第41話 動乱の行く末
軍団長格の魔人が100に及ぶ魔物の大群を率いてまもなく攻めてくるという報には、セレノスのみならず西を治める貴族ウィズドラム家に激震が走った。
北部を抜けた魔族の侵入を領内に許しただけでも数十年ぶり、首都に迫るレベルとなると100年以上は起きていない筈だ。
本来であれば西部が滅んだとしても不思議ではないレベルの災厄だが、ここにきてセレノスには二つの幸運が働いた。
「あーぁ、だる……」
魔物の大群を率いているのは、ライヴェルトとは別の5人の軍団長格のひとりである、女の魔人であった。
「まさかライヴェルトの奴、将軍からの二次目標、早速失敗しやがった。飛竜もちの凄腕スナイパーとやらに匿われたら、こっそり拉致なんて無理。どうすんのよこの任務……」
【将軍】は北部の混乱に応じた西部首都陥落を本作戦の一次目標としていたが、他人の機微に敏感な女の魔人には、その目的は明らかだった。
「いたく御執心、ってやつ。腹立たしいけど。……それより、現状更にヤバいのがあれ」
平和にかまけた西部の騎士団にたいした練度はなく、竜が邪魔する可能性も低いセレノス陥落自体は容易いと思われていた。
――勇者が現れるまでは。
セレノスの北門の前に仁王立ちしていたひとりの人間が背中の剣を抜いた瞬間、剣は白光輝く大太刀へと変わった。猿型の素早い魔物が二体、挟み撃ちの形で襲いかかったが、二刀の元にどちらもその場で崩れ落ちた。
「アークランド・セオン・リオネスタ。勇者……人間側にホメオスタシスを維持するための唯一の機構、か。確かに化け物よね」
女の魔人がそう呟いた時、遥かに離れた場所にいる魔人に向けて、アークランドは鋭く眼光を向けて、何らかの呪文の詠唱を始めたようだ。
「――いきなり極大魔法!?もう、暗殺向けのアタシの存在感に、普通気付くかなぁ!?」
女の魔人は愚痴りながらも直ぐに防衛のための魔力を練り始めた。
間も無くして放たれた空をも覆う蒼い大火球は魔物の大群を焼きながら女魔人を巻き込む直前で氷のブレスに衝突して激しい魔力の奔流が生じ、結果、分子加速に伴う大爆発が起きた。
魔物は基本的に魔法耐性が強いため生き残った。だがその骨も肉もすべてが大爆発の影響で消え去り、蚕の眉のようなケルヴァイン装甲だけが100個散らばる。
更に危機を察知した金属片はすぐに再生に躍起となり、あたり一面に肉片が蠢く異様な光景となった。
「ゲホ、ゲホ。ダメだ勝てっこない撤退だ。噂には聞いてたけどこれほどとは」
女の魔人は残された魔物たちには見向きもせず、直ぐに北の空へと消えていった。
勇者はただつまらなさそうにそれを見送った。
「勇者様、お見事でした。魔人のやつも勇者様の無双ぶりを見て逃げ出しましたな。後処理はお任せください」
「……うん、よろしく」
魔人と一戦交えたいなど微塵も思わない騎士団は、意気揚々と魔物たちにトドメを指すという大役の遂行を始めた。
「じゃ、僕はこれで」
そう短く言い残して、勇者専用の転移石に吸い込まれるように、アークランドはどこかへと消え去った。
一連の働きを間近で見ていた領主はその強さを目の当たりにして、ただただ驚愕した。
「あれが今代の勇者……強すぎる。北を含めて、中央に誰も逆らえんわけだ……」
西の騎士団は、はなからアテにされていなかったということだ。
自身の不甲斐なさに領主は肩を震わせた。
⭐︎★⭐︎
僕たちは避難民たちと無事東村へと辿り着いた。
避難民たちの受け入れでごった返した小さな農村はとても宿などとれる状況になく、僕たちはすぐに村から離れた場所に野営をしいた。
焚き火が爆ぜる音がする。
夜の帷の下、揺れる火の光の向こうに、リシェルはちょこんと座っている。
彼女のそばには召喚獣がふよふよと漂っている。
「動乱は勇者が鎮めたみたいね」
リシェルは通信用の魔道具――そんなものがあることを初めて知ったが――を用いてリアルタイムな情報を入手したらしい。
「そっか、よかった」
勇者と聞いて僕はアイリスを見た。
魔人に痛めつけられたダメージもショックも残っているだろう、よく眠っていた。
「ねぇ、君のその召喚獣、名前はなんていうの?」
「ないわ」
「ないの?」
びっくりした。
ガボは自ら名乗った。そうでなくてもペットにだって名前くらいつける。一年以上も連れ添っているであろう相棒に名前すらないとは。
「だってコレ、喋らないもの」
「――喋らない?」
「喋るどころか鳴き声すらあげたことがない。一度もね。私にとって必要な存在だけど、薄気味悪いから愛着は湧かないわ。だから名前もつける気はない。召喚獣でいい」
「そ、そうなんだ」
ガボも決しておしゃべりな方ではないが、剣の話……の時などは特によく喋る。見るからに同じタイプの召喚獣なのに、こうも違うものか。
「だから、あんたの召喚獣は私にとって千載一遇の情報源。召喚獣……ガボだっけ、あいつがあんたに魔王を倒すように仕向ける理由を、包み隠さず吐いてもらうつもりよ」
「僕もそれは何度も聞いたけど教えてくれないんだよ……」
「聞き方が生ぬるいからよ。言っておくけど私は真剣よ。あいつが吐かないなら、あんたの命を脅かしてでも吐かせるわ」
「命って、またまたぁ――」
チュンッ――
浮かべようとした愛想笑いは変な形で固まってしまった。
チリ、と頬に熱さを覚えた。
彼女が流れるような動作で抜き放った銃弾は、僕の頬を掠めて、焦げたような匂いの煙を銃口から立ち昇らせていた。
「ガボに消滅されたら困るから召喚獣の力の引き出し方は教えてやる。でもあんたと必要以上に慣れ合うつもりはない。わかった?」
僕はゼンマイ仕掛けのカラクリのように首をコクコクと上下に振るった。
「ガボが戻って来る前の忠告よ。わかればいいから――おやすみ」
そう言って、彼女はごろんと向こうを向いた。それきり、彼女が話すことはなかった。
僕は空を見上げた。
星々は僕の心情を知ってか知らないでか、なんともいつも通りに綺麗に空の向こうで輝いている。
ここ数日、いろいろあり過ぎた。
人同士の諍い、人と魔族の争い、相棒の正体、リシェルのことも――そして多分、アイリスのことも……。
――僕は殆どなにも、知らない。
僕はどうしたいんだろう。
悔しいから、全部を知って、全部をどうにか出来る力が欲しいんだろうか。
本当にそうだろうか。
そもそも僕って、何なんだろう。
リシェルにとって僕は、ガボのおまけ、付属品だ。
アイリスにとって僕は――恩人、だと思っていた。でも彼女は勇者に強く憧れている。それが正直、ちょっとショックだった。
じゃあガボにとって僕は何なんだろう。
僕にとってガボは唯一の家族だ。
でもガボは、僕に自分自身のことについて何も話さない。
もしガボにとっても僕が、ただの付属品だったとしたら――。
…………やめよう。
疲れているから思考が堂々巡りするんだ。
今はとにかく、ガボと話がしたい。
……寝よう。
「おやすみ、アイリス」
静かに寝息をたてるアイリスに毛布をかけて、僕は顔を眩しい星空から横に向けた。
そこには薄闇がどこまでも広がっていた。
怖い――。
ガボのいない僕は、こんなにも非力だ。
思わずそちらにも背を向けると、焚火の火もまた、ゆっくりと消えかかっていた。
僕は思わずその火に掌を向けた。
無意識のことだったが、それで火は少し勢いを取り戻したように見えた。
「魔法――?」
サイコキネシス――だっけ。
しばらく怒涛のような日々で魔力の修行も疎かになっていたけど――。
再び火に魔力を送ってみると、やはり火はわずかだが強さを増した。
……そうか、魔装腕を装着していなくても、魔法は使えるのか。
つまりこれは、ガボがいないこの状況でも使える――唯一の僕自身の力なんだ。
僕はその夜の間、火が消えないよう、魔力を必死で送り続けた。
いつの間にか、サツキは眠った。
魔力切れを起こして気絶して、そのまま眠ったのだった。
火はその後まもなくして消えていた。
その様子を、リシェルは小さく目を開いて見つめていた。




