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魔術師未満  作者: 大日小月
第四章  意外な一面

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第十八話 ケント先生

「ケント、いい仕事あるよ!」


 朝の薄い光が宿の窓から差し込み、湯気の立たない野菜くずスープと歯が欠けそうなカチカチパンを前にぼんやりしていた時だった。

 休みの日の朝特有のゆるい空気をぶち壊すようにセタールが言った。

 怪しく光る目とにんまりとした口。この顔は、絶対にろくでもない話を持ってきた時の顔だ。


「……本当かー? というかなんでわざわざ宿にまで。今日は休みなんだが?」

「ほんとほんと! 今回はちゃんとしたやつ!」


 セタールが勢いよく椅子を引き、俺の向かいに腰を下ろした。朝から元気が有り余っているのか、目がきらきらしている。

 こういう時のセタールは、だいたい厄介ごとを抱えている。彼女が持ってくる話の半分は胡散臭いし、残りの半分も微妙に怪しい。色んなパーティに所属しているセタールは多くの情報を持っているが、その精査まではできていないのだ。

 貢献度を貯めればランクが上がるという話も、正直どこまで本当かわからないが、ついでだから乗っているだけだしな。


「で、仕事って何だ?」

「先生!」


 体育大会でも始めるかのような勢いだった。


「先生? 教えるってことか」

「そう! ネリちゃんに教えてるじゃん? それ見てピンときたんだよね」


 したり顔で口角を上げるセタール。指を立てているのは、ピンとを表しているだろうか。


「『黄金の女豹』に新しい子が入ったんだ。その子が魔術使いなんだけど、なんだかうまくいってないみたいで」

「なるほど」

「それで、アドバイスできる人に心当たりあるって言ったら、リカさんがぜひ頼むって!」

「そういうことね」


 『黄金の女豹』は瘴気事故の時に応援に来てくれたパーティだ。まだ借りを返していなかったから丁度いい。


「俺でよければ受けるぜ」

「ほんと? ありがとー!」


 セタールは太陽のように喜んだ。朝にピッタリな笑顔だった。




 ギルドに行くと、すでに『黄金の女豹』のメンバーが揃っていた。


「ロ、ロピです。よろしくおねが、います……」


 訓練場の隅で待っていたのは、小柄で気弱そうな少女だった。肩にかかりそうな黒髪を揺らしながら頭を下げる。

 彼女の周りだけ空気が薄いような、そんな存在感の弱さがある。『黄金の女豹』の陽気で体育会系な空気の中では、余計に小さく見えた。


「ケントです。今日はよろしく」


 俺が挨拶すると、ロピは小さく頷いた。差し出した手が虚しく空を切る。


 魔術使いは基本的に陰キャだと俺は思っている。体育会系パーティに加入希望するのは珍しいし、魔術使いがいないパーティならなおさらだ。

 『黄金の女豹』は陽キャだらけだが、この子は大丈夫だろうか。


「セタールが魔術を教えてくれる人って言ってたのは、まさかケントのことだったとはな。もっと年寄りが来るかと思ったよ!」

「痛いですリカさん」


 背中をバシバシ叩かれ、俺は前につんのめった。

 リカさんは『黄金の女豹』のリーダーであり槍使いの女性。ネイリーは俺より少し背が高いが、リカさんはそれより遥かに高い。肩幅も広く筋肉質で、大きな声と豪快な態度は体育会系そのものだ。

