第93話 監獄の秘密
そうしてヴェロニカの指定した場所に、アナリーゼは約束通り三成だけを伴って赴くと、そこには彼女が約束通りバジルだけを護衛にして待っていた。
「まさか本当に私の提示した場所へノコノコやってくるとは思わなかったわ。こうして会うのはいつ以来かしら?」
「卒業式の日以来でしょう。久しぶり、ヴェロニカ」
警戒心を露わにするヴェロニカに対して、アナリーゼの側はふんわりと微笑んでみせる。だがその瞳には一欠片の暖かさも感じられなかった。
「で、わざわざ同行者に俺まで指名して、なんの用だ? 暗殺か騙し討ちか、それともこの会談そのものが陽動で別動隊を進軍させているのか。え、氷の女帝アナリーゼさんよ」
バジルが警戒感を露骨なまでに剥き出しにしながらアナリーゼを睨む。もしもアナリーゼがほんの少しでも妙な動きをすれば、彼は迷わず腰の剣を抜いて、アナリーゼの首を斬ることだろう。
一騎当千の猛将に殺気混じりに睨まれてもアナリーゼはまったく動じることはない。それどころか余裕すら感じる冷然さで口を開く。
「まさか。折角家臣たちの反対を押し切ってまでこういう場を用意したのに、そんな無粋な真似はしないわ」
「奇遇ね。私も家臣たちに随分と反対されたわ」
ヴェロニカは嘆息しながら軽口を叩くと、アナリーゼも微かに笑う。
ほんの少し緩みかけた空気を引き締めるようにヴェロニカは「それで」と鋭い目をアナリーゼへ向けた。
「本題を言いなさい。まさか本当に昔話をしたかっただけなんて言わないでよ」
「そうね、なら単刀直入に」
アナリーゼは一拍置くと、
「ヴェロニカ、戦争を終わらせましょう」
とんでもない事を言い放った。
『――!』
ヴェロニカとバジルは揃って目を見開く。アナリーゼの発言を測りかねているヴェロニカは眉間に皺を寄せながら尋ねる。
「それは天下を東西に二分して、其々を治めようって話?」
「違うわ。ヴェロニカが私に降伏してという話」
それは余りにも直球過ぎる降伏勧告であった。
バエル王国の全体の国力を百とすると、アガレスは四十五、ウァレフォルが三十五、共和国が二十というのが国力比である。もし三十五の国力を持つウァレフォルがアガレスに降れば国力の合計は八十となり、共和国を完全に圧倒する。そうなれば自然と戦争は終わることだろう。だが片方がもう片方を圧倒しているならともかく、アガレスとウァレフォルの国力はアガレスが勝っているとはいえ、決して大差というわけではない。例えばウァレフォルが共和国と同盟すれば、戦力比は四十五と五十五になり逆転できる。降伏など有り得ぬ選択であった。
「話にならないわね。用件はそれだけ? だったら私は帰らせてもらうわよ」
「私は無駄な流血を防ぎたいのよ」
話は終わったと早々に帰ろうとするヴェロニカを、アナリーゼが呼び止めた。
「それならアンタは王になるべきじゃなかった。アンタが王にさえならなければ、違う道もあったのよ」
怒りすら滲ませてヴェロニカが言った。
「駄目よ、ヴェロニカが王になるのは、駄目」
「……私は王として落第ってわけ?」
ヴェロニカが不快げに表情を歪める。しかしアナリーゼは首を横に振った。
「いいえ、違うわ。ヴェロニカはきっと良い王様になれると思うわ」
「ならどうして?」
「簡単よ」
その時、見計らったかのように一陣の風が吹く。
アナリーゼは本来この世界の主人公であるヴェロニカに対して、自らの覚悟を突き付けるように言った。
「だって――――天下を統一して天下人になるのは"私"なんだもの。他の誰でもない私が天下人になるのよ。この悪役令嬢のアナリーゼ・アガレスが」
発せられるのは自分が天下人になるという強烈な野心。そして絶対に自分以外が天下人になることを許さないという排斥の念でもあった。
「アンタには無理よ」
「いいえ、出来るわ。だって私には彼がいるもの」
そうしてアナリーゼが視線を向けたのは、乱髪天衝脇立兜をつけた三成だった。
「アナリーゼは天下人になる女だ」
三成はきっぱりと断定口調で言い切る。本当の天下人を知っている者にしか出せない、強い言葉だった。
「何故ならば、天下人の宰相たる俺が仕えているからだ」
「そう。アンタ達の覚悟は分かったわよ。でもどうしてそんなに天下人になりたいの? そんなに流血を防ぎたいなら、逆にアンタが私に降伏すればいいじゃない?」
「つまりよ。アナリーゼ、アンタが女王の看板を降ろして、エミリー陛下に臣従すれば、まるっと天下は丸く収まるわけだ。それなら俺もヴェロニカも喜んで頷いてやるぜ」
「……国力はこちらが勝っている」
