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魔術師未満  作者: 大日小月
第三章 貢献度稼ぎ

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第十五話 木の魔物

 バインドツリーの目撃情報をもとに、俺たちは森の中を通る街道を進んでいた。

 森に入るまでは街道は明るくて人通りもあったが、森に入ると一気に静かになり、木々が密集して薄暗いため視界が悪い。森風が吹くたびに枝が揺れ、どれもこれもバインドツリーに見えてくる。木々のざわめきが俺たちを嘲笑っているかのようだ。

 時たま、鳥が羽ばたく音にネリは一々警戒をしている。歩き方も一々肩を揺らしていて、魔術師としては優秀でも森歩きは慣れていないらしい。


「ネリ、森を歩く時はかかとから着地するんじゃなくて靴全体で支えるようにした方がいい」

「なるほど、そういうところから冒険者は心構えしているのですね」

「そこまで殊勝なものじゃないさ」


 軽い雑談で気が解れたのか、ネリは先ほどより落ち着いて歩けるようになった。こういう歩き方一つ変えるだけで体力の消耗が違ってくるから、案外馬鹿にできない。


「こういう依頼は初めてです」


 森の視界に慣れてきた頃、ネリがポツリと呟いた。


「ゴールドランクなのに?」

「私は冒険者としての活動実績は少ないんです。非常時の応援や、学術的な調査の方が多くて……」


 なるほど、一級魔術師試験に受かった副産物としてゴールドになっただけで、冒険者としての経験は浅いというわけか。


「普通の冒険者の仕事ってどんな感じなんでしょうか?」


 ネリは興味深そうに俺の方を見る。その目は一瞬鋭くなったような錯覚を覚えたが、次の瞬間には元に戻っていた。


「聞きたい? それならこの二日間の話をしてあげるよ!」


 セタールがシュバっと顔を出して、嬉々として下水掃除の話をし始めた。

 それ聞いたら冒険者へのイメージが最悪にならないか。


「なるほど、私たちが暮らす足元でも冒険者の皆様は日々戦っておられるのですね」


 俺の心配は杞憂に終わり、ネリは感心した大きく頷いた。割と育ちがよさそうな人だが汚れ仕事への偏見はないようだ。


「それでね、ケントが私を一人でバインドツリーに向かわせたんだよ。酷くない?」

「セタールさんのことを信頼されてんですね」

「そうかなー?」


 なんか、ついでに俺への不満も言ってる気がする。

 二人の会話を後ろで苦笑しつつ聞いていると、道は次第に森の奥に入る。空気が湿り、甘い匂いが漂ってきた。


「……マールムの匂いか」


 ルキッドが呟く。バインドツリーは庶民がよく食べる赤い果物、マールムにそっくりな実を生やす。それに釣られた人や動物を襲うあくどい魔物だ。

 バインドツリーは周辺の木に擬態する、マールムの木があるってことはどこかにバインドツリーも紛れているかもしれない。


「ネリはバインドツリーの危険性はわかるな?」

「はい。マールムに似た果実は魔力の塊で、落ちた衝撃で爆発します。実物を見るのは初めてですが」


 ネリは辞書を読むようにスラスラと述べた。しっかり知識はあるようだ。

 バインドツリーの嫌らしいところの一つは、近づきすぎなければ大丈夫だと思っていると果実を落としてきて、落下の衝撃で果実が爆発するところだ。

 近距離で戦うと、多少のダメージは覚悟しなければならない。


「遠距離から攻撃する時の危険性は?」

「樹皮の口から樹液弾を撃ってきます。後がなくなれば、葉を飛ばして文字通り身を削る攻撃をしてきます」

「その通り。流石によく知ってるわ」


 ネリが模範解答をすると、何故だが俺まで気持ちがよくなる。優秀な生徒をもった先生の気分はこんな感じなのだろうか。


「根が地面に埋まってないんだよね。足みたいに動くの気持ち悪いよー」

「遠近ともに安全圏はないということですね」


 セタールが足をクネクネと動かしてバインドツリーのモノマネをする。話だけ聞いていると笑えそうな光景だが、実際に動くところを見るとそんなことは言えない恐ろしさがある。

 下手な上級魔物よりサイズが大きいから、ただ動くだけでも迫力があるのだ。


 予習を終えたところで、本格的に探索をする。

 普通の木とバインドツリーの区別は非常に難しく、知らずに近づいて先制攻撃を受けることが多い。それもこの依頼が不人気の一つだ。

 だが、魔力の流れが見える俺には一発でわかる。

 森の中に紛れた一本の木、他の木とは明らかに違う魔力の流れ方をしている。


(あれだな)


 だが、俺が魔力が見えることは秘密。この時点でバインドツリーだと言うことはできない。


「そらっ」


 だから俺は何でもない顔で石を拾って適当に放ったふりをした。石は見事にバインドツリーの幹に当たり、木がびくりと震えて擬態を解いた。


「おおっ、ケントすごい! いつも通り勘が冴えてるね」

「運が良かっただけだ」


 セタールが素直に感心し、ルキッドが頷く。まさか魔力が見えているとは思わないからこそ出る発言だ。

 ネリはそんなやり取りを疑るような目で見たが、何も言わなかった。


「じゃあ、まずは俺たちがやってみせる」

「お願いします」


 ネリが後ろに下がり、俺とルキッドが前に出る。

 二人そろって魔杖を構えて詠唱の準備をする。


「【水は走り、識は狙い、影を捉える……」


「来るぞ」


 詠唱を始めるとバインドツリーが反応した。樹皮の口が開いて樹液弾を発射してくる。薄茶の樹液の塊が甘酸っぱい匂いとともに俺へと一直線に飛んでくる。


「【地よ、静かに息づき、一脈の力を集え――隆起!】」


 樹液弾は俺に届く前にルキッドが地面を隆起させた即席の壁に阻まれる。壁が溶けるように崩れるが、こちらに被害はない。


「逃れ得ぬ刃よ、敵を切れ――追水刃!】」


 そこに詠唱が終わった俺の魔術が放たれ、バインドツリーの幹を切り裂く。


「こんな感じでペアを組んで攻撃と防御に役割をわけるのが俺たちのやり方だ」

「なるほど……」


 ネリは顎に手を添えて納得した様子だ。実際の攻略法はパーティによって色々だからネリの知識にない方法だったのかもしれない。


「じゃあ、次はネリとセタールでやってみてくれ」

「わかりました」

「露払いは任せてー!」


 ネリとセタールが前に出る。

 ネリはゆっくりと前を見据えて白い魔杖を構えると、バインドツリーが再び口を開いた。


「来るよー!」


 セタールが樹液弾を打ち返さんと棍棒を構える。


「【土は砕け、火は灼け、風は裂ける。 重なり合う刃よ、疾風となり、敵を断て――炎砂裂衝!】」


 琴声のような美しく紡がれたネリの詠唱から魔術が放たれた瞬間、空気が震えた。

 三属性が絡み合った鋭い渦がバインドツリーへ突撃した。樹液弾を弾きながら渦は進んで直撃した。

 轟音と共に幹がねじ切れ、枝が吹き飛び、葉が吹雪のように宙に舞う。落ちた果実が次々に爆発する音が響く。

 バインドツリーは一撃で沈黙した。


「……」


 あまりの威力に俺たちも沈黙した。焦げた匂いと土煙がかろうじて時が動いていることを証明する。


「や、やりすぎましたか……?」


 誰も反応しないことにネリが不安そうに振り返る。頬がマールムの実のように赤く染まっている。


「いや、素晴らしい。一撃で倒せるならそれに越したことはない。三属性複合魔術を初めて見たからびっくりしたんだよ」


 俺の魔杖を含め、冒険者が持っている魔杖では二属性複合までしか発動できない。

 ネリの魔杖は相当な代物みたいだ。


「そうですか。加減を間違ったかと思いました」


 ネリはほっと胸をなで下ろした。こういう反応は素の反応っぽい感じがする。


「あー、加減は間違ったかも?」

「と、言うと……?」


 爆発が収まったのを確認してから倒れたバインドツリーの下へ向かう。

 真っ二つになった死骸が横たわる周辺の土は抉れてボコボコで、爆発の余波は死骸にも及んでいて至る所に傷ができている。


「これじゃあ素材として使えないんだ。討伐証明の根っこは無事だけど」

「すみません、そこまで考えが至っていませんでした」


 ネリは心底申し訳なさそうに俯く。しゅんと垂れた銀のポニーテールが哀愁を誘う。


「あー、あれだろ。普段は応援がメインだから素材より早く倒す方が優先なんだろ? その癖が出たんじゃないのか」

「……そうかもしれませんね。すみません、ありがとうございます」


 俺のフォローが少しは効いたのか、ネリは顔を上げて礼をした。

 これくらいのミスは駆け出しの頃に誰もが経験するが、若くして一級魔術師になった彼女はあまり失敗を経験したことがないのかもしれない。瘴気事故を起こしたクリルくらい落ち込んでいる。


「まあ、任務は完了したしいいじゃん?」

「ああ」


 フリーズから復帰したセタールとルキッドも励ましの言葉を掛ける。……ルキッドの言葉は慣れてないと理解に時間がかかるが。ルキッド語検定があったら俺は上位になれるかもしれない。


「そうだな。冒険者は命一番、飯二番、任務三番だから」

「はい、心に留めます」


 俺の拙いジョークに気づかず、ネリは噛みしめるように頷いた。魔杖を持つ手には力がこもっている。


「ネリちゃん、よかったら次の任務も一緒にどう?」


 しんみりとした空気を払うようにセタールが話題を変える。こういういい意味で空気を壊すことができるのがセタールの強みだと改めて認識する。


「よいのですか? 私としては願ってもないことですが」

「いいよいいよ。これだけ強いと私が楽になるし」


 リーダーは一応俺なんだが、トントン拍子で話が進んでいる。ネリが加入したら男性陣の発言力が下がりそうな気がしてきた。


「ケントさんは構わないですか?」


 赤い目が俺を見つめる。僅かに潤んだそれは演技なのか自然なのか、俺に見抜く能力はない。

 研究対象として俺に近づいたかと思ったが、今日のを見る限り冒険者というものを楽しんでいる感じがした。果たして。


「……まあ、いいんじゃね。ルキッドはどうよ」

「強いなら歓迎する」

「うんうん! じゃあネリちゃんよろしくね!」

「はい。こちらこそ」


 ネリは嬉しそうに微笑んだ。

 俺の秘密に近づくのはやめてほしと思いつつも、断れない自分がいた。

 こうして、『真紅の鴉』は新たな助っ人を迎えることになった。


「じゃあ手始めに下水の掃除任務でもするか」

「……検討します」

「ケント! 変なこと言わないで!」

「すまん、ついな」


 俺のつまらない冗談はまたしても炸裂しなかった。

ゴールデンウィークは毎日更新します。


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