第68話 欲しい言葉と愚かな報告
三成の命を受けたヘンリーにより気絶させられたアナリーゼが目を覚ましたのは、既に王都を脱出した後だった。ここまできたらアナリーゼもヘンリーやアスールを巻き込んでまで、危険な王都へ戻ってくれとは言えず、三成の考え通りにアガレス領へ帰還せざるを得なかった。
そうしてアガレス領の屋敷に戻ったアナリーゼを、家臣たちが一斉に出迎える。
「よくぞご無事にお戻りになられました、アナリーゼ様!」
「我ら家臣一同、お嬢様の無事のご帰還を祈っておりました」
武官筆頭のクロムウェルと、文官筆頭のハレーが其々言った。王都シリウスで王と王太子が暗殺されたという話は、既にバエル王国中に広がっている。王位継承権第五位……いや、今となっては第四位となったアナリーゼが、巻き込まれているかもしれないと思って家臣たちは気が気ではなかっただろう。
「ええ……ありがとう……出迎えてくれて」
しかし今のアナリーゼにはそんな家臣たちに微笑みかける余裕すらなかった。
三成が強引に連れ出したとはいえ、学友に何も言えずにアガレス領に戻ってきてしまったことと、バエル全土で起きている――――防げなかった動乱は、アナリーゼから日頃の明るさを奪うには十分すぎるものであった。
そんなアナリーゼに、三成が淡々と声をかける。
「アナリーゼ。無事アガレス領に戻ったことだし、主命を無視して勝手な行動をした俺を罰するといい。覚悟はできている」
「いいわよ……三成さんは私のためにしてくれたんだし、三成さんのほうが、たぶん正しかったと思……う……から…………うぅ……」
言ってる途中、堪えきれなくなったアナリーゼの目から涙が溢れる。
死の緊張感で蓋をされていた感情が、安全な場所に戻ってきたことで外れて、悲しみや絶望感が溢れ出してきたのである。
「ヴォーティガン先輩が爆破テロを起こして……ナディアちゃんが死んで……革命とか反乱とか………こんな……いきなりすぎるわよ……」
「お嬢様……」
家臣たち、特にクロムウェルは絶句する。彼等にとってアナリーゼは、昔は愚かな我儘娘だったが、改心してからはアガレス領で起きてきた様々な騒乱を解決してきた名君である。しかしそんな彼女も十代の少女でしかないことを、改めて思い知らされたのだ。
「わ、たしがもっとネタバレを見てたら……もっとヴォーティガン先輩と話してたら……生徒会長になんてならなければ…………ひぐっ……」
ただただ涙を流すアナリーゼに、家臣たちは何も声をかけられない。そこへ空気を読まずに声をかけたのは、やはり三成だった。
「立て、アナリーゼ」
「三成さん……泣き言も……言っちゃ駄目なの……?」
「泣きたいなら泣けばいい。だが今は非常時だから後にしろ。早急に今後の対応を協議しなければならん。お前がいなければ始まらない」
これにアナリーゼと同じ女性であるラウラが食って掛かった。
「三成! アンタって奴は人の心がないの! ちょっとはお嬢様の気持ちも考えなさいよ!」
怒りのあまり奉行である三成に対して敬語を取り繕うことすら忘れていた。このままだとラウラは三成の顔面にパンチを入れてしまいそうだったので、慌ててヘンリーが止めに入る。
「ちょっと、離しなさいよ! この乙女心が分かってない朴念仁の顔面にかかと落としを喰らわせてやるんだから!」
「お、落ち着いてください!」
訂正、パンチより遥かに過激だった。
三成はラウラの鬼の形相を見て少しだけ肝を冷やしたが、努めて無視するとアナリーゼへ向き直り口を開く。
「血が流れるのが嫌なのだろう。人に死んでほしくないのだろう。今この瞬間にも、人は死んでいるぞ。お前が一日家に引きこもれば、それだけ人が死ぬぞ。立て、立って戦え。アナリーゼ……いや」
そうして三成は他の誰にも聞かれぬよう、アナリーゼの耳元で囁くように、
「 」
アナリーゼにとっては本当に久しぶりに聞く、十六年間ずっと共にあった言葉を言った。
「あ……」
俯いていたアナリーゼが顔を上げる。石田三成は、いつものようにそこで憮然としていた。
