第82話 道程
グランドール伯爵領のある東南の地は港もあるそれなりの領地である。元々は聖七十二家に名を連ねる名門が支配していたが、以前の戦争で一族が全員死んで断絶してしまったため、アスモデウス王国より寝返って来たバルドゥスが新たにグランドールという家名を得て、この地の領主になった。
しかしバルドゥスは天下に名高い豪傑であったが、統治者としては酷いものだった。荒くれ者揃いの騎兵隊も戦時では最強の精鋭であるが、平時においては乱暴で金喰い虫の厄介者でしかない。酷い統治者と、その統治者の直属であることを笠に着て領民に対して横暴に振舞う騎兵隊。グランドール領には革命が起きる下地は既に整っていた。
そんな地に使者として派遣されたのはハレーであった。文官筆頭の彼が使者として赴く事には反対意見も多かったのだが、他に手を挙げる者がいなかったのである。
ハレーからアナリーゼの親書を受け取ったグランドールは、意外にも緊張したようにその内容を熟読している。
(意外だな。てっきり尊大に受け取って、横柄に読んでから居丈高に振舞うかと思っていた)
ハレーはグランドールの武力については高く評価していたが、その人格については最底辺の評価を下していた。どんな相手にも礼を尽くすのが大人物なら、例を尽くすべき相手にすら礼を尽くせない人間は小人の証明である。ハレーの知るグランドールは正にそれであった。だというのに今のグランドールは手紙を受け取る時といい、そういった不必要な高飛車っぷりが感じられないのだ。
「ほう。アナリーゼ様が王を名乗られ、即位式にこの我の出席を求めていると」
「はっ。勇猛なグランドール伯爵がお味方くだされば、分断されたバエル王国の統一は容易いことでしょう。アナリーゼ様……いえ女王陛下は、全てが終わった後は莫大な恩賞を約束しております」
まともな恥を知る人間ならこうも明け透けに恩賞の話を出されたら「自分が利益に転ぶ人間と思ったか!」と気を悪くするため、大義だとか正義だとかの甘味でオブラートに包んでやるところなのだが、頭の悪いグランドールには明け透けなほうが効果的。それがハレーが出発前にクロムウェルから受けた助言であった。
「ほ、ほほう。恩賞とは我の望みもきいてくれるのか?」
効果は覿面で身を乗り出しそうなほどグランドールは食いついた。ハレーは心の中でガッツポーズをする。
「お待ちくださいバルドゥス様!」
だがそこへ待ったをかける者がいた。
「トリスタン、今は使者と話している最中だ。後にせよ」
ハレーとグランドールの会話に割って入ったのはトリスタン・ノワール。バルドゥス・グランドールにアスモデウス王国時代より仕えていた軍師である。ハレーも出発前、トリスタンは純粋軍師なため政治には疎いが、戦に関しては指折りの知恵者であると警告されていた。
「そうは参りません。失礼」
そうしてトリスタンは、ハレーには聞こえないようグランドールの耳元で囁く。
「(バルドゥス様は既に侯爵の爵位と、故郷の領地を与える条件でジゼル陛下と内通の約束をしておられるではありませんか! それを違えるのですか!?)
成り上がりとはいえ伯爵として指折りの貴族となったグランドールだが、封じられた地は南の果て。ソロモン大陸の北方生まれのグランドールには住みにくい環境だった。なので望郷の念と、故郷に錦を飾りたいという見栄からジゼルの調略を受け容れていたのだった。既にトリスタンによってその準備も万端に整えられていた。
「(お前は黙っておれ。我には考えがあるのだ!!)」
「(か、考え、ですと?)」
およそグランドールらしからぬ発言に、トリスタンは目を白黒させた。
「ハレーと言ったな。お前はフォルティスという女を知っておるか?」
「私の同僚で、アガレス家一門の子爵であるラウラ・フォルティスのことでしょうか? それでしたら共に働く間柄なので存じております」
「素晴らしい女性と聞いている」
「ええ、アガレス家の誇るべき忠臣の一人です」
グランドールとハレーの会話を聞いて、トリスタンは「あのバルドゥス様が他家の有能な文官に興味をもたれるだなんて……!」と感動していた。
「もしやグランドール伯はフォルティスを家臣として『貸せ』と?」
この場合の貸すとは、家臣兼人質にするということである。同盟のため自国の貴族を、相手国の大臣として送る事は歴史上多く行われていたことだ。
しかしグランドールの意図は、ハレーの予想にもしないものだった。
「そうではなくて、だな。その……ラウラ・フォルティスは……彼氏とかはいるか?」
『は?』
衝撃的すぎる発言に、ハレーとトリスタンがはもってしまう。
冗談ではないか、と二人は淡い期待を抱くが、グランドールの表情は真剣そのものだった。
「どうした!? 彼氏がいるのか! いないのか!? そ、それとも既婚者であったりするのか!?」
「さ、最近片思いしてた男の結婚式に、死んだ目で出席してたのでいないと思いますが……」
「そ、そうかそうか! いないのか、いないのかぁ……ふふ」
まるで少女のように微笑むグランドール。
(考えがあるって、何を考えておられるのだ貴方はぁぁぁあああああああああああ!!)
そんな主君にトリスタンは心の中で激怒した。
口に出さなかったのは、彼の理性が極めて強靭であるという証明であろう。
「ミス・フォルティス……ラウラさんは、どんなプレゼントを贈ったら喜ぶだろう? 筋肉質な男はありかなしかといえば、ありよりのありか?」
「――――」
絶句しているハレー。だがどうにか脳の再稼働に成功すると恐る恐る口を開く。
「も、もしやグランドール伯はうちのフォルティスのことを……す、好きなのですか?」
「ああ。結婚したいと思っている」
ストレートな告白だった。
「そこで我と……ラウラさんとの二人っきりでお話というか……で、デート! そう食事デートを約束してくれるなら我は喜んでアナリーゼ女王の即位式に出席しようではないか!」
(クロムウェルゥゥウウウウウウウウウウウ! お前の元主君が恋愛経験ゼロの童貞だと、何故事前に教えてくれなかった!)
もしこの場にクロムウェルがいたら「いや、知らんし」と答えていた事だろう。アスモデウス王国で己の武勇のみで平民から男爵に成り上がり、恩賞に釣られて祖国を裏切った梟雄バルドゥス・グランドールが、恋愛においては初恋した童女並みのメンタリティであるなどと一体誰が想像しようものか。
なお百戦錬磨のグランドールがあっちの戦いでは、実戦経験ゼロの新兵である事実を知っていたトリスタンは頭を抱えていた。トリスタンは主がそちらの戦いには手を出さないのは、単にそういうことに興味がないだけだと思い込んでいたのだ。
「ど、どうなのだ? やはりいきなりデートというのは、求めすぎだったか!?」
「い、いえ。は、話をするだけなら、どうにでもなります、はい」
流石にいきなり結婚させろ、と要求されていたらアナリーゼとラウラの意思を確認してからでなければ返事は出来ないが、それくらいならハレーの判断で受け入れられる範疇である。
「そうか! では我は早速このハレーと即位式に行くから、トリスタンは留守を頼んだぞ」
「お、お待ちくださいバルドゥス様! せめてもう少しよく考えてからお決めください! バルドゥス様ぁ!」
「トリスタンよ。時代は優柔不断男子ではなく即断即決男子だぞ」
(童貞がぁあああああああああああああ!)
こうしてバルドゥス・グランドールの調略という難題は、まさかの展開により大成功に終わってしまった。




