第84話 即位式
グランドール伯爵領での決起に失敗して捕えられたカール・ミストラルは、やたらと厳重にアガレス領へ移送されると、そのまま碌な尋問もされないままに南の孤島へと連れてこられた。
「僕をどこへ連れて行く気だ? 殺すならさっさと殺すといい。ヴォーティガンの同志になった時より、死ぬ覚悟はできている」
絶対に逃げられないよう両手両足を拘束され、荷車に転がされているカールは、護送している兵士に言った。
「悪いが革命なんてことをしでかしたお前らは、死ぬことも許さないというのがアナリーゼ様……いや女王陛下の考えさ」
「本当になにをするつもりだ!?」
「女王陛下の勅命でこの南海の孤島に新たに建造されたガキッド監獄島は、死ぬよりも苦しい生き地獄を与えるための場所さ。俺も実際に見たことはないが、ここに収容された人間は、一日で『死なせてくれ!』と懇願するそうだぜ」
護送の兵士は革命軍に恨みでもあるのか、復讐の愉悦を滲ませながら言った。
常人ならそんな事を聞かされたら自分に待ち受ける運命に恐怖しただろう。しかしカールはヴォーティガンの友として革命に加わった尋常ではない精神力の持ち主。絶望の運命に"希望"を見出し逆に奮起した。
「なるほど。つまり僕に生き地獄の拷問を味わわせ、それによって革命軍の情報を引き出すつもりだな。だが僕は決して同志を売ったりはしない! そして必ずや同志が僕を助け出してくれる日まで耐え抜いてみせよう!」
「その威勢がいつまで続くかな」
そしていよいよ監獄島の監獄に到着した。
大昔の城塞を改造した監獄は四方を深い堀に囲まれていて、東西南北のうち北門以外は封鎖されている。脱獄をより困難にするためだろう。そうして唯一の出入り口である北門から中に入ったカールを待っていたのは、またしても城門だった。どうやら城門が二重になっているらしい。
「くくくっ、じゃあなテロリスト」
カールを城門の中に置いた護送の兵たちが城外へ出ると、外門が閉められた。そうして外門が完全に閉められると内門が開かれ、遂に監獄の中が露わになる。
「ようこそ、ガキッド監獄島へ。ここはたぶん、お前さん達にとっちゃ正に生き地獄だろうさ」
カールを出迎えたのは監獄長らしき老壮の男だった。そして、
「な……なんだ、これは……」
カールは目の前に広がる光景に、絶句してしまった。
監獄長の言う通り、そこは正しく生き地獄であった。
カール・ミストラルによる決起が鎮圧されたグランドール領には、女王アナリーゼの名代としてヘンリーが派遣されていた。
元々はアナリーゼに仕える執事長に過ぎなかったヘンリーだったが、アナリーゼが第五十代国王に即位と合わせてアガレス朝初代宮内卿になることが内定していたので、使者としての格としては十分である。
「此度の反乱鎮圧の手腕お見事でした。この功績を賞して、トリスタン様には四分割した旧アンドラス侯爵領の一つをノワール男爵領として与えると仰せです」
「な、なんだと!? それは受け取れん! それでは私はバルドゥス様の家臣から独立してしまうではないか!」
「そのことについてグランドール伯よりお手紙を預かっております」
そうしてヘンリーは預かっていた手紙をトリスタンへ手渡す。
手紙には以下のような内容が記されていた。
『我だけでなくお前にまで領地をくれるなど女王陛下は太っ腹だな! 喜べトリスタン!』
(童貞脳筋単細胞がぁぁああああああああああああああ!!)
