第十七話 謹慎明けと退役冒険者
瘴気事故からしばらく経ち、謹慎処分を受けていた『純白の水牛』の新メンバー・クリルがようやく復帰することになった。その復帰任務に、俺も関係者として同行することになった。
ギルドには『純白の水牛』のメンバーが揃っていた。
「ケント、今日はよろしく頼むよ」
タンジがいつもの落ち着いた声で挨拶してくる。
瘴気事故を起こしたパーティのリーダーということでタンジもがっつり講習と奉仕任務をしたらしい。今日はいつもより金髪のツヤがなく、どこか疲れが滲んで見えた。
「こちらこそ。クリルは大丈夫そうなのか」
「はい……頑張るっす!」
クリルは緊張と期待が入り混じった顔で拳を握っていた。彼にとって今日の任務は再出発、一から頑張ってほしいものだ。
今回の任務はただの内輪の任務ではなく、事故後初の任務ということで監視役が二人つく。
「おう、今日からよろしく頼むぞ!」
豪快な声とともに現れたのは、ギルドから派遣された監視役だった。
「ワシの名はブルン、元シルバーランクの冒険者だ。これでも昔は強かったんじゃぞ」
背丈は俺より少し低いが、褐色の肌に筋骨隆々の体つき。白髪でも毛量は多く、髪を染めれば現役冒険者に見えるほどだ。目つきは鋭いが、どこか人懐っこい笑みを浮かべている。
「どうも、こちらこそよろしくお願いします」
俺は思わず姿勢を正した。元とはいえシルバーランクに媚を売っておいて損はない。
「本日はよろしくお願いします」
もう一人の監視役がやってきた。
白いローブをまとい、銀色の髪を上品にまとめた魔術師が静かに歩み寄ってきた。つまり、ネイリーだ。
ネリとしての柔らかさは影もなく、研ぎ澄まされた一級魔術師の顔つきだった。
(ネリの姿は夢だったのか? いや、他人の空似……妹?)
そんなふざけた考えが頭をよぎる。
ネイリーは俺の視線察したのか、ほんのわずかに眉を動かしたが何も言わなかった。
「今回の任務は、クリルさんが冒険者として、そして魔術師として問題なく行動できるかを確認するものです。私とギルブルンさんが同行して行動を観察します」
ネイリーの声は冷静で隙がない。今日はため口を利かないようにしよう。
「いやぁ、引退しても仕事があるってのはありがたいもんだな!」
ブルンさんが豪快に笑う。
「シルバーまで行っとくとこういう監査の仕事が回ってくるんじゃよ。冒険者は引退後が大事じゃからな!」
談笑しながらもブルンさんの足はブレずに安定している。引退しているとは思えない足取りだ。
「ブルンさんって昔はどんな冒険者だったんすか?」
「ワシか? そうさなぁ……」
クリルはブルンさんの朗らかな雰囲気に飲まれて、すっかり舎弟みたいになっている。
ブルンさんは気前よく武勇伝を話して、クリルは目を輝かせながらそれを聞く。微笑ましい光景だがタンジが微妙な顔をしていることに気がついていない。大丈夫だろうか。
しかし、改めてシルバーランクは羨ましい。
シルバーランクになれば、家を借りる信用が得られ、ギルドからの依頼の幅が広がり、引退後も仕事がある。冒険者として安定するのだ。
早くシルバーになりたい、胸の奥でその気持ちが強くなる。
「それでな、武器が尽きてな、仕方なく素手で殴り倒したんじゃ」
「マジっすか! スゲーっす!」
俺はさりげなく二人の会話に聞き耳を立てていた。後でテストに出るかもしれないからな。
「今回の任務は、フィルスラットの討伐。前回と一緒だね」
タンジが依頼書を掲げる。
瘴気事故の時と同じ魔物。クリルにとっては因縁の相手だ。
「大丈夫です……! 今度はちゃんとやれます!」
クリルは気合いを入れていた。
俺は横目でクリルを見ながら、少しだけ心配になる。まあ、監視役が二人もいるから最悪の事態にはならないだろうけど。
街を出て巣穴のある場所へ向かう道中、爺さんはずっと喋っていた。
「いやぁ、わしが若い頃はな! フィルスラットなんざ片手で十匹まとめて投げ飛ばしたもんよ!」
「すごいっす!!」
クリルは相も変わらずキラキラした目で話を聞いている。そろそろ電池切れしないだろうか。
「それでな、調子に乗って奥に進んだら、今度は巨大なスライムに飲まれかけてな! あれは死ぬかと思ったわ!」
「ひぇぇ……!」
クリルは完全にブルンさんのファンになっていた。そんなところにスライムなんて出るのだろうか。絶対に出ないとは言えないから嘘だとは決めつけられない。
(……この人、本当に監視役として大丈夫なのか?)
