第74話 サイン
卒業式以来の再会を果たした三成とエドムンドの顔には、互いに鉄面皮なので分かりにくいが安堵の色があった。二人ともあまり会話をすることはなかったが、波長が合ったのか友人付き合いがあったのだ。
「久しいなエドムンド。壮健そうで良かった」
「ええ。私はウァレフォルさんとアガレスさんの二人が王都を脱出したと耳にしましてね。あの二人がそうしたなら間違いはないだろうと、私も脱出しました。幸い王政府はぐだぐだしてたので、特に止められたりとかはなかったですよ」
「そうか。ところでエドムンド。どうしてお前はユージーン……殿下についた?」
「……父がユージーン殿下を支持すると言われましたから。息子としてはそれに従う他ありません。例えユージーン殿下がヴィクトリス殿下と、ハルファスさんを……失礼。これ以上は言えません。ユージーン"陛下"を主と仰ぐ私には、それを言う事は不忠にあたりますので」
「そうか」
「同じ質問を貴方に返しても良いですか? アガレスさんは、私よりずっとヴィクトリス殿下やハルファスさんと親しくしていたでしょう。なのにどうして?」
エドムンドには三成も自分が東部まで来た理由を先に話してある。それだけにエドムンドには困惑の色があった。しかし三成は気にした様子もなく答える。
「そう複雑な理由も、大義もない。私利私欲のためだ」
「…………私利私欲にまみれた人間は、自分で私利私欲のためになど言いませんよ。誰かのために皆のためにと、分かりやすい大義名分を用意して正当化します」
「…………」
今度は三成は押し黙った。
エドムンドによって三成はユージーン・バエルが仮の王宮としているアンドラス侯爵の屋敷に案内された。
東部四大諸侯はエドムンドのサブナック侯爵家、バルバトス伯爵家、ブエル辺境伯家、そしてアンドラス侯爵家で構成されるが、アンドラス家は四家の中で筆頭として扱われる名家だ。ユージーンがアンドラス侯爵家の屋敷を仮の王宮とする名誉を与えたのもそれが理由だろう。
「ユージーン殿……陛下。石田三成男爵をお連れ致しました」
「大義である」
エドムンドが報告すると、玉座に座るユージーンが尊大に頷く。仮にも第一王子だけあって玉座に座る姿は様になっていた。
「ご苦労だったな、エドムンド。下がってよいぞ」
「はい父上」
ユージーンの側に控える父に言われると、エドムンドは大人しく三成から離れ、群臣たちの列に並ぶ。
エドムンドの父、ジョージ・サブナック侯爵がユージーン派になった理由はシンプルだ。先ず東部四大諸侯筆頭のアンドラス家当主エリザベート・アンドラスがユージーンを推戴することを熱烈に主張し、それにマリオ・ブエル辺境伯が頷き、バルバトス伯オリヴィアが消極的に賛成したからである。ジョージ・サブナックには、他の三人が賛成している事に一人だけ反対する気骨もなければ、思考力もなかった。
「さて、石田男爵。面を上げよ」
「はっ」
ユージーンの許しが出ると、三成が跪くのを止める。そんな三成の様子をしげしげと観察したのは東部四大諸侯筆頭にしてユージーンの最も熱烈な支持者であるエリザベートである。
(ふーん。これがアガレス家の石田三成ね。成り上がり者なのに、陛下を前にしてまったく気後れした様子がない。噂通りの傑物のようだわ)
三成がアガレス公爵領で辣腕を振るっていた事は東部にも伝わっている。多くの封建貴族は歴史あるアガレス公爵家が、出自も定かではない成り上がりに乗っ取られたと嘆いたが、三成の手腕を評価する者達もいた。エリザベートはその一人であった。
「で、用件を聞こうか」
「はっ。この度は我が主君アナリーゼの名代として、手紙を持って参った次第」
「寄越せ」
三成が近侍に手紙を渡すと、近侍がそれをそのままユージーンへ手渡した。
アナリーゼからの手紙を読んだユージーンは、内容を確認すると破顔する。
「ふむふむ、ほほうアガレスがなぁ」
「なんと書いてあったのです陛下?」
「喜べお前たち! アガレスの姫からの結婚の申し込みだ!」
「っ! あのアガレスが! 味方になるですって!?」
「マンマミーア!」
ユージーンがエリザベートの問いに答えると、オリヴィエ・バルバトス伯爵とマリオ・ブエル辺境伯が驚愕を露わにした。一方でエドムンドは表情を険しくする。
「エミリー……あの愚かなる妹がウァレフォルの取り込みに動いているから、どうにかアガレスをこちらに引き込めないかと悩んでいたが、まさか向こうから手紙が……しかも結婚とはなぁ。やはり私は神に愛されている!」
もし神の声が聞こえる人間がいたら「だから愛してねえよ」という神託が聞こえたことだろう。
「だが結婚の条件として私にアガレスに来いとはどういうことだ? 寧ろ家臣であるアナリーゼこそが、ここに来るべきだろう!」
「恐れながら我らアガレス家一同、世の真理に至るには未熟にて。ユージーン様かエミリー様か、どちらがバエル王国の国王たるべきか分からずにいるのです。ユージーン陛下がアガレス領においで頂ければ、アガレス家全員、安心してユージーン陛下を王として忠誠を捧げる覚悟」
「家臣の分際で王を試すとは何事だ! 命令を出すのは王である私! なぜ家臣に命じられねばならん!?」
