第67話 最低の専制政治と生まれたての民主政治
バエル王国が『黒紙の決起』から始まる動乱で風雲急を告げていた頃、病がちであったアスモデウス王国国王アイザック・アスモデウスが最期を迎えようとしていた。
「父上! 体調は大丈夫ですか? 父上あってのアスモデウス王国! このジゼル・アスモデウス、一人の娘として王太女として、王国の臣民の一人として、父上のご快復を祈っております!」
父の病床の見舞いに来たジゼルが、場違いなほど明るい声で言った。
「ハァハァ…………」
光の消えかかった瞳でアイザックは娘の顔を見る。もはや表情を作る元気すらないのか、能面のような無表情のままだった。
殆んど身動きしてこなかった王が、明確に反応を見せても御典医はなんらリアクションを起こさない。
「ジ……ゼル……この親不孝者め……そうやって……エマも殺したのか……そうまでして王になりたかったのか、この下劣者が……」
「お体に障りますよ。もう喋らないでください」
ジゼルは天使のような微笑みを顔面に張り付けたまま、先ほどとまったく変わらない声色で答えた。
「貴様など……生まれたその日に、首を絞めて処分してやるべきだった……。ゴホッゴホッ……あ……!」
無理して声を荒げたせいでアイザックが血を吐き出す。ジゼルはやはり天使の微笑みを浮かべたまま、
「御典医。父上が血を吐かれたわ。脈を」
「――――まだ、ありますが……これはもう……駄目ですねぇ」
死にゆく王に対して御典医はにやりと笑うというあり得ない態度を見せる。それがこの御典医が誰に仕えているかの証明であった。
「そ。じゃあ葬儀の手配をして、ベルナデッタ」
「御意」
恭しく頭を下げたメイドのベルナデッタが退室していく。
命の灯が消える刹那、アイザックはそんな娘たちの様子を見つめて、
(ああ……これでいい……これでいいのだ……)
そう心の中で呟き、心臓の鼓動を永遠に止めた。
王と王太子が爆破テロに斃れ、革命派の憲兵たちが騒乱を起こした王都シリウスであったが、王都の民衆は驚くほど落ち着いていた。
理由は様々ある。王と王太子とが民衆の間でまったく人気がなかったことや、憲兵たちの騒乱そのものは直ぐに鎮圧されたことなど。だが一番の理由は王都の民衆が動乱を他人事と思っているからであろう。
王都シリウスは建国以来、ただの一度も敵の侵略を許したことのない不落の都で、王政府の悪政の影響も地方と比べればまだマシなほうだ。そのため王都の民は地方で動乱が起きたが、どうせ直ぐに鎮圧されるであろうと楽観的な物の見方をする人間が殆んどだったのだ。勿論それは民衆の希望バイアスに過ぎず、破滅の足音は一歩また一歩と王都に近づいているのであるが。
また卒業式の際、爆破の衝撃で負傷し気絶した副校長のダスクフェザーは、弑逆犯たるヴォーティガンをまんまと取り逃してしまった宰相ドラコリスの責任回避のためにも、全ての失態の責任を追及され逮捕された。副校長がいきなりいなくなってしまったため、臨時に教頭が代理として全校生徒には王都内に留まり軽挙妄動することのないようにという指示を出した。
しかしその指示に生徒たちの全てが馬鹿正直に従ったわけではない。他ならぬ三成もその一人であった。
三成はアナリーゼの下に現れるや否や、開口一番に言った。
「直ぐに王都を出て、アガレス領へ帰還するぞ」
「え、でも教頭先生は生徒は待機してくれぐれも軽挙妄動は慎むようにって」
「王都の民はのんびりとしているが、王都は火薬庫だ。いつなにが起きるか分かったものではない。ここは本能寺でお前は信長公だと思え。お前のやるべきことはなんだ?」
アナリーゼは三成に言われた通りに考えてみる。自分がもし本能寺の変直前の織田信長に成り代わってしまったとしたら、するべき行動とはなにか。答えはシンプルだった。
「明智の軍勢が来る前に、逃げる?」
「そうだ」
「そ、それならマルグリットやカシム先輩や、ミランダやエドムンドくん達にも……」
「……時間がない。それでもお前はこう言うだろう。『でも放っておけない』と」
「でも放っておけ…………はっ!」
「そして俺はお前にこう返す。咎は後ほど、と」
「どういうこと?」
「ヘンリー」
三成が呼ぶとヘンリーが無音でアナリーゼの背後に立って、当身で綺麗にその意識を刈り取った。
「……申し訳ありません、お嬢様」
