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魔術師未満  作者: 大日小月
第三章 貢献度稼ぎ

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第十三話 人喰い花

 下水掃除という地獄のような任務を終えた翌日、俺たち『真紅の鴉』は、再びギルドの掲示板の前に立っていた。

 掲示板には依頼がぎっしり貼られている。

 中でも右上の一角にある通称地獄コーナーは、誰も触れたがらない依頼ばかり。紙が日焼けして黄ばんでいたり、角が丸まっていたりと酷い有様。冒険者たちはその前を通る時、なぜか視線を逸らす。

 ……まあ、気持ちはわかる。


「今日はもっとマシな依頼にしようか」

「臭いのと汚いのは絶対嫌だからね!」


 セタールはジトっと湿度の高い目線をくれる。下水掃除が相当堪えたらしい。


「ルキッドはどうだ?」

「……連続だとキツイ」


 黙々と清掃作業に精を出していたルキッドだが、流石に二日続けては厳しいみたいだ。


「まあそうだよな」


 下水掃除は臭い・暗い・汚いの三拍子揃った最悪の任務だった。あれに比べれば、多少の重労働でも天国に思える。


「これなんてどう?」


 セタールが指さしたのは地獄コーナー、を少し避けたところにある依頼。街道清掃およびパトロールと書かれている。街の外に伸びる街道の草刈りや砂利の除去、休憩小屋の点検などを行う依頼で、これ自体は面倒で避ける人は一定数いるものの、不人気な依頼ではない。


「場所が悪いな」

「山道はしんどいよね」


 街道と一括りにしているものの、石畳で舗装されたものから獣道のような険しい道まで様々だ。今回は険しい方だから避けられてきた依頼だったのだろう。


「まあ、下水よりはマシか」

「うんうん、外の空気は美味しいし!」

「下水だと途中で飯すら食えないからな」


 セタールは首がもげそうなくらい激しく首肯する。空腹の方が問題だったのだろうか。

 こうして俺たちは、街道清掃の依頼を受注した。




 街の外に出ると、街道は土が踏み固められただけの簡素な道が続いていた。

 前世の舗装道路とは比べ物にならず、人が通らないルートはすぐに草が生い茂り、雨が降ればぬかるみ、風が吹けば砂利が散乱する。

 だからこそ、冒険者が定期的に手入れをする必要がある。


「じゃあ手分けしてやるか」

「はーい!」

「ああ」


 俺たちは鎌を手に街道を歩く。主要道は往来も多く邪魔になりそうな石を除去するくらいだが、山を突っ切るルートに入ると道は凸凹で雑草がメキメキと成長しており、放置しておけば通行の妨げになりそうな有様だ。

 鎌で草をバッサバッサと切り分けながら視界を確保する。


「【火よ、触れしものを、灼き払え――焚灼!】」


 ある程度雑草が溜まれば燃やしてしまう、魔術はこういう時に便利だ。


「うへぇ、くさーい」


 セタールが鼻をつまんでしっしともう片方の手で煙を払う。

 パチパチと音を立てて燃える炎は、湿った草を燃やした時特有の青臭い煙を放って鼻に悪い。下水に比べたらマシだが今日も臭い思いをしてしまった。

 風が強い日は延焼が怖くて燃やせないから荷物が多くなってしまう。放置しておけば湿気で腐って虫や魔物の発生源になるため必ず除去しないといけない。この任務は割と天候に左右される。


 そんな感じで草と石を除去しながら街道を進んでいると、道に大きな凹みが現れる。


「ここ陥没してるね」

「埋めるしかないか、ルキッドいけるか?」

「……この大きさは厳しいな」


 軽い凹凸くらいなら【土】の魔術でパパっと直せるが、陥没といえるほどの穴はルキッドの手には余るみたいだ。魔術というのは破壊や創造は得意だが、こと直すということには案外不器用なところがある。


「地道にやりますかね」


 陥没した穴の土砂をスコップで軽くすくい、そこにその辺の石や街道脇から拝借した土砂をいい感じに投入していく。正確な順番や方法はわからないが、単に土をいれるよりは強度はマシになるだろう。


「結局重労働だね。お腹空いたー」

「討伐よりは楽だろ」

「えー、そうかなー?」


 普段重たい棍棒を持ちながらあちこち走り回っているというのに、セタールはスコップで土砂を運んだだけで文句を垂れた。討伐の時は気持ちが昂って疲労を感じにくいのだろうか。

 空腹を訴えながら喧しく作業をするセタールと、相変わらず黙々と清掃に勤しむルキッドといういつもの『真紅の鴉』の仕事風景だ。

 それから、道中特にトラブルもなく、予定通りに休憩小屋にたどり着く。今日はこの小屋の手入れをしたら任務完了だ。


「前にやった冒険者、草を焼かずに放置してるね」


 セタールが指さした先には、刈られた草が小屋の脇に山のように積まれていた。


「……時間が経ってるな」

「腐ってなければいいが」


 俺は草の山に近づき、魔力の流れを意識して目を細めた。じわりと魔力が滲み出ている感じがする。匂いは完全に腐ってるし不味い状態だ。


「ケント、どうしたの?」

「……嫌な予感がする」


 その瞬間、こちらの存在に反応するように草の山がぐらりと揺れた。


「出るぞ!」


 草の隙間から、巨大な花が勢いよく顔を出した。草が辺りに飛び散る。

 赤黒い花弁、鋭い棘、そして中心には牙のような突起。


「マンイーターだ!」


 花型の魔物、マンイーター、腐った植物や放置された草に瘴気が溜まると発生する魔物だ。


「全く、前の冒険者がサボってたばっかりに」


 衛生管理を怠るとこういう魔物が出るから清掃の必要があるのに、前任者は理解していなかったようだ。

 こちらを見下ろす巨大な花が、サボり野郎に重なって見えて余計に憎い。


「普通に攻撃したら花粉が飛んじゃうんだよね?」

「そう。花粉が飛び散って悲惨なことになる」


 マンイーターは攻撃を受けて興奮すると花粉を撒き散らす。花粉が別の場所で根付けば、また新たなマンイーターが生まれる。街道沿いで増殖されたら草刈りどころではなくなる。


