第87話 蛮勇
そして革命軍と東部諸侯軍の間で第二次デネブ・カイトス要塞攻防戦が始まった。
最初に仕掛けたのは東部諸侯軍側である。諸侯軍にとって切り札ともいえるグランドール率いる騎兵隊を、オリヴィアは決戦兵力ではなく出鼻を挫くための先槍として使ったのだ。
「身の程知らずの農民共に、戦士たる騎兵の力を見せつけてやれぃ!!」
『応ッ!』
グランドールの檄で騎兵隊が猛然と突撃していく。
極端な話、農民に槍の一本でも持たせればでっち上げられる歩兵と違い、騎兵はそう簡単には作れない。そもそも馬に乗りながら槍や剣を振り回し、弓矢や魔法を放つというのは特殊技能なのだ。生活のため常日頃から馬に乗る北方の遊牧民族でもなければ、厳しい訓練を受けなければ修得できない。
それ故に騎兵は自分達こそが精鋭であると自負を持っているし、特にグランドール率いる騎兵隊はそれが顕著だった。
「はっ、ははははははははははは! 手応えがないぞぉ下民共がッ!」
大の男が三人がかりでやっと持ち上げられる大斧を片手で振り回しながら、グランドールは革命軍の兵士たちを蹴散らしていく。けれどヴォーティガンもグランドールの騎兵隊の武勇伝は聞き及んでいたので対策も用意していた。
「アルガ・マリーナ! 今だ!」
「ああ、槍構え!」
革命軍の兵士たちが騎兵のランスよりも長い七メートル近い長槍で槍衾を作った。
「なにぃ!?」
馬は本能的に尖ったものに突っ込むのを嫌うため、出来上がった槍衾に突っ込むことができず足を止める。そこへ歩兵たちが一斉に槍を突いた。
騎兵を率いるグランドールは槍を防いでみせたが部下たちはそうはいかない。少なくない数の騎兵が槍に突かれて倒れていく。
「ちぃ! 小癪な真似を……退くぞ!」
足の止まった騎兵ほど脆いものはない。そのことを本能で知っていたグランドールは直ぐに退却を始めた。
「逃がすな! 追撃しろ!」
ヴォーティガンはここでグランドールの騎馬隊を壊滅させてやろうと号令するが、それを邪魔するように矢の雨が降り注ぐ。
アナリーゼから内々にグランドールは絶対死なせぬようにと手紙に書かれていたため、万が一がないよう出撃していたオリヴィアに命じられ出撃していたエドムンドの弓兵隊だった。
「グランドール伯、どうか今のうちに」
「……ふん、感謝しておいてやる」
そうしてグランドールとエドムンドは革命軍の足止めをしている間に、要塞内に戻ると城門を閉ざした。
一方でグランドールの騎兵隊を撃滅する千載一遇の好機を逃したアルガ・マリーナは悔しがった。
「畜生! あと一歩であのバルドゥス・グランドールとその騎兵隊を倒せたのに!」
「いや、例え弓兵隊の妨害がなくても討ち取るまではいかなかったよ」
「なんでそんなことが分かるんだよヴォーティガン」
「足の速さだよ。七メートルの長槍を持った兵士じゃ、どうしても行軍速度が遅くて、向かってくる相手はまだしも、逃げる敵には追いつけない」
だがヴォーティガンは今回の戦果に満足していた。
そもそも七メートルの長槍を扱えるのは革命軍でも極一部の精鋭だけだ。グランドールがその精鋭の配備されていない場所に突撃していたら今頃革命軍は蹂躙されていたことだろう。
わざと軍団の中に脆い箇所を作ってやり、そこに突撃を誘発させる。そしてそこに配置した精鋭による槍衾で騎兵隊に痛い目を見せてやる事で、第二第三の騎馬突撃を躊躇させる。ヴォーティガンの目的はそれだった。
「ふむ……ヴォーティガン・リドル、勢いだけの男じゃないようですね」
一方オリヴィアはヴォーティガンの狙いに当たりをつけてはいたが、敢えてグランドールによる第二の騎馬突撃を命じるような事はなかった。なにがなんでも勝たなければならない戦いならオリヴィアはリスクを承知でそうしていたが、今回の戦いはそうではない。
「どうやら革命軍は想像以上に手強い相手のようです。ここは不用意なことはせず、女王陛下の援軍が来るまでひたすら守りに徹しましょう」
オリヴィアは積極攻勢派のグランドールが痛い目を見て発言力を落としたのを逆に好機として、城壁を閉ざした上での完全籠城策に方針を転換させた。グランドールは元より、革命軍への復讐のために自ら乗り込んできたハルファス伯爵夫人も反対はしなかった。それだけあのグランドールの突撃失敗は衝撃だったのである。
「全軍、攻め立てろ!」
「全軍、守りに徹しなさい!」
ヴォーティガンとオリヴィアは正反対の号令を出す。
城壁の上に魔法や弓矢を放ちながら、城壁を登ろうとする革命軍。対して魔法や弓矢を放ちながら、城壁を登ろうとする革命軍を叩き落としていく東部諸侯軍。やっていることは古今東西、様々な戦で繰り広げられた凡庸な攻城戦であった。だが内容はそうではない。ヴォーティガンというカリスマに率いられた革命軍は、矢や魔法の雨にも恐れず城壁を必死に登っていく。何度か城壁の上まで到達し、それをグランドールなどの精鋭が殲滅するというのが何度か繰り返され、その間隔は徐々に狭まっていっていた。
またヴォーティガンはただ正攻法だけを使うのではなく、奇策も織り交ぜていた。要塞内部に潜んでいる内通者に小火騒ぎを起こさせ城内に革命軍が潜入したと叫ばせる誤報、敵将の暗殺未遂、ヴェルモントに偽の内応の密書を届けさせたこともあった。しかし暗殺はオリヴィアが自身含めた重要人物の警護を厳重にしていたことから阻止され、内通者による偽報もオリヴィアが夜間の警備部隊を別に用意していた事から直ぐに捕縛された。ヴェルモントが革命軍での立場が悪くなっていることを理由に、
『女王陛下に貴族としての復帰を取り直してくれることを約束するのなら、そちらが夜襲を仕掛けたのに合わせて我が手勢が内応する』
という密書を届けた時はグランドールとハルファス伯爵夫人を中心に攻勢論が多勢を占めたのだが、ここでもオリヴィアは冴え渡り、罠の可能性を主張して断固籠城維持を命令した。
極め付きにはヴォーティガンはアガレス軍に似た装備を纏わせた革命軍の部隊に、わざと自分たちを襲わせることでアナリーゼ率いるアガレス本体が援軍に駆け付けたように見せる偽装撤退を行う事で東部諸侯軍を引きずり出そうともした。
しかし、
「駄目っていったら駄目です! 例え親が殺されようと、出撃は絶対に許可しません! 女王陛下の軍が駆け付けたとしても、それが一〇〇%確実に本物であるという証明がなされない限りは、城門は開けませんよ!」
オリヴィアは兎にも角にも動かなかった。臆病者だと大合唱されようと、貴族失格だと罵られようと、あの優柔不断なジョージ・サブナックからすら少し弱腰なんじゃないかと言われてもとにかく守勢を崩さなかった。
そしてそれは革命軍に止めを刺す、神の一手であったのだ。
「兵力にも兵糧にも余裕がある。だがこれは……無理、か。北部へ撤退するぞ、全軍に命令を」
「おい、足を止めることはできんと言ったではないか!」
カイラスに言われると、ヴォーティガンは苦悶に顔を歪めながら言う。
「分かっている……! だがこのまま戦っても得られるものはなにもない! オリヴィア・バルバトスは動かない以上、力押しでこの要塞を落とすにはどう計算しても最低一カ月はかかる……!」
「一カ月、か。アガレス本隊が駆け付けるのは――――」
「およそ、あと一週間後ってところさ」
エカテリーナにリュシエルが答える。
なんらかの足止めの策を使い到着を遅らせることが出来ても、最大で二週間が限界だろう。とても要塞陥落までには間に合わない。そして東部諸侯軍を相手にしながらアガレス本軍が到着した場合、革命軍に待つのは退路を塞がれ包囲殲滅される末路だ。
「捨身と無駄死には違う! 決定に変更はない、撤退だ。ただし追撃に対していつでも逆撃を加える用意はしておけ」
そうして革命軍は迅速に撤退の準備を始める。
その様子はデネブ・カイトス要塞からも見る事が出来た。これに初日に革命軍によって苦渋を味わわされたグランドールがいきり立つ。
「おおっ! 敵が退いていくぞ! 今度こそ本当に違いない! すぐに追撃をかけよう! 革命軍を滅ぼすチャンスだ!」
「いえ。女王陛下の命はあくまで防衛、敵を倒すことではありません。追撃は無用でしょう」
そう言ったのは周囲がオリヴィアを臆病者と大合唱する中でも、オリヴィア支持を通していたエドムンドだった。
しかしここでグランドールの悪い意味での猛将っぷりが発揮されてしまう。
「何を言うか! 長く戦場にいた我の目から見て、奴らの撤退の動きは本物だ! 背後から我らが襲ってやれば、大打撃を与えることは容易い! 革命軍首魁のヴォーティガンを討つ事だってできよう! 我は出撃するぞ!!」
「許可しません。持ち場に戻ってくださいグランドール伯」
「黙れ臆病者が! 貴様の腰抜けっぷりにはもううんざりだ! 我の出撃を邪魔するなら、貴様から縊り殺すぞ!」
「…………はぁ。私は止めましたからね?」
そう言ってオリヴィアはグランドールの説得を止めてしまった。
「お、お待ちくださいバルドゥス様! バルドゥス様ーーっ!」
勝ち誇ったようなグランドールが出撃していくと、トリスタンだけが狼狽しながらその後を追っていく。オリヴィアはグランドールには余りにも過ぎた家臣に憐みを抱いた。
「ば、バルバトス伯! 我々も早くグランドール伯を止めないと!?」
「エドムンドくんの言う通り戦いは終わってます、例えグランドールが突撃して戦果をあげようと、失敗して打撃を受けようと、最悪戦死しようと」
事前にアナリーゼからグランドールを死なせないよう命じられてはいたが、グランドール一人の命と東部戦線の戦略的勝利ならどちらが重いかなど考えるまでもない。
「私たちは命令通りここを死守します。グランドールを連れ戻すために出撃して、軍全体が返り討ちにあったら、それこそ本末転倒ですから。全軍にも徹底しなさい」
指示を終えるとオリヴィアはぐいと水を一杯飲み干す。
本当は酒を浴びるほど飲みたかったが、まだ革命軍の伏兵が潜んでいる可能性もあるので欲望を抑え込んだ。