気絶したアナリーゼをそのままヘンリーが抱きかかえる。普段ならアナリーゼを抱える役目は同性であるアスールに任せる事だが、今は非常時だ。この場における最大武力のアスールには両手をフリーにさせておかなければならない。
「本当に、よかったんですか? せめてご友人の一人や二人くらい一緒に連れ出すくらいの余裕はあるんじゃないんですか?」
おずおずとアスールが言った。
「下手に動いて王政府に俺たちが脱出しようとしていることがばれたら、万が一の人質として留め置かれるかもしれない。こうなった以上、既にバエル王国の王政府は仮想敵くらいに考えろ。俺たちは鴻門の会の劉邦だ」
三成は中華史上最大の英傑と呼ぶべき有名人の逸話を引用するが、異世界人達にはさっぱりだった。
「誰ですか劉邦って? まあ三成様の指示だから従いますよ。三成様がお嬢様の損になる行動をするはずないですし」
そうして気絶したアナリーゼを抱え三成、アスール、ヘンリーの三人は王都を脱出して、アガレス領への帰路についた。
なお三成達よりも迅速に王都脱出を企て実行した者もいた。ヴェロニカである。
ヴェロニカは卒業式での避難誘導を終えるや否や、
「私たちはまな板の上のコイよ! 板前に挨拶してる暇なんてないわ!」
無用な乱は起こさない性質だが、一方で必要と判断すれば迷いなく決断するのがヴェロニカである。それは逃げることにも例外ではなかった。
「ザリガニ嬢さんやディアーヌ殿下はいいのかよ?」
「そっちはそっちでなんとかするでしょ。必要最低限のものだけ持ったらさっさと王都を出るわよ! 三分で身支度を済ませなさい!」
「……武運を祈るぜ、ザリガニ姫様。ま、あの鉄面皮がいりゃ大丈夫か」
バジルは言われた通り三分で必要最低限の準備を済ませると、ヴェロニカと共に西のウァレフォル領へと走った。
そして単純な領地への帰国ではなく、まったく別の考えに至った者もいる。カシム・エリゴスと軍人派の面々であった。
「おい……どういうことだ! ナディアが……死んだ、だと……!?」
「で、ですから卒業式の爆発から行方不明なので、その……爆発の中心にいて、ルパート王太子殿下のように遺体が粉々になったのではないかと……」
「嘘を、嘘を言うなぁ!」
最愛の妹の死という悲劇に、カシムは報告する兵士に当たるという常日頃なら決してやらぬことをした。ナディア本人は事前にコネを築いていた整形魔法の使い手のもとに駆け込んでいるところなのであったが、そんな事はカシムはおろか他の誰も知らないことである。
「お、落ち着いてください部長! まだ亡くなったと決まったわけではありません! 行方不明なだけです!」
騎士部副部長のリュミナ・ローウェンが言うが、それが気休めなのは言った本人ですら分かっていた。
「…………行方不明、行方不明か。ナディアが、革命なぞに参加するはずがない。俺が一番よく分かっている。だったら行方不明なのは……くそっ!」
受け入れたくはない、けれど受け入れるしかない現実の苦さにカシムは思いっきり壁を殴りつけた。あまりにも強い力で殴りつけたせいでカシムの拳と、殴った壁が割れたがカシムは一顧だにしない。
「ヴォーティガン……――――お前は国王と王太子殿下を殺して仇討ちを果たしたのかもしれんが、今度はお前が俺の仇になったぞ!」
「どうなされますか、部長」
「こうなった以上、革命による混乱を最大限利用する。計画を十年以上早めるぞ。ヴォーティガンを討ち、俺たちがこの国の主導権を王族から剥奪つかまつり、心ある貴族と騎士たちのものとする!」
「はい。直ぐに連絡をとります」
そしてカシム率いる軍人派も、ヴォーティガンに触発される形で慌ただしく動き始めた。
王都シリウスの王宮の自室にてヴィクトリスは、項垂れていた。部屋には他にヴィクトリス以外にはテレーゼと、マルグリットだけがいる。
「本当に……本当にルパート兄上は……死んだ、のか?」
ヴィクトリスはらしからぬ弱弱しい声色で、縋るように言った。
テレーゼはこの時ばかりは、主君に対して嘘を吐きたいという思いにかられる。しかし誰よりもヴィクトリスに忠実なテレーゼは心を鬼にして事実を告げることにした。
「何人かの生徒が、ルパート殿下の足元で爆発が起きるところを目撃しています。また会場からルパート殿下の千切れた頭部と思われるものが発見されております。ルパート殿下が亡くなられたことに、間違いはございません」
堪えきれなくなったヴィクトリスがマルグリットに縋りつく。
