第81話 三者三様
アガレス家が東部を制圧していた頃、アマテル平原の戦いは共和国軍が撤退したことで防衛に成功した革命軍の一応の勝利に終わった。とはいえ損害は革命軍の方が多く、共和国軍が多大な犠牲を覚悟で攻撃を続けていれば、シリウス市は陥落していたかもしれない。薄氷の上の勝利であった。
「アガレス軍の対処のため、革命軍の中核をなす同志ヴェルモントの軍をそちらに回してしまったこと……あとは将の数と兵の質の差だな」
カイラスは今回の戦いの総評をそう纏めた。
「共和国軍には王軍と旧王軍の退役軍人が多く参加してるからね。殆どの兵士が民衆が槍持っただけのうちじゃ質が違うのは当たり前さ」
エカテリーナの言う通り革命軍の大半は、武装しただけの民衆である。エカテリーナが率いるヤクザ者達や、ヴェルモント率いる元辺境伯軍などの精鋭もいるが、それは全体の半数にも満たない。
「こればかりは直ぐにどうこうできるという話ではない。私や元軍人の人間を中心に、兵をよく鍛えるしかあるまい。それより今気にするべきはアガレスの動きだ」
ヴェルモントの発言に全員が頷く。そして一同の視線は広げられた地図のアガレス家が制圧した東部と本拠地のある南部に向けられていた。
「どういうことなんだ? 同志レオンが言っていたことと違うじゃないか。アガレスが攻撃したのは王都ではなく、東部諸侯だ。もしかして同志レオンが、私たちを裏切ったのかい?」
「そうなると戦場での共和国軍の混乱に説明がつかない。俺の予想だと、恐らくアガレスが共和国軍に持ちかけた話が、そもそもアガレスの謀であったんじゃないか?」
「お、おいじゃあなにか! あの能天気な平和ボケ女が、革命軍も共和国軍もたばかって、僕らを殺し合わせてるうちに、自分はのうのうと東部を平定したっていうのかよ!」
「あの会長に限って、信じられません!」
ヴォーティガンの発言にアナリーゼの事を学生時代から知るアルガ・マリーナとニンファの二人が反論する。ヴォーティガンも同意見である。いや、同意見だった。だからこそシリウス市を陥落させてからも、ヴォーティガンはアガレス領に特になんのアクションも起こさなかったのだ。
「アナリーゼの性格はよく知っている。いくらヴィクトリスとマルグリット、それにナディアという親しい人間が死のうと、復讐のために大それたことをできる人間じゃない。だとすれば恐らくは三成あたりの入れ知恵か。彼女が無条件の信頼を置くのは、三成ただ一人だけだからな」
その時、会議室のドアが開き元奴隷のダリアが入ってくる。一応革命軍幹部として名を連ねている彼女だが、あくまで全ての身分の人間が手を取り合っている宣伝のためのお飾りのため実務的な仕事はなく、もっぱら取次ぎ役などをしていた。
「同志ヴォーティガン……アガレスから檄文が届きました。亡きヴィクトリス『陛下』に後を託された者として、バエル王国の五十代国王として即位すると」
会議場がざわめく。開国以来の名門アガレス家が、バエル朝の命脈を断つ決断をしたのは、革命軍においてもそれなりの驚きであった。
「どうされますか、同志ヴォーティガン?」
「今の俺たちは西に共和国軍、南と東をアガレスに囲まれた状態だ。どうにかアガレスの動きを暫く止めておきたい。そのためにもグランドール領で同志を蜂起させよう」
ヴォーティガンが指差したのは東南に位置するグランドール伯爵領だった。本当なら足元のアガレス領で決起させたいのだが、アナリーゼとその家臣達による善政の影響で、アガレス領では革命思想はまったく根付いていない。アガレス領程ではないが東部も四大諸侯達が真っ当な政治をしていたため革命思想は下火だった。
「グランドール伯は余所者の領主で元々民衆からは嫌われていた上に、王政府ほどではないにせよ悪政を敷いているので、革命思想はかなり根付いております。蜂起は容易いかと」
「では彼らを蜂起させグランドール領を革命軍の勢力圏にしよう。旗頭とする人物の人選は……」
「それならあの地には侠客として名の通っている漁師がいる。そいつに声をかけよう」
エカテリーナが言う。バエル王国で最大の侠客集団の女親分である彼女は、貴族やエリートには決してない人脈を持っている。それは革命軍の大きな武器の一つだった。
「では北東の港から武器食糧などを援助し、革命軍からもカールを送ろう」
ヴォーティガンが選んだのは、風紀委員時代は副委員長として自分を支えてくれていたカールだった。
「俺たちは革命軍だ。解放者であって略奪者ではない。くれぐれも頼むぞ」
「ああ。グランドール領の同志たちが暴走しないよう、よく監督しよう」
こうして革命軍からはカールが、グランドール領へ向かうことになった。
アガレスから発せられた檄文は遠い西部のウァレフォル領にも届いていた。
檄文をひったくるように受け取ったヴェロニカは、その一言一句を食い入るように見て絶句する。
「ヴェロニカ様。東部を平定したアナリーゼは、王を僭称いたしました。つまりこれは今や唯一の王族となられたエミリー様を王にと担いだ我らへの宣戦布告でもあります」
乱世が盛り上がりを見せる事に喜悦を隠そうともしないシェパードが報告する。
「……誤報っていうことはないの?」
「ありません」
「あれだけ親しくしてたヴィクトリス殿下がああいう形で死んで、婚約者のマルグリットまで自殺したんだ。復讐心を抱いてもおかしくはねえだろ」
