第37話 遭遇
頭の中をかけ巡った映像はひどく断片的だった。
眩暈を覚えて気がつくと座っていたらしい。
徐々に目を開く。
「サツキくん、大丈夫ですか?」
しゃがみ込んで心配そうに僕を見るアイリスと目が合った。
「あぁ……。大丈夫」
僕が触れた紫の光は、いなくなっていた。
代わりに、彼女が幽閉されていたであろう祠は、人ひとりなんとか這って通れる大きさに壁が穿たれていた。
「アイリス、ダンジョンってひょっとしたら……」
「ん、なに?何があったの?」
「……ゆくゆく話すよ。それより、あの祠の中を調べてみよう」
「祠ってあの立方体の……?あ、変化してる!え、サツキくん、なにしたの!?」
キラキラ目を輝かせるアイリスに「帰ったらね」と濁しつつ祠の中へと向かう。僕だって確証はないから。
祠の中には僅かな金品と、彼女が身につけていた魔道具と思しき腕輪と祈祷用の杖などが不揃いに置かれていた。
そしていつの間にか装着を解除したガボがガサガサとガラクタの山を漁っている。
「あったぞサツキ。大漁だ!これがサーチに引っ掛からなかったなんてな」
ガボが手にしていたのは、3枚の赤いチップだった。
「ぃやったぁ!」
ガボとハイタッチを交わした。
これでチップは3枚から6枚へ一気に倍増したことになる。力も、戦い方の幅も広がるだろう。
「よかったですね、サツキくん、ガボちゃん」
「あぁ、これからはダンジョンを見つけたら必ず寄ることにしよう。では早速……」
ガボは言うが否やぽいぽいと3枚の赤チップを口の中に放り込んで、なんだか美味しそうに咀嚼した。
身体が淡く光って、吸収完了だ。
早速、装着してみた。
基本的な回避と攻撃を兼ねて双脚ユニットはもはや最重要で欠かせないが、その上にボディユニットを装着し、さらにアームユニットをつけた。
「サツキくん、かっこいいです!」
「えへ、そう?」
鏡がないのが残念だが、見下ろす自分の立ち姿はかなりサマになってる気がする。単体だとハリボテみたいだった胴体も、双脚ユニットとアームユニットがついたことで見事に融合していた。しかも、全く脚に負担はない。
(お前の最大の急所だった前衛としての脆さは圧倒的に改善された。バリアも貼れるぞ。あとは俺のエネルギー量も増えたから、ナイフの稼働時間も増えた。また色々特訓するぞ)
(うん!)
目的を果たした僕たちは地上へと戻った。
ヴィンセントさんは既に用を終えたのか、1階層で出会うことはなかった。
――ダンジョン創造に、竜が関わっている可能性がある。
断片的な映像から分かったのは、せいぜいその程度だ。かつて地上にあった村が滅び、地下にダンジョンができた。竜の巫女の記憶が確かなものなら、そういうことになる。
「なんだか、外の世界って分からないことだらけだね」
隣で漂うガボに聞いてみた。
「そんなものさ。このまま着実に力を手にしていけば、いずれ全て分かる時がくるかもな」
「はは、乗せるのがうまいね」
でも、魔王退治が目的より、その方がよっぽど楽しそうでいいや。
僕たちは長い梯子を登り、なんだか久しぶりに感じる地上へと戻ってきた。
太陽は殆ど、沈みかけていた。
「サツキ君、これからどうする?」
「一度セレノスに戻ろう。もう少しチップを探してみたいし、ちょっと調べてみたいことがあって」
僕はダンジョン創造に竜が関わっている可能性があることについて、アイリスに話した。
「そっか、あの時サツキくんはその映像を見てたのか。でもなんで、サツキくんだけが……」
「ひょっとすると、僕だけじゃないのかも。あのジャイアントロスを謎の武器で撃ち落としてた赤い目の女の子、ガボがいうには僕と同じ召喚術士らしいんだ。そして、ダンジョンにチップがあることを知ってた」
「成る程……召喚術士が特別なのかもしれないって考えてるんですね」
「分からないけどね。ひとまずは、召喚術士についてと、西の竜についても調べてみたいかな」
「ん、わかった」
もう日も暮れかかっており、スラム街の広がる小さな村のバラック小屋に、ちらほらと小さな明かりが灯り始めている。
僕たちは厩屋に預けておいたロビンソンを迎えに行った。
「落ち着けそうな宿もないし、早くセレノスに帰ってダンジョンの戦利品で美味しいものでも食べよっか」
「そうしよう!」
アイリスの提案に一もニもなく賛成した。
――その時、突如、地鳴りの音が聞こえた。
遥か遠くのようだが、ガタガタガタガタと村の窓が立て続けに揺れ続けている。それは少しずつ大きくなっているようだった。
ウー!ウー!ウー!
小さな村中に警報が鳴り響いた。
なんだなんだと家から村人が顔を出す中、急報を告げる早馬の怒鳴り声が村中を瞬く間に駆け巡った。
「急報!急報!北東より、魔族の襲来だ!規模100!急に現れた魔族の大群が北の関所を1時間足らずで陥落させ、南西に向けて侵攻中!セレノスが狙いの模様!ここも巻き込まれる可能性がある!急ぎ避難しろ!!」
「避難って、どこへ!?」
「東村が安全だ。急げ急げ!」
「関所の軍はなにをやってるんだ!?」
「知るか!冒険者やその他戦える者はセレノスの騎士団に合流しろとの通達がでている!」
「魔族なんてまっぴらごめんだ。逃げろ!」
人々は大慌てで荷を纏めて、身軽なものは既に東の門へと殺到し始めている。だが、闇市の老人たちや、足が悪い人たちはとても避難出来そうにない。
「アイリス、今からセレノスに急いでも、ロビンソンの足じゃ間に合わないかもしれないけど、どうする?」
「……ここの避難を手伝おう。ロビンソンには馬車を引かせて、なるべく多くの人を連れていかせよう」
「わかった。ロビンソン、すまないけど、一仕事頼むよ」
僕たちは厩屋に置いてあった商人用の貸し荷台をロビンソンに繋いだ。
(サツキ、人助けは結構だが、いよいよ危うくなったら俺は何よりもお前の命を優先させるからな?)
