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第98話  自薦

 そしてソロモン歴1192年12月20日。


「時間だ、出ろ」


 戦いに敗北し捕えられて以来、ずっと暗い獄中に閉じ込められていたヴォーティガンが、漸く牢から出る日が訪れた。


「……やっと処刑か。随分と遅かったものだな」


「ヴォーティガン・リドル。いいことを教えてやる。お前はここを王都アルタルフだと思っているようだが」


 どん、と看守の腹パンがヴォーティガンに突き刺さった。


「なっ……ぐぉ……」


「ここは旧ブエル辺境伯領さ」


 何故、と問うことはヴォーティガンには出来なかった。そのまま意識を失ったからである。

 その後、革命軍首魁ヴォーティガン・リドルは新王都アルタルフにおいて火刑に処された。遺灰は埋葬を許されず、海へ捨てられたという。




 ヴォーティガンが次に目覚めると、先ず不規則な揺れを感じた。鼻孔をくすぐる塩水の香りに目を開くと澄み渡る青空が広がっている。


「こ……ここは……船の上……いったい、なぜ……」


 体を起こしたヴォーティガンは、状況がまるで理解できずに混乱する。ヴォーティガンは王都で公開処刑するためアルタルフへ移送され、そこでその時を待っていた筈だった。しかし看守によれば実際に自分がいたのは王都アルタルフではなく、バエル王国最東端である旧ブエル辺境伯領で、極め付きには拘束もされないまま船に寝かされているときている。一体どういうことなのかと立ち上がろうとすると、


「あ、起きましたかヴォーティガンくん!」


 懐かしい声を聞いて仰天する。ヴォーティガンが片時も忘れなかったその声は、実妹であるロウィーナのものだった。


「ロウィーナ……! なぜお前がここにいる!」


「再会早々いきなり呼び捨てなんて……だ、大胆ですね。じゃ、じゃあ私も――――」


「こらこら。まず話すべきは大胆だとかそういうことじゃないだろう」


 そう言って間に入ってきたのは、ソロモン大陸では珍しい黒い髪をした男だった。着ている民族衣装から察するに東方の帝国の人間だろう。


「何者だ?」


「私は李という。君達が東方の帝国というところの生まれで、貿易商をしている。西の女王陛下より君達の護送を承った」


「簡単に言うと私たち国外追放処分されたんです。あ、公式にはヴォーティガンくんは火刑で死んだことになってるから、絶対に戻ってくるなって」


「もし戻れば寛大にも微罪で許された革命軍の参加者やその家族を、見せしめに百人や二百人程殺すことになるだろうと仰せだったよ」


 李とロウィーナに説明されて、漸くヴォーティガンにもアナリーゼの信じがたい目的を理解した。


「おい、まさか……――――そういう、ことだったのか。だからアナリーゼは……! だがロウィーナ……先生。なぜ貴女まで? 貴女はホームシックでしょう! 追放されるなら俺だけでいい!」


「帰れぬ国を失うのを寂しく思うほうが、ヴォーティガンくんを失って寂しく思うよりマシですよ」


「ふん。随分とおめでたい頭をしているようだな、貴様は。俺はお前を利用していただけだと言ったはずなのだがな」


「あ、そういうのいいです。本当は全身全霊で愛してるんでしょう?」


「……聞いていたのか?」


「ばっちりと」


 ヴォーティガン、一生の不覚であった。しかしその言葉が聞かれていた以上、どれだけ酷い言葉で突き放そうとしても意図がバレバレで意味がない。やむを得ずヴォーティガンは隠していた真実を暴露することにした。


「くっ……! 聞けロウィーナ! 実は俺とお前は生き別れの兄妹なんだ! だから結ばれることはない! 分かったら、お前はソロモン大陸へ帰れ!」


「ヴォーティガンくん。嘘はもうちょっと上手につきましょうよ」


「苦し紛れの嘘でも、程度が低すぎるぞ」


 だがまったく信じてもらえなかった。ロウィーナと李は二人とも呆れた様な視線をヴォーティガンへ向ける。


「いやいや本当なんだよ! 俺の親が荷台に捨てた妹こそがお前なんだよ!」


 尚もヴォーティガンは正真正銘の真実を喋るが、無意味だった。


「はいはい、愛が故の突き放しですね。分かってます分かってます」


「君の爆破テロ時の演説は知っている。それによれば君の妹は亡くなってるそうじゃないかね。例えロウィーナを想うが故だとしても、下手な嘘の材料に妹さんを持ち出すのは宜しくないと思うぞ」


 ロウィーナにはやれやれと笑われ、李にはガチトーンの説教までされてしまった。

 この理不尽にヴォーティガンは思わず叫ぶ。


「ま、マンマミーア!?」


 こうしてヴォーティガンはトム・ケントと改名し東方へ移住。趣味だった音楽で生計をたてることになった。トム・ケントの名は東方において、西方歌謡の伝道者として伝わる。また記録によれば彼は自分の妻が、実は生き別れの妹であるという冗談をよく口にしていたという。




 そしてヴォーティガンの同志達だった革命軍の幹部達もまた、自分達の道を歩み始めていた。

常に厳重な警備が敷かれていて万に一つも脱獄は不可能。自殺しても直ぐに腕利きの医者と白魔法使いが治療してしまう。そこで彼等が始めたのは開拓だった。自分達で島を耕し、自給自足を始めたのである。


「お前たちも物好きだね。ある意味、一生贅沢できる身分になったのに、それを跳ねのけて苦労をしょいこもうってんだから」


 監獄長のアイアンモアは感心したように言った。


「私は王も貴族も嫌いだからね。そのお恵みに与って生きるなんて御免さ。ま、私はおまけだろうけどね」


 エカテリーナは革命軍の幹部であったが、アナリーゼとはなんの関りもない。そんな彼女が他の幹部と一緒にガキッド監獄島へ送られたのは、彼女自身が言ったようにおまけであった。


「私はそこまで拘りはないんだが……。ま、革命軍の自称新リーダーがやるって言ってるんだ。従うさ」


 リュシエルはにやりと笑って、元貴族とは思えないほど健康的に日焼けしたアルガ・マリーナを肘で小突く。今や彼は立派な農夫だった。


「ふん。こんな小さな島に閉じ込めたからって、僕らの革命の志が消えると思うなよ! 島から出られないなら、この島に僕らの国を作ってやるまでさ!」


「そういうわけだ監獄長。同志アルガ・マリーナのお陰で、僕らは失いかけた志を取り戻した。僕らの国はアガレスに屈して滅びたが、僕らの心は一度屈したくらいで滅びはしない!」


 この監獄島に最初に送られ絶望したカールだったが、もう表情に暗いものはない。この自分達以外誰もいない島で、自分たちの力だけで生きてやろうというフロンティアスピリットに溢れていた。


「物好きな連中だ。だが俺も物好きでね。まあ陛下にゃ俺から言っとくよ」


 その後、アイアンモアからの報告を受けたアナリーゼは一言だけ「そう」とだけ呟くと、食料の供給などを止めようとはしなかったが、かといって革命軍幹部達へ干渉する事もなかった。

 ガキッド要塞が閉鎖するのは、最後の囚人が老衰で死去してからのことであった。




 アナリーゼの裁定により爵位を剥奪され、庶民となったカシムはシーリンを自室に呼び出していた。なにか期待するようにもじもじとするシーリンを前に、カシムは意を決して口を開く。


「エリゴス家の呪いも義務も、もう全てなくなった。俺は自由だ。……これからは先祖ができなかったことをしようと思う」


「それは、どのようなことですか?」


「旅をしたい。自由にこの世界を、旅してみたい」


 人間爆弾として利用されてきたエリゴス家の人間は、常に行動を制限され、自由な移動は望むべくもなかった。しかし庶民に落とされたカシムは数々の特権と一緒に義務と制限から解放された。