「殿下……」
「う、ぅうううぉおおおおおおおお!」
ヴィクトリスは生まれて初めて女性に縋って、みっともなく涙を流す。しかしそれを咎める者はいない。マルグリットは触れれば壊れてしまいそうな愛しい男を、決して壊さぬよう優しく抱きしめる。
それからヴィクトリスは暫く泣き続けた。人肌の温もりが、ヴィクトリスの心をほんの少しだけ癒す。漸く泣き止んだヴィクトリスが顔を上げて決心した表情をする。
「マルグリット……私は兄上に誓うぞ……必ずヴォーティガンを討ち、父上と兄上の仇をとってみせると」
「はい!」
ここでヴィクトリスが父を含めず兄にだけ誓ったのは、ヴォーティガンが父を殺した理由に無意識に正当性を認めてしまっていたからだった。
「ヴィクトリス殿下、評定の場にお出で下さい」
その時、宮廷の文官の一人がヴィクトリスのことを呼びにきた。
これから王と王太子を失った王宮で、反乱軍への対処を話し合うのだ。
評定の場には既に王と王太子を除いて、王政を仕切っていた重臣達達が集結していた。宰相であるドラコリス・ザ・ドゥル、司法卿オズウェル・レイノルズ、軍務卿ジェラルド・ルフェーブルに重臣級では唯一の女性の商務卿アストリッド・ベルナールなどなど。王族からは庶長子である第一王子ユージーン・バエル、第三王子のヴィクトリスに末っ子の第一王女エミリー・バエルが勢ぞろいしていた。
「では逆賊ヴォーティガン・リドルを首魁とする賊軍の討伐を誰にやらせるか、についてだが先ず宰相たる私の意見を言わせて貰うならば……」
緊急時なのでドラコリスが真面目に話を切り出すが、ここで待ったがかかった。
「待て待て! なぜ貴様が仕切る宰相!」
そう言ったのは第一王子であるユージーンであった。
「そ、それは評定を取りまとめるのは宰相である私の仕事であったからですが……」
「ならその役目は今日でおしまいだ。皆の者、賊軍を討伐するのは良いが、その前により重要なことを決めねばならんだろう!」
ユージーンが舞台役者のように両手を広げて言うと「そうだ!」と同調する者が現れた。軍務卿であるジェラルド・ルフェーブルである。
「玉座に王なき王国などあるか! 亡きオリヴァント四世陛下に代わる次代王の擁立こそが先決! 逆賊の討伐は新しき王の号令の下で行われるべきであろう!」
「そして弟で王太子であったルパート亡き今、この国難に対応できるのは、唯一成人している直系たるこの私だ!」
この場にいる全員がユージーンと軍務卿が水面下で手を組んでいたことを察する。第一王子であるが庶子であるが故に将来の冷や飯ぐらいが確定していたユージーンと、軍部の力を抑えたいドラコリスの意向で大した実績もないのに軍務卿に押し上げられ、これまでドラコリスの走狗として扱き使われていたルフェーブル。王と王太子が同時に死ぬという国難を奇貨として、バエル王国の主導権をドラコリスより奪おうとしているのだ。
ここで上手いのはユージーンの言う事に一理あることだろう。確かに国難にあっては未成年の嫡子よりも、庶子だが成人済みの男子を王としたいというのが人情だ。反乱を鎮圧するためにも先に国王を決めておいた方が、全ての指示が円滑に進むだろう。
だがそれは群臣がユージーンを支持すればの話だ。
先ず反論の口火を切ったのは、王太子ルパートの最近の成長の兆しを見て、微かな期待を寄せ始めていたアストリッド・ベルナールであった。
「なにを言う! 王位継承権の序列からいえば、ルパート殿下亡き後、王位を継承するべきはヴィクトリス殿下を置いて他にはいない!」
遵法精神というよりはルパートと極めて仲の悪かったユージーンへの反発からの反論であったが、これに第一王女であるエミリーが加勢する。
「そうよ! 妾の子の分際で出しゃばらないで! 次の王になるのは正妃である母上の子供だけよ! 引っ込んでなさい穢れた血!」
ユージーンが年下であるが王太子のルパートを憎んでいたのと同じくらいに、いや或いはそれ以上にエミリーは腹違いの兄であるユージーンのことを見下して憎み切っていた。
「ヴィクトリスは来年の卒業と同時に、伯爵家に婿入りすることになっていたではないか! ならば王位を継ぐ資格はない!」
「予定はあくまでも予定です! こうなればヴィクトリス殿下の婿入りは白紙撤回して頂く!」
「おい、私にマルグリットとの結婚をなしにせよと言うのか?」
ベルナールの言葉に、初めてヴィクトリスが口を出す。マルグリットを心から愛するヴィクトリスにとって、彼女との縁談がなくなることは死んでも承服できないことであった。
「い、いえ滅相もない。撤回はヴィクトリス殿下の婿入りで、マルグリット様は王妃として迎えるという形に変更していただくつもりです」
ベルナールは本音ではヴィクトリスには婚約を破棄して貰って、より身分の高い女性と婚約して欲しかったのだが、ヴィクトリスとマルグリットの熱愛は王宮においても有名だったので、慌てて訂正した。
これにルフェーブルが反論する。
「私たちはなにも成人しているという一点でユージーン殿下を王にと推しているのではない。不敬罪を覚悟で申し上げるが、果たしてヴィクトリス殿下には、この国難を対処する王の器がおありか?」
「くっ……!」
何故かヴィクトリスの側に控えていたテレーゼが図星をつかれた顔をした。
「ヴィクトリス殿下は常日頃から『自分には王など務まらない』と公言されておりました。ここにいる者も、一度くらいは聞いたことがあるでしょう」
「ああ、言った」
「で、殿下!?」
馬鹿正直に答えてしまうヴィクトリスに、ベルナールが絶句する。公式の場で言質をとったユージーンはにやりと口端を吊り上げた。
「聞いたか皆の者! ヴィクトリスはたった今、自分が王に相応しくないことを認めたぞ! やはり王となるべきは私をおいて他にいない!」
「…………兄上も、他の皆も、一体なにを難しいことばかり話しているのだ。私はただ父と兄の仇をとるための討伐軍に一兵卒として加わりたいだけだ。どうしてそうさせてくれないのだ?」
「ふん。父上と兄上の仇をとり、我こそがバエル王国国王であると天下に示すのはこの私だ。お前は望み通りマルグリット・ハルファスなる娘と王宮から出て行って、結婚でもして婿入りでもしているがいい。それがお前にはお似合いだろうさ」
「兄上が王になるのは、いいでしょう。ですが私は亡き兄上に仇をとると誓ったのです。ヴォーティガン・リドルはこの私が討つ!」
「殿下、その発言は!」
「ヴィクトリス、貴様……」
この世界ではなく戦国時代の日本の話である。
本能寺の変を起こした明智光秀を、秀吉が討ったことで、主君・織田信長の仇討ちを果たした秀吉は、織田家中における発言力を大いに増して、遂には天下人にまで昇りつめた。
今のバエル王国にも同じような事が言えるのだ。王と王太子を同時に弑逆した大罪人ヴォーティガン・リドルの首級は、今や王の証たるトロフィーにも等しい。仮にユージーンが王に即位したとしても、ヴォーティガンを討ったのがヴィクトリスであれば、天下万民はヴィクトリスこそを真の王であると認識することになるだろう。その逆も然りである。
「王陛下と王太子殿下の仇を討とうという御心。まさしく先王ガルヴァリス王を彷彿させる覇気の兆し! やはり王となるべきはヴィクトリス殿下だ!」
ベルナールがヴィクトリスの失言に全力でのった。ルフェーブルは青筋をたてながら言い返す。
「ええぃ何を言うか! ヴィクトリス殿下はつい今しがた自分は王に相応しくないということをお認めになられたではないか! 王となるべきは長兄で既に政務にもついておられるユージーン殿下だ!」
軍務卿ルフェーブルと商務卿ベルナールを中心として燃え上がる論戦に、空気の読めない司法卿が口を出した。
「司法卿としての見解を述べるのであれば、王が御隠れになった後、王位を継ぐのは王位継承権が高い者で、仮にヴィクトリス殿下が王位を放棄するのであれば、王となるべきは王位継承権第三位であらせられるエミリー王女殿下では?」
司法卿オズウェル・レイノルズは、誰もが頭では分かっていたが、論外の選択肢故に誰も言わなかった事をあっさり口にした。
しかしエミリーは降って湧いた自分が王になれる可能性を聞いた瞬間、喜色満面になった。
「っ! そうよ司法卿! よく言ったわ! そう、ヴィクトリス兄上が王にならないなら、私こそが王に相応しい!」
「それこそまさかだ。王立学園を卒業していないどころか、入学すらしてないエミリーに王が務まるか!」
ユージーンの言う通りエミリーは現在十四歳。シリウス王立学園へ入学するのは再来年のことだ。
「務まる務まらないではなく、そういう法なのですよ殿下。それに至らぬところは家臣で支えれば良いのでは?」
「今は国の一大事! 平時の法を杓子定規に当てはめることのなんと愚かなことか!」