二人の追及に三成が言うと、ヴェロニカは鼻で笑った。
「それだけ? 昔のそいつならその程度のことは、些事だったでしょうよ。王位継承権が自分の方が上だのとかそういうこと関係なく、私に『お願いヴェロニカ、私じゃ無理だからなんとかして! ヘルプミーフレンド!』とかアホなこと言って、私に降参してきたんじゃないの?」
「そうかも、ね」
もし本当にそれが出来ていたら、どれだけ楽だっただろうか。ヴェロニカに全て任せていれば、きっとアナリーゼ自身もこの国も救われていただろう。もしかしたら動乱だって今頃収束していたかもしれない。
「だけど駄目なのよ。ヴェロニカが王になるのは、駄目。だってヴェロニカはいつだって正しい人だから。正しい事しかしない人だから、駄目なの」
「何言ってるんだ?」
バジルが怪訝な顔をする。
「私はカシム先輩にもヴォーティガン先輩にも、誰にも死んでほしくないの。勿論ヴェロニカにもバジルにも」
「訳の分からない事を言わないで。大体ヴォーティガンなら処刑するためにアルタルフへ護送したって……」
「死んでいないわ。ヴォーティガン先輩も、革命軍に参加していたリュシエルもニンファちゃんも、カール先輩もアルガ・マリーナ先輩も、みんなみんなちゃんと無事に生きている」
「っ! アンタまさか!?」
ヴェロニカの中でアナリーゼの言葉と、革命軍の幹部達を収容するため新たに建設したというガキッド監獄島。そしてアナリーゼ自身のあまりの変貌っぷりが一つの線で繋がる。見上げれば、そこにはヴェロニカが知るのと寸分違わぬアナリーゼ・アガレスがいた。
その頃、ガキッド監獄島には先の戦いで捕虜にされた革命軍の幹部達が運び込まれていた。
アナリーゼが憎き革命軍に終わらぬ生き地獄を与える目的のために作り上げたというガキッド監獄。果たしてどんなおどろおどろしい施設なのだろうかと戦々恐々としていた革命軍の幹部達は、監獄内の景色を目の当たりにした瞬間、言葉を失ってしまった。
「……ガキッド監獄島は死刑すら生温いと女王アナリーゼに判断された者たちが、死すら許されぬ生き地獄を味わわされる場所と聞いたが、これはどういうことだい?」
エカテリーナがどうにか口にする。
整備された歩道の脇には花壇が並び、図書館や食堂と思わしき施設に、プールに男女に別れた入浴施設まであった。
「ここが監獄だって? 貴族の慰安施設の間違いじゃないのか?」
実際に貴族向けの慰安施設を利用したことのあるアルガ・マリーナが漏らした。
「いいや間違いじゃねえさ、ようこそ監獄島へ。監獄長をしてるアイアンモアだ」
革命軍幹部達の前に現れたのは元エカテリンブルク村の村長のトレヴァー・アイアンモアだった。革命軍の古い幹部達は、勧誘候補の一人だったアイアンモアの顔と名前を知っていたので驚きを以て迎える。
「ヴォーティガンの坊やがスカウトしようとしてたアイアンモアが、どうして監獄長をやってるんだい?」
「俺は女王陛下に返しきれん恩がある身でね。その女王陛下に頼まれればYesとしか答えられなかったのさ」
「い、意味が分からないよ! アナリーゼはなにがしたいんだ!? なにが目的だ!」
「…………彼女の目的は僕たちをここに収容すること、そのものだよ同志アルガ・マリーナ」
「ぶ、無事だったのかカール!?」
現れたのは先にガキッド要塞に送られて、凄惨な拷問を受けていると思われていたカール・ミストラルだった。カールは拷問された様子など一切ない五体満足だが、精神が消耗しているのか表情は暗い。
「ああ。この監獄島には腕のいい白魔法使いが常駐しているからね。死にたくても死ねんのだ」
「そういうことか。あの場にロウィーナ先輩が現れた時から、予想はしていたが…………まさかここまでやるとは」
「な、なんだよリュシエル! お前だけ分かったような顔して!」
「恐らくこの監獄では私たちは衣食住に困ることはない。娯楽だって望めば用意されるだろう。だが」
「外部との連絡及び脱獄と、そしてなにより『死ぬこと』。この二つだけは決して許されない。分かるかい? ここは正しく『監獄』なんだよ」
リュシエルの言葉の続きをアイアンモアが言う。
革命軍幹部達は思わず背後を振り返る。大地を揺らすような衝撃と共に先程入ってきた門が閉じると、巨大な鋼鉄の閂が横滑りする乾いた音が響いた。
絶対に、逃がさない。
革命軍幹部達の耳に、この監獄を作り上げた者の声が、幻聴として聞こえてきた。
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