「……………三成さんってずるい」
「そうなのか?」
「私がその時、一番欲しくない言葉を言うのに、貴方の言葉が一番元気をくれるんだもの」
「そうか」
「ヘンリー、皆を集めて。……話し合いを、始めましょう」
動乱が起きてから初めて、アナリーゼは微笑んだ。
父であるオルバート・アガレスが死去してから、アナリーゼはその拠点を本邸へと移していた。もっともアナリーゼはシリウス王立学園の寮生活の最中だったので、まだ数えるほどしか本邸は使ってはいないが。
評定の場にはアガレス家に仕える文武官と、三成の家臣であるカーナ・ドーリッシュなど一部有力な陪臣も参加していた。
家臣を代表して奉行である三成が先ず口火を切る。
「では協議を開始する。ノア、報告を」
「はい。まずヴォーティガン率いる反徒……便宜上ここは革命軍と呼称しますが、革命軍は地方都市アステローペの決起集会にて選挙を行いヴォーティガンがリーダーとして選ばれました。まあ茶番ですね」
「茶番なのか? ヴォーティガンは連中からしたら英雄だ。選挙で選出されるのは当然のように思えるのだが」
「ええ、茶番ですよ。さもなければ幾らヴォーティガンが王と王太子殺害という革命軍にとっての功績があろうと全会一致などありえません。革命軍の幹部連中全員グルの仕込みでしょう」
「票は操作できることは、ヴォーティガンが生徒会選挙で証明したからな」
ハレーの疑問に答えたノアに、三成がそう補足した。
「革命軍の幹部に元奴隷のダリアなる少女もいますが、あれもなんの実権もないお飾りですね。要は元奴隷、平民、元貴族が平等に肩を組んでるという絵面が欲しかったんでしょう」
「タレント議員とかそういうのみたいなものかしら?」
アナリーゼが前世の記憶を思い出しながら言う。
前世の民主制国家でも投票権を持つのは、政治の専門家ではなく政治の素人である未成年を除く全ての一般市民達だ。なのでこういった人気取りのパフォーマンスというのは実際馬鹿には出来ない。どれだけ崇高な志があっても、人気がなければステージにすら立つことが出来ないのだから。
「ったく。革命なんてせずに演出家にでもなればそっちで天下とれたんじゃないの?」
ラウラが毒を吐いた。
「ま、ヴォーティガン本人は自分は王にならないと言ってますが、実質的にはヴォーティガンが革命軍の王様ですよ」
つまりは独裁者ということだろう。アナリーゼがノアから提供された革命軍の幹部リストを眺めてみると、実権のある本物の幹部は侠客の大親分だの元貴族だの地元の名士だの、ある程度、学識のある者ばかりだった。
「それで革命軍ですが一気に南下を始めています。目的地は間違いなく王都シリウスでしょう」
「短期決戦狙いか?」
三成の問いにノアはこくりと頷いた。
「でしょうな。実はバエル王国で動乱が起きたのと同じ頃、北のアスモデウス王国でも国を真っ二つに分けた内戦が勃発しました」
「え、ええええ!? どういうこと、アスモデウスでも革命!? 爆破テロが起きたの!?」
「いいえ。ですがある意味もっと酷いですね。アイザック・アスモデウスが崩御して葬儀が大々的に執り行われ、国中から参列者が集まったのですが、そこへジゼルの家臣のサー・ジョンストンが軍を率いて突入して、国王暗殺の犯人として、ジゼル王女と敵対する貴族派の者たちを全員逮捕してしまったのです。抵抗した者はその場で殺害されたとか」
ノアの言葉を聞いた全員が、顔面を蒼白にして絶句する。
「こ…国王の葬儀に軍を突入!? しょ、正気か! 一族皆殺しにされても足らぬ不敬だぞ!」
ハレーの言葉に他の全員が同意するように頷いた。国王の葬儀というのは、即位式と並ぶ国を挙げた最も神聖な行事である。過去には戦争中であったにも拘らず、葬儀を執り行うために一時停戦し、敵対国の王族が式に参列したことを切っ掛けに、そのまま和平が結ばれたなんていう事例もあるほどだ。
だが三成は納得したように言う。
