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魔術師未満  作者: 大日小月
第四章  意外な一面

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第二十話 セタールの思い

 討伐役、血抜き役、保存役とネリに一通り体験してもらい、ホーンラビットはかなり間引けた。

 一回の任務としては十分な成果をあげたので帰還してもいいが、今日はまだやることある。


「よし、こいつの初陣といくか」


 魔杖もどきを構える。普段使っているものより短くて軽いが、持つだけでテンションが上がり、強くなった気がする。


「おお」

「ノリノリだねー」

「……壊すなよ」


 ネリはやはり気になるのか、小さく拍手をして場を盛り上げる。セタールは頭の後ろで腕を組んでどうでもよさそうな気持ちを隠しもしない。ルキッドは魔杖職人の端くれ、イミテーションとはいえ魔杖が壊れるところを見たくないのだろう。

 

「ふんっ」


 軽く素振りをする。完全に我流、というより野球のバットの振り方だ。

 この世界に転生した当初は剣を使っていたが、使いこなせず断念した。槍やらハンマーやらを試した末に、棍棒をバットのように振るというスタイルに落ち着いた。

 武器は使ったことないが、バットなら何度も振ってきたからな。


 そして、この魔杖もどきを振ってみた感じは俺が使っていた棍棒と遜色がない。寧ろ、握った感覚が魔杖だから棍棒より振りやすいまである。


「それじゃ、やりますか」


 散々同族を倒されたというのに、相変わらずホーンラビットはあちこち飛び跳ねている。何が楽しいのやら。

 その辺の小石を拾い上げて、目についたホーンラビットに投げつける。


「ギューッ!!」


 怒ったホーンラビットが赤黒い目をぎらりと光らせ、草を散らしながら跳ねてくる。その動きはウサギというより、バネ仕掛けの凶器だ。右へ、左へ、まるでこちらの視線を翻弄するように跳び回る。

 俺はその場を動かずにゆったりと魔杖を肩に構える。

 左右に飛び跳ねていたホーンラビットが、俺に狙いを定めて真っ直ぐ飛んでくる。最後の最後に違う動きをして相手の隙をつく嫌らしい攻撃だが、くるとわかってればどうということない。


「そこっ!」


 魔杖もどきを鋭く横薙ぎする。鈍い音を立ててホーンラビットは大きな弧を描いて飛んで行った。うーん、センターフライかな。


「お見事です! 変わった構え方ですけど、どこかの流派なのでしょうか?」

「いんや。強いて言うならオレ流だな」

「……我流ということでしょうか?」


 ネリは人差し指をそっと唇に添え、考え込むように視線を魔杖もどきに固定する。


「ケントのそれは特に意味ないから気にしなくていいよー」

「そうなのですか」


 セタールの欠伸混じりに言った。ネリは腑に落ちていないのか、眉が僅かに寄っている。

 まあ、わかってもらう必要はない。この世界で野球を広めようだなんて野望を抱いているわけじゃないからな。


 その後も適当にホーンラビットを挑発しては、打ち返すという作業を繰り返した。まるでバッティングセンターだな。

 ……ふむ。


「ねえケント、それって普通の棍棒でよくない?」

「……ロマンがあるからいいんだよ」


 薄々わかってはいた。メンテナンスや打撃できる面の多さを考えれば棍棒の方がいい。だが、強がって言い返す。


「ロマン?」

「そう。見た目は魔杖、中身は棍棒。魔術師なのに殴る。殴るのに魔杖。このギャップがいいんだよ」

「変なのー」


 セタールは呆れたように笑った。

 俺としては、前世のゲームで見たメイスで魔法と打撃の両方をこなす魔法使いが妙に印象に残っていたのだが、この世界ではそれはありえないから理解できないのも無理はない。魔杖は魔術を発動させるために複雑な構造をしているため、強い衝撃が加わると壊れてしまうからだ。

