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第83話  隠れた刃


 アナリーゼが正式に第五十代国王として即位すると発表してから、アガレスの領都アルタルフは臨時首都となっていた。そして臨時王宮と定められた元アガレス家本邸には、ハレーに連れられてきたグランドールがいた。


「と、いうわけで……グランドール伯をお連れいたしました」


「お久しぶりでございます。グランドール伯バルドゥス! 参上した!」


 クロムウェルもヘンリーも三成も、まさかの事態に困惑している。しかし夢かと疑いを持って目を擦ろうとも、目の前のグランドールは消えてなくなったりはしない。


(なにこいつ? 婚約話にのこのこ釣られてきたユージーン王子が、どういう末路辿ったか知らないの? 馬鹿なの? 阿呆なの?)


(馬鹿阿呆です)


 ラウラとオリヴィアがグランドールをそう評した。

 当初バルドゥス・グランドールはどうせ出席などしないだろうから、即位式をやると油断させておいてグランドール伯爵領を急襲する算段であった。既に奇襲のための軍隊も準備万端で控えている。

 だというのにグランドールは即位式に出席するために、こうして単身乗り込んできた。


「………………」


 果たしてアナリーゼはどういう裁定を下すのかと、群臣達が固唾をのんで見守っていると、


「ふふ」


 その時、微かにアナリーゼが笑う。

 群臣にどよめきが奔った。


「よく来たわね、グランドール伯。貴方の忠誠を嬉しく思うわ」


「そ、それよりも……ラウラさんと、お話しする許可を……」


「私の了解はとらなくていいわ。ラウラはどう?」


「私は、喜んで」


「そ、そんなにあっさりとOKだと!?」


「あっさりもなにも、一緒に食事するだけだし」


 顔を赤くしたラウラは恥ずかしいのを隠すように頬をぽりぽりと掻いている。外見は悪くないラウラだが子爵家当主で辣腕ぶりを発揮する彼女に世の男は気後れしてしまい、彼女も気になる異性がいても素直に好意を伝えられない性格をしているため、グランドールのように直球で好意を示してくる男に対して悪い気はしなかったのだ。


「ただし私が許すのは話をする許可だけよ。交際やその先の許可は、貴方自身がラウラから勝ち取りなさい。個人的には応援しているわ。でも傷つける事は許さないわよ」


「ははーっ!」


 アスモデウス王国にもバエル王国にも飼いならせなかった梟雄バルドゥスは、初めて心からの忠誠を誓った。




 そしてグランドールにとっては念願のラウラとの会食の席。

 グランドールはかちこちに緊張しながら花束を手渡した。


「お、お土産に持ってきた……花だ! ど、どういうものを好むか分からんから、取り合えず一番高いものを買った……う、受け取ってくれたら、う、う、嬉しいな……」


 生まれて初めて女性を口説くグランドールは、どもりながら言った。


「ありがとう」


 ラウラは慈愛の女神のように微笑み、それを受け取る。


「よ、喜んでくれるか! 悩んだ甲斐があった!」


「本当に感謝しているわ。花も、笑みも」


「笑み?」


「一度も、笑わなくなってたからさ」


「言っている意味はよく分からんが、喜んでくれたようでなによりだ。それでラウラさん……わ、我とそのつ……」


「つ?」


「…………つ、次も食事に誘ってもいいかな?」


 童貞はヘタレた。


「ええ、喜んで」


「うおおおおおおおおおおおおおお!」


 しかしラウラからそう答えられた瞬間、グランドールは歓喜のあまり立ち上がって拳を突き上げた。それはグランドールが生涯にあげたどんな勝鬨よりも巨大なものだった。




 ラウラがグランドールとデートをしている頃、アナリーゼ達は群臣達と軍議を始めていた。先ずハレーが第一声でクロムウェルに文句を言う。


「クロムウェル! 何故お前の元主君が童貞だと教えてくれなかった!」


「知るかぁあああ!」


 旧主グランドールの人間性は把握していると自負していたクロムウェルであったが、流石にこんな一面があったのは知らなかった。人間というものの奥深さを思い知らされる一幕である。


「落ち着け二人とも。これは嬉しい想定外というやつだ」


 三成が冷静にコメントすると、


「目先の利に転ぶ不義理な人間と、純愛童貞は両立しますからね。義理は低いけど愛は深い人物だったのでしょう」


「……惚れた相手がラウラ様だから良かったですけど、もし惚れた相手が他の陣営だったら、その時の主君を裏切って、ほいほいそっちにつくんでしょうね」


 ヘンリーとアスールがグランドールについて客観的な評価を下した。


「確かに二人の言う通りの人間なんでしょう。でも義理堅さ以外は、まるで……」


 アナリーゼが誰を思い浮かべているのか、一緒に学園にいた三成達には考えずとも分かった。そしてそれが本当に久しぶりにアナリーゼに心からの笑顔を与えてくれたのだということも。


「いえ、なんでもないわ。それより今日見た彼の性格からしてラウラがここにいれば、勝手に領地に帰らず留まってくれるわ。三成さんの言う通り嬉しい想定外ね。侵攻する手間が省けた」


「女王陛下の仰る通り! お、落ち着きましょう! えーと、このチーズをお椀に入れて下さい!」


「落ち着くのは君だクロムウェル。地図をご覧ください、だろう」


 ハレーに指摘されたクロムウェルは、いきなり柱に自分の頭を叩きつけ始めた。その場にいた者達はクロムウェルの突然の奇行にギョッとしたが、額から血を流すクロムウェルは何食わぬ顔で話し始めた。