 瘴気事故の時にタンジを軽々肩に担いでいたのが記憶に新しい。


 パーティメンバーも全員女性だが、体格は総じて良く、盾使い、弓使い、槍使いとバランスの取れた構成になっている。

 セタールは小柄だが、意外と力があり敏捷性も高いため、このパーティでも馴染んでいるらしい。


「一人は魔術使いがほしいとは思っていたが、ようやく加入希望者がきてくれたのさ!」

「足を引っ張らないよ、うに頑張ります……」


 ロピは胸の前で手をぎゅっと握りしめている。

 その姿は小動物のようで、保護欲を駆り立てるものがある。


「ケントよ、これで魔術使いが一人入ったわけだし、お前もウチに加入しないか?」

「いや、女所帯は遠慮しときますよ」

「かーっ! ほんとつれねー男だ、あんたは!」


 リカさんは豪快に笑うが、俺は苦笑するしかない。基本的に善人で頼りがいがある。だが、俺とは根本的に性格が違う。善意が重たい時もあるし、距離感が近すぎる。

 何が気に入ったのか、定期的に俺を勧誘してくる。その度に断るのがいつの間にか恒例になっていた。


「リカー、世間話もいいけどそろそろやらないのー?」


 セタールはロピの緊張を察したのか、わざと間延びした声で割って入った。

 考えていないようで考えている女はここでも健在のようだ。


「ああ、そうだったそうだった。年を取るとつい長話をしてしまうな! よし、やるか」

「ロピちゃん、緊張しすぎて吐かないでよ?」

「は、はい。がんば、ります……」


 セタールが軽口を叩き、ロピは小さく震えながら頷く。その横でリカが豪快に笑った。


「大丈夫だって! ケント先生がついてるんだからよ!」

「……先生って呼ばれるのは慣れないんですけど」

「いいじゃねーか、先生! 頼りにしてるぞ!」


 また背中をバシンと叩かれ、俺は前につんのめった。

 ロピの緊張をほぐすためにわざと明るく振る舞っているのだろうと自分を納得させる。体育会系のノリは苦手だが、リカさんの気遣いは嫌いではない。




 ギルドに併設された屋外訓練場は朝の光に照らされ、がらんと静まり返っていた。夏も近づき新人が育ってきたこの季節、利用者はほとんどいない。

 年季の入った木造の標的には無数の傷跡。かつてこの場で訓練していた駆け出しの頃を思い出す。


「まずは今どんな状態かを確認したい。なんか魔術を発動してみてくれ」

「は、はい……」


 ロピは小さな体に見合わない大きめの魔杖を構える。持つのがやっとなのか手がプルプルと震えている。猫背なのが自信のなさを強調している。


 「【風よ、その身をかたっ、固め、敵を叩け――風弾!】」


 おどおどした喋り方の通り、詠唱も噛んでしまった。当然魔術は発動せず、不発に終わった魔力が宙に舞っていく。


「やっぱりだ、めでした」

「ケント、こんな調子なんだが、何かアドバイスとかあるか?」

「そうですねー」


 思いつくことは色々あるが、何から話すべきか。

 この世界に転生してから孤児として生きてきたため、学校に通ったことがない。だから、どうやって教えるのが普通なのかがわからずに迷う。

 

 教会で最低限の読み書きは教わったが、年齢がバラバラの教室でシスターの話すことを必死に聞いてただけだしな。

 取り敢えず、思いついたことから試すことにした。


「ロピ、詠唱の時に噛むのは、舌の位置が悪いのと息の吐き方が不安定だからだ」

「えっ……そ、そうなんですか……?」

「そう。魔術の詠唱は歌と同じで息の流れが大事。姿勢はこうやって胸を張りすぎず、背筋を伸ばす感じで」


 俺はわざとらしく猫背の姿勢を作ってから、しゃきんと背筋を伸ばして正しい姿勢の例を見せる。


「こ、こんな、感じ……ですか?」

「そうそう」


 ロピの俯いていた顔は背筋が伸びてはっきりと見えるようになった。長年猫背が染み付いていたせいか、完全には伸び切っておらす、表情も引きつっているが、合格点だろう。


「声は喉じゃなくて、腹から出す。あと、詠唱の最初の一音を強く出すと噛みにくくなる」


 俺の指導にロピは目をくりくりさせる。


「い、今まで……そんなこと、誰にも言われたこと……ありませんでした……」

「みんな感覚でやってるからな。魔術師って偉そうな姿勢で詠唱してるだろ? あれにはちゃんと意味があるんだよ」

「な、なるほど」


 これは完全に前世の知識だ。前世でカラオケに通って必死に練習した日々が、まさか異世界の魔術指導で役立つとは思わなかった。あの頃は歌が上手くなることだけが目的だったのに、人生どこで何が繋がるかわからない。