(え……うん)
ガボはいつもクールだが、ここまでなんと言うか、冷徹な風に言うのは初めてだ。
……僕の身を案じて言っているのだろうから、とりあえず頷いておく。
僕たちは闇市をまわって、歩けない人や老人、子供たちに声をかけて荷馬車に乗せていった。
「すまないねぇ……」
「いいんですよ」
ロビンソンが運べる人数の限界は、荷馬車の性能からみてもせいぜい5人くらいだろう。すぐに定員オーバーとなった。
「お前たち、何をやってるんだ!?」
冒険者風の3人組に声をかけられた。
重戦士と剣士の男と、魔法使いの女。彼らには見覚えがあった。ダンジョンですれ違った人たちだ。
「見た通り、避難を手伝ってます」
アイリスが答えた。
「避難だと?お人よしめ」
「では、あなた方はセレノスに合流しないんですか?」
どう見てもそうする様子はないが、剣士の嘲るような物言いになんとなくカチンと来たので言い返してやった。
「ハァ?行くわけねぇだろ、なんのための貴族様と騎士団だよ。冒険者を体良く扱いやがって。ったくあぶく銭を稼いだ後で一杯やってたら、とんだ騒動に巻き込まれたぜ」
「むむ」
「はいはいそこまで。格好つけたところで私たちもやることは一緒で避難なんだし、手伝うわよ。東村の方でいいのよね」
空気が険悪になりつつあったところで、妙齢の女魔法使いが仲裁してくれた。
「チッ、わぁったよ。規模100というと、率いている魔人が2〜3体はいる。魔物はともかく、魔人に一体でも遭遇すれば全滅しかねない。小僧たちも、とっととずらかるぞ」
「は、はい」
魔人――成人した魔族の総称。魔族は成長が遅く、加護を授からないぶん子供は人間かそれ以下の戦闘力だが、成人して背に黒い翼が生えた途端、爆発的にその身体能力と魔力は跳ね上がり、適応あるあらゆる魔法を使いこなすという。
アイリスは思い詰めた顔をしている。
彼女は今、何を思っているのだろうか。
「申し遅れたが、俺たちはC級冒険者のロックスバイトだ。お前たちは?」
「D級のアイアンスフィアです。……よろしく」
大きな甲冑を着た物静かな重戦士の男に握手を求められたので握り返した。とても大きな手だった。
「もう逃げ遅れた者はいないか!?」
門兵が村を何度も巡回し、小さな村の住人たちはようやく全員が脱出できたらしい。
「冒険者たち、協力に感謝する」
「バッツ、騒動が終わったら一杯おごれよ」
「もちろんだロック」
剣士と門兵は顔馴染みらしい。
「バッツがごめんなさいね。ダンジョンが大した稼ぎにならずに苛立ってたの。私は魔術師のサルサ。重戦士がダムドね」
「いえ、僕は召喚術師のサツキ、彼女も魔術師のアイリスです」
「宜しくお願いします」
妙齢の美女魔術師は感じの良い人だが、自身の色を名乗らなかったので、こちらもそれに合わせた。
確かに色はそのまま攻撃手段とスペックを明かすことになる重要情報だ。抜け目のない人なのかもしれない。
「ふぅん、召喚術師は珍しいわね。いかにも後衛と後衛って感じの面白いパーティしてるのね」
「はは、よく言われます……」
僕は一応前衛なのだが、今は説明する時間もない。
「僕たちも一緒に東村に行こうか。ロビンソン、いくよ」
「ええ、そうね――」
少し気が緩みかけていたその時、突如として辺りに突風が舞い上がった。バラックの屋根が吹き飛び、砂煙で視界が遮られる。
「な、なんだってんだ!」
バッツは剣の鞘に手をかけて臨戦体制をとっている。
僕はすぐにセンサーユニットでサーチをかけた。
砂嵐の向こうに、空を飛ぶ人型が1体。背中には大きな翼のようなものが生えている。
その手がこちらにゆっくりと向けられていく。
「アイリス、次の魔法がくる!」
「私の後ろに!」
アイリスが叫び、風の防壁を張ったのとほぼ同時に、吹き荒れる風が熱風となり、炎の嵐が押し寄せた。
「私も!」
サルサが水魔法の障壁を加え、なんとか攻撃は塞がれた。背後の避難者たちは無事だ。
「ロック!避難頼んだぞ!」
「すまない!」
僕はロビンソンに「迎えにいくから」と声をかけて撫でると、センサーユニットを解き、双脚胴腕モードを装着した。
「へぇお前前衛だったのか」
「そんなことよりも前!」
「おいおい、まさか」
多分、あれが……。
「――魔人です」
アイリスは呟くように言った。
はたして、霧が晴れたそこには――。
青白い肌で赤い髪、金色の双眼の、見た目は人間と殆ど変わらない存在が、しかし黒く大きな翼を静かにはためかせて、宙に佇んでいた。
魔人はにやりと歪に笑った。