「ヴィクトリス殿下が王に相応しくないと言われていたのは謙遜の類だ! 或いは王太子であったルパート殿下を立てられたためだ! この謙虚さこそ王の証であろう!」
「え、いや、そんなつもりは……」
「ヴィクトリス殿下はお黙りいただきたい!」
議論は白熱して、完全に収拾がつかなくなっていた。
宰相でありながら完全に蚊帳の外へ追いやられていたドラコリスはだらだらと汗を流しながら発言する。
「ま、まぁまぁ抑えて抑えて。ここは反乱が収まるまで仮の王を立てて、正式な王を誰にするかはその後で話し合うというのはどうだろう?」
無難といえば無難の当たり障りのない意見だった。しかし今この状況における無難はどっちつかずの同意語であり、それは火に油を注ぐだけにしかならなかった。
「それは良い提案だ。では仮の王は長兄である私が務めよう。一時的な仮王なればこそ、最年長者である私がやるべきだ」
「待たれよ! 仮王なればこそ、王位継承権が最も高いヴィクトリス殿下こそが――――」
「いやエミリー王女殿下こそが……」
こうして会議は踊るも議論は進まず、王政府は麻痺状態となり、初動において反乱軍に完全に出遅れる形となった。
その頃、北方の地方都市アステローペではバエル王国どころか、ソロモン大陸において史上初めての歴史的なイベントが始まろうとしていた。
それは国民一人一人の投票によって、自分たちの指導者を選ぶ大統領選挙である。
立候補者は元辺境伯ヴェルモント・フルカス、女親分エカテリーナ・グラズノフ、革命派最古参のカイラス・ドレクセル、そしてヴォーティガンの合計四人である。
司会進行役のリュシエルが拡声魔法をかけてこの場に集った市民たちに言う。
「では我等市民の代表者を選ぶための選挙を始めます。先ず同志ヴェルモントを指導者に思う方」
場がしん、と静まる。
「では同志エカテリーナをと思う方」
場がしん、と静まる。
「では同志カイラスをと思う方」
場がしん、と静まる。
「では同志ヴォーティガンをと思う方」
瞬間、全市民が立ち上がり爆発的な歓声が響き渡った。
リュシエルは苦笑する。こんなものはただの茶番だ。国王と王太子の二人を暗殺して無事に帰還した瞬間、ヴォーティガンが指導者になるのは確定事項だ。だが自由と平等と民主制を旗頭に掲げる以上、指導者には市民によって選ばれたという箔が必要なのだ。
「全会一致により、指導者は同志ヴォーティガンとなりました。では同志ヴォーティガン登壇を」
「ありがとう、同志リュシエル」
人々の歓声を浴びながら、黒衣の若き革命家は壇上に上がる。ヴォーティガンの絶世の美貌を見た瞬間、市民たちの中には感動で涙を流したり拝み始める者までいた。その様子に最古参のドレクセルが不快そうに表情を歪めるが、直ぐに元に戻す。
そして人々の歓声が静まるのを待ってからヴォーティガンが演説を始める。
「同志諸君! 私はソロモン大陸の歴史上で初めて、市民によって選ばれた指導者として、その地位につく! 私は諸君らのリーダーとして諸君らに命令するだろう! だが決して私に忠誠を誓うな! 何故なら私は王ではないし、王にはならないからだ! 私は諸君等と対等の同志であり、友人であり、市民である! 我々は王家にも指導者にも忠誠を誓わない! 我々が忠誠を誓うのは唯一つ革命の志である!」
そう言うとヴォーティガンは壇上から降りる。そうして集まった市民たちと同じ目線に立った。すると元辺境伯のヴェルモントと、祖父と父を追放して侯爵家を乗っ取ったアルガ・マリーナも並んでヴォーティガンと肩を組む。集まった群衆たちも、貧乏人も、金持ちも、ヤクザ者も、地元の名士も、解放奴隷もバラバラの身分の者達が肩を組んだ。
そして全員と同じ大地に立ちながら、ヴォーティガンは天に向かって宣言する。
「私は革命軍のリーダーとして、市民を虐げる全てに対し、宣戦布告するものである!」
ヴォーティガンの声は拡声魔法など使われていないのに、天にまで轟いた。すると市民の中の誰かが叫ぶ。
「革命万歳ッ!!」
その叫びは直ぐに全体に伝播して、誰もが喉が枯れ果てるほどに叫んだ。
「革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ! 革命万歳ッ!」
そうして士気が最高潮に達した革命軍は王都シリウス目掛けて南下を始めた。そこでヴォーティガンは自分が王政府の事を甘く見ていた事に気づかされるのである。




