第40話 奪還
「起きなさい」
強く揺さぶられている。
その度に身体の節々が僅かに痛む。
「……誰?」
「呑気なものね。仲間は連れ去られ相方は壊されてるってのに。ま、早く起きたところであんたに出来ることはないけど」
その言葉で完全に目が覚めた。
ガボはいない。反応がない。本当に壊れた……?そんな……。
しかもアイリスは魔人に連れ去られてしまった。……最悪だ……。
「しっかりしなさい、私がなんとかしてやるって言ってるのよ」
――ジャイアントロス狩りの時の女の子だ。
「あの!助けてください!仲間……大切な友達が魔人に連れ去られて!」
「分かってるっての。連れ戻してあげる。あの子、使えそうだしね」
「え?」
「何でもないわ。飛竜!」
金髪赤眼の名前も知らない少女が声をかけると、空から飛来してきたなにか――竜だ。
少女はひらりと竜の背に飛び乗った。
「ここで待っていなさい。壊れた召喚獣は1日経てば戻ってくるから」
「ぼ、僕も連れて行って!ください」
「……足手纏いにはならないでよ」
「はい!」
飛竜はくるりと空で身体を何度かくねらせると、北の方角へ向けて、もの凄い速度で飛び始めた。
振り落とされないよう、長い角をしっかりと握りしめ、魔法剣は腰に刺した。丸腰でないだけで、少し安心する。
「名乗ってなかったわね。わたしはリシェル・エインズワース。この飛竜はヴェルディ」
「サツキ・ノーマンです。――エインズワース。どこかで聞いたことあるような……」
それで、少女はなぜか初めて、小さく笑った。
「気のせいじゃない?――『装着』」
僕の目の前で、少女は装甲を身に纏った。
それ自体は、そこまで驚きではない。前にガボも彼女は同業だと言っていたからだ。
僕たちの鎧と違って、彼女のそれは急所だけを守りつつ脚部や関節保持に機能を集中させているように見える。
「驚かないのね」
「はい。ガボもそう言っていたので」
「そう、私があんたを助ける理由がそれ。後で詳しく調べさせてもらうわ」
それって、どれのことだろう。気になるが。
――後にした方が良さそうだ。
「見えてきたわ。余裕ぶって飛行型の魔物なんか使うから。魔人はどいつもこいつも、急に手に入れた力に溺れて頭が沸いてんのよ」
僕も目は良い方だが、ほとんど見えない。どんな視力してるんだ、この子。
彼女はおもむろにスカートの中に手を差し入れると、内から小型の武器を取り出した。いつかジャイアントロスを撃ち落としてたやつだ。
「これは銃っていうの。東部の工房ではアダマンタイト製のものが僅かに造られてるそうだけど、わたしのこれは更に規格外よ――『覚醒』
その短い祝詞とともに、銃という小さな武器は、彼女の身長程もありそうな大きさに再構成された。
「すごい、『覚醒』だ」
実は僕もチップが5枚を超えた時に試してみたがナイフもセンサーユニットも変化させられなかった。
ようやく敵の後ろ姿が朧げに見えてきた。大きな飛行型魔物の背に乗った魔人は、アイリスを片腕に担いでいる。気絶させられているのか?生きていると信じたい。
「ん、羽音?――飛竜だと?誰だ貴様!」
そして敵もこちらに気付いた。
「遅いのよ」
既に彼女はその大きな銃を肩に担いだ格好で構えていた。僕が角にしがみつくので精一杯の中、彼女のまわりだけ時が止まったかのようにその構えは静かで。
思わず状況を忘れて見惚れていた――。
バァン!!
「うわ!」
耳をつんざくような爆発音と閃光とともに、なにかが放たれた。
「な、なんだと!」
魔人が驚愕している。
それもそのはず、たったの一撃で、3メートルはありそうな魔物の胴体と下半身は真っ二つに裂けてちぎれ飛んでいた。
黒翼を広げて宙に静止する魔人。
「ぬぅ、貴様、無礼な!俺を誰だと――」
「甘いっつってんのよ」
バァン!!バァン!
