第34話 西のダンジョンへ
セレノスから海岸線に沿って北上を続けた。水辺は殆ど魔物が出ないため祠は置かれておらず、野営は少し緊張感のあるものとなったが、2人で飛行型を行動不能にした経験が、それを随分と緩和してくれた。
二日目の野営は、川沿いで敷いた。
大きな川だ。
市場で買った干し魚を焚き火で炙ると、干し魚とは思えない程ジューシーだった。水が豊富に使えるので、アイリスがエライザさんから教わっていた即席スープで温まりながら、空と、雄大な川の水面に映る星空を眺めた。
「海に流れ込む川って、各地から支流を経て、大きくなることが多いんだって」
「そっか。この川はどこから来てるの?」
アイリスの豆知識をもらいながら、ロビンソンの身体を拭いてやる。
「この川は……ドラクシア、そして果てには、魔大陸まで繋がっているんだって」
ぴたりと手が止まった。
え、この川、魔大陸から来てるの?ロビンソン大丈夫?いやそもそも水をスープにして飲んだ僕らのお腹は無事か?
「大丈夫だよ。魔族にとっても大事な水源だから、毒を入れたりはしないよ。――きっと」
アイリスは魔族に……。
思い切って聞いてみよう。
「アイリスは、魔族に復讐したい?」
(また踏み込んだことを……)
ガボの呆れ声が聞こえる。
(分かっているけど、彼女と一緒に旅をする上で、いずれは避けて通れないだろ)
「そう、思ってたよ。でも今は少し違う。勿論魔族のことは大嫌いだけど、人間も……それ以上に彼らのことを殺しているから」
――殺している。
授業でも人間側の被害の話ばかりだったからか、そういう意識をもったことはなかった。
「アイリスは魔族と、なにかあったの」
アイリスはひと呼吸おいて、僕の目を真剣に見つめてきた。
「……いちばん仲の良かった親友が、魔族に――変貌した。その子を迎えにきた魔族の軍勢に、村は滅ぼされたの」
「……」
返事に困る。いい言葉が出てこない。
重いどころの話ではない。
「親友、リリィは、変わった瞬間から訳の分からないことを言い始めた。『星の復興だ』とか。だから私は、もう一度リリィに会って確認したい。魔族とは何なのか、私の母親と一緒に死んだ彼女の両親のことをちゃんと愛していたのか、そして、私の事をどう思っていたのかも」
――強いなぁ。
立ち直った彼女は、こんなに多くの問題に真っ向から向かい合っているんだ。
アイリスはすぐに顔を緩めた。
「私が立ち直れたのは、サツキ君のおかげだよ。ねぇ、私からも聞かせて。サツキ君は、なんで旅を続けていられるの」
彼女にまっすぐそう聞かれたら、否応にも自分自身が見えてくる。
「僕は、君に比べたらからっぽだよ。両親の記憶もないし、親友もいない。育った環境にはいい思い出もないけど特別嫌なこともなかった。魔王なんて……ほんとは今でも関わりたくない」
「うん」
「――まぁでも」
「うん」
「ガボは、初めて出来た、なんというか、家族、みたいな存在かな。だから、なるべくガボの期待する僕でありたい。僕にはほんとに、それだけだよ」
「そっか。教えてくれてありがとう。だって、ガボちゃん?」
「――そうかい」
「あれ、照れてる?」
「別に」
ガボは珍しく僕の傍から離れて、ひゅるひゅるとテントの奥に消えていった。
「これで私達、全部話せたね」
アイリスは、穏やかに微笑んでいる。
「僕は大した話してないよ」
「ううん。サツキ君のひたむきