第97話 統一
後世においてアナリーゼへの評価にこういうものがある。
『女帝アナリーゼは決して独創性のある戦略家ではない。なのにどうして彼女が動乱で常勝無敗だったかと言うと、彼女は誰よりも行動と決断が早かったからだ』
そう評された通りアナリーゼはとにかく動きが早かった。
バエル朝末の動乱の特徴として、アスモデウス王国の内乱収束というタイムリミットがあったため、全ての陣営がハイスピードで行動していたこともあるが、それにしてもアガレスの行動の速さは頭一つ抜けていたといえるだろう。
そしてそれはウァレフォルを降伏させた後もであった。
レグルスの戦いの戦後処理を必要最低限で終わらせると、直ぐに王都シリウスを囲む四要塞に其々十万の兵を集めたのである。
西側ラ・スパーハ要塞にはウァレフォルの降将であるロンメル将軍。率いるのはウァレフォルの軍勢である。賓客という名目の人質としてヴェロニカは臨時王都アルタルフへ移されているため裏切る心配はない。
東側のデネブ・カイトス要塞にはオリヴィア。率いるのは旧東部四大諸侯の軍勢である。
南側のテグミン要塞からはアナリーゼにより汚名返上の機会を与えられたグランドール伯バルドゥス。といっても率いられている将も兵もトリスタン以外はグランドール配下ではなくアガレス家の者ばかりで、いざという時にはグランドールではなくお目付け役のラウラに従えと言い含めてあるので、暴走の心配はない。
北側からはアガレス軍総司令官のクロムウェルが指揮をとる。クロムウェルは方面軍司令と全体の王都シリウス攻略の総指揮官の兼任であった。
最後にアナリーゼ自身は臨時王都アルタルフに残る。これは共和国が万が一にも捨身の自爆作戦に出た場合の保険だった。
この作戦の狙いは表向き王都シリウスの奪還となっているが、真の狙いはバエル共和国を威圧し心胆を寒からしめる事で、降伏を促す事である。無論、バエル共和国が降伏せず徹底抗戦を選んだ場合、表向きの軍事目標が真実に代わるだけだ。
「レグルスの戦いでアガレスが勝てばウァレフォルに、ウァレフォルが勝てばアガレスに立憲君主制への移行と議会の開設を約束させての共闘の計画もご破算だな」
「ええ。レグルスの戦いでアガレスが勝利したのはともかく、ウァレフォルがあっさり降伏してアガレスに臣従するのは、まったくの想定外でした」
アヴェリウスが煙草の煙を吐き出しながら言うと、ローワンが暗い顔で頷く。
バエル共和国はどんな陣営とも手を組む余地のあるという他にない強味を活かし、動乱において最も美味しい立ち位置に立っていた筈だ。それが今や孤立無援の崖っぷちである。思わせぶりな態度をとり続けキープしていた異性が、まさかの同性同士でくっついてしまったことで売れ残ったようなものだ。
「……仕方がない。ヴェロニカがあっさり降るなんて、誰にも読めんさ。念のために聞くが一発逆転の策はあるか?」
カシムの問いに答える者はいない。
「…………」
実のところローワンには成功する確率こそ低いが一発逆転の策があるにはあった。それはこのまま全軍を率いて南下し、テグミン要塞を速攻で落としてアルタルフにいるアナリーゼを討つことである。しかしその作戦を行うにはエリゴスの『自爆』が必要不可欠となる。要害のテグミン要塞を速攻で落とせるのはそれしかないからだ。だがイスマイル・エリゴスの悲劇を知る人間として、彼はその作戦だけは献策する事は出来なかった。
「こうなると俺にできるのは革命軍がそうしたように、共和国の意地を見せつける玉砕か。もしくはヴェロニカのように大人しく降伏するかだな。いや俺達改革派はともかくなし崩しに共和国に参加した王軍まで、北方の脅威がある中、玉砕させるわけにはいかんか。いっそ責任者である俺は自決して、他のものは降伏で……」
バエル朝末の動乱の特徴のもう一つが、指導者達の殆どが極めて理性的であったことがあげられるだろう。カシムもまた後世に理性的と評される指導者の一人で、彼の思考は自分達が滅びた後のバエル王国の未来に向けられつつあった。
「お待ちくださいおに……護国卿殿下! 殿下が死ぬなら私がかわりに死にます!」
自害を仄めかしたカシムに猛然と声をあげたのはシーリンだった。未だに彼がカシムの実妹であるナディアである事は誰にも知られていない。そして知らないほうがカシムにとっても幸せになる程度には、兄との関係も深まっていた。
「いやそこは『簡単に死ぬとか言うな』って説教するところだろうが」
トーマスがツッコむと、
「ウァレフォルも降伏して許されたのです。幸い我らはアガレスと直接矛を交えたことはありませんし、降伏すればそう酷いことにはならないのではないでしょうか?」
リュミナが代わりに真っ当な意見を述べた。シーリンもしきりに頷いている。
「降伏するのはいい。共和国の幕としてはそうするべきだろう。だが俺個人の幕は別だ。俺にだってプライドがある」
「敗北者の不名誉を背負って生きられるつもりはないと?」
「それだけならいいさ。だが降伏したら嘗てそうだったように、エリゴス家は生きる爆弾兵器として利用されるんじゃないか? エリゴス家の生き残りである俺は、爆弾を生産するための種馬として生かされるんじゃないのか? そう思ったら、いっそこの機会に自決してエリゴスの血脈を断ってしまうことが、人間としての尊厳を守れる唯一の道なんじゃないかと思ってならないんだよ」
人間爆弾として散々使われてきた、エリゴスの人間にしか分からない悲痛な叫びだった。
「…………そうは、させません。そんなことになったら私が女帝アナリーゼを殺します」
「シーリン、君が言うと冗談に聞こえないな。本当にできてしまいそうだ」
「取り合えず使者を送って、降伏したらどういう条件になるか聞いてきたらどうだ? 自殺なんて生きてりゃいつでもできるんだから」
トーマスの意見は投げやりであったが、反論の余地もなかった。カシムは「そうだな」と頷き、使者の人選を誰にしようかと考えたところでシーリンが声をあげた。
「護国卿殿下。使者は私に任せていただけませんか?」
「君がか?」
「女帝アナリーゼが護国卿殿下に真っ当な沙汰を下すなら良し。非道な扱いをする気であるなら、それを見極めて参ります」
(そして諸共に死にます)
最後の一言は声には出さず、心の中でのみ言った。
ソロモン大陸の誰も知らない事であるが『自爆』の超魔法が使えるのはカシムだけではない。自らの死を偽装したシーリン(ナディア)も、それを使う事が出来る。
故にアナリーゼが使者としてやって来たシーリン(ナディア)を納得させる事ができなければ、アガレス朝は女王を失い瓦解することになるだろう。
そして運命の時が訪れた。
アルタルフの王宮にてアナリーゼは、シーリンを出迎える。当然面会に際してシーリンは武装解除されたし、アナリーゼの周囲にはアスールと精鋭の近衛兵がいるが、エリゴスの『自爆』にはなんの意味もない。
「降伏の使者としてやってきたそうね」
「はっ。シーリン・ハーフィズと申します。女王陛下におかれましてはご機嫌麗しく」
「降伏は認めてもいい。降伏するなら共和国を名乗った者たちにもそれなりの待遇は約束するし、共和国に加担した元王軍についても復帰を許すわ」
「格別の御慈悲ありがとうございます」
「けれど共和国首魁のカシム・エリゴスだけは、それだけで許すわけにはいかないわ」
「……カシム・エリゴスの首を差し出せと?」
シーリン(ナディア)の目から光が消えていく。冷たい殺意が魂を燃え上がらせた。
「殺しはしないわよ。けど――――」
「…………」
エリゴスの"爆弾"を量産させるために種馬にする、またはそれに類するようなことを口にした瞬間、この肉体を自爆してやろうとシーリン(ナディア)はその時を待った。そして、
「エリゴス公爵家は取り潰しとし、今後永久にエリゴス家の再興を認めないこととするわ」
「――――!」
シーリン(ナディア)の目に光が戻った。
「じょ、女王陛下! そ、それはまさか……」
「聞こえなかったの? エリゴス公爵家は取り潰しよ。カシム・エリゴスもその子も子孫たちも、永遠に貴族への復帰は許さない。以上よ」
「…………………………………………」
「どうかされたか、ご使者?」
あまりにも長い沈黙に三成が疑問を口にする。
「いえ。帰ってカシム・エリゴスに伝えます」
シーリンは兄を愛する妹として、エリゴスの呪いを持って生まれた一人として心の底からの笑顔を見せて言った。
超魔法は血統と貴族としての爵位の二つが揃わなければ、継承されることはない。超魔法を持つ貴族にとって爵位の喪失は超魔法の継承ができなくなることを意味する。つまりエリゴス公爵家の取り潰しは自爆の超魔法の失伝を意味していた。
シーリンから降伏の条件を聞いたカシムは、これを了承。バエル共和国はアガレス朝バエル王国に降伏し、短い歴史を終えた。ローワンやトーマスにリュミナなど多くの者が共に降伏したが、中には降伏を良しとはせず、抵抗活動を続けるため地下へ潜る者もいた。アヴェリウスがその筆頭である。
「悪いな。人にはビッチになれと言った俺だが、テメエの理想には一途なのさ」
アヴェリウスはそう言って共和国を去り、彼に同調する者達も共に地下へ潜った。彼らは同じく地下での抵抗活動を続ける革命軍残党と合流し、秘密警察や憲兵との暗闘を繰り広げる事になる。
とはいえバエル共和国の降伏により、ここにバエル王国はアガレス朝バエル王国に完全に統一された。
天下が統一されれば、待ちに待った論功行賞である。
勲功第一位は石田三成とされた。アガレスの奉行として政務を取り仕切りまた内乱においても補給を滞りなく行い、派手さこそないが武勲もあげたことが評価された形である。三成は新たに公爵に叙せられるなど位人臣を極めたが、個人的に嫌う者は多くいた一方で、功績の巨大さと能力を疑う者はいなかったので不満の声はなかった。
功績第二位とされたクロムウェルも侯爵位を与えられ、第三位となったオリヴィア・バルバトスも爵位を侯爵へ上げられ、領地も加増された。なおオリヴィアは再三恩賞を固辞し続けた事で、周囲からは謙虚者という評判を得る事になる。
お知らせです。
16日の日曜日に最終話を投稿することになりますが、最終話投稿と同時に次回作の投稿を始めます。
本作の数百年後が舞台になります。どうかお楽しみに。




