第79話 東部四大諸侯征伐戦
「アナリーゼ様、アンドラス侯とブエル辺境伯は使者を追い返しました。どうやら降伏する気はないようですね」
アガレス軍の陣内でクロムウェルが報告した。
「そう。どのみち東部四大貴族全員の領地を安堵するつもりはなかったから丁度いいわ」
アナリーゼは冷淡に言い捨てる。
東部四大諸侯に丸ごと降伏されてしまうと、家臣達の恩賞として分配する領地が減ってしまうし、東部四大諸侯にそれなりの影響力を維持されてしまうため、アナリーゼは降伏を拒絶した二家に内心感謝していた。
「例え不利であろうと一度定めた旗印を最後まで仰ぎ続けるか。天晴な武士たちだ。領地を預かる者は、そうでなくてはならん。俺はユージーンのことは嫌いだが、彼らは立派だと思う」
腕を組みながら三成が感じ入ったように言う。それは豊臣家への忠義を貫いた三成らしい意見であるのだが、場所が悪かった。ここは軍議の場であり、アガレスへの臣従を選んだバルバトス伯オリヴィアとサブナック侯ジョージの二人もいるのだ。二人からすれば三成から遠回しに「お前たちは立派じゃない」と皮肉を言われたようなもので面白くはない。
「(三成様。ここでそういうことを言うと、こちら側につかれたバルバトス伯とサブナック侯を侮辱しているように聞こえるのでやめてください)」
「?」
ヘンリーに指摘されても三成はなんの事か分かっていない様子だった。
このままでは踏まなくてもいい地雷を踏み抜きかねないと直感したクロムウェルがわざとらしく咳払いして軌道修正を図る。
「え、えーとではサブナック侯やバルバトス伯と違い、愚かにも逆賊に肩入れを続けるエリザベート・アンドラスとマリオ・ブエルを討ち取り、ヴィクトリス陛下の無念を晴らしましょう!」
「…………」
アナリーゼはペラペラとシリウス王立学園の学生名簿を捲る。そしてノアから齎された東部軍の陣容に同じ名前がないかチェックした。そして確認を終えると、
「あらゆる全てでアガレス軍は相手を圧倒しているわ。クロムウェル、正面から叩き潰して」
「ははーっ!」
全てにおいて有利な条件を整えるなら、奇策の類は寧ろ相手につけ入る隙を与えるだけ。真っ向勝負で撃滅せよというのがアナリーゼの判断だった。
盛り上がる陣の中で、エドムンドが三成に近づいて囁く。
「……………三成さん、この後少し話、よろしいですか?」
「ああ」
三成はこくりと頷いた。
自分の陣の中にエドムンドを招いた三成は、先ずエドムンドに頭を下げた。
「エドムンド。お前と戦場で戦わずに済んだことは嬉しいが、お前に無念を感じさせてしまったことは申し訳ないと思う。すまなかった」
「私のことはいいんです、私と私の家の問題ですから。それよりアガレスさんはどうしてしまったんです?」
エドムンドの目にはアナリーゼと三成は比翼連理の関係に見えていた。だから三成だけはアナリーゼの変貌ぶりの原因も、彼女の考えも把握しているであろうと直感していた。
「ヴィクトリス殿下が革命軍やユージーン殿下のせいで亡くなられた事に対する復讐……というのも考えました。ですがアガレスさんはとても個人的復讐でこのような陰謀を張り巡らせるような方ではなかったと思うのです。ですが現実にはこうして起きてしまっている。私にはとても、学園でのアガレスさんと今のアガレスさんが重ならない。まるで中身だけが別人と入れ替わってしまったようだ」
三成はエドムンドの評価を一つ上げた。復讐というのは最もポピュラーな人が人を殺す理由である。だから大抵の人間は安易に動機を復讐であると決めつけてしまいがちだ。しかしエドムンドはアナリーゼの人柄をしっかりと見極めた上で、復讐とは思えないと考えたのだ。
「今回はなにも変わっていない。中身は同じ、お前の知るアナリーゼのままだ」
「今回は……?」
「こちらの話だ。ただ……そうだな。絶対に諦められないものを絶対に諦めないため、アナリーゼは他の全てを諦めたのだ」
「それはどういう意味ですか?」
「お前は死ぬなよエドムンド。俺から言えるのはそれだけだ」
これ以上、粘っても聞ける話はないと判断しエドムンドはその場を辞する。
明日は東部四大諸侯との決戦。エドムンドにとっては親戚同然の付き合いをした者達との殺し合いである。
「内乱ほど、嫌な戦争もないな」
深く溜息をついてエドムンドは、サブナック家の陣へ戻っていった。
こうしてバルバトス領内にてアガレス軍と東部四大諸侯――――いやアンドラス&ブエル家連合軍の合戦が始まった。
アガレス軍の兵力は敵軍の二倍強。総大将には歴戦の猛者であるクロムウェル。サブナック家はアナリーゼの意向で当主のジョージではなくエドムンドが指揮を執り、バルバトス家の軍を率いるのは言うまでもなく当主のオリヴィアだ。
「アナリーゼ様。こちらが圧倒的有利ですが、万が一があるのが戦です。くれぐれも油断なさらぬよう」
「するわけがないでしょう」
クロムウェルの忠言にアナリーゼは冷然と返す。殆ど勝利確定とも言える陣容であるがアナリーゼに油断も慢心も――――余裕すらない。
より味方の犠牲を少なくするためにアナリーゼは傍らにいるアスールに声をかけた。
「先鋒、アスール。万に一つをすり潰してきて」
「御意」
先祖から受け継がれてきた蛇矛を縦横無尽に操り、アスールが向かってきた東部連合軍を一振りで吹き飛ばす。嘗てアガレス家に仕えた豪傑・張飛とその末裔アスールの武勇は轟いている。東部連合軍に動揺が広がった。
「伝説の末裔だろうとなんだろうと、俺だってアンドラス家の家臣! 侯爵様を死なせるかぁ!」
アスールの大暴れを阻止するべく、ルオ・ギャンザックが槍をもって向かっていく。アンドラス家に古くから仕えるルオは、それだけで人を殺せる程の気迫で槍を突いた。
しかし気迫で実力差を覆せるのは、実力が拮抗した相手の場合だけである。アスールはルオの突きを片手で掴むと、
「はぁあああ!」
ルオの頭に蛇矛が叩きつけられ、一撃で絶命した。
「さぁ、アスールがまずは敵将を一人討ち取った! 彼女に続け!」
クロムウェルが号令をかけるとアガレス軍が裂帛の気合で突撃していく。
ただでさえ先鋒がアスールという規格外の猛将に蹂躙されたのに加え、総指揮をとるのは嘗ての戦争で武王ガルヴァリス・バエルやイスマイル・エリゴス相手に戦い抜いたクロムウェルである。その指揮は苛烈で一気に東部軍を追い込んでいった。
「アガレス公、勝負はつきました。一度降伏の勧告をしたほうが……」
オリヴィアが控え目な声でアナリーゼに進言する。袂を分かったオリヴィアだが、エリザベートとマリオの二人には情がある。それ故の行動だった。
「あちらから降伏の申し込みがあったの?」
「それはまだですが……」
ジョージが言うと、
「なら攻撃を続行して。相手が音を上げるまで、手を緩めないで。手心を加える者は罰するわ」
冷たくアナリーゼが言う。
「しかし……」
「早く!」
「は、はい!」
鬼気迫るアナリーゼの命令に、オリヴィア達は元同胞を救う事を諦める。
こうして勝負は決した。辺境伯として東方の帝国と貿易もしていたマリオは、ユージーンへの義理も果たし、東部四大諸侯の意地も示したと判断し、国外逃亡するために逸早く戦場を離脱した。
けれどエリザベートは違った。
「マリオは逃げたの。……恨み言は、言わないわ。一緒に戦ってくれて、ありがとうと伝えて」
「エリザベート様も兄さんと逃げましょう! 海へ出て東方へ逃れれば、アガレスも追手は出せません!」
緑色の服を着たマリオの弟が言うが、エリザベートは首を横に振った。
「私は、いい。例え私たち以外の誰もが認めていない国王だったとしても、その死に殉ずる者が誰もいないなんて寂しすぎるじゃない。せめて私だけは、ユージーン陛下の忠臣でありたいのよ」
「…………分かりました。さらばです、エリザベート様」
「東部四大諸侯のよしみで殿軍は私がやってあげるわ。生き延びなさい」
そうしてエリザベートは自ら剣を持つと、アガレス軍へと突撃していく。当主自らの特攻である。率いられる兵たちも一人でも多くの敵を道連れにするために果敢な戦いを見せるが、一人また一人と討ち取られていく。
そして気付けば立って戦っているのはエリザベートだけとなっていた。
「死ぬ気で忠誠を尽くしても、私のような落ちこぼれの劣等生は、なにもできなかった、か。ごめんなさい陛下……私は最期まで役立たずでした」
せめてもの意地が、敵に大将首をくれてやる栄誉をくれてやることを拒絶させた。エリザベートは自らの首に剣を当てると、自刎した。敵の大将の自刎に囲んでいた兵士たちがどうしたものかと動けずにいると、オリヴィアが現れてシーツを被せてやる。
後世においてユージーン・バエルはヴィクトリスの死の原因を作り、バエル王朝の命脈を断った原因の一人に数えられている。だがユージーンには一人だけエリザベート・アンドラスという忠臣がいたとも伝えられている。
彼女の死をもって東部四大諸侯征伐戦は、ここに終結した。