バジルが無感動に言う。彼はヴェロニカと共にアナリーゼや三成とも付き合いはあったが、常に"友達"まではいかないよう一線を保っていた。だからこそ突き放した考え方ができた。
だがそれに反論したのはヴィクトリスのメイドだったテレーゼである。
「バジル様、復讐はある種の才能なんですよ。例え大事な人を殺されたとしても、自分の手を汚してまで復讐しようとする者はほんの一握り。アナリーゼ様は、例え一番大事な三成さんの仇だったとしても……憎しみだけで、殺すまではできない……そういう人なんです。……いいえ、そうだと思っていたからこそ私はこのウァレフォル家に来たのですが……違ったのでしょうか?」
テレーゼからしたら複雑であった。アナリーゼはユージーンの仇討ちを果たしてくれたので感謝したい気持ちと、自分の手で復讐できなかった悔しさ。更には現在の主君であるヴェロニカとアナリーゼの対決が不可避となったことの憂鬱と。
「憎しみでは、ないわよ」
檄文を見たままだったヴェロニカが、絞り出すように言う。
「もし憎しみからの行動なら、ユージーンを殺してそれでおしまいだもの。後はアガレス領に引き籠るか、エミリーを担ぐ私たちに消極的か積極的かの協力をして話は終わりのはずなのよ。でもあの子は王になった。王として天下人になる野望を示してしまった」
ならばもう戦う以外に道はない、とヴェロニカは言った。
気持ちを切り替えたヴェロニカは家臣達に命令を出していく。
「シェパード、テレーゼ。檄文を発しなさい。ヴィクトリス殿下が第49代国王に即位した事実も、アナリーゼに後事を託したという事実もない。全てアナリーゼの虚言で、バエル王国の正当な王は王位継承権第一位のエミリー陛下を置いて他にはなく、アナリーゼは王位を騙る逆賊であると」
「ははっ!」
「御意」
「アナリーゼ。私はアンタを殺すわ。アンタを殺すことが、私にとっては必要なことになってしまったから」
そうして家臣達が其々の任務のため散って、バジルだけが残った会議場でヴェロニカは弱音を吐く。
「…………有り得ないでしょう、こんなこと」
バジルは何も言わずに、ヴェロニカが立ち上がるまでずっと側で立っていた。
そして共和国。
共和国側はアルヘナ平原の戦いでシリウス市奪還という戦略的勝利こそ叶わなかったものの、敵に与えた損害が自軍の損害より大きかったという戦術的勝利をもって、共和国の戦勝を宣言した。
それは若き護国卿カシムの軍事手腕の証明にもなったので、無意味な戦いではなかったのだが、それはそれとして会議は紛糾していた。理由は言うまでもなくアガレス側の行動のせいである。
「どういうことなんだ! 俺たちの進軍に合わせて、アガレスは王都を急襲するんじゃなかったのか!? なぜ東部を平定した! なぜそこで王位を宣言してる!」
「謀ったのでしょうな。我らと革命軍を争わせているうちに、ユージーン王子を誘きよせて暗殺し、東部を平定してしまう。シンプルですが効果的な策です」
ローワンがのんびりとした口調で言うと、リュミナが肩を落とした。
「私たち全員まんまと騙されてしまったわけですか」
「……俺の知るアナリーゼは、見ず知らずの他人の命のため自分の命を賭けるような女だった。だが自分の恨みのために、他人を殺せる女ではなかった。良く言えば温和、悪く言えば平和ボケした女だった。それを冷酷な覇者に変えてしまう憎悪か。騙されたことにいら立ちを覚える一方で、世の不条理にも怒りを覚えるよ」
アナリーゼに一杯食わされた形のカシムだが、恨みには思わなかった。寧ろ同情したい気分だった。
「私はアナリーゼという人物の為人を知らないので、学生時代の彼女について論じるつもりはありません。今の私が申し上げられるのは彼女が我々の恐るべき敵となったということです。ですがその前に……」
「今後の戦略を考えなきゃですね!」
「いえ。保護しているディアーヌ殿下をなんとかしましょう」
シーリンの発言にローワンは王政府が残していった宿題を議題に上げた。
内乱発生に際してバエル王国が丁重に保護してしまったせいで、自国への脱出も出来なかったディアーヌは、今は改革派の王都脱出と同行する形で共和国暫定首都となったアルデバラン市にいた。
ベリアル王国の王太女の身柄。利用すればベリアル王国の支援をもぎ取れそうなものだが、
「丁重にベリアル王国へ帰国して頂こう。旧王政府はディアーヌ殿下を無理やりに国に留めたために、我が国の革命騒ぎに巻き込み、危険にさらした。我ら共和国が旧王政府とは違うと示すためにも、ここは丁重かつ早急に帰国して頂くべきだろう」
カシムは一時の利益を得るよりも、長期的友好を選んだ。共和国を牛耳る改革派は所謂良識派が多いので、カシムの意見に反論はまったく出なかった。
「分かりました。ではそのようにいたしましょう」
こうしてディアーヌは無事にベリアル王国へ帰れる事となった。
見送りに来たカシムにディアーヌは、にっこりと微笑みながら言う。
「王太女としてなにか約束することはできませんが、私個人としては共和国の紳士的対応は忘れませんよ」
「そう言っていただけるだけで十分ですよ、王太女殿下。……貴女のような方こそを、我が国の王族として生まれていただきたかった」
最後に握手をして、ディアーヌはベリアル王国へ帰国していった。