「え~、我がアガレス軍の今後の戦略方針は、アガレス領と東部の二方面から王都シリウスの革命軍を攻撃するのが、定石にして最善手と思うのですが、東南のグランドール伯を警戒しなければならないため、東部の全軍を王都攻略に向けるのが難しい状況でした」


「けどグランドール伯が完全にこちら側についたから、東部の軍の全力を王都シリウスへぶつけられるわね。この際、グランドール領の掌握は後回しでもいいわ」


「女王陛下の仰る通りです! ここは予定を早め、即位式を終えて直ぐに王都奪還の出兵を行いましょう!」


「逸りすぎだクロムウェル。俺たちが相手をしているのは案山子ではない、人間だ」


「三成殿は、不満がおありで?」


「不満はない。だが不安はある」


「不安だけでは分かりません。不安の具体的内容を教えてください」


 オリヴィアが言うと、三成が淡々と説明し始める。


「クロムウェルではなく、少し軍事知識をもてば子供でも分かる最適解だ。当然ヴォーティガンも分かる。そしてヴォーティガンが阿呆でなければ、なにか対策をうとうとするだろう。ついでに言うと貴女は(ヴォーティガンと面識がないし)分からないだろうが、ヴォーティガンは阿呆とはほど遠い人物だ」


 三成には欠片の悪意もないのだが、まるで挑発するような言い方にオリヴィアに青筋が浮かんだ。慌てて今やサブナック伯を継承したエドムンドが取り成す。


「(バルバトス伯。こんなでも三成さんには悪気はないんです、本当です!)」


「(ええ……なんか諦めましたよ、この人については)」


 オリヴィアがキレなかった事を確認してから、アナリーゼが口を開く。


「……三成さんの懸念も分かるわ。軍の用意はするけど、前だけではなく後ろも警戒しましょう。ノアも全国の動きをよく調べておいて」


「はっ」


 そうしてこの日の軍議は終わった。




 しかし三成の懸念の正しさは、翌日に証明された。

 玉座の間に駆け込んできたノアは、開口一番に怒鳴る様に報告した。


「グランドール領に動きあり! グランドール領で革命軍の旗をあげる民衆が決起しました!」


「民衆が決起? そんなもの我が出陣すれば、直ぐに散り散りになるだろう」


 腕を組みながらグランドールが余裕綽々に言った。旧主のこの馬鹿丸出しな発言にクロムウェルは頭を抱えながら指摘する。


「グランドール伯。ここはアガレス領です」


「!?」


 驚愕するグランドール。なんでそんなことすら気付かねーんだよ、とクロムウェルの視線が語っていた。


「状況は?」


「グランドール領ではグランドール伯の家臣であるトリスタン殿がかなり粘り強く抵抗しており……おっと、失礼」


 報告中だったノアが、追加の情報を部下から受け取ると、緊張していた表情を一転して笑顔に変えた。


「なんと返り討ちにして殲滅したそうです!」


 どんよりとした群臣達が一転して歓声をあげる。

 グランドールやトリスタンと因縁のあるクロムウェルすら両手を上げてフェッテ・ターンをしていた。

 そんな中、一人だけアナリーゼだけが顔を青くしている。


「……ねぇ。革命軍としての決起なら、もしかして革命軍の幹部が、関わっていたんじゃないの?」


「御明察です。反乱の首謀者はオーガスタというヤクザの女ですが、革命軍からはヴォーティガンの側近であるカールという男が、派遣されていました」


「…………カール先輩は、どうなったの?」


「リーダーのオーガスタは死んだそうですが、カールの方は生きて捕縛――――」


「直ぐにグランドール領へ早馬を出してカールをアガレス領へ移送しなさい。南海の島に新しく建てた監獄に収容するわ。革命軍が身柄の奪還に動く可能性も高いから絶対に奪われないよう移送の兵士は多めにつけて念のために腕のいい白魔法の使い手も同行させて。革命軍の捕虜だからといって暴行などを働く兵がいたら首を切りなさい。早くしなさい」


「じょ、女王陛下?」


 いきなり早口で捲し立てるアナリーゼに、家臣の一人が困惑を示す。だが次の瞬間、アナリーゼは困惑した家臣に絶対零度の目を向けた。


「なにをしているの? 私は命令したわよ」


「…………迅速に、信頼を置ける者を手配します」


 察したヘンリーが言うと、漸くアナリーゼが放つ冷気が収まった。アナリーゼの心が落ち着いたのを確認してから三成が進言する。


「……トリスタン殿の此度の手腕、見事という他なし。アナリーゼ。分割した旧アンドラス領でまだ領主が決まっていない地がある。此度の褒章としてトリスタン殿に、その地を任せてはどうだ?」


「いい提案だわ。どう、グランドール伯?」


「おう、それはありがたい! トリスタンも喜ぶだろう! 三成殿、そなたは良い男だな!」


「……感謝されるようなことではない」


 これは嘗て豊臣秀吉が毛利家の家臣であった名将・小早川隆景を、独立大名として取り立てる事で、毛利家から引き離して自分の直属の家臣にしようとした謀略と同じである。だがグランドールがそれに気づいた様子は欠片もなかった。

 それはともかく。トリスタンの大金星によって、後方を着火させることでアガレスの動きを一時的に止めるという革命軍の目論見は完全に瓦解してしまった。

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― 新着の感想 ―
きっとトリスタンも喜ぶよ よかったなあ道程殿
>直ぐにグランドール領へ早馬を出してカールをアガレス領へ移送しなさい。南海の島に新しく建てた監獄に収容するわ。革命軍が身柄の奪還に動く可能性も高いから絶対に奪われないよう移送の兵士は多めにつけて念のた…
よかった 名前もないまま死んだ侠客さんはいなかったんだ
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