 自由に世界を冒険したい。そんな語る事すら許されなかった夢を、思いっきり叶えることが出来るのだ。


「ご一緒させてください。今後もずっと」


「ふっ、本当は一緒についてきてくれないかと俺から言うつもりだったんだが、先を越されてしまったな。ああ。お前が側にいてくれるなら、これほど嬉しいことはない」


 冒険家となったカシムは後世に残る手記を多く残しベストセラーとなった。

 また最愛の妻との間に生まれた長女が、テロで失った妹の生き写しのように育ち、妹の生まれ変わりだと号泣したエピソードがあるが……真実は闇の中である。世の中には知らないほうが幸せな真実というものがあるのだ。




 アガレス朝により統一され一応の平和が戻ったバエル王国であるが、無論全ての問題が解決されたという訳ではなかった。内乱が終わっても北方のアスモデウス王国の脅威は依然として残っている。


「陛下。どうやらアスモデウス王国の内乱も完全に終結したようです。最後まで抵抗した貴族連合側貴族は一族皆殺し。またその前に降伏した貴族も別件で逮捕されたり、病死したりする者が多数いるようで」


「ジゼルは完全に封建制の息の根を止める大改革を断行するつもりのようだな」


 ハレーの報告に三成がそうコメントした。

 封建制から中央集権制への移行、それは日本では明治時代で行われたことである。明治維新の廃藩置県もそれなりの混乱が起こったが、貴族への強い憎悪のあるジゼルのそれはより凄惨かつ徹底したものになるだろう。

 しかしアナリーゼにとってアスモデウスの政治体制が激変する事は大した問題ではない。気になるのはアスモデウス王国の存在が、自分の権力を揺るがすリスクについてだ。


「ジゼルはこの国に攻めてくると思うかしら?」


「この国が未だバラバラで内乱中ならともかく、今はバエル王国も統一されていますからね。ジゼル女王も先ずは自国の統治を優先するでしょう」


 クロムウェルが分析を語る。


「今は、ね」


「十年先か、二十年先か。新たな統治が確立し国力が富めば、大規模な侵攻を開始してくることもあるやもしれん」


「逆に貧しいからこそ攻めてくるかもしれませんよ。バエル王国に攻めてきては領土はとらず、略奪するだけして帰っていくというのは、ガルヴァリス王以前のアスモデウス王国の常套手段でしたから」


 三成とハレーが其々懸念を口にした。アナリーゼは顎に手をやり考え込む。


「攻められる前に、こちらから攻めるというのは?」


「直ぐには無理だ。内乱に勝って統一したとはいえ、バエル王国全体で見れば、兵も金も物資も消費しただけで、なにか得たものがあるわけではないのだからな」


 そう、確かにアナリーゼは全ての反対勢力を滅ぼし天下を統一した。しかしそれはバエル王国が強くなった訳ではない。オリヴァント四世という暗愚から、アナリーゼという強力な指導者に王が代わり、三成という優秀極まる官僚もいるので、これから良くなっていくことはあるだろう。だがそれは未来の話で、現在は内乱による疲弊でオリヴァント四世が王だった頃のバエル王国よりも国力は落ち込んでいる。


「地下に潜った革命軍残党、共和国残党も気になります」


「王都問題もあります。これまでアルタルフを王都としてきましたが、天下統一した以上、歴史あるシリウスに遷都せよという声は高まってます」


 群臣達が次々に懸念を表明した。


「遷都についてはやる気はないわ。未だ国内の支配が盤石ではない今、内部の敵に脆いシリウス市は都とするには不安要素が多すぎるもの。あと地下に潜った残党は、ノアを長とした秘密警察を組織して対処するわ」


「やれやれ。王都在住の一介の私立探偵が秘密警察長官とは。派手に成りあがってしまいましたな」


 ノアがわざとらしく肩を竦める。だが秘密警察の長という重要な役目は、今や古参となったノア以外に任せられる人材はいない。


「あと陛下。即急に解決するべき重要案件がありますよ」


 次に進言したのは意外にもヘンリーだった。元は我儘お嬢様の気紛れで執事に抜擢されたところから始まり、あれやこれやと今や宮内卿となったヘンリーは、その職を分不相応と思っているので、こういう場で出しゃばる事はこれまでなかったのだ。

