなのに、こういうところは年相応だ。


「それならさ、また一緒に任務に行こうよ!」


 快活さを取り戻したセタールが元気一杯に言った。


「……戦力は多い方が戦いやすい」


 ルキッドもそっと付け加えた。そして三人の視線が、自然と俺に向く。


「ケントはどう思うの?」

「今まで通りでいいんじゃね?」

「今まで通り、ですか」


 ネイリーは小さく呟いた。


 魔術師として泰然と仕事をこなすネイリー。イーサ家での凛としたネイリー。冒険者としての実力と実戦経験のギャップが印象的なネリ。

 そのどれとも違う、迷子のような表情だった。


「それとさ、敬語もやめてくれ。ほら、イーサ家での口調で。なんか調子が狂うわ」

「はあ」


 ネイリーは困ったように眉を寄せた。


「ネリちゃんって、実家ではどんな喋り方なの?」


 セタールが興味津々で身を乗り出す。


「もっと高飛車な感じだぞ。『見なさい、人が蟻のようだわ』みたいな」


 俺が冗談半分にモノマネを披露した。


「私はそんなこと言ってないし、高飛車でもないわ」


 ネイリーが無表情で言い返しながら、俺の足を踏んだ。……見た目に反して力強いぞこの女。


「ネリさん、足踏んでます、足」

「気のせいよ」


 セタールはくすくす笑いながら言った。


「ふーん、普段はそんな感じなんだ」

「……ケントは尻に敷かれるタイプだな」


 ルキッドがぼそりと呟く。


「いやいやいや、違うからな?」

「違わないと思うけど」


 セタールが即座に突っ込む。


「……否定は難しい」


 首を振りながら、ルキッドまで頷く。


「お前ら……」


 俺が頭を抱えると、ネイリーはほんの少しだけ口元を緩めた。


「でも、そうね。また一緒に行動するのも悪くないかもしれないわ」


 その言葉に、セタールがぱっと明るい笑顔を見せた。


「やった! じゃあ決まりだね!」

「……戦力が増えるのは助かる」


 ルキッドも深く頷く。

 ネイリーは少し照れたように視線をそらした。


「よろしくね。ケント、セタール、ルキッド」


 その声は、イーサ家の令嬢でも、一級魔術師でもない。ただの仲間としてのネリの声だった。

 四人の間に、そっと柔らかい空気が流れた。

 セタールはいつもの調子で笑い、ルキッドは口元をわずかに緩め、ネイリーは照れたように視線をそらす。


「こちらこそ、よろしく頼むよ」


 こうして。俺たち『真紅の鴉』は、また四人で歩き出すことになった。まるで、失われていたピースがようやく揃ったかのように。

これにて第一部完です。


次回は水曜日更新予定です。


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