第86話 革命の死因
王都シリウスを放棄した革命軍は東部への国門であるデネブ・カイトス要塞前に到着していた。同要塞には王都シリウス攻略の別動隊として送られる筈だった軍勢が入っているようで、バルバトス家やグランドール家の旗が城門に立てられている。
「これが東部の玄関口か。アガレスの国門であるテグミン要塞程ではないが中々の難所だな」
ヴォーティガンは梯子では到底届かない高い城壁を見ながら言った。
「ああ。東部四大貴族はそれなりに真っ当な政治をしていたから、内部の民衆を呼応させて、内と外から攻めるっていう革命軍初期の必勝戦術も使えないだろう。革命の天敵は暴君ではなく善良な名君というやつさ」
リュシエルの言うように革命思想の蔓延は、その土地の領主の徳の高さに反比例する。例外は領主自身が革命家に転身してしまったヴェルモントの旧フルカス領くらいだ。
「しかし王都をみすみす空にして良かったのかい? 今頃共和国かアガレスあたりが占領してる頃だよ」
「ああ、同志エカテリーナ。俺の予想通りアナリーゼがアガレス領で穴熊を決め込んでいたら、王都シリウスを本格的な中心拠点としてやっていったのだがな。アガレスが完全にこちら側と敵対した今、王都は三方向を敵に囲まれた最前線だ。乱世の都としては甚だ不適格だろう」
「同志ヴォーティガンの言う通りじゃ。戦略の基本は如何に前線を少なくするかだ。まあ王権の失墜と、王都での建国宣言ができただけでも、落とした甲斐はあったじゃろう」
「だが一度手に入れた首都を、あっさり捨てるのはこう……勿体なくないか?」
カイラスの言葉に、エカテリーナは放棄した都への未練を口にする。それは革命軍の殆どの代弁でもあった。それだけバエル王国開闢以来の首都の陥落は、革命軍に関わる者達にとって得難い成功体験の象徴であったのである。
ヴォーティガンが王都放棄を決めた時も、直談判する同志達は多くいた。中には涙を流し、シリウス市を放棄するなら自殺するとまで言った者もいたほどだ。だがヴォーティガンはらしくもなく大統領としての強権を振るってでも王都放棄を決断した。その理由は、
「同志エカテリーナ。俺たち革命軍はバエル国内で覇権を確立するまで、止まることはできない。進み続けなければいけないんだ。足を止めれば死ぬ。シリウス陥落までの革命軍の勢いは天を衝くばかりだったが、今は若干翳りが見えている。ここで東部を一気呵成に撃破することで勢いを取り戻さなければならない」
革命軍が他勢力と比べて明確に劣る弱点とはなにか。それは"地盤"だ。古い歴史を持つ王族や貴族が主体のアガレスやウァレフォルと違い、革命軍は革命思想そのものが若い概念である。アガレスやウァレフォルの支持者はちょっとやそっとでは他に靡いたりはしないが、革命軍の場合は情勢が不利となれば、支持者達の多くは「革命万歳!」と叫んでいたその口で平然と「王様万歳!」と手の平を返すだろう。ヴォーティガンは民主主義者ではあったが、民衆に対して欠片も幻想を抱いていなかった。
「革命は守りに入ると死ぬんだ」
ヴォーティガンの話を聞いて、捨てた王都に未練があった者達も表情を険しいものにしていく。これから始まる戦いが、正に革命軍の存亡を賭けた一戦になるのだと誰もが理解したのだ。
「アナリーゼが馬鹿じゃなければ、今頃アガレス領にいるアガレス本軍も、東部の援軍に出兵している頃だろう。幸い王都シリウスをかなぐり捨てて全力で東部に進軍した甲斐あって、時間的余裕はそこそこある。だがアガレス本隊がくれば、前後から挟み撃ちの形となる。だから……」
「アガレス本軍があと数日までの距離までに近づいた時点がタイムリミットだろう」
その時、冷たい風が吹きすさび、ヴォーティガンの被っていた軍帽を飛ばす。
背後から近づいてくるアガレス本軍は、革命軍にとって死神の足音に違いなかった。
一方で以前クロムウェルの奇襲を防いだ実績のあるバルバトス領デネブ・カイトス要塞には別動隊として王都シリウスを攻撃する予定だった諸侯軍が集結していた。
