第88話 恐怖の味
グランドールの独断専行の追撃だが、これを想定していたヴォーティガンは、あっさりと対処してみせた。
「猪武者め。エスカテリーナ、誘い込んで四方から叩いてやれ」
「ああ。高い授業料を払わせてやるよ」
追撃してくるグランドールの騎兵隊に対して、伏兵による矢の掃射を浴びせ怯ませた後、長槍で突きさされ完全に出鼻を挫かれてしまう。伏兵を予期したトリスタンの奮闘で被害は最小限に済んだが、追撃は失敗に終わった。
ヴォーティガンとしては追撃してくるグランドールを助けるためにオリヴィアが出撃してくる事に一縷の希望を持っていたのだが、オリヴィアは相変わらず亀のように閉じこもったままだった。
そして命からがら要塞へ戻ったグランドールは、
「おいバルバトス伯! なぜ助けに来なかった! トリスタンのお陰で被害は最小限に済んだが、危ういところだったのだぞ!」
「はぁ? あんたが勝手に出撃して勝手に負けたんでしょう。あんたのポカを、人のせいにしないでくださいよ。迷惑です」
ずっと下から出撃するよう突き上げられ、臆病者だと罵られてきたオリヴィアの忍耐が、グランドールの身勝手な言いように遂に限界を迎えた。苛立ちを隠そうともせず吐き捨てるように言った。
「な、なにぃ!?」
「お、落ち着いてくださいバルドゥス様! 今回はバルバトス伯に理があります!」
「トリスタン貴様ぁ! どちらの味方だ!」
「無論バルドゥス様の味方ですとも! ですがそれとこれとは話が別です!」
「あんたには過ぎた部下ですね。このトリスタンがいなければ、あんたはとっくにどこかの戦場で野垂れ死にしてたでしょう。感謝するといいですよ。いっそ立場逆転したらどうです?」
「貴様ァ!」
激高したグランドールがオリヴィアに掴みかかろうとする。
これは不味いとハルファス伯爵夫人が二人の間に体を滑り込ませた。
「グランドール伯、落ち着いて。バルバトス伯も、無用な挑発はやめて。もうすぐ女王陛下率いる軍が到着されるわ。私含めここにいる全員、女王陛下の家臣。今回の件は家臣の我々が議論するより、女王陛下の沙汰を仰ぎましょう。それでいいわねご両人?」
「ああ、構わんとも」
「……ええ。私も構いません」
どちらも自分の方が正当であると信じて疑わないグランドールとオリヴィアは頷いた。
こうして革命軍による東部制圧戦は、革命軍の敗北により終結した。
そうしてアガレス本軍が到着すると、早速機会は訪れた。
東部諸侯軍で戦った諸侯達が、アナリーゼに戦勝を報告するための軍議に出席したのである。
「私は貴方達に『ご苦労だったわ』と言って、その功を労うつもりだったわ。けど、そうもいかないみたいね」
開口一番にアナリーゼが冷たい声色で言うと、オリヴィアは「それ見たことか」と鼻で笑い、グランドールは「臆病者がざまを見ろ」と侮蔑の視線をオリヴィアへ向ける。
「……グランドール伯」
「おう」
「申し開きはあるかしら?」
そして無論アナリーゼがこれから裁こうとしているのはオリヴィアではなくグランドールだった。ただ一人だけそのことを分かっていなかったグランドールが驚愕する。
「なに!? バルバトス伯の臆病を裁くのではないのか!?」
「バルバトス伯は私の求めた事を完璧にやり遂げてくれたわ。称える事はあっても、貶すところは一つもないわ」
オリヴィアが心の中でガッツポーズする。主にグランドールから臆病者と言われ続けたストレスが晴れていく爽快感をオリヴィアは味わっていた。
反対に自分だけが責められている事が受け入れられないグランドールは反論する。
「撤退するは追撃するのが戦の常道だ! バルバトス伯は目の前の敵を倒そうとしないばかりか、我が窮地に陥っても助けようともしなかった! 我に落ち度があるというのならば、バルバトス伯にもあるだろう!」
「ありませぬ。バルバトス伯はアナリーゼの命令を遂行し、貴方はアナリーゼの命に背いた。戦果だの常道だのの話ではない」
アナリーゼの隣にいる三成が淡々と言った。
「千変万化する戦場では、現場の判断で動くべき時がある!」
「その現場の判断をアナリーゼが預けたのは、バルバトス伯だ。貴方ではない」
ぴしゃりと三成が切り捨てる。グランドールは強烈な殺気を三成に叩きつけられるが、幼馴染の加藤清正と福島正則から命を狙われた事もある三成のメンタルはビクともしない。
「三成さん、これは法に照らせばどうなるかしら?」
「司令官であるバルバトス伯の命令を無視して出撃し、なんの戦果もあげられず敗走。この出撃が東部の失陥を招きかねなかった事も考えれば死罪が相当だろう」
「死罪だと!? 何を言うか我の百分の一の武勲も上げていない小僧宰相がッ!」
「そうね、三成さん。グランドール伯には功績も沢山あるし、死罪はやり過ぎよ」
「ふ、はははははは! 流石は女王陛下! よく分かっておられる」
その言葉にアナリーゼは自分の味方であると思い込んだグランドールは、一転して笑みを浮かべ勝ち誇る。それはある意味、間違いではなかった。アナリーゼがグランドールの事を気に入っているのは事実で、だからこそオリヴィアにグランドールを死なせないよう内密の頼みをしたのだから。
けれどグランドールが勘違いしているのは、アナリーゼが気に入っているのはグランドールの人柄であって武力ではないということだ。
「分かった。しかし死罪を免除するにしても無罪放免という訳にもいくまい」
「そうねぇ。なにかしらの罰は与えないと」
「では女王! 罰はこれからの戦働きで償うというのは如何か!? 我が陣頭に立って戦えば革命軍だろうと、共和国だろうと、あのアスモデウスだろうと、敵ではない!」
グランドールにとってアナリーゼは一目惚れしたラウラの主君のため、これまで仕えた王の誰よりも忠誠心を持っている。しかし所詮は成人もしておらぬ小娘に過ぎないと舐め腐ってもいた。だからこそ、
「――――――――足を斬りなさい」
「え?」
アナリーゼが下した宣告を理解しきれず、口を間抜けに開けて唖然としてしまった。
「悪いことをしたのはその両足でしょう。なら足を切りなさい。そうすればもう独断専行なんてできなくなるわ」
冗談でも脅しでもなかった。アナリーゼは本気でグランドールの両足を切断しようとしている。三成も刑場の手配などをやり始めていた。
「な、な、なん……だ……と……? ま、待ってくれ! 両足をなくしたら、我は武人として死ぬも同じ!」
漸く事態の重さを知ったグランドールは、慌てふためいてアナリーゼに懇願する。
「大丈夫よ。人として死ぬわけじゃないわ。生きてさえいれば、愛しい人と愛し合うことだってなんだってできる。十分じゃない。さ、グランドール伯を拘束して」
「お、お待ちを――――」
「待ってくれ!!」
トリスタンが弁解するよりも前に、恐怖で顔面を蒼白にしたグランドールが叫ぶ。そうして震えながら体を丸めるとアナリーゼに慈悲を請うた。
「わ、我が悪かった! もう二度と命に背かぬ! か……神にも父母にも誓う! だから足だけは……どうか今回だけは……お許しを……お許しをいただきたく……」
「本当に反省しているの?」
「は、はい!」
「いいわ、なら暫く処分は保留にしましょう。グランドール伯にはアルタルフでの蟄居を命じるわ。もしも勝手に禁を破れば、両足とついでに両手を切り落とすわ」
傲岸不遜なグランドールが、まだ十八にもなっていないアナリーゼに借りてきた猫のように平伏する。
「は、ははーっ!」
目の端に涙すら浮かべて平伏すグランドールを、散々彼に苛立たされてきたオリヴィアも嘲るつもりになれない。年端もいかぬ女王に舐めた思いを持っていた者達も、この沙汰を目の当たりにして考えを改めざるを得なかった。
「トリスタン。貴方は参謀の一人として軍に加わって。主君の両足分の働きをしなさい。いいわね?」
「…………御意」
これまでグランドール麾下から離れる事を断固拒否していたトリスタンも、主君の両脚が人質にとられてしまっては頷く他なかった。
そうして裁きを終えたアナリーゼが、細い声でぽつりと呟く。
一番近くにいる三成にだけは、聞こえた。
『これで死なない』
アナリーゼはそう言っていた。




