第36話 閑話:西の墓標
その村には、かつて沢山の家族があった。
沢山の家が並び、皆つつましく幸せに暮らしていた。
西の海中に住まう竜「水竜ダルダロス」は滅多に人前に姿を現さないが、性格は竜の中で最も温厚と言われ、時に陸に現れ、魔物を狩って人々を守った。
村はダルダロスを守神として祀り、代々竜の巫女と呼ばれる少女が、物心ついてより母親になるまで、村で唯一の世話係を勤めた。
年に一度の月が最も満ちる夜、村では盛大な祭りが開かれ、巫女は竜を呼び、ひとり神殿でその孤高の魂を慰めた。
そして、村ができてからいくつもの世代を経て――。
ある時から、村にはぱたりと、子供が産まれなくなった。
最後の巫女となった少女もまた、幾人もの夫を娶ったが子宝に恵まれず、そのうちに無理がたたって病に伏せ、とうとう竜の巫女は彼女の代で途絶えることとなった。
絶望した大人たちは全ての責任を彼女になすりつけて迫害した。彼女は神殿の側のあまりにも小さな祠に幽閉された。
彼女を憐れんだ竜は、毎年必ず彼女のもとを訪れてその心に寄り添ったが、二度と村で祭りが開かれることはなかった。
――竜は怒った。
もともと自らの使命により魂の劣化したこの村は地底に沈める必要があったし、全ての村人は苦しむことのないように送ってやるつもりだった。
だが竜は、自らの血で魔物を呼び寄せて、巫女を除く全ての村人を無惨にも魔物に食わせたのだった。
全てが片付いた後、運命を知った巫女は竜に礼を言った。
竜は小さく嘶くと、彼女を決して苦しむことのないように、安らかに眠らせた。
『ダルダロス様。いつまでも私の魂は、あなたと共にあります。どうかあなた様の孤独が少しでも癒されますように――』
こうして辺境の小さな村は、竜の力によって人知れず地の底へと沈んでいく。
一つの安らかなる魂は、いつまでも一人、本当の主人の安寧を祈り続けた。




