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第77話  踊る大防衛線

 イジドール自由連邦初代大統領の命によりカイラス率いる革命軍が、シリウス市を出撃した。当たり前だがカシムは革命軍が近づいているのにぐだぐだ会議を続けた王政府ほどアホではないので、迅速にアマテル平原に陣を敷いて、革命軍を迎え撃つ構えをとった。


「シリウスとアルデバランの間に、要害らしい要害がないのが防衛上の難点ですねぇ。北側にはあったんですけど」


「まあそのアスモデウス王国がフルカス領を超えた時に、アスモデウス軍を堰き止める役割をもった砦は、王政府がぐだぐだしてたせいで、ほぼ犠牲なく落とせたわけだがな」


「最終防衛ラインが全然防衛してなかったな。ラッキー過ぎてリアクションに困ったよ」


 ニンファ、エカテリーナ、アルガ・マリーナが口々に言う。

 対する共和国軍。カシム率いる共和国軍の中核を為す王都の軍の多くは、王都シリウスに住んでいた者達である。故郷奪還の戦とあって士気は極めて高い。


「護国卿殿下、敵総大将はカイラス・ドレクセル。大統領ヴォーティガン・リドルは王都に留まっているようです」


「だが革命軍主力はここに釘付けだ。無論ここで打ち破るつもりで戦うが、もし勝ちきれずとも油断しきった王都をアガレス軍が強襲すればチェックだ」


 戦略上、共和国軍の役割は陽動で主攻はアガレス公爵軍である。叶うなら王都奪還の栄誉はこの手で直接という思いはカシムにもあるが、それで戦略を歪めることがどれほど愚かかはカシムは弁えていた。

 そしてその頃、シリウス市の政庁ではヴォーティガンとリュシエルが戦場に思いをはせていた。


「そろそろアマテル平原で同志カイラス率いる革命軍と、共和国軍との間で戦端が開いている頃合いか」


「同志カイラスには守りを重視した戦いをしてもらっている。シリウスに残った革命軍と、ヴェルモントの伏兵とでアガレス軍を挟み撃ちにした後は、そのままカイラスの援軍に行き攻勢をかける。これでチェックだよ」


 南方のアガレスを制し、共和国を降すことができれば、残る敵対勢力は西方のウァレフォルと東方の東部四大諸侯だけである。だが、


「妙だな。全然アガレス軍が来ないぞ」


 そう呟いたのは、シリウスに奇襲に来るはずのアガレス軍を背後から突く伏兵を指揮しているヴェルモントだった。

 既に共和国軍と革命軍が激突して日が経っていた。なにかアクシデントがあって出陣が遅れているのだとしても、あまりにも遅すぎる。アルガ・マリーナは「土壇場で戦争するのが怖くなったかな?」と呑気な事を言っていたが、アナリーゼの為人を知らないお陰で先入観に囚われる事なく判断できるヴェルモントには嫌な予感しかしなかった。そして放った斥候からの報告にヴェルモント達は絶句することになるのである。


「同志ヴェルモント! 一大事! 一大事! アガレス軍の進軍する先はシリウス市ではありません! ユージーン支持を表明していた東部です!」


「な、なにぃ!?」


 この瞬間、革命軍と共和国軍の戦争終結の戦略が同時に破綻した。




 だがヴェルモントの驚愕など、実際に奇襲攻撃を受けた東部四大諸侯とは比較にもならないだろう。


「一大事です。アガレス軍が東部への進行を開始しました。幸いアガレスを警戒していたバルバトス伯が迅速に防御態勢を敷いたお陰で被害は最小限に抑えられていますが、それもいつまで保つか分かりません」


「マンマミーア!?」


 エドムンドの報告を受けたマリオ・ブエルが驚愕の余り椅子から転げ落ちた。


「ど、どういうこと? なんでアガレスが私たちを襲うのよ!?」


「ユージーン陛下は我々を裏切られたのか!?」


 エリザベートとジョージが怒鳴るように言った。


「……これを。アガレス領から発せられた檄文です」


 エドムンドが差し出した書状をひったくるようにエリザベートが奪い、広げた。ジョージとマリオの二人もそれを覗き込むように見る。

 そこにはこう書かれていた。


『第48代バエル王国国王オリヴァント四世陛下及び王太子ルパート殿下が亡くなられた後、ヴィクトリス・バエル陛下が第49代国王に即位された。しかしユージーン・バエルは己が王になりたいという浅ましい野心から、謀反を起こし革命軍を名乗る反乱軍の迎撃に出陣されたヴィクトリス陛下を襲撃し、陛下を殺害した。国王弑逆は王族であろうと許されぬ大罪。よって私はヴィクトリス陛下から後事を託されていた従姉として、逆賊ユージーン・バエルを王族の身分を剥奪し処刑した』


「陛下を処刑ですって!?」


「マンマミーア!」


 エリザベートとマリオが揃って驚愕する。ジョージも驚いていたが、口をパクパクするだけで声もあげられない様子だった。


『私、アナリーゼ・アガレスはヴィクトリス陛下の遺命に従い、陛下にかわってバエル王国内の乱全てを平定し天下の静謐を取り戻す。ヴィクトリス陛下に忠義を誓う者、天下を憂う者は集え!』


 檄文の内容はここまでだった。エリザベート達三人は顔面を蒼白にして顔を上げる。


「これと併せて我ら東部四大貴族のもとには、降伏を勧告する手紙が届きました。過ちを認め正道に立ち戻るならば良し、あくまで謀反人を王と仰ぐのであれば容赦せぬと」


 エドムンドが言うと、椅子が地面に叩きつけられて砕け散った。激憤したエリザベートが椅子を持ち上げて放り投げたのである。エリザベートの目には明確な敵意と義憤があった。


「なにが大罪! なにが謀反よ! 婚約を餌に陛下を自領におびき寄せて殺す方が悪辣で罪じゃない! 東部四大諸侯の力をみせてやるわ! 徹底抗戦よ!」


「マンマミーアッ!」


 エリザベートの檄にマリオが頷いて、力強く拳を掲げてみせた。しかし優柔不断なジョージはといえば、アナリーゼのやり方に怯え切っていた。


「いや、ヴィクトリス殿下もアガレス公爵も民衆に人気があるし、アガレス家も強い。ここはある程度、抵抗しつつできるだけいい講和条件を引き出す方が……」


「なに言ってるの! 主君と仰いだ人が殺されたのよ! ここで戦わないでなにが貴族!」


「マンマミーア!」


「うっ……」


 臆病故に慎重論を唱えたジョージだったが、それ故に二人に反論されたら言い返す事は出来なかった。


「直ぐにバルバトス家に援軍を送るわよ! 四家が結束すれば公爵家にも負けないってことを教えてやるわ!」


 エリザベートが強い口調で指示を出す一方、冷静さを装っていたエドムンドは内心混乱の極みにあった。


(いったい……なにが……この檄文は、アガレスさんが? そんな……まさか……有り得ない……)


 二年間、クラスメイトとして過ごしたエドムンドはアナリーゼの人柄を知っている。だがそれ以上に石田三成という男のことも知っている。だからアナリーゼがこんな彼女らしくない悪辣で残酷な策謀を弄することもないし、三成がそれを強いる事がないだろうということが分かっていたのだ。

 だが現実として策はアナリーゼの名において実行されている。


「どうしたのエドムンド? 貴方も直ぐに出陣の準備をするのよ。バルバトス家への援軍に行かないと!」


「……! は、はい」


 エリザベートに急かされたエドムンドは、取り敢えずアナリーゼの変貌について考えるのを止めて、これからの戦いに集中することにした。




 しかしアガレス側の動きは東部四大諸侯より迅速で、えげつなかった。

 東部侵略の総司令官を任じられたのはクロムウェルであったが、オリヴィア・バルバトス伯の巧みな守勢に攻めきれずにいた。そこでクロムウェルは方針を変える事にしたのである。


「流石は"鉄壁"のオリヴィア・バルバトス。万が一の事態を警戒して、我が軍の襲撃による被害を最小限に留めた手腕は見事」


「呑気に言っている場合か。これは早さが肝心なのだ。すぐにバルバトス軍を破って突破し、東部を併呑しなければ」


「どうも三成殿は戦となると頭が固くなりますねえ。なにも目の前の敵を倒すのが戦じゃないでしょう。なにより、これほど見事な人物……失うには惜しいと思いませんか?」


 そこで三成もクロムウェルがオリヴィアをどうしようとしているのかを察した。それは上座にいるアナリーゼもであった。


「三成さん。バルバトス家に使者を送って。こちら側につくなら領土は全て安堵……他の三諸侯の領土を分けてもいいって」


「……分かった」


 クロムウェルは使者の人選には口出しをしなかった。

 それはアナリーゼと三成の仕事であると分を弁えていたからである。




 バルバトスへの使者に選ばれたのは文官筆頭のハレーであった。

 単純に弁の立つ者は他にもいたが、敢えてハレーを選んだのはアナリーゼがそれだけオリヴィア・バルバトスを高く買っているというアピールのためである。

 白旗をあげて面会を求めたハレーを、オリヴィアは直ぐに通した。


「公爵家の使者とあっては本来なら礼節をもって迎えるものですが、今は戦争中なので単刀直入に聞きましょう。どんな用件できたのですか?」


「バルバトス伯。既にユージーン殿下は死に、東部四大貴族は旗印を失いました。例え今一時アガレス軍を追い返したとして、その後はどうなされます? エミリー王女とウァレフォル公は大陸の反対側ですぞ。我らはテグミン要塞を頼りに自領に引き籠る手がありますが、果たして貴方達だけで革命軍の侵略を防ぎ続けることができますか?」


「……むぅ」


 オリヴィアは極めて頭の良い女性である。それに封建貴族の多くがそうであるように、自分の家の安泰が第一という考え方をしている。だから忠義だの正義だの、そういう義理人情の話をしても効果は薄い。そう睨んだハレーはストレートに利害の話をしたが、予想通りオリヴィアには効果抜群だった。


「……分かりました。バルバトス家はアナリーゼ様の側につきましょう。ただ所領の安堵だけで他の諸侯の領地はいりません」


「ご英断にございまする」


 こうしてオリヴィア・バルバトス伯はアガレス家へと寝返った。

 それは東部四大諸侯にとって、自分たちを守る壁が喪失したことを意味していた。


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― 新着の感想 ―
後にクロムウェルや三成と並んで称される名将 凄いタイミングで手に入ったなあ
元スレだとここでオリヴィアが下ってくれるダイス目が出たのがダブルクリティカルレベルの僥倖でしたよね
最高の奇策であり、もたつくと台無しになる策 防衛ライン担当が先見の明のある人物じゃなかったらヤバかった
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