最初は頼りになりそうだと思ったが、話している内容は武勇伝と失敗談ばかりで、監視役というより昔話好きの近所の爺さんにしか見えなくなっていた。
ネイリーはというと、無言で歩きながらクリルを観察して、時折辺りを警戒しているようだった。
こちらはちゃんと仕事を全うしていて安心だ。ネリの時の柔らかい雰囲気はどこにもないが。
クリルはブルンさんの話に夢中で、ネイリーは監視に集中していて、タンジは常の爽やかリーダーを控えめにして他のメンバーと最低限の会話だけをしている。
俺は三者三様の空気に挟まれながら、どうにも落ち着かない気持ちで歩いていた。
街道を進んでいると、妙に土が盛り上がっている場所があった。フィルスラットの巣穴だ。
タンジが手を上げ、全員が足を止める。
「巣穴を見つけた。……前回と同じ流れでいくよ」
前衛組が巣穴に近づき、クリルが己を鼓舞するように魔杖を握りなおす。
俺は一歩前に出て、まずは見本を見せることになった。これも前回と同じ流れだ。
「ケント、頼む」
「了解」
前衛組が、巣穴にちょっかいをかける。ほどなくして、フィルスラットが顔を出した。
「【水は絡み、識は結び、影を束ねる。穢れなき鎖よ、敵を縛れ――水幻縛!】」
水の鎖が地面から伸び、フィルスラットたちを絡め取る。動きが止まった隙に、前衛組が一気に踏み込み、剣を振り下ろした。
フィルスラットは悲鳴を上げる間もなく倒れた。
「まあ、前と同じだよ」
「すごい魔術じゃのお! ワシの頃はこんな便利な拘束魔術なんてなかったぞ!」
先に声を上げたのはクリルではなくブルンさんだった。感心したように笑っている。監視役というより観客だな。
「じゃあ、次はクリル。落ち着いてやれば大丈夫だよ」
「は、はい!」
タンジの呼びかけにクリルは深呼吸して返事をする。
前衛組が別の巣穴に今度は餌を仕掛ける。しばらくしてフィルスラットが姿を現した。
ちらりとクリルを見ると、真っ直ぐフィルスラットを見据えていた。
「【地は湿り、水は絡み、形なき縄となる。逃れ得ぬ沼よ、退路を奪え――湿土縛!】」
クリルの魔術が発動し、泥がフィルスラットの足元を固める。
前衛組を巻き込むこともなく、拘束し損ねた個体もいない。勿論、瘴気は発生していない。成功だ。
「よし、今だ!」
タンジの号令に前衛組が呼応して切りかかる。フィルスラットたちはあっさりと倒れた。
「やった……! できた……!」
「クリル、よくやった。僕も嬉しいよ」
クリルは胸を押さえて震えていた。その顔には、安堵と自信が入り混じっている。
タンジも自分のことのように喜んでいる。
「よかったな。でも気を抜くなよ」
「ハイっす!」
初めて会った時は俺のことを散々舐めていたクリルだが、ちゃんと反省しているようだ。この調子で精進してもらいたい。
「うむうむ、皆ちゃんと振れとるのお! 最近の子はいいもん食っとるから体つきが違うわい!」
ブルンさんは空気など気にせず、また観客のように拍手している。
ネイリーはというと、クリルをじっと観察している。表情はいつも通り冷静だが、少しやりづらそうな顔しているように見える。
口を真っ直ぐ横に結び、瞬きの回数が多い。微妙な差だが、何度か話したことでわかるようになってきた。
ブルンさんの大声が邪魔なのだろうか。淡々と仕事をこなしているように見えて、意外と我慢しているのかもしれない。