 ……歌は上手くならかったが。


「もう一回やってみ」

「【風よ、その身を固め、敵を叩けけっ、あ、噛んだ」

「焦らなくていい。詠唱の前に一拍置いて、息を整えてから始めると噛みにくい」

「……すーはー」


 ロピは何度か深呼吸をする。慣れていないのか、体が大きく動いている。


「【風よ、その身を固め、敵を叩け――風弾!】」


 ロピの声が、さっきまでとは別人のように澄んで響いた。

 訓練場の空気が一瞬だけ静まり返り、圧縮された風の弾丸が木造へ向かって一直線に走る。直撃! とはいかなかったが、魔術の発動は成功した。


「で、できた……!」

「おおっ、すげぇじゃねぇかロピ!」


 驚きで眉を吊り上げたリカが大きく手を叩く。


「ロピちゃんカッコいいよー!」


 セタールは両手を大きく振って、まるでアイドルのライブ会場のようなテンションで声援を送った。ロピの頬がほんのり赤くなる。

 これはこれで、一種の魔術かもしれない。


「ケント、発声の仕方とかよく知ってたな。どこで習ったんだ?」

「まあ、ちょっとしたコツですよ」


 腕を組みじっと見るリカさんに俺は曖昧に笑って返した。


「……ケントさんの教え方、特殊です。父も、知りませんでした」

「お、そうなのか?」


 ロピが少し流暢に感想を述べた。その表情は、訓練所にくる前と比べると随分と明るくなっている。


「はい。魔術のイメージをしろとか、詠唱に気持ちを込めろ、とか言う人が、多いです」

「それじゃあわかるものも、わからなくなるわな」


 リカさんが大いに頷く。脳筋に見せかけて意外に頭脳派な一面のあるリカさんは気持ちがわかるのだろう。感覚第一の冒険者が多いなか、訓練に筋トレを導入したり、武器の有効射程をきちんと計測したりと先進的なことを実践している。シルバーランクは伊達じゃない。


「ケントは変なこと考えるのが得意だからねー」

「変ってなんだ、変って。誤解を招くような表現はよしなさい」


 セタールは肘で俺の脇腹をつつきながら、ニヤニヤと笑った。まるで照れろよと言わんばかりの顔だ。




 その後、ロピは何度か詠唱を繰り返して噛まずに詠唱ができるようになっていた。


「ケントさんの、言った通りにしたら、失敗しないです」

「そいつはよかった。後は実戦でもちゃんとできるかどうかだな」

「はい。ケントさんの教え方……その……い、今まで教えてくれた人より……ずっと……まともで……」

「ん?」


 ロピの言葉の続きを促すように、自然と視線が向く。


「……あ、いえ……なんでも……」


 ロピは慌てて口を押さえたが、リカさんが即座に反応した。遅かったな。


「おいロピ、今、まともって言ったよな?」

「えっ、な、なんのことだか」

「ははは! ロピ、お前意外と毒舌だな!」


 リカとセタールが腹を抱えて笑っている。


「ち、違います……! 違いますけど、でも、ほんとケントさんの教え方はすごく……」


 ロピは真っ赤になりながら、ぽつりと続けた。


「……すごく、助かりました」


 その言葉は小さかったが、しっかりと届いた。

 俺は胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。今まで必死に生き延びることだけを考えてきたが、その成果がこうして現れた。自分の存在を肯定された気分だ。


「まあ確かに、ケントは教えるの上手いな」


 リカが少し真面目な表情を作る。リーダーの顔だ。少しだけ背筋が伸びる。


「いやー、そんなことは……」

「いやいや、あれは才能だよ。アタイは昔学校に通ってたことあるけどね、そこの教師はもっと教え方下手だったぞ?」


 セタールも頷く。


「ケントって意外と考えてるよね。魔術試験落ちたのが不思議なくらい」

「意外で悪かったな」


 俺は苦笑しながら頭をかいた。

 ここまで褒められるのは気恥ずかしい。


「よーし! 今日はここまでにするか!」


 リカの宣言に全員が帰り支度を始める。

 ロピは魔杖を胸に抱え、ぽつりと呟いた。


「……ケントさん、ありがとうございました。その……また、教えて……ほしいです……」

「もちろん。ロピがやる気ならいくらでも教えるぜ」


 ロピは小さく頷き、ほんの少しだけ笑った。

 その笑顔に気弱さはなく、魔術使いとしての自信が芽生えた証のように見えた。




「そういやリカさん、貢献度を溜めたらシルバーランクになれるって話、本当なんですか?」

「ん? ああ、それはセタールに聞かれたから冗談で答えただけだけど」

「え、ということは嘘?」

「嘘だ。……なるほど、本気にしてケントに伝えちまったのか」


 肩の力が一気に抜ける。

 ……シルバーランクより先生でも目指そうか。

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