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魔術師未満  作者: 大日小月
第三章 貢献度稼ぎ

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第十二話 下水に蔓延る魔物

「ねえ、いい話聞いちゃったんだけど」


 ギルドの掲示板前で依頼を探していると、セタールが妙に得意げな顔で言った。

 この顔は、絶対にろくでもない情報を持ってきた時の顔だ。


「一応聞くけど、なんだ?」

「貢献度を貯めると冒険者ランクを上げられるらしいよ」


 貢献度――冒険者ギルドにどれだけ貢献したかを示すポイントのようなもの。塩漬けになっている依頼を片付けたり、やむを得ずランク以上の依頼を達成したりすると貯まる。


「ほんとかよ。誰が言ってたんだ」

「リカさんだよ」

「ああ、『黄金の女豹』のリーダーか。……シルバーランクだし、一応信憑性はあるのか?」


 貢献度の制度は不確かなことが多い。

 まず、どれだけの貢献度が貯まっているかが正確にはわからない。任務を達成した時に一定以上貢献度が貯まっていると報酬と一緒に貢献切手がもらえるが、もらうまではわからない。


 次に、その恩恵が完全には周知されていない。

 ギルドが運営する宿や酒場で割引を受けられるのは誰もが知っていることだが、「割のいい依頼が回ってくる」とか、「緊急招集がかかりにくくなる」とか眉唾ものの情報もある。

 完全なデマならギルドが否定するはずだが、特に訂正していないのがそれに拍車をかけている。

 

 ……まあ、あまり豪華な特典にすると不正が横行しそうだから、曖昧にしているところがあるのだろう。貢献度を狙って依頼を選ぶ、貢献切手の売買とかは実際に過去にあったことらしい。


 「貢献度を貯めるとランクを上げられる」というのは、そんな不確かなことが多い貢献度制度にまつわる都市伝説の一つだろう。

 だが、そういう話があれば任務をやる動機になるのも事実。


「じゃあ今日は貢献度を貯めるか」

「んふふー、感謝してよね!」

「もしランクが上がったらな」


 セタールは既にに情報やとして仕事を果たしたかのようにドヤ顔をする。人差し指と中指をくっつけては離すを繰り返す仕草は子どものようだ。この世界でもピースサインの文化はあるんだな。


「ルキッドもそれでいいか?」

「ああ、問題ない」


 ルキッドは基本的に依頼に口を挟まない。工場での口数の多さは鳴りを潜め、いつもの物静かさを取り戻している。

 こうして俺たち『真紅の鴉』は、貢献度が貯まると噂の誰もやりたがらない依頼を探すことになった。




 この世界は前世でいう中世辺りの雰囲気だが、衛生観念は意外としっかりしている。道にゴミが散乱しているということはないし、下水道が整備されていて窓から汚物を投げ捨てるということもない。繁華街の夜明けよりは新都の方が綺麗だと言えるほどだ。

 庶民でもきっちり身を清めていて、香水で誤魔化すということもない。粗野な冒険者ですらシャワーは浴びるくらいだ。

 ここまで清潔な理由は単純、汚れやゴミは瘴気と結びついて魔物になるからだ。


 魔物が絡むということは冒険者の出番もあるということ。

 街中は清掃員が定期的に掃除しているが、どうしても汚れが溜まる場所は出てくる。その代表例が、下水だ。

 そして今、俺たちはその下水にいた。


「くさいー。もう帰りたい」

「まだ始まったばかりだろ。口じゃなくて手を動かしなさい」


 下水道は思った以上に広く、天井は大人が立って歩けるほどの高さがある。壁には苔がびっしりと張り付き、ところどころに水滴が落ちている。

 下水は絶え間なく水が流れているとはいえ、土砂やゴミが堆積する。それを人力で除去するのが今回の任務だ。

 鼻を突く悪臭、湿気で重くなった空気、足元のぬかるみ。まともなマスクがないため、口元を布で覆っているが、臭いは容赦なく鼻に届く。


「ほら、ルキッドは黙々とやってるぞ」

「……」

「それは任務の時以外もじゃん」


 ルキッドは黙々とスコップを動かし、土砂やゴミを袋に詰めていく。こういう地味な作業でも手を抜かないのは真面目さゆえだろう。

 臭いし暗いし体力も使うから、当然誰もやりたがらない。だからこそ貢献度が貯まる。街の安全のためにはこうした地道な作業が欠かせない。


(まあ、こういう仕事も必要だよな)


 単に掃除だけならわざわざ冒険者じゃなくて囚人がやればいいし、実際前世地球ではそうだったらしい。しかし、この世界ではそうはいかない。

 瘴気が溜まれば魔物が生まれるからだ。


「ケント、なんか足に触った! 絶対なんかいた!」

「ただの藻だ」

「藻でも嫌だよ! 藻は藻で気持ち悪いよ!」


 セタールは下水道に入ってからずっとこんな調子だ。普段は強気なくせに、こういう場所では途端に弱くなる。というか、貢献度の貯まる仕事ってこういうのばっかりなんだが、どういうのを想像していたのだろうか。


「……ん?」


 臭いを吸わないように酸素だけを取り入れる呼吸法を模索しながら清掃していると、足元の水がぬるりと揺れた。


「出たな、スライムめ」


 黒い斑点がある青緑色の半透明の塊が、ぬるぬると形を変えながら迫ってくる。カビや埃が瘴気と結びついて生まれる魔物――スライムだ。

 スライムは弱い魔物だが、汚れや瘴気を吸って成長するため放置すると巨大化する。核を壊さない限り死なないし、核以外の体を攻撃すると飛び散ってこちらが汚染される。下級魔物ながら厄介な魔物だ。


