第94話 あなたを殺す/あなたを倒す
ガキッド監獄の真実について聞いたヴェロニカは、余りにも深い溜息を吐き出した。
「アンタねぇ。自分がどれだけヤバいことやってるか分かってる? バレたらスキャンダルって言葉すら生温い爆弾な上に、とんでもない国費の浪費じゃない」
「分かっているわよ。でも『友達』を、窮屈な牢獄で強制労働なんてさせられないし、幸せで健やかに生きて欲しいから」
「それは所謂……『死んだ方がマシ』ってやつだろうが。もし革命軍の奴らを憐れんでるつもりなら、やめてやれ。死ぬまで戦うと決めた奴らにゃ死なせてやるのが慈悲ってもんだ」
真実にドン引きしながらもバジルは、革命軍幹部達の尊厳の為に口を出した。
だがアナリーゼはバジルの言葉にまったく動じる事はない。なにせアナリーゼ自身、自分のやっていることが正しいなんて欠片も考えていないのだから。
「慈悲? 違うわ。これは私の我儘よ。私が私の大好きな人たちには死んでほしくないから、死なないで欲しいっていう我儘を押し付けているの」
「そういうこと。だからアンタは王になったわけね」
「ええ。王様を殺すのは機会があれば誰だってできるわ。でも断頭台にかけられた王様を許すには、私が王になるしかないじゃない。もっともヴォーティガン先輩だけは、どれだけ理由をつけても、処刑しないでいるのは問題だからって三成さんが言うから、ちょっと特別な方法で――――」
「言い過ぎだアナリーゼ。それ以上はいい」
「…………」
正しい事しかしない人だから、駄目。この言葉の意味がヴェロニカにもよく分かった。正しい人間が救えるのは、正しい側だけだ。対極の正しさを持つ、自分側の勢力にとっての悪を救うことは出来ない。
だからアナリーゼは悪となった。
「よく分かったわ。私とアンタの道が相容れないってことが」
「そうでもないわ。ヴェロニカは正しい人だから、戦の趨勢が決まって、私を殺すほうが流血が多くなると判断すれば、きっと私の側についてくれると思う」
「そう……――――そうかもね」
そうしてヴェロニカは、本当に久しぶりに心からの笑みを浮かべた。
迷いを吹っ切ったヴェロニカらしい、快活な笑みだった。
「帰るわよ、バジル。話は終わったわ!」
「……ああ」
背中を向けて去っていくヴェロニカ。しかし二、三歩で思い出したように足を止めると、背中を向けたまま言った。
「今日の会談、アンタのやってたことにドン引きしたけど、嬉しかったわ。アンタ……学園で一緒に過ごしてた頃のアンタと何一つ変わってなかったのね」
「私も、嬉しかったわ。まるで学生だった頃みたいにヴェロニカと話せて」
アナリーゼが懐かしむように笑うと、振り返ったヴェロニカが悪戯っぽく舌を出しながら口を開く。
「違う違う、そういう意味じゃないわ。ユージーン殿下暗殺に王位僭称に二枚舌に、アンタらしくないことばっかりするものだから、また中身が別人に入れ替わったのかと思ったわよ」
「なっ……!?」
「え、なん、で……?」
今度は三成とアナリーゼが絶句する番だった。
「なんでもなにも、クロムウェルのスカウトでバッティングした時と、それ以前の『アナリーゼ』でまるっきり別人だったし、じゃあ中身が別人と入れ替わったなら、と考えたらしっくりきたから、そうなんだろうと思ってたのよ。どうやら正解だったみたいね」
「――――あ」
アナリーゼは声を漏らす。思い返せばヴェロニカはアナリーゼのことをアンタだとかの二人称で呼ぶことはあっても『アナリーゼ』と名前で呼ぼうとはしなかった。それはヴェロニカが友達だと思ったのは公爵令嬢でもアナリーゼでもなく、
――――何者でもない『 』であるという証明だった。
アナリーゼの目から涙が零れる。この動乱が始まってから悲しさから涙が零れる事は何度もあった。しかしこれは喜びの涙だった。
アナリーゼは袖でごしごしと涙を拭うと、潤んだ目で言う。
「ありがとうヴェロニカ。大好きよ。だから――――」
「私もよ。だから――――」
アナリーゼとヴェロニカは同時に告げる。
「貴女を倒すわ」
「アンタを殺すわ」
そうしてアナリーゼとヴェロニカは正反対の方向へ帰っていった。
会談から嘗てのように覇気を漲らせながら戻ったヴェロニカを、ウァレフォルの家臣達は胸を撫で下ろしながらも驚きを以て迎えた。相手が氷の女帝アナリーゼということもあり、最悪主君が殺される可能性も覚悟していたのだ。
「ウァレフォル公、会談で、なにか良いことでもありましたか?」
正統バエル王国の元帥であるロンメルが、代表して家臣達の疑問を訊ねた。
「ええ。不安が消えたわ。これから決戦を挑むわよ。カオス・アウストラリス要塞を出撃。北部にいるアナリーゼ相手に決戦を仕掛けるわ」
「遂に、ですか」
「この決戦の一番の目標はアナリーゼを討つことにある。アナリーゼさえ討てば、アガレス朝は崩壊するわ」
「……ええ、アスモデウス王国の戦況も大きく動きましたしね」
軍師のシェパードが言う。
北方のアスモデウス王国の内戦も、貴族連合軍側の有能な将軍が、王党派に寝返ったことで終結間近であるという。ジゼル・アスモデウスが幾ら有能な名君であろうと、内戦を終わらせて、そのままの勢いでバエル王国に雪崩れ込むというのは不可能だろうが、もしもバエル王国の動乱がこれから一年も二年も続けば、確実にアスモデウス王国は内乱に介入してくるだろう。
お互い、時間はかけられなかった。
ウァレフォル軍、動くの報はすぐにアナリーゼにも伝わった。
「アステローペ市は防衛に不向きよ。革命軍がそうしたように、打って出て敵軍を破る必要があるわ。どのあたりがいいかしら?」
問いかけられた三成は、地図の西側に位置する窪んだ地形を、迷いなく指し示した。
「アステローペ市より西にレグルスという名の盆地がある。恐らくはそこが決戦場となるだろう」
その言葉にクロムウェルが重々しく頷いた。
「天下分け目の決戦になりますね。恐らくこの戦を制した側が、バエル王国の天下人となる」
「……こちらの勝算はどの程度?」
「国力からいえばこちらが有利だが相手はあのヴェロニカ、勝ち目もあれば負ける目もある。しかし癪だが縁起はいい」
「なんで?」
意図が分からず首を傾げると、三成は淡々としたまま恐らく彼にとって生涯最大のジョークを言った。
「今度は俺が東軍だからだ」
アナリーゼは思わず噴き出した。