「もう少し確認する必要があります。移動しましょう」
ネイリーが乱れた空気を仕切りなおすように告げた。
その後も巣穴を発見してはフィルスラットを討伐したが、クリルは一度も失敗せずに安定した魔術を使い続けた。
ネイリーは静かに頷き、記録を取り、爺さんは相変わらず観客気分で感想を述べ続けていた。
「瘴気を発生させるような危険な行為はなく、魔術の行使に問題は見受けられませんでした。結果は冒険者ギルドから報告されると思いますが、復帰できるでしょう」
ネイリーは抑揚のない調子で吉報を述べた。ネリとは大違いだ。
「クリル、お疲れさま」
「ありがとうございます……!」
クリルは涙ぐみながら頭を下げた。
復帰任務は無事成功。クリルは再び冒険者として歩き出すことができそうだ。
「ワシの頃はなぁ!」
その脇では爺さんが笑いながら木を叩いている。誰も止める人がいないため、完全にブルンさんの独擅場だ。
俺は逆に面白く思えてきたと眺めていると、タンジが珍しく嫌そうな顔で俺に近づいてきた。
「……冒険者ランクの昇格要件、年々厳しくなってるって話は知ってる?」
「そうなのか?」
ブルンさんの背中を見つめるタンジの横顔に、影が差す。
「昔はね、ああいうタイプの冒険者が多かったらしいんだ。強いけど、雑で、勢い任せで問題も多かったらしい」
「……ああ」
なんとなく想像できる。ただでさえ粗野な人が多い冒険者、それに輪をかけたような人だ。
「だから、ギルドが質を重視するようになって昇格要件が厳しくなった。特にカッパーからシルバーは、昔よりずっと難しいらしい。僕が昇格する時に聞いた話だよ」
ブルンさんの背中を見つめる。俺がカッパー止まりなのはこの爺さんのせいということだろうか。
もちろん、ブルンさん一人が悪いわけではないが、こういうタイプの冒険者が多かったせいで昇格基準が厳しくなったのだろう。
嫌なこと知ってしまった。せっかくの復帰任務の空気を台無しにした張本人を前に、俺は心の中で盛大に嘆いた。
「では、これで任務終了です。皆さん、お疲れさまでした」
ギルドに帰って来た俺たちの前で、ネイリーが書類を閉じて静かに頭を下げた。
「クリルさん、復帰おめでとうございます。今後も無理をせず、安定した魔術運用を心がけてください」
「はいっ!」
クリルは晴れた笑みで答えた。瘴気事故を起こした時の曇った顔はどこにもない。
「よーし! 帰りに酒でも飲むか! ワシが若い頃はなぁ!」
ブルンさんはというと相変わらず元気そうだった。
「まだ話すんですか……」
「俺たちより元気だ……」
前衛組がげんなりした声を漏らす。
一日中話しながら任務に着いてきたスタミナは間違いなくシルバーランクだったということを物語っていた。
「まあ、悪い人ではないからね」
タンジは苦笑しながらも、どこか安心したような表情をしていた。
「では、これで失礼します」
ネイリーは静かにギルドを出た。俺はその後ろ姿を見ながらふと考える。
冒険者の時の柔らかな表情。 魔術師の時の凪のような表情。事情聴取の時の探るような表情。どれが本当の彼女なのかは、まだわからない。
しばらくしてから、俺もギルドを後にした。賑やかな酒場の灯りを横目に、そのまま逃げるように宿へ戻った。
よければ評価、ブックマークをお願いします!