「命じているのではなく、お頼み申し上げているのです。それに非礼の代価として、我らアガレスにはバエル王国を制す必勝の策がございまする」
「必勝の、策?」
これに興味を示したのはオリヴィア・バルバトスだった。彼女は伯爵家当主になる前は将軍としてアスモデウス王国との戦いにも加わっていた人物である。攻勢よりも守勢における粘り強さに定評があったことから、大衆受けはしなかったが、戦を知る者たちからは高い評価を受けていた。
「マンマミーア……」
「必勝とは大きく出たわね。ぜひとも聞かせてもらいたいものだわ」
エリザベートが質問すると三成は話し始めた。
「既に我らはバエル共和国を僭称する反徒に、アナリーゼ様を王とすることを対価に、共同の王都シリウス奪還を持ち掛けております。だがこれは偽り。改革派が革命軍と殺し合って消耗している隙に、我らは西進し、がら空きのアルデバラン市を奪ってしまうつもりでいます」
「マンマミーア!?」
大胆不敵な策にマリオ・ブエルが叫んだ。
「アルデバラン市を落とし改革派を討滅した後は、アルデバラン市と、アガレス領と、そして東部四大貴族の方々とで三方向から王都シリウスを攻撃すれば勝利は疑いようもなく」
「エミリー王女殿下とウァレフォル公爵はどうするのだ!?」
ジョージが尋ねると、これにも三成は淀みなく答える。
「簡単なこと。ウァレフォル公爵にこう言えば宜しい。エミリー王女を差し出せば爵位も領地も全て安堵すると。これでユージーン陛下のバエル王国全土の奪還がなります」
「ほほう。この私を王都から追い出した改革派を真っ先に滅ぼしてやるのか、それはいいな」
ユージーンは全てにおいて論外の革命軍を除けば、改革派を個人的感情で一番嫌っていた。それだけに三成の提示した策は大いにユージーンの関心を引く。
「悪くないわね。もしその策が失敗しても、私たち東部四大貴族にアガレス家が加われば、革命軍と改革派も恐くないわ! 賛成よ!」
「マンマミーア!」
エリザベートとマリオの二人も大いに賛同を示した。
「お前たちも賛成か! ようし、供回りを用意しろ。私は直ぐにアガレス領へ出発するぞ!」
「お待ちください陛下」
盛り上がるユージーンに待ったをかけた者がいた。
「どうかサブナック家の次期当主として発言をお許しください」
それはエドムンドだった。アナリーゼと三成をよく知るクラスメイトだったエドムンドだからこそ、この策は違和感しかなかったのである。
「なんだ? 言ってみろ」
「私はアガレスさんやそこの三成さんとはクラスメイトでした。二人のことはよく知っています。二人はヴィクトリス殿下と婚約者のハルファスさんとは、身分を超えた友人でした。そのアガレスさんがこのような提案をするとは、考えにくいのです。もしやとは思うのですが……罠ではないかと」
「二人のことをよく知る倅が言うなら、そうなんじゃないかなぁ」
エドムンドの発言に、父であるジョージが真っ先に頷く。
「エドムンドくんの意見は頷けるものがありますよ。ユージーン陛下がアガレスへ行く前に、念のためアガレスからもこちらを裏切らないという保証として人質でも頂きたいですね」
ジョージが頷くと、エドムンドの軍略の師でもあるオリヴィアも同意した。これに三成は特に動じた様子もなく答えた。
「それはごもっとも。だがこの三成は新参の成り上がり男爵故に人質には不適格。一度アガレスへ戻って人質を誰にするか決めて、またここへ出直して参りましょう」
「おい。そんなことに時間をかけていたら、さっきの策はどうなる? もう改革派に王都奪還作戦を持ち掛けてしまったのだろう?」
「今から人質の選定と往復をしていたら、とても間に合いません。中止とするしかないでしょう。では私はこれにて失礼。直ぐアガレス領へ戻ります」
そう言うと三成はさっさと退席しようとした。そんな三成をユージーンが慌てて引き留める。ユージーンにとって三成の提示した策は、逃がすには惜しすぎる魚であった。
「ま、待て待て! 人質などいらん! 私はアガレスへ行こう!」
「お、お待ちください陛下! それでは安全の保障が!」
オリヴィアが諫言するが、ユージーンが激発した。
「五月蠅い! 必勝のタイミングを逃してたまるか! だいたい学園でアガレスの姫がヴィクトリスと親しかったからなんだというのだ! クラスで一番媚を売るべきなのがヴィクトリスだっただけだろうが! それにサブナック侯の息子の貴様! さっきの言い方はまるで私がヴィクトリスを殺したようではないか! ジョージ、貴様の息子でなければ不敬罪で罰していたところだぞ!」
「も、申し訳ありません陛下! 倅はなんというか、と、ともかく申し訳ありません!」
「…………失礼致しました」
内心の不満を押し殺して、エドムンドが頭を下げる。エドムンドは誠実であるが愚直ではない。主君の不興を買ってまで諫言する忠誠心を、ユージーンに対しては発揮する価値なしと判断した。
「では三成、善は急げだ、出発するぞ」
「御意」
そうしてユージーン・バエルは、自らの意思で自らの死刑執行命令書にサインをした。