 この魔杖もどきは、ゲームのあの感覚をほんのり体験させてくれるのだ。


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、ルキッドは真剣な顔で言った。


「気分が高揚する武器は、結果的に使用者の能力を向上させる。武器は道具であると同時に、精神の支えでもあるからな」

「お、いいこと言うじゃん」

「ルキッドまでおかしくなっちゃったー!」


 セタールは両手を広げてネリに助けを求めた。


「ねえネリちゃん、どう思う? 変じゃない?」


 ネリは少し考えてから、柔らかく微笑んだ。


「……どちらの意見も理解できます」

「え?」

「確かに、武器は本来その用途に応じた形状を持つべきだという考え方も理解できます。ですが一方で、武器とは使用者の心を支える象徴でもあります。ケントさんがその武器に価値を見出し、振るうことで力が乗るのであれば、それは十分に理に適っていると私は思います」

「すごく丁寧に肯定も否定もしてる……?」

「いえ、どちらが正しいという話ではありません。セタールさんのご意見ももっともですし、ケントさんの理屈ではなく心の在り方を重んじる姿勢も、武器選びとしては決して間違いではありませんから」

「……なんか、ネリちゃんに言われると納得しちゃうな」


 セタールは肩を落としながらも笑った。ネリは学術的に述べたが、おそらく、自分もやってみたいだけではなかろうか。


「ネリ、使ってみるか?」

「はい、是非! ……何事も経験が必要ですから」


 案外チョロい性格なのかもしれない。

 魔杖もどきを恐る恐る握りながら構えるネリを見てそう思った。




 魔杖もどきの初陣が終わった頃、日は登り切っていた。お昼時だ。

 ちょうどここには四人で持ち帰るには多すぎるホーンラビットの肉がある。


「いい感じの時間だし、メシにするか」

「やったー! もうお腹ペコペコだよ。早く食べよー!」


 セタールはお腹を押さえてだらしなく空腹をアピールする。この猫っぽい女はいつもお腹を空かせている気がする。


「休憩小屋に着くまで我慢しろ」

「はあ、ケントの鬼ー!」

「騒いだら余計に腹減るだろ」


 すっかり弛緩した空気の四人は、冷凍ホーンラビットが入った袋を引っ提げながら休憩所までの道のりを歩いた。

 休憩所は木組みの小屋で、内部はベッド代わりにもなるベンチと四角いテーブルがある。壁には古びたランタンや掃除道具が吊るされていて、緊急用の武器も置いている。もし街に帰れなくなった時に一夜は明かせるようになっているのだ。


「じゃあ早速調理するか。と、その前に」


 休憩小屋の傍に併設された調理場。調理器具を興味深げに観察するネリを見ていると、ある疑念が湧く。


「ネリ、料理経験は?」

「……飾り付けを手伝ったことはあります」


 ゼロ!ってことだな。


「じゃあ、ネリには<高粘性流体における熱エネルギーの等方性散逸係>を任命する!」

「はっ、確かに承りました」


 俺のジョークにネリは敬礼で返した。果たして気がついているのか。


「それってつまり、スープを混ぜる係ってこと?」

「セタール、無粋なことを言うんじゃない」


 こうして、セタールとルキッドが肉を焼き、俺とネリがスープを作ることになった。

 

「【水よ、形を結び、我が手に集え――水球!】」


 鍋に魔術で水を投入して焚火の熱で沸騰させる。そこに、出汁要員としてホーンラビットの骨を入れ、ついでに乾燥した豆や野菜をいれる。後は適度に混ぜるだけで宿のメシより遥かに美味しいスープの出来上がりだ。


「ネリよ、このレードルで鍋底の熱をスープを等方的に散らして、温度の偏りをなくすのじゃ」

「はい。やってみます」

「速くしすぎては駄目じゃぞ、食材が痛むからな。かといって遅すぎると効果が薄い、いい塩梅を探るのじゃ」

「なるほど、コツがいるのですね」


 ネリは眉間に小さな皺を寄せ、まるで魔術の実験でもしているかのような真剣さでスープを混ぜていた。レードルが鍋底をなぞるたび、ぐつぐつと泡が弾け、肉と野菜の香りがふわりと立ち上る。その匂いに気づいたのか、ネリの表情がほんの少しだけ緩んだ。初めての料理が楽しいのかもしれない。


