第76話 クーデターの芽
それから暫くしてカシム・エリゴス護国卿自らが率いる共和国軍が暫定首都アルデバランより出撃した。狙いはもちろん王都シリウスである。全てはアナリーゼとの密約通りの行動だった。
一方の革命軍。建国以来バエル王国の王都であり続けたシリウス市は今はイジドール自由連邦の暫定首都兼前線都市となっていた。
シリウス市を暫定首都として定めるにあたり一部の革命軍幹部からは、
「王国と王政の終わりを示すために、シリウスなんて黴臭い名前を、革命的な名前に変更しないかい? マクシミリアン市とかさ」
という意見も出で、それなりに賛同者もいたのだが、
「都市名を変更するだけでどれだけ労力と費用が増えると思っているんだ。そういうことはやるとしても、戦乱が終わった後だ」
というヴォーティガンの正論であっさりと却下された。
そして共和国軍出撃の情報は、共和国軍のスパイのレオン・ジュストの流した情報により直ぐにヴォーティガンにも伝わった。
「同志レオンの言った通り、共和国軍がアルデバラン市から出撃したとさ。軍を率いるのは護国卿カシム・エリゴスご本人だそうだ」
「そうか」
煙草を吹かしたエカテリーナの報告を、ヴォーティガンは資料や周辺の地図と睨めっこしながら返す。
「アガレスへ送った密偵の報告では、アガレス領内では大がかりな戦支度をしているとか。同志レオンの言う通り共和国軍のシリウス攻撃に合わせて、ここを奇襲する算段だろうな」
「アガレス軍を率いるのは十中八九クロムウェルでしょう。手強い男です」
革命軍でも武闘派の幹部であるドレクセルとフルカスが言った。ドレクセルは若かりし頃は一兵卒として徴用されては死線を潜り抜け名誉戦傷章をダース単位で持つ猛者で、ヴェルモントは元辺境伯としてアスモデウス王国と度々やりあってきた北方の守護者。軍事における二人の発言には他にはない重みがあった。
「あの優しくて甘いアナリーゼのことだ。戦争なんてできるはずないし、テグミン要塞の鉄壁を頼りに穴熊を決め込むと思っていた。だからバエル王国の領土を全て革命しても、アガレスは手を出さず、なんなら公国ということにして、共存することも考えていたのだが……」
「あてが外れたな同志よ」
ヴォーティガンは重々しく頷いた。
「同志ニンファ。お前はクラスこそ違えど学年は彼女と同じだっただろう。アガレスのこの動きをどう思う?」
「らしくないとは思いますが、会長……じゃなくてアナリーゼは現在王位継承権第三位ですし、このままじゃ身が危ないと思って焦って動いたんじゃないですか? 私たち革命軍は王と王族を続けざまに殺めていますし、王の血を根絶やしにしようと思っていると勘違いされてもおかしくありません」
「なら勘違いではあるまい。少なくともわしはその気で決起したのだからな」
ドレクセルが付け足した。
「あの甘ちゃんにこんな謀略を考える脳味噌はないだろうし、三成あたりの策だろ、どうせ」
「まあ、そんなところか」
アルガ・マリーナの投げやりな意見に同意した。ヴォーティガンにしてもあのアナリーゼが、この国の絶対的な独裁者となるため武力による天下統一をしようとしているなど思考の外だった。
「おや、坊や。学生時代のお友達だから戦いたくないかい?」
「エカテリーナ。そんな生半可な気持ちなら、俺は卒業式の場に火薬など仕込んでいない。相手が誰であろうと、向かってくるならば倒すのみだ」
「可愛げのない坊やだ」
「共和国軍とアガレス軍との二面作戦となれば、きつい戦になるが、奇襲がくると分かっているなら対処のしようはある。同志ヴェルモントはシリウス市とテグミン要塞の中間地点に兵を伏せて、アガレス軍がシリウスに近づけば背後を突け」
「了解いたしました、大統領閣下」
「もし敵軍の中にアナリーゼがいれば可能なら生け捕りにしろ。後々テグミン要塞を通過するのに使う」
「はっ」
「ドレクセルとエカテリーナは俺と共に共和国軍の相手だ」
「待ちな、同志ヴォーティガン。大統領閣下ともあろう人が、前線になんて出るんじゃない。坊やはこのシリウスに待機だ」
てきぱきと指示を出していったヴォーティガンに対して、エカテリーナが真っ向から反対意見を出した。
「市民が俺を大統領にと支持してくれたのは、俺もまた一兵卒と同じように戦ったからだ。自らはふんぞり返って、ただ人を動かして死なせるなど、オリヴァント四世のような真似をする気はない」
「そういう段階はシリウス陥落して建国宣言した時点で終わってるんだよ。もしカシム・エリゴスがアンタに向かって自爆特攻なんてしたらどうするんだ。私たち革命軍も共和国も共倒れさ」
「じゃあ民主的に多数決で決めようぜ。ヴォーティガンがシリウス市に残ることに賛成な人は挙手で」
アルガ・マリーナがそう提案すると、ヴォーティガンとカイラス以外の全員が挙手した。この結果にヴォーティガンは嘆息して負けを認める。
「イジドール自由連邦は民主国家だ、従おう。では共和国軍の迎撃はカイラスを司令官に副将をエカテリーナとする」
「異議なし」
そうして不満そうなカイラスを残したまま、会議は終了した。
「不満そうだね、同志カイラス」
不満の色を隠そうともしないで退室し、廊下を歩いていったカイラスを呼び止めたのは革命軍において参謀のような役割をしているリュシエルだった。
足を止めたカイラスが振り返ると、リュシエルは続けた。
「ヴォーティガンが前線に出ないのが、気に入らないかい?」
「それもある。指導者として人を動かす者が、血を流す痛みも、汗を流す苦しみを忘れたらおしまいだ。だから王政はここまで腐り落ちた」
「それを忘れぬためにヴォーティガンには前線に立ち続けてもらいたいと?」
カイラスの言う事は正論のようでいて、その実ただの精神論だ。歴史上には戦場に一度も出ずに王宮から戦争を指導して勝利を重ね名君と呼ばれた者は数多くいるし、逆に王でありながら好んで最前線に来たばかりに戦死したり、敵に捕まってしまった間抜けな王だっている。
しかしカイラスは首を横に振った。
「いや一番気に入らんのは、同志ヴォーティガン個人に頼り過ぎな現状だ」
「というと?」
「指導者が死ねば、次の指導者を選挙で選び立てればいいだけ。なのに今の革命軍ときたらヴォーティガンが死ねば、革命も死ぬような口ぶりだ。イジドール先生の理想は、革命論とは、そうではないだろう」
「言わんとすることは分かるが、今は仕方ないだろう」
それだけ国王オリヴァント四世と王太子ルパートを討ち取り、決起を成功させたヴォーティガン・リドルという存在は巨大なのだ。持って生まれた天然のカリスマ性に実績が加わり鬼に金棒である。逆を言えばヴォーティガンを失うのは、鬼と金棒をいっぺんに失う事でもあった。
「だからあの場で口にはしなかっただろう。まあ革命戦争が終われば、わしはヴォーティガンにとってかわって、国をあるべき形にしてみせるがな」
カイラスは不穏な事を堂々と言い放った。
「クーデターでも起こす気かな?」
「いや大統領選挙に立候補する。血を流さず合法的に政権を奪取できるのが、民主主義が王政に絶対的に勝ることじゃからな」
「そうかい。では将来の票稼ぎ頑張ってくれよ」
取り敢えずリュシエルは、動乱後にもしも選挙があったら、カイラスに清き一票を投じてやろうと決めた。