プッツンしたトリスタンは、怒りのあまりその場で手紙をくしゃくしゃに丸めると放り投げた。
普通なら爵位と領地を渡されれば喜んで受け入れるか、表向きは渋々内心ノリノリで受け入れるものである。しかしトリスタンは一味違った。
「私は! バルドゥス・グランドール伯爵家家臣のトリスタン・ノワールだ!! アスモデウス王家でも、バエル王家でも、アガレス家でもない!! 例え女王陛下の不興を買うことになろうと、私は絶対に領地も爵位も受け取らん!! どうしてもと言うのであれば先ずバルドゥス様に加増という形で領地を与え、その上でバルドゥス様からグランドール伯爵家の一門として領地を賜るという手続きを踏んで頂きたい!」
仮にも女王の名代であるヘンリーに対して、トリスタンはこのまま決闘でも挑みかねない剣幕であった。
「しかし主君のグランドール伯はこの件に賛成しておりますが……」
「主君の意に背くことが、忠誠になる時もある!」
トリスタンはそう一喝した。
「どうしても私を女王陛下の直属の家臣として叙爵したければ、私を直ぐに切り殺して、その躯に爵位でも領地でも授けるがいい! 私は生ある限りバルドゥス様の家臣から離れるつもりはないぞッ!」
トリスタン・ノワールは元はアスモデウス王国の下級役人だったが、趣味で覚えた兵学を活かして成り上がりたいと思い至り、当時武勇で名を馳せ始めていたバルドゥスの子分になったという経緯がある。そのためバルドゥスへの忠誠心は人一倍であった。
(うわぁ。三成殿が好きそうな人だなぁ)
ヘンリーは心の中でぼやきながら、トリスタンの説得を諦める。
こういうタイプが利害で転ぶことは絶対にないということは、三成という見本のお陰でよく分かっていた。
アガレス家本邸――――もとい臨時宮廷へ帰還したヘンリーは、トリスタンの取り込み失敗を説明した。
「申し訳ありません。叙爵の件は突っ返されてしまいました。あれは三成殿に負けず劣らずの石頭です。説得は無理かと思われます」
「見事な忠誠心だ。太閤殿下の幾度にも渡る直臣取り立てを断り続け、毛利家の武将たらんとし続けた小早川隆景殿が如し」
やはりというべきか自分の謀略が失敗したにも拘らず、三成はトリスタンの事を大絶賛であった。
「コバヤカワ、タカカゲ? 三成殿がこき下ろしてたコバヤカワヒデアキなる人物の親類かなにかですか?」
「…………………………………養父だ」
物凄く言いにくそうに三成が言った。
「アナリーゼ。トリスタン殿のこの反応では、強引に爵位を授けようとすれば本当に自決しかねない。ここはグランドール伯を通して金品宝物を贈るに留めるべきだろう」
「彼の忠義を立てるのだな?」
ハレーの発言に三成はこくりと頷いた。
「そうだ。グランドール伯にトリスタン殿を正式に代官に任じて貰い、グランドール領の統治を任せればいい」
「あの手腕を手元に置けないのは残念だけど、グランドール伯がここにいれば裏切る心配もないし、いざという時の東部への睨みにも――――」
「東部がまた背くとお思いで?」
「バルバトス伯は取り込んだけど、ジョージ・サブナック侯爵は私が不利になって、ヴェロニカか共和国の勢いが増せばそちらに転ぶでしょう」
クロムウェルの問いかけにアナリーゼは淡々と答える。アナリーゼは根本的に三成を始めとした動乱以前の家臣以外は誰一人として信用してはいなかった。
「まあ今のところは裏切る情勢じゃないからサブナック侯爵は後でいいわ。それよりハレー、クロムウェル。即位式と出兵の準備を急いで。即位式が終わり次第、直ぐに王都シリウスへ出兵よ」
「はっ」
宮廷はにわかに慌ただしく動き始めた。
そうしてソロモン歴1192年9月20日。
アナリーゼ・アガレスは暫定王都アルタルフにおいて、バエル王国第五十代国王に即位した。バエル朝バエル王国の終わりと、アガレス朝バエル王国の始まりである。
同時にアガレス朝バエル王国での新体制も発表された。
先ず石田三成は伯爵に爵位を進めアガレス朝初代宰相に任じられた。また戦時下の特例で軍務卿の役職も兼任とされた。
クロムウェルも子爵に叙爵され初代元帥にして王国軍最高司令官に任命された。ハレーは初代内務卿でヘンリーは初代宮内卿。アスールは初代近衛隊隊長である。
新参者でありながら大抜擢を受けたのはオリヴィア・バルバトスだろう。彼女は降将でありながら王国軍大将として、初代王国軍副司令官に任命された。オリヴィアが断固として固辞したが受け入れられなかったのは言うまでもない。
そして即位式後のパーティー。