オリヴィアは革命軍の大軍勢を城壁の上から見下ろしながら嘆息する。
「女王陛下は援軍を送ると確約してくれたのは一先ず良かったとしても、それまでは厳しい戦いになりそうですねグランドール伯」
今やアガレス朝バエル王国初代元帥兼最高司令官であるクロムウェルは、元々はグランドール伯バルドゥスの一家臣に過ぎなかった。そんなクロムウェルの命令で動くのは釈然としない気分になるだろうという政治的配慮から、グランドールはオリヴィア率いる別動隊に回されていた。彼の意中の女性であるラウラはアガレス領アルタルフにいるため裏切る事はないだろうという計算もあった。
グランドールは豪傑らしく腕組をしながら、オリヴィアを鼻で笑う。
「ふん、革命軍だなんだのと言っても所詮は農民風情が、竹槍を持っただけの雑多な軍であろう。我の敵ではないわ!」
「いえバルドゥス様、ただの雑多な軍に王都を落とし建国することなどできません。ヴェルモント・フルカスなどの名のある名将もいますし、なにより数で我等を圧倒している。決して油断なさらぬよう」
「トリスタン、お主は相変わらず心配性だな。我が戦場で敵将に遅れをとったことがあったか?」
「いえ……」
粗野で目先の利に転ぶ小人のグランドールだが武力は本物だ。そうでなければバエル王国は裏切り者の成り上がり者に伯爵位など与えない。裏切らない保証があるならば、頼もしい味方であるに違いなかった。
「バルバトス伯。ハルファス家より伯爵夫人が援軍を引き連れて参られました」
その時、エドムンドがハルファス伯爵夫人を連れて現れた。
普段は貴婦人らしいドレスに身を包んでいる伯爵夫人は、今は動きやすい軽装に身を包んでいる。
「これはこれは。まさか貴女様が直々に援軍として来て頂けるとは」
オリヴィアは爵位の上では同列のハルファス伯爵夫人に畏まった態度をとると、頭の悪いグランドール以外の者たちもそれに倣う。ハルファス伯爵夫人はアガレス朝の公式発表で先王ということになっているヴィクトリスの妻マルグリットの母親である。つまりは外戚だ。今は伯爵だがもしアガレスが天下統一を果たした場合、権威付けのために最低でも公爵位が与えられるであろう事は明らかであった。
「本当は娘が援軍に行く行くと言ってたんですけれど、私の我儘で却下して、私自身で来ることにしました。幾らあの子でも私が出る以上、自分が留守を担当しなければならないことは分かるでしょうし」
「我儘、ですか」
「ええ。革命軍は義息子を殺し、娘を死に追いやった仇ですもの」
ユージーンが余りにも酷かったせいで、誰もがユージーンをヴィクトリスとマルグリットの仇扱いしたが、直接の仇は革命軍なのだ。ハルファス伯爵夫人の目には憎しみの暗い炎が燃え滾っていた。
「こ、これは心強い! これはもしや守るどころか勝ってしまえるのでは?」
「サブナック侯。我々の勝利条件は援軍が来るまで耐えることです。目の前の敵を倒すことではありません。女王陛下からの指示にもそうあったでしょう」
オリヴィアは浮かれ気分になるジョージ・サブナックを厳しい口調で窘めた。
この戦いで求められているのは目の前の敵を破るという戦術的勝利ではない。兎にも角にも要塞を死守し東部を守り切れば、革命軍の"勢い"を殺す事が出来る。つまり戦術的勝利より遥かに価値ある戦略的勝利を得られるのだ。
「基本は防戦ですが、グランドール伯とその騎兵隊の破壊力を腐らせるのも惜しい。夜襲なども積極的に仕掛けていきますよ」
「承知しました」
エドムンドが言うと、他の諸将も頷く。
グランドールだけが革命軍を舐めたような態度のままなのが最大の懸念点であった。
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それに合わせて本作もラストスパートをかけていきますのでこれからも応援宜しくお願いします!
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