驚くべきことに彼女の攻撃は魔物のケルヴァイン装甲を貫通して魔物を絶命させ、なおかつ魔人の片翼に風穴を空けた。凄まじい威力だ。
「ぐわぁぁ!」
魔人は地面に落ちていく。
「アイリスが!」
「魔人は片翼でも着地くらいはできる。だから覚えておきなさい。この今が一番、奴らに隙ができるのよ」
飛竜は落ちていく魔人を追って急降下する。
バァン!バァン!
威力も凄いが、技術も凄い。アイリスに当たらないよう、魔人の両脚を狙って正確に撃ち抜いている。
魔人もまた驚異的な反射で何発かは彼女の攻撃を躱したが、両脚の膝から下の機能を失ってかろうじて不時着するも荒い息をついており、既にかなり体力を消耗しているのが分かる。
「貴様、許さんぞ!」
「ヴェルディ、回避!」
上空にいる僕たちに向けて魔人が放った巨大な風刃がすぐ横を抜けていく。
「サツキ、あんたが一回あいつに極大魔法使わせたのは誇って良いわ。おかげで消耗させる手間が省けた」
リシェルはそう言うと、より一層集中した様子で銃を構え直した。銃口は魔人の頭部に向けられている。
「ぬぅぅぅぅ!おい、この娘がどうなってもいいのか?」
魔人はアイリスを突き出すように盾にした。
「くそっ、汚い――」
「別にいいわよ。私関係ないし。その子が死んで困るのはあんたの方でしょ。人攫いもできないどころか死なせてしまった、無能だってね?」
「ぐうううう、くそっ!」
魔人はアイリスをこちらに向けて投げ飛ばした。
「ちっ、飛竜!」
それと同時に魔人の周囲に大きな土煙が湧き上がった。
「アイリス!」
僕はアイリスに手を伸ばし、なんとか地面に落ちる前にその身体を抱き抱えることができた。
バァン!バァン!バァン!
リシェルは煙の向こうに向けて何度も銃を放ったが、手応えはなかった。
「魔弾切れ。逃げられたか」
アイリスの顔をみる。
気絶させられているが、顔色はよい。息もしている。それに、身体が暖かい。
「よかった……」
ほっとすると、急に力が抜けてきた。
大事な仲間も相棒も、どちらも一瞬で失ってしまったのかと思った。
「そういえばあんた、それなりの大怪我してたんだもんね。ほら、ポーション」
「あ……ありがとうございます。リシェルさん」
「歳もたいして変わらないんだし、リシェルでいいわ。気持ち悪いから敬語も禁止。いいわね?」
「は……うん。救ってくれてありがとう。重ね重ね、ほんとうに」
もらったポーションを飲むと、一気に身体の痛みが引いた。
「まぁ、いいのよ。こっちにも都合があるから。じゃ、帰りましょうか。飛竜も半日契約で借りてるからね、返さないと貢物が増えて仕方ないわ」
「借りてるって誰に?」
「竜帝ヴェルグロノスよ。南部を治める貴族として、昔から付き合いがあるの」
「……はは」
色々とスケールの大きな人だ。
「ううーん」
アイリスが目を醒ましそうだ。よかった、本当にただ気絶していただけのようだ。
「帰ったら、今後の方針について相談しましょうか?」
「うん。え、方針って?」
「北の状況を探るためにも、あんたたちと暫く同行することに決めたから。有難いでしょ、頼りないあんたは私が鍛えてあげる。魔王を倒す旅をしてるんだってね。その理由も含めて、喋る召喚獣が直ったら、いろいろ詳しく聞かせてもらうわ」
「あ、うん、よろしくデス」
とても有難いことだが、戻って来たガボに何言われるか分からないし、また修行が一段と厳しくなることが確定したようだった。
…………何とも、めまぐるしい一日だった。
竜の背にのって夕暮れの空を眺めながら、僕達は避難民たちを追って東の村へと飛んだ。