 アナリーゼは少し驚きながらも聞き返す。


「なにかしら?」


「そ、それはえーと、あれですよあれ!」


「お世継ぎです」


 恥ずかしがるヘンリーに呆れながら、アスールがきっぱりと言い切った。


「二人の言う通り王配となる人物は、一刻も早く見つけねばなりませぬな」


 結婚。それは前世では女子高生で、本来ならまだ学生だったはずのアナリーゼにとって、まだまだ先の話であるはずのものだった。

 しかし今やアナリーゼはバエル王国の新しい王であり、世継ぎを生む責務がある。


「王、配……そう、やっぱり王様になったからには結婚しないといけないのよね。三成さんはどう思う?」


「お前に兄弟もいない。早く結婚して子を生むか、養子をとるかしなければアガレス朝はお前の死と共に滅亡するだろう」


「三成さんは、賛成なの?」


 アナリーゼは無意識に、期待を込めた視線を三成に送った。


「賛成は賛成であるが、急いて適当な人物を婿にするのは駄目だ。王配となる人物はお前に万が一のことがあれば、王の代行として政務を見ることになるかもしれないし、その者に野心があればアガレス朝が乗っ取られるかもしれない。また有力貴族の誰かを王配とすれば、その貴族の家が外戚として専横するかもしれん」


「……そうね」


 だが三成はアナリーゼの無意識の期待に、事務的な返事を返すばかりだった。アナリーゼの表情が少しずつ曇っていく。


「今日のために俺が王配候補を六十人ほど選定した名簿を用意している。この中から選んでみてはどうだろうか」


「あ、アンタねぇ!」


 あまりにも女心というものが分かっていない三成に、ラウラがキレかかる。だがハレーが手で制して待ったをかけると、無言で玉座のアナリーゼへ視線を送るよう促した。

 そこには三成から受け取った名簿に視線を落としながら、驚きと期待とが入り混じった顔のアナリーゼがいた。


「……ねぇこの名簿、全部三成さんが作ったの?」


「ああ」


「なら……名簿の一番最初の『石田三成』って、なに?」


「自薦だ」


 簡潔に答えた。

 三成が作った名簿は、アナリーゼを幸せにしてくれるであろう相手の名前を順番に記載している。そのリストに三成は敢えて己の名前を一番上に記載した。それはアナリーゼを最も幸せに出来るのは自分であるという自負の現れであった。


「本来加える予定はなかったが、お前をどこの馬の骨とも分からぬ輩に任せることを想像したら、気付けば己の名前を一番に書いていた。アナリーゼ、俺は歴史の敗者だ。豊臣家の天下どころか、豊臣家そのものすら守り切れなかった。絶対に幸せにするなどと約束はできない。絶対に守ってみせるとも言えない。だが絶対に裏切らないことだけは約束しよう」


「三成さんの優しさは……嬉しいわ……でも私のためにそこまでしてもらう……わけには……いかないと……」


「そうだ、お前のためだ。この石田三成がお前のために生きたいと言っているのだ」


 やはり三成は卑怯だとアナリーゼは思う。なにせいつだってアナリーゼが困っている時に、一番欲しい言葉を言ってくれるのだから。


「……――――三、成さん!」


「答えは?」


「もちろんOKよ! オーキードーキー!」


「おう、けい? 王毅……土器?」


「私と結婚してくださいって意味」


 暫くして女王アナリーゼと宰相の石田三成の結婚が発表された。


いよいよ最終話を残すのみとなりました。

最終話は明日の昼12時頃に投稿いたします。

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― 新着の感想 ―
石田三成って、史実では側室もいなくて正妻に一途なイメージがあったから、ここで自分を結婚の候補に上げるのは、私的に解釈違いだなー。
2P目があったとは・・・ 「自薦だ」はやはり最高のシーン
何だろうねこの近親(自主規制)の成立率の高さwアガレス朝は闇に葬られた真実が多過ぎじゃないですか?そこんとこどうなんでs(射殺 告白中の三成さんの表情がすごく気になりますね。なお私は内心照れたり手に汗…
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