第十四話 強力な助っ人
ルロイド王国では、木はただの資源ではない。生活のほとんどを木材に頼っているため、木は恵みを与える存在として信仰されている。といっても、堅苦しい宗教ではない。
「生活を豊かにしてくれている木に感謝しましょう」という程度の、素朴で穏やかな信仰だ。
『トレオウ教』というこの宗教は貴族から庶民まで広く信仰されており、木材を無駄にせず節約する、森を荒らさないなどといった日々の行いが自然と根付いている。
街の外縁部には植林された森が広がるが、これも『トレオウ教』の活動によるところが大きい。
(こういう価値観は嫌いじゃない)
前世でも環境保護の話題は多かったし、木を大切にする文化はむしろ好ましい。木を切る時に軽く手を合わせる人までいるが、そういうところに文化の面白みがあると感じる。
だが、どんな思想にも拡大解釈する層はいる。
木だけでなく森全体を神聖視する人。森だけでなく自然そのものを崇める人。なかには、木を傷つける行為そのものを冒涜とみなして抗議活動を行う過激派もいる。過激派は木材を使わない生活を徹底し、街中で木製品を使う人に説教して回るような連中だ。
俺自身は『トレオウ教』を信仰しているわけではないが、木材を大切にする文化そのものは悪くないと思っている。
しかし、そんな信仰のせいで迷惑を被るということもある。
「ケントさん、ちょっとよろしいですか?」
いつも通りギルドの掲示板の前で依頼を吟味していると、受付嬢のミルダさんから声をかけられた。わざわざ受付から立ち上がってこちらにくるなんて珍しい。
「はい、なんでしょうか」
「『真紅の鴉』に丁度いい依頼があるんですけど、どうでしょうか?」
ミルダさんは困ったように眉を下げた。どうやら訳ありらしい。
「どんな依頼です?」
「バインドツリーの討伐です」
「あー、なるほど」
バインドツリーは木の魔物だ。外見は木の樹皮部分に顔がついた以外はほぼ木そのもので、初見では探すのに苦労する。
危険度はそこそこだが、それ以上に問題がある。
「木の魔物だから、討伐を嫌がる冒険者が多いんですよね」
ミルダさんが苦笑する。
『トレオウ教』がしっかり根付いた結果、木の魔物を倒すのに抵抗感を覚える冒険者がいるのだ。それもかなりの数。街の広場には「感謝の木」と呼ばれる大木があり、年に一度の祭りでは自分が大事にしている木製の小物を捧げる儀式まである。そんな文化が根付いているからこそ、木の魔物を斬るという行為に抵抗を覚える者が多いのだ。
個人的には木を伐採するのと魔物を討伐するのに違いはないと思うから、バインドツリーを倒すことに抵抗はない。けれど、こういうのは理屈じゃなくて感情的なもの、討伐を嫌がるのは仕方ない。
「魔物は魔物だ。木の形をしていようが害をなす存在なら倒すべきだ」なんて言うのは酷なことだ。
「バインドツリー? アイツら正気かよ」
「魔物とはいえ木を傷つけるのは気が引けるんだよなぁ……」
周囲の冒険者たちがひそひそと話す声が聞こえてくる。どうやら一気に注目を浴びてしまったようだ。
「それなら、ウチのパーティは適任ですね」
「はい、そうなんですよ!」
ミルダさんはそれを聞きたかったとばかりに身を乗り出してくる。周りの視線もあり、これは断りにくい。
「ルキッドは大丈夫だな?」
「問題ない」
迷いのない返答。ルキッドはルロイド王国のあるレグノー大陸とは別の大陸出身のためか、そもそも木の信仰とは無縁の環境で育ったらしい。そのため、バインドツリーを倒すのに全く抵抗がない。
仮に信仰していたとしても、任務は任務と割り切りそうだが。
「一応聞くけど、セタールは?」
「一応ってなに? 別に大丈夫だけど」
セタールは生粋のルロイド王国人のはずだが、特に気にしないらしい。
「木は好きだけど、魔物は倒せるよ。全然別物じゃん」
深く考えていないのか、あるいは仕事は仕事と割り切れるタイプなのか、どちらかはわからないが頼もしい限りだ。
まあ、猫好きでも猫型の魔物を討伐するのは平気だったりするし、案外気の持ちようでなんとかなるのかもしれない。
「じゃあミルダさん、バインドツリーの討伐依頼受けます」
「はい! ぜひお願いします! 右上にいく前に処理できそうでよかったです」
ミルダさんは嬉しそうに依頼書を差し出した。本音はそれかい。
掲示板の右上の一角にある塩漬けされた依頼の溜まり場である地獄コーナーは、ギルド職員の悩みの種らしいからこうやって地道に営業活動をしているというわけか。
しかし、バインドツリーを討伐するにあたって、精神的障壁はクリアしているが別の問題が一つある。
「カッパー三人じゃ厳しいな」
バインドツリーは中級魔物なのでカッパーランクでも倒せる相手ではあるが、遠近両方の攻撃をしてくる。魔術使いが二人いる我がパーティだと防御が心許ない。