旧主たる秀吉に仕えた頃を遥かに超える地位を得てしまった三成は、一人で寂しくグラスをちびちびと啜っていた。今や名実ともにナンバーツーとなった三成にお近づきになろうという人間はいたのだが、三成の発する陰気な気配に皆が二の足を踏んでしまっていたのだった。
「お久しぶりですね、石田様」
そんな三成に話しかけてきたのは、懐かしい顔だった。
「これはハルファス伯爵夫人」
それは今や第四十代国王ヴィクトリスの王妃ということになった故マルグリット大后の母であった。相変わらずの美貌だったが、娘が死んだ心労で少しやつれている様に見えた。
「ええ、こうしてお会いするのはあの日以来ですね」
「はい、今でも昨日のことのように思い出せます」
アナリーゼと共にハルファス領へ行き、ヴィクトリスやマルグリットを巻き込んでザリガニ釣り大会を楽しんだ事は、三成にとっても楽しい思い出の一つだった。きっとアナリーゼや死んだヴィクトリス達にとってもそうであっただろう。
「そう。私にはもう何十年も前のことのように感じるわ。アナリーゼ様の女王陛下としてのお姿を見ていたら」
ハルファス夫人の視線の先には玉座で威厳を漂わせながら出席した貴族たちと話すアナリーゼがいた。そこにあの頃のお転婆娘の面影はない。
「もしも女王陛下がうちの娘のために、ああなってしまったのなら、石田殿から気にしないで欲しいとお伝えしてくれませんか? マルグリットも女王陛下のあんな顔は見たくないでしょうから」
「……できぬ相談です。アナリーゼがああなったのはマルグリット嬢が切っ掛けではありますが、マルグリット大后のためにああなったのではないのですから」
「そう、ですか」
「はい」
三成とハルファス夫人の間で奇妙な沈黙が漂う。ハルファス夫人は三成を通して、主君のアナリーゼの考えを読み取ろうとしているかのようだった。
その時だった。
「先ほどから何の話をしておられるのですか、母上」
横から豪奢なピンクブロンドの髪の女性が話しかけてきた。
「ハルファス伯、彼女は?」
「長女のマーガレットです。こら、マーガレット。挨拶なさい。彼が女王陛下が最も信頼される家臣である石田三成様です」
「マーガレット・ハルファスです、三成様。折角ですし一つお願いしたいことがあるので発言します」
「強制なのか?」
ハルファス家の長女マーガレット・ハルファスは二十三歳。ハルファス家で唯一の直系であるが、あまり王立学園での成績が宜しくなかった事から次期当主としての指名は受けていない。次期当主でもなく就職もしないのであれば、貴族の令嬢ならば婚活に励むものなのだが、好き嫌いが激しいらしく破談にした縁談は三十にもなるという。
そんな彼女から一体どんな願いが飛び出すのかと、三成はじっと待つ。ただの我儘娘の頼みなら三成には聞いてやるつもりはないが、相手はマルグリットの姉である。多少の無理難題なら聞き入れる覚悟だった。
「実は今日このパーティーで知り合った殿方と意気投合してお付き合いをすることになりました!」
「な、なんですって!?」
マーガレットから放たれた言葉に、一番衝撃を受けていたのは母であるハルファス夫人だった。一方の三成はあまり大したお願いではなかったことにほっと一息ついた。
「ついては結婚を前提とした交際の許可を宰相閣下と女王陛下に頂きたいのです!」
「……俺とアナリーゼに許可を貰う必要がある相手? それは誰だ?」
「私だ」
どん、と現れたのはなんと相変わらずサングラスをかけたハレーだった。まさかの人物に今度は三成が仰天する番だった。
「よりにもよってお前か! いやそれ以前にその年齢で妻帯していなかったのか!?」
アガレス家の文官筆頭であるハレーは既に四十近くである。この世界の貴族の平均結婚年齢が十八~二十歳である事を考えると、相当であった。
「交際した女性はいるのだが、中々結婚まで進展しなくてね。だがそれは今日この日、運命と出会うためだったのかもしれん」
「私も幾つもの縁談を破談にしてきたのも、今日この時のためだったのかもしれません」
二十歳近く年の離れた男女は、上司と母親の前だというのにイチャイチャとした雰囲気を隠そうともしなかった。
「なにやら二人だけ盛り上がっているが、どうなさるハルファス夫人?」
「三成様。そちらの方は武官ですか、文官ですか?」
「文官です」
「なら一先ずは交際を許可しましょう。そのかわりうちの娘に酷いことをしたら許しませんからね」
「俺も許さん。腹を切って詫びさせる」
「なぜ腹なのだ!?」
切腹という文化を知らないハレーが絶句するように言った。
ともあれアナリーゼの即位式で、一人の王と一組の愛が新たに生まれた。後日その事を三成から聞いたアナリーゼは、嬉しそうに微笑んだと史書には残されている。




