第80話 恩賞の押し売り
マリオ・ブエルとその一族の東方への亡命を許してしまったものの、諸侯の盟主であったエリザベートを自刎に追い込み東部を完全に制圧したアガレス家では、すぐさま戦後処理にかかった。
「約束通りサブナック侯爵家とバルバトス伯爵家は、全ての領地を安堵するわ」
「あ、ありがたき幸せにございます」
「感謝致します」
萎縮したジョージに対して、オリヴィアは堂々と感謝を述べた。
ちなみにジョージは文官筆頭のハレーから、それとなく当主の地位を息子のエドムンドに譲って引退するよう勧められており、この戦後処理が片付いた後で正式に当主の引退が発表される予定だ。
「けどバルバトス伯爵はそれとは別に、サブナック侯爵の調略という大功をあげたわ。今回の完勝はバルバトス伯の働きによるところが多くを占めると思うのだけど、どう?」
「……!」
アナリーゼが続けて言うとオリヴィアに緊張が走った。
「正しく。バルバトス伯が我らの側につかなければ、こんな早期の東部平定は有り得なかったでしょう」
ハレーが同意すると、アガレス家の家臣達が口々に同調していった。オリヴィアが東部制圧において重要な役割を果たしたのは間違いないため、これが根回し済みのやらせなのかはオリヴィアには判断がつかない。
「その働きの分、貴女には追加で褒美をあげるわ」
「お待ちください! 私は最初に言った通り爵位と領土の安堵だけで十分です!」
普通なら恩賞を貰う事は嬉しいことである。しかし過分な恩賞とは責任だ。オリヴィアはアガレス家とは臣従した一貴族程度の距離感を保って付き合っていきたかった。
けれどアナリーゼは、というよりアガレス家はオリヴィアの事を完全に取り込みにかかっているようだった。
「そういうわけには参りません。功には相応の報いがなければ」
「ですが!」
「受けられよ、バルバトス伯。固辞も過ぎれば無礼となりますぞ」
「……っ」
ハレーと三成に次々と追撃を受けるオリヴィア。
ここで父と一緒に論功行賞に参加していたエドムンドもアガレス家の狙いを察した。
(これは恩賞を与えるのが目的ではなく、恩賞を受け取らせることで、バルバトス伯をアガレス陣営に縛り付けるための策か)
この策の嫌らしい事は拒否することが出来ない事である。三成が言った通りあまりにも頑として拒否すれば無礼となってしまう。そして主君に無礼を働き悪印象を持たれた封建貴族の末路なんて悲惨なものだ。
「だけどバルバトス伯の気持ちは分かるわ。反逆者ユージーン・バエルを担いだといえど、東部四大諸侯は貴女の元同志だものね。その領地を切り取って加増だなんて後ろめたいでしょう。だから代わりにこんなものを用意したわ」
そうしてアナリーゼが命じると、女官が束に真っ青な宝玉を埋め込まれた剣を持ってきた。それを見て多少歴史を齧っていたオリヴィアは目を見開き絶句する。
「そ、それはまさか初代アガレス公が振るったとされる魔法剣では!?」
「魔法剣なんてそう大したものではないわ。ただ初代アガレス公が振るったというだけで、今の技術でも似たようなものは簡単に作れるもの。だから遠慮せず受け取ってもらえる?」
「……!」
アナリーゼの言う通り、それを超える性能の剣なんて現代の魔法技術なら容易く作れるだろう。しかし言うまでもなく歴史的遺物の価値は、実用性で測られるものではない。初代アガレス公愛用の剣は、歴史書にも残るアガレス家の家宝。これを手に入れるためなら領地の三分の一を手放したって良いと思う貴族だっているだろう。そして、
(この魔法剣は初代アガレス公が初代ソロモン・バエル王から直々に下賜されたもの。これを私が受け取るということは)
(バルバトス伯は周囲にアガレス家への絶対の忠誠を誓ったものと見做される)
内心でどう思っているかなどは関係ない。周囲がオリヴィアを忠臣だと思えば、忠臣なのだ。そして忠臣と思われたオリヴィアが万が一にもアガレス家を裏切れば、貴族として再起不能な汚名を背負う事になるだろう。
「ありがたく……受け取らせて、いただきます……」
だがその事が分かっていてもオリヴィアには拒否するという選択肢はなかった。苦々しい感情を内心に押し留めて、恭しく剣を受け取る。
「バルバトス伯。貴女はこれから防壁としてではなく、剣としての役割を期待するわ」
「はっ……」
オリヴィアは自分が乗り込んだ船が、途中下船不可能であった事を悟った。
「残る旧アンドラス家と旧ブエル家だけど、東方の帝国との貿易拠点のあるブエル家は、アガレスで管理して、アンドラス家は四分割して爵位のない功臣達を新たに男爵にして分配するわ。人選についてはこれから協議もするけど、四分割したうちの一つについてはクロムウェルを"子爵"とした上で任せたいと思うの」
他は男爵だというのに一人だけ一気に子爵にするという発言に、異論はまったく出なかった。クロムウェルの功績は誰もが知るところである上に、三成と違って人望もあったからである。
「それでこれからの方針だけどヴェロニカはエミリー王女を王に担いで、カシム先輩は王を追い出して軍事政権を築いて、ヴォーティガンは革命を起こした。私もそろそろ自分の立場を天下に表明しようと思うわ。そうでなければ始めるものも始められないでしょう」
「では遂に!」
「私は他のどの勢力とも迎合するつもりはないわ。第四十九代国王ヴィクトリス陛下にもしもの時の後事を託された者として、私はバエル王国の第五十代国王を名乗る」
アナリーゼがはっきり宣言すると場がしんと静まった。
確かにアナリーゼは王位継承権を持っている。しかしこれまで王族の直系にのみ継承されていた王の座に、貴族がつくことはバエル王国史上初のことであった。
「不退転だな。これでエミリー王女という神輿を担ぐウァレフォルとは、完全に相容れなくなる」
「覚悟の上よ」
「大義名分はそれで良いとして、王を名乗った後は?」
ハレーに訊ねられると、アナリーゼは顎に手を当てながら制圧した東部の南を指さした。
「王都を進撃して占領したいところだけど、背後が気になるわ」
「我が旧主ですか」
東南に領地を持つバルドゥス・グランドールはアスモデウス王国時代のクロムウェルの主君である。単純な兵力なら東部四大諸侯の方が上だが、アスモデウス王国から連れてきた精鋭騎兵隊を率い、自身も万夫不当の猛者であるグランドールは、その武力においてそれを凌駕する。まともに戦えば今回のように完勝とはいかないだろう。
「王政と貴族制を完全否定している革命軍はともかく、王は追放したけど貴族制度は否定していない共和国や、エミリー王女を担いでいるヴェロニカは、グランドールに恩賞を約束して、私たちの後方を脅かす可能性がある。後ろを綺麗にしておきたいわ」
「ではグランドールに手紙を送るといい。新国王の即位式を執り行う故、出席されたしと。出席すれば重く用いた上でここに留め、理由をつけて欠席するか、拒絶するようなら……」
「攻め滅ぼせばいいのね。もし出兵となったら即位式の日にするのがよさそうかしら。グランドールもまさか即位式当日に軍を送り込まれるなんて思わないでしょう」
三成の提案にアナリーゼはあっさりと頷いた。
オリヴィアを始め内乱からアナリーゼに臣従した者達は戦慄し、以前から仕えているハレーなどはその変貌ぶりに複雑な表情を浮かべた。