「よし、一旦清掃やめ! スライム退治だ!」

「お、おー」

「ああ」


 すっかり元気のなくなったセタールと相変わらずのルキッドも掃除道具からそれぞれの武器に構えなおして臨戦態勢をとる。

 スライムがぬるりと形を変えながらこちらへ迫ってくる。下水の薄暗い灯りに照らされて青緑色の体が不気味に光った。


「ケント、失敗しないでよ! 私、絶対にあれ浴びたくないからね!」

「わかってるって。ルキッド、準備は?」

「ああ。いつでもいける」


 下水道では【火】の魔術は基本的に使わない。理由は単純にガスが溜まっている可能性があるからだ。もし引火すれば、スライムどころか俺たちごと吹き飛ぶ。


(だから、火は使えない。飛び散らせるのもダメ。となると……)


 スライムを一撃で倒す方法はいくつかある。 核を正確に射抜く、酸で溶かす、光魔術で焼く……。

 だが、この環境で安全にできるのは限られている。


「凍らせて割る、飛散しないように固めるぞ」

「了解」

「私は後ろで見守るよー!」

「働け」


 セタールの軽口を流しつつ、俺は魔杖を構えた。込めるは【水】の魔力、狙うはスライムの核ではなく攻撃をしない方がいい体。


「【水よ、凍てつき、形を奪え――氷縛】!」


 スライムの表面が一瞬で白く曇り、内部まで凍りついていく。ぶるぶると震えていた体が、ぴたりと動きを止めた。下手に攻撃して飛び散るのなら、凍らせてしまえばいいじゃないという戦法だ。

 しかし、この方法にもデメリットはある。


「核の位置はどうだ?」

「少し左に寄っていた。凍ったせいで歪んだな」


 魔術で急速に凍らせると濁ってしまい、核の位置がわかりにくくなってしまうのだ。凍っているのだから全部粉々に砕くという力技もあるが、労力を途方もなく費やすのと、割った氷の掃除まで追加されてしまう。

 核を攻撃すれば体ごと消失するから核を狙う方が圧倒的にいい方法だ。


「ここを狙え」


 ルキッドが氷塊を覗き込んで指先で軽く叩いた。それから氷の表面に核の場所をスコップの先で印をつけた。

 凍る瞬間まで核の位置を確認してもらっていたのだ。


「了解! いくよっ!」


 セタールが棍棒を構えて勢いよく踏み込む。その一撃は印の中心を正確に砕いた。

 パリンと乾いた音が響き、氷ごと核が砕け散った。氷片が四方に弾け飛ぶが、ルキッドが無言でスコップを横薙ぎに払った。スライムの体はそのまま崩れ落ち、やがて消失した。……今日のルキッドはスコップで活躍してるな。


「……ふぅ。終わった?」

「終わった。よくやった」


 三人のコンビネーションで見事に無傷でスライムを討伐できた。小さく音が鳴らない程度の拍手で仕事ぶりを称える。


「ケント、核は?」

「ああ、拾う」


 スライムの核は砕いても消失せずに残るため討伐証明部位になる。核は体の汚さとは裏腹に驚くほど綺麗だ。黒い宝石のように光っていて思わず見惚れるほど。


「これ、ほんと綺麗だよね。スライム本体はあんなに気持ち悪いのに」

「核だけは魔力の結晶だからな。汚れはつかない」


 黒光りする核は宝石としての利用価値もあるらしいが、製造工程を見たら一気に市場価値が下がりそうな気がする。原産地:下水だからな。


「よし、次の区画に行くぞ」

「えぇぇぇ……もう帰りたい……」

「まだ半分も終わってない」

「ルキッドはなんでそんな平然としてるの……?」

「慣れだ」


 ルキッドは相変わらず落ち着いて作業を続けている。この単調さのせいで他の冒険者と反りが合わないことがあるが、俺としては非常にやりやすくて助かっている。


 その後も、俺たちは何度かスライムを処理しながら下水の掃除を進めた。

 掃除、掃除、凍らせて割る、掃除と気の抜けない清掃活動が続く。冒険者じゃないとできないわけである。



 朝方に始まった清掃が終わったのは、お昼もとっくに過ぎた頃だった。下水で飯を食う気にもなれなかったので、既に空腹のピークを越えて、逆に空腹に慣れてあまりお腹が空いてない感じすらする。


「娑婆の空気だ」


 地上に出た瞬間、太陽の光が眩しくて目を窄めた。湿った空気から解放されて風が肌を撫でる。ただの風なのに、まるで祝福みたいに感じる。セタールがへたり込むのも無理はない。


「……終わったぁぁぁぁ」


 セタールがその場にへたり込んだ。

 新鮮な空気を吸い込みながら、魂が抜けたような顔をしている。

 

「お疲れ。よく頑張ったな」

「ケント、次はもっとマシな依頼にしようね……?」

「そうだな。俺もそう思う」


 いくら貢献度稼ぎとはいえ下水掃除はキツすぎる。臭い、暗い、汚い、そしてスライム。

 俺は心の底からそう誓った。


「……報告に行くぞ」


 ルキッドはそれだけ告げると、いつも通り無表情で歩き出した。

 俺とセタールは顔を見合わせ、苦笑しながらその後を追った。

 

「報告の前にシャワーが先だぞ」


 俺はリーダーとしてメンバーの衛生管理を怠らないように注意喚起をした。

次回日曜日更新予定です。


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