第92話 最後の話し合い
革命軍がイザール平原で壊滅し、旧フルカス領でヴェロニカの進軍を押し留めていたヴェルモントがウァレフォルに降伏したことで、イジドール自由連邦は歴史から姿を消した。
アガレスとウァレフォルが北方で革命軍相手に戦っている間に、共和国は王都含めた中央部の支配を確立。こうしてバエルの大地は東側を支配するアガレス、西側を支配するウァレフォル、そして王都含む中央を支配する共和国の三つに別れたのである。
そして革命軍を討滅した後に降伏させたアステローペ市に入ったアナリーゼは、革命軍に政庁として使われていた城でノアからの報告を受けていた。
「ヴェルモント・フルカス元辺境伯を降伏させたウァレフォル軍は、そのまま彼の立て籠もっていたカウス・アウストラリス要塞に入りました」
「カウス・アウストラリス要塞?」
「古くから対アスモデウス王国の最終防衛ラインとして機能してきた要塞です。まぁ何度もアスモデウス軍の攻撃で破壊されては修復してを繰り返してきたので、テグミン要塞ほどではありませんが、それでも東部の入り口であるテネブ・カイトス要塞並みの要害ですよ」
クロムウェルがノアの代わりに説明する。元アスモデウス王国の人間であるクロムウェルは、アスモデウス側でカウス・アウストラリス要塞を攻めた経験があった。
「そこに今はウァレフォル軍十五万が立てこもっているわけか」
眉間に皺を寄せながら三成が言う。
「……このまま西進してヴェロニカと戦えば、終わりにできるかしら?」
「そう簡単にはいかんだろう。平原での決戦だった革命軍との戦いと違い、相手が立て籠もるのは要害で、ウァレフォルにはヴェロニカを含めた名将がずらりといる。遥かに厳しい戦いになる」
「外側から攻めるんじゃなくて内側からとかは、どう? 内通者を作ったりとか、民衆を呼応させたりとか」
「難しいでしょう。ヴェロニカは諸将をよく纏めていますし、旧イジドール自由連邦の民衆にしても、決起してヴェロニカを追い出す理由が今のところありません」
三成の代わりに、アナリーゼよりウァレフォル家の内情を探ることを命じられていたノアが答える。続けて三成が口を開いて頭の痛い話を言った。
「そもそも北部での民衆蜂起を警戒するべきは、ヴェロニカではなく寧ろ俺たちだ」
「まあ、それはそうですね」
これにはクロムウェル以下、群臣全員が反論できない事実だった。
アナリーゼは生け捕りにした革命軍の幹部は、生き地獄を味わわせるため監獄島送りにしてヴォーティガンは王都アルタルフへ送り火刑に処すると発表している。
対してヴェルモントを改易で許すなど、革命軍に対して寛大な処分をしたヴェロニカ。イジドール自由連邦の影響が強い北部人の支持率は当然ヴェロニカがアナリーゼを凌駕することになる。
アナリーゼは革命思想そのものは取り締まっているが、革命に加わった民衆に対しては寛大な姿勢を示してはいるものの焼け石に水だ。なにせ戦争するには金も、食料も、物資も、人材もとにかくあらゆる資源を消費する。三成が持つどこからともなく飯と兵士を供給する魔法の壺の中身は、民衆からの生かさず殺さず反乱も起こさせないギリギリのラインを見極めた搾取に他ならないのだから。当然、新たに征服した土地からも物資の徴用はするため不満は溜まる。
「三成さん、我儘を言っていい?」
「言うだけならばな。叶えられるかどうかは聞いてからだ」
「ヴェロニカと話がしたいわ」
場が少しだけざわつく。アナリーゼがこれまで他国と自ら直接交渉しようとしたのは、ユージーン・バエルを騙して誘き出して謀殺したのが最初で最後だったからだ。
「会談の場を、設けると?」
「いいえ。二人っきり……は、流石に無茶だろうから、私と三成さんと、ヴェロニカとバジルの四人だけで話をしたい」
アナリーゼは妥協したように言うが、それでもまだまだ無茶であった。学友同士だった昔なら兎も角、今やアナリーゼはアガレス朝バエル王国初代国王で、ヴェロニカは正統バエル王国の摂政。不倶戴天の間柄になっているのだから。
「危険すぎます! 大体ヴェロニカの付添人のバジルは、不死身の超魔法の持ち主ではないですか! 失礼ながら陛下と三成殿など、容易く殺せますぞ!」
「大体ユージーンにやったことを忘れたのか? お前が平和に四人だけで話をしようと言って、一体誰がそれを信じるというのだ」
クロムウェルと三成が揃って駄目出しする。この場にいる他の家臣も口にはしなかったが全員同意見だった。だがアナリーゼの決意は固い。
「それでも話がしたいの」
「分かった。やれるだけはやってみよう」
嘆息しつつも根負けした三成が了承する。だがどうせ拒否されるだろうと思ってヴェロニカへ送った親書の返事は意外なものだった。
『こちらの指定する時間と場所で良いのならば了承する』
ヴェロニカからの手紙を見たアナリーゼは、安堵したように肩を下ろした。




