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第78話  貴族の意地

 アガレス軍の陣中にて降伏を選んだオリヴィアは、アナリーゼとの面会を果たしていた。

オリヴィアの知るアナリーゼ・アガレスの評価は、幼い頃は評判の悪い我儘娘であったが、ある時を境に行いを改め、以後は人徳と決断力を兼ね備えた名君というものである。

 オリヴィアは跪きながらちらりとアナリーゼの表情を見る。冷たい顔からは人徳らしきものは欠片も感じなかったが、高い決断力はありありと感じられた。

「この度は私のために時間を作っていただきありがとうございます。バルバトス伯オリヴィアです。失礼ながら、なんとお呼びすれば宜しいでしょうか? 公爵閣下か、それとも……」


「"今は" 公爵でいいわ、今は。ただ『閣下』はやめて」


「では今はアガレス公とお呼びいたします。非礼は承知で最初にお聞きいたしますが、アガレス公は西側におられるエミリー殿下を王として、ウァレフォル公と共にお支えするつもりですか?」


「違うわ」


「そう、でございますか」


 ここまでの会話でオリヴィアは、アナリーゼが王を擁立して天下統一するのではなく、自らが王を名乗って覇権を確立することであると確信した。


「バルバトス伯。我が軍の情報を仕切るノアから報告があったわ。アンドラス侯エリザベートを総大将とする東部四大貴族の連合軍が、貴女の援軍に向かってきているそうよ」


「……!」


「思うところはあるだろうけど、こちら側についたのだから当然こちら側で戦ってもらうわ。いいわね?」


 それは確認ではなく命令であった。ここでオリヴィアが拒否するか、仮病を使って戦いに欠席などすれば、冷や飯喰らいは確定。最悪の場合は粛清リストに名を連ねる事になるだろう。

 オリヴィアも一度アガレス家に付いた以上は中途半端な真似をするつもりはなかった。なので忠誠の証と罪悪感の分散に献策をすることにした。


「はっ、もちろん戦いにはバルバトス家をあげて参加いたしますが、一つ進言を許しては頂けませんでしょうか?」


「言ってみなさい」


「ありがとうございます。四大貴族のうちアンドラス家とブエル家はきっと抵抗する力がある限り戦うでしょう。しかしサブナック家は違います」


「サブナック……」


「サブナック侯は優柔不断で我が弱いため、我の強いエリザベートやマリオ、それと当時の私の言うがままにユージーン殿下支持に回りましたが、面倒事に関わりたくないというのが本音です。なので私が使者を出して、こう言えばいいのです。こちら側について共に戦えば領土も爵位も全て安堵、中立を保ちなにもしないのであればある程度の領地削減で済ます、ただし敵対すれば一族郎党皆殺しにすると」


「俺の知るエドムンド・サブナックは節義を知る男だ。この程度で転ぶとは思えん」


 アナリーゼの側にいる三成が口を挟んできた。


「サブナック家の当主はエドムンドくんのほうではなく、その父親のジョージです」


「だがそのジョージが最も信頼するのが息子だろう」


「あんたサブナック家に寝返って欲しくないんですか!?」


「寝返ってくれるのはありがたいが、嘗て共に学んだエドムンドという男を俺は高く評価しているだけだ。彼をくん呼びするほど親しいなら、もっと彼の器量を評価する目をもってもらいたい」


 幾らアガレス家の奉行でアナリーゼの最も信頼する家臣といえど、三成は成り上がりの男爵である。対してオリヴィアは七十二名家に名を連ねるバルバトス伯爵家の当主だ。


(なんでアガレス家の利になると思って発言したのに、その重臣にこんなことを言われなきゃいけないんですか! 石田三成、なんて嫌味な奴!)


 当然の帰結としてオリヴィアは三成の事を嫌いになった。三成の方はオリヴィアから嫌われた事にすら気付いていないようだったが、三成と他の家臣との潤滑油の役割もしているクロムウェルは頭を抱えていた。


「……私もエドムンドくんとは学生時代には共に学んだから、彼の能力も性格も知っているわ。バルバトス伯、やって損をするということもないでしょう。直ぐに貴女の策を実行に移して。お金が必要なら言い値を言って」


「ははっ!」


 オリヴィアは一礼してその場を辞した。




 そしてオリヴィアの手紙を携えた密使が、アンドラス家やブエル家の軍と合流前のジョージ・サブナックの下に到着した。ジョージはオリヴィアからの手紙を強張った表情で読んでいたが、読み進めるに連れて徐々に柔らかいものに変わっていく。


「寝返ってアガレスに味方すれば領地は全て安堵。中立として静観しても領地減封に留める、か」


 元々戦争などの血生臭いことは苦手のジョージである。オリヴィアからの提案は地獄に垂れてきた蜘蛛の糸であった。


「なあエドムンド。バルバトス伯の誘いは中々悪くない事のように思えるのだが、どうだ?」


「父上。ユージーン陛下がどのような御方で、父上がご自分の意思ではなく周囲に流されたのだとしても、当家はユージーン・バエル陛下を王として担いだのです。バルバトス伯のようにアガレスの軍相手に一戦して領地を守り切っての臣従ならまだしも、一度も戦いもせず、フラフラ陣営を変えるなどすれば天下にサブナック家は尻軽であると示すようなものです」


「し、しかし抵抗すれば皆殺しと書いてあるし、お前だってユージーン陛下に付くことには反対っぽかったじゃないか!」


「それはまだサブナック家の旗がどの色にも染まっていなかったからです。一度仰ぐ旗を決めれば、簡単に旗を変える事はできません。一度仰ぐ旗を決めれば、簡単に旗を降ろすことはできません」


「で、でもほら逆らえば皆殺しって……」


「私も侯爵家の跡取りです。物心ついた時より、覚悟はしております」


 暗に貴族が名よりも命を惜しんでどうするのだと、エドムンドの据わった目が告げていた。それに対して生唾を飲み込んだジョージは息子の覚悟に腹を決める……ようなことはなかった。ジョージは確かに優柔不断で流されやすい男である。だがそれは自分よりも強い人間の意見にである。例え能力や覚悟で上回っていようとエドムンドはジョージの息子に過ぎない。自分より弱い息子の意見に、ジョージが流されることはなかったのだ。


「いや! あのバルバトス伯もアガレス陣営のほうが絶対有利って書いてあるんだ! 私はアガレス陣営につく! もう決めた! もしアガレス軍が負けそうになっても、さっさと寝返って謝れば顔馴染みのマリオやエリザベートなら許してくれるだろう!」


 聞く人が聞けば恥知らずと罵り、舐め腐っていると呆れるような動機でジョージはアガレス家側につくことを決断した。


「そう、ですか」


 エドムンドは父の意思が固いと見るや、それ以上は反対しなかった。聡明なエドムンドは貴族の誇りからアガレスと戦うべしと主張したが、単純にサブナック侯爵家の存続のみを考えるならアガレス家に寝返る選択肢もありであるとも理解していたのである。




 そしてサブナック家との合流場所に到着したエリザベートとマリオの二人は絶句することになる。なにせそこに位置関係で先に到着している筈のサブナック家の兵士が人っ子一人としていなかったのだから。


「どういうこと? 合流地点に一向にサブナック家の軍が現れる気配がないけど」


「エリザベート様、申し上げます!」


「どうしたの、ルオ?」


 アンドラス侯爵家の筆頭武官であるルオ・ギャンザックは、怒りで唇を震わせながら言った。


「サブナック侯爵の軍がアガレス軍の陣に入りました! サブナック家はアガレス側へ寝返った模様! またバルバトス伯も既にアガレス側に降伏していたようです!」


 家臣からの報告を聞いたエリザベートは激怒の余り、その場にあったテーブルを殴り壊した。手の甲からだらだらと血が流れるが、今のエリザベートには手の痛みなど感じる余裕はまったくなかった。


「……ルオ、それは本当なの?」


「冗談でこのようなこと申しません。事実でございます」


「マンマミーア!?」


 この瞬間、エリザベートは東部四大諸侯の勝ち目がほぼほぼゼロになった事を察した。元々東部四大諸侯が纏まってもアガレスの国力には勝てなかったというのに、それが半減したのである。それも戦上手のオリヴィア・バルバトスがだ。

 しかしエリザベートもマリオも、勝ち目がなくなったことで戦意を失ったりしなかった。寧ろ寝返った二家への怒りが、戦意をより漲らせる。


「まだユージーン陛下の喪も明けないうちに、その仇と一戦も交えず降伏するなんて恥知らずな! 東部四大諸侯の名に泥を……いいえ、糞を塗りたくるが如き所業よ!」


「マンマミーア!」


「例えアガレスがどれほど強大であろうと、私は白旗なんてあげたりしないわ! 私が掲げた旗はユージーン陛下の旗よ!」


「しかしアガレス軍を率いる将のクロムウェルは名将と評判で、東部の防壁と謳われたバルバトス伯もあちらにいます」


「不利は承知。けど降伏という選択肢はないし、ここから領地に撤退すれば、確実に背後を突かれる。やるしかないわ」


「……分かりました。ではこのルオ・ギャンザック、微力ながら全力を尽くしましょう!」


 そうして半分が欠けた東部四大諸侯は陣を敷き始めた。

 少し遅れて二人の下に降伏の使者が訪れたが、即座に追い返されたのは言うまでもない。

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― 新着の感想 ―
エドムンド、ファーレンハイトのごとき硬骨の臣であるなあ
家の存続考えれば親父の言うことが正しいからねぇ。
考えてみれば石田三成って戦国時代の生まれなのに下剋上に染まって無いよね。 調略に対する考え方が違うというか、乱世向きじゃなかったのかも。
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