「だからこそ、だろうな。貴族派もジゼルが自分たちを憎んで排除しようと思ってることくらいは当然分かっていたが、まさか葬儀の場で仕掛けてくるとは思わなかった。故に成功する公算は高いと考え……成功したのだろう」
(クリスマスに攻撃を仕掛けたワシントンみたいね。もしくは焼香ボンバーかました信長)
ぼんやりとアナリーゼはそんなことを思う。尤も合理的理由のあったワシントンはまだしも、信長の焼香ボンバーは単なる狂人の蛮行に過ぎないので、事実かどうかは疑わしいが。
「それで王都を掌握したジゼルは王に即位し、当主不在の敵対貴族の領土に、貴族達が連合を組んで纏まらないうちに攻撃を始めました。言うまでもなく大人しく領土を明け渡さないなら逮捕してある当主は処刑すると布告済みです」
「目指すは封建制を廃した中央集権の絶対王政の確立か」
「バエル王国で革命が起きたのとほぼ同時に、アスモデウスで内乱なんてタイミングが良すぎない? 示し合わせたみたいだわ」
「みたい、じゃなく示し合わせたんでしょう」
アナリーゼの疑問にラウラが答える。それにハレーも同意して言った。
「革命軍にはアスモデウスと国境を隣接しているフルカス元辺境伯がいる。連絡を取り合うことは容易い」
「結んだ約定は『互いの内乱に対しての不干渉』あたりか。だがヴォーティガンにせよジゼルにせよ、自分たちの内乱を治め国を平定した後まで約定を馬鹿正直に守るとも思えん。ヴォーティガンが勝ちを急ぐわけだ。早い者勝ち、か」
「え、三成さん? つまりバエル王国の内乱がもたつき過ぎると、国内を平定したジゼルが、大軍を率いて南下してくるかもってこと?」
「でしょうなぁ。あ、アスモデウスの内乱にジゼル王女……いえジゼル王が負けるというのは期待しないで下さい。残念ながらアスモデウス国内にジゼル王の対抗馬となりうるカリスマは存在しないので」
アスモデウス王国の内情にこの場にいる誰よりも詳しいクロムウェルが答えた。
「と、ところで王都シリウスはどうなってるの? 流石に革命軍が王都に迫ってるんだから一致団結したのよね?」
一旦遠いアスモデウス王国の話を切り上げると、アナリーゼは一番気になっていることを聞いた。
王都シリウスにはアナリーゼの学友達の多くが未だに留め置かれている。彼らの安否こそがアナリーゼにとって最も重要なことだった。
「それなのですが……どうやら一向に進まない会議と、迫りくる革命軍に痺れをきらしたヴィクトリス殿下が、勝手に軍を率いて出撃してしまったようです」
「そんな! 殿下がそんなことをするだなんて……し、信じられ…………るわね。やるわ殿下の性格上」
同じ学園で過ごしていたためヴィクトリスの為人を良く知る三成、ヘンリー、アスールが揃って同意した。
「それで殿下が出撃した後の王都は?」
「三成殿、それについては新たな報告待ちで――――」
「も、申し上げます!」
「どうやら来たようですね」
評定の場に駆け込んできたのは息も絶え絶えの密偵だった。よっぽど急いでいたのか、顔面は水分が絞り尽くされたかのようにカラカラだ。取り敢えずアナリーゼは密偵に水を飲ませて落ち着かせる。
「それで何があったの?」
「は、はい! アルヘナ平原において軍事衝突が起きました!」
「アルヘナ平原!? 王都の直ぐ近くじゃないか!」
「馬鹿な、いくらなんでも革命軍の進軍速度が速すぎる。途中には要塞や貴族領だってあるんだぞ。革命軍は空間跳躍でもしたというのか!」
クロムウェルとハレーの驚愕に密偵は首を横に振った。
「いえ、衝突したのは王軍と革命軍ではありません。ヴィクトリス殿下とユージーン殿下です。ヴィクトリス殿下がなんの権限もなしに出撃したのは違法であるとユージーン殿下が仰り、ヴィクトリス殿下を逮捕すると自らの手勢を率い出撃なされたとか」
『はあ!?』
凶悪なテロリストが接近してきているというのに、どちらがテロリストと対処するかで、警察と自衛隊が殴り合いを始めたというレベルのアホみたいな話を聞いて、今度こそその場にいた全員が絶句した。