「臨時でパーティメンバーを募集するか」
「だねー。アイアンクラスでもいいから、誰か来てくれればいいけど」
セタールはあまり期待していなさそうな声で言う。そもそもがあぶれ者で構成された『真紅の鴉』に臨時で入ってくれる人は少ない。それに加えてバインドツリーの討伐だ、すぐには人は集まらないかもしれない。
「ミルダさん、臨時メンバーの募集も一緒にお願いします」
「はい、かしこまりました。期限はどうしますか?」
「……一週間で、一応三人でも倒せるは倒せるので最悪集まらなくても大丈夫です」
「わかりました、なんとしてでも臨時のメンバーを探しますね!」
ミルダさんはやる気に満ち溢れた表情で受付の処理に向かった。その背中は自分が討伐しに行くかのように勇ましかった。何か当てがあるのだろうか。
こちらとしては、もし見つからない場合は『純白の水牛』の誰かに頼むもの選択肢かもしれない。この前の瘴気事故でタンジは俺に借りを作ったと思っているらしいし丁度いい機会だ。
そんな感じで気長に臨時メンバーを待つ心構えをした翌日、早くも応募者が現れた。
「ネリと言います。本日はよろしくお願いします」
澄んだ声で挨拶をしたのは煌めく銀髪をまとめたポニーテールと冴えた赤い目をした女性だった。スラっとした体は俺よりもいくらか背が高く、黒いローブと滑らかな白い魔杖のコントラストが印象的だ。
……どこかで見たことあるな。
「……ネイリーさん?」
「ネリです」
思わずこぼした言葉にすぐに被せてきた。有無を言わさぬ圧力がある。
「いや、この前はネイリーって」
「ネリです」
二度目の名乗りで俺は口を閉じた。
どうやら別人という設定でやっていくらしい。貴族の道楽冒険者ごっこかよ。
どう見ても試験や事情聴取で見たネイリーという魔術師だが、本人がそう言うならそういうことにしておくしかない。
今まではローブの色が白だったが今日は黒、魔術協会の制服のまま冒険者として活動するのはダメだったのか、それとも変装のつもりなのか。髪型も上品に結んでいたこれまでと違って活動的なポニーテールにしている。ただ、冒険者にしては髪が長いし髪質が綺麗過ぎるから変装としてはあんまり意味がない気がする。
「冒険者ランクはゴールドで魔術師です。実戦経験は少ないですが、足を引っ張らないように頑張ります」
ゴールドランク。冒険者ランクの最高位だ。プラチナランクというのもあるが、あれは実力ではなく勲章的なものだから除外して考える。
ネイリー、もといネリは一級魔術師だからゴールドランクなのは当然なのだが、改めて面と向かうと緊張してしまう。
「あー、こちらこそよろしく。えっと、使える魔術は? 俺は【水】と【識】なんだけど」
「【土】【火】【風】【空】の四種類です」
「ネリちゃんすごいね! 四属性使える人初めて見た! あ、アタシはセタール、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
セタールの差し出した手に、ネリは笑顔で握る。俺が六属性全て使えると知ったらどういう反応をするのだろうか。
それにしても、セタールは瘴気事故の時にネリがネイリーモードの時の姿を見ていた気がするが、気が付いているのだろうか。
「その魔杖、良い素材を使っている」
「いや、何の話だよ」
ルキッドは全く別のことに関心が向いていた。確かに俺も気になったが、開口一番に言うことではない。
「ルキッドだ。……強いなら心強い」
ルキッドはわかりづらい自己紹介をして、すぐに壁と同化するかのように沈黙する。
魔杖だけ褒められたネリは少しポカンとした表情を浮かべた。
「じゃあ……よろしくお願いします、ネリさん」
「はい。よろしくお願いします」
ネイリー、いや、ネリは静かに微笑んだ。事情聴取の時の冷たい雰囲気はなく、どこか柔らかい感じがする。仕事の時とそうじゃない時で使い分けているのか、ネリという人を演じきっているのか。セタールもネリも読めないから少し恐ろしい。
(研究対象に近づこうとしているのか?)
事情聴取でネイリーから個人的に聞かれてたことを思い出す。俺を研究の協力者として相応しい人だと言っていた。やんわり断ったが、まだ諦めてないのか。
ネリを任務に連れて行かない、それも考えたが、それはそれでセタールとルキッド、あとミルダさんに怪しまれてしまう。仕方ない、今日だけなら誤魔化せるだろう。
こうして、『真紅の鴉』は強力な助っ人を迎え、バインドツリー討伐へ向かうことになった。
次回は金曜日更新予定です。
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