「時々灰汁を掬うのも忘れてはならんぞ。特に、魔物は普通の食材より灰汁が多いからな」

「はい、頑張ります」


 少し慣れてきたのか、ネリはほんのり口角を上げながら攪拌しつつ、灰汁の除去をする。初めての料理が楽しいのだろう。


「ケントー、こっちはもうできそうだよ」

「おお、もうそんな時間か」


 セタールたちの方を見ると、焼けた肉が次々に皿に放り込まれていた。ルキッドが自前のでっかいフライパンで焼いていたようだ。


「よし、こっちもできたぞ」


 出来た料理を配膳する。

 適当に焼いた肉と、雑に煮込んだだけのスープという冒険者らしい料理だ。


「美味しいー!」


 セタールが真っ先に頬張り、顔を綻ばせた。


「本当に美味しいです。野営でここまでの味が出せるとは……」


 普段からいいもの食べていそうなネリも味に納得しているようだ。野性味溢れる料理が新鮮で美味しいのか、目を見開いている。


「外で食べると美味しく感じるよね!」

「ああ」


 ルキッドの言葉は少ないが、食べる速度から見て満足しているようだ。


「毎食これなら最高なんだがな」


 焼けた肉からは脂がじゅわりと溢れ、香ばしい匂いがいっぱいに広がる。スープは骨の旨味が染み出し、素朴だが体に染みる味だった。


 ネリが増えて賑やかになった昼食は、任務中だというのにとても穏やかな時間が流れている。

 かつて『真紅の鴉』を結成する前、セタールとルキッドの三人でホーンラビットの討伐をした時を思い出す。こうして自分たちで食べる分まで確保できるほど余裕がなかった。普段は意識していないが、成長したものだな。


「ちゃんと残さず食べるんだぞー」

「なにそれ、お母さんみたいー」

 



 しばらく食事を楽しんだ後、ネリはルキッドが持ってきた調理器具に興味があるのか、片付けついでに質問していた。ルキッドは興味をもってくれて嬉しいのか、今日使わなかった器具まで取り出して説明をしている。

 それじゃあ片付けているのか散らかしているのかわからないぞ。


 俺とセタールは長くなりそうだと周辺の掃除をすることにした。

 粗方掃除を終え、その場に座りながら、後は焚火の始末だけだなと思っていると、セタールがふと真面目な顔になった。


「ねえケント。シルバーランクに上がりたいって言ってたけど……その先はどうするの?」

「その先?」

「うん。シルバーになったら、何を目指すの?」


 少し考える。セタールの丸い目が俺の内面まで覗こうとしているような錯覚を受ける。


「……安定した生活がしたいだけだよ。孤児だった頃は、その日食うのにも命がけだったからな。その意識が残ってるんだと思う」


 自分でも、どこまでが本音でどこまでが習慣なのか分からない。ただ、安定を求める気持ちは確かにある。

 セタールは焚火の火を小枝でつつきながら、ぽつりと呟いた。揺れる炎が彼女の横顔を照らし、普段の明るさとは違う影を落としている。


「……『真紅の鴉』、居心地いいんだよね。だから、失くさないようにしてほしいなって」

「なんだよ急に」

「だってさ……ネリが入ってから思ったんだよ。一級魔術師でゴールドランクのネリと、ただのカッパーのケントが普通に話してるの見て……あれ? ケントって実はすごい人なんじゃないかって」

「……」

「なんか、急に遠い存在に感じたんだよね」


 セタールは笑っていたが、その声は憂いを帯びていた。

 

「そんなこと気にするなよ。話が合ってるのはルキッドもだろ」

「うん。でも、ルキッドもすごい人だったら、このパーティで普通なのアタシだけになるから、余計寂しいなって」

「なんだよ、気が狂うな」


 セタールの横顔が、妙に大人びて見えた。当然だ、俺もセタールもあの頃のような駆け出し冒険者じゃない。

 

「俺は上を目指しちゃいるが、味方を振りほどいてまで上がろうとはしない。 だから心配すんなって」

「……うん。そうだね。変なこと言ってごめん」

「そういう気分の時もあるさ」


 俺もセタールに見習って焚火を見つめる。何をするでもなく焚き火の音をぼんやりと聞いていた。

 しばらくして、静寂を切り裂くようにセタールがバッと立ち上がり、大きく伸びをする。


「よーし!  お腹も一杯になったし帰ろー!」

「ああ、そうだな」


 焚火の火を消してルキッドたちのところへ向かう。

 消えかけた焚火の匂いが衣服に残り、草原の風がそれをさらっていく。四人の影が長く伸び、ゆっくりと街へ向かって歩き出した。

これにて第四章完です。


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