「一撃で仕留めるぞ!」

「了解ー!」

「ああ」


 俺たちは武器を構え、マンイーターに向き直った。

 マンイーターは花とは思えないほど禍々しい姿でこちらを睨んでいた。風が吹けば花粉が舞いそうで、見ているだけで背筋が寒くなる。


 三人は自然と布陣を敷く。


(まずは動きを止める)


 魔杖を構え、魔力を練り上げる。

 マンイーターは根を地面に張り巡らせているため、動きは遅い。だが、花粉を撒かれる前に封じなければならない。


「【水よ、絡み、縛りつけよ――水幻縛】!」


 水の鎖が地面から伸び、マンイーターの茎に絡みつく。花弁がばさりと揺れ、抵抗するように軋む音を立てた。


「ルキッド!」

「……任せろ」


 ルキッドが静かに地面へ魔杖を向ける。その動きは派手さはないが、確実で迷いがない。


「【地よ、静かに息づき、一脈の力を集え――隆起!】」


 マンイーターの根元の土が盛り上がり、茎が強制的に持ち上げられる。花弁が押し広げられ、中心の核が露出した。


「セタール、今だ!」

「任せて!」


 セタールが棍棒を構え、地面を蹴り露出した核に向かって跳び込む。


「せいやぁぁぁっ!!」


 全身の力を込めて振りぬかれた棍棒は核を叩き割り、乾いた破砕音が響いて核が粉々に砕け散った。

 マンイーターは一瞬で萎み、花弁がしおれるように崩れ落ちる。

 ……見た感じ、花粉は飛んでいない。


「よし、成功だ」

「ふぅ、緊張したぁ……!」

「……問題ない」


 三人の息がぴたりと合った、完璧な一撃だった。


「しかしさぁ……」


 セタールが崩れたマンイーターを見下ろしながら言う。


「街の中はあんなに綺麗なのに、街の外になると雑になりがちだよね」

「まあ、街の外は管理が行き届かないからな」

「前の冒険者、他の場所でも同じようにしてるのかな」

「……ギルドに報告しておくか」


 街道の手入れを怠れば、旅人が危険に晒される。

 街中は瘴気対策で清掃が徹底されているが、街道は人手が足りない。だからこそ、冒険者の仕事があってその恩恵に与っている面もあるからなんとも言えないものもあるが、それにしても、前任者の手抜きは酷いもんだ。

 

 任務の達成感と、もやっとしたすっきりしない気持ちを抱えたまま街へと戻るのだった。




 街へ戻り、ギルドの受付に向かう。

 受付嬢のミルダさんは、俺たちを見るなり目をパッと明るくした気がした。


「おかえりなさい。街道清掃、どうでした?」

「無事終わりました。後、マンイーターが一体」

「えっ、マンイーター!? 街道沿いにですか?」

「前の冒険者が刈った草を放置していたようで。瘴気が溜まっていました」


 俺の言葉にミルダさんは目元を手で覆った。仕事の疲れが溜まってくる時間も相まって、かなり疲れた表情に見える。


「……またですか。あのパーティ、最近手抜きが多いんですよね。報告しておきます」

「お願いします。そのパーティ、常習犯なんですか?」


 ミルダさんは手際よく書類をまとめながら耳打ちするようにひっそり返答する。


「ここだけの話、要注意パーティだったんですよ。名前は出せないですけど」

「そうだったんですね。普通のパーティがあんなことをしてたんじゃなくてよかったです」

「ほとんどのパーティは真面目にしてくれてますよ」


 疲れた表情から一変、ニコッと受付スマイルを取り戻したミルダさんは依頼完了の印を押した。


「はい、これで完了です」

「ありがとうございます」

「『真紅の鴉』のみなさんは特に真面目で、私たちも助かってますよ」

「あ、そうなんですか」


 想定外のことを言われて、一瞬怯んでしまう。


「へー、じゃあ貢献度多めにつけといてよー!」

「それはできない相談ですね、ふふっ」


 セタールの厚かましい発言にミルダさんは妹を相手にするように優しくあしらう。

 なるほど、俺たちはそういう風に見られていたのか。なんだか嬉しいような恥ずかしいような気分だ。

 ルキッドの方を見ると、無表情だがどこか満足げな感じを醸し出していた。

 



 ミルダさんからの評価という思わぬ報酬を得た俺は、ギルドを出てふと空を見上げた。夕日が街を赤く染めている。

 貢献度の貯まる任務は面倒だ。下水掃除も街道清掃も、臭いし汚いし重労働だ。報酬も割に合わない。だが、街の役に立ってる実感はある。

 前世では定年退職後にボランティア活動に目覚める人がいるという話を聞いたことがある。会社に行かなくなって社会との繋がりがなくなり、自分が必要とされている実感をするために始めるだとか。

 今はその気持ちが少しわかる気がする。

 街道を整備すれば商人や冒険者が安全に通れる。マンイーターを倒せば被害を防げる。誰かの生活を守っているという実感は悪くない。


「ケント、次こそはもっと楽な依頼にしようね!」

「そうだな」


 セタールの明るい声に、俺は苦笑しながら頷いた。

次回は水曜日更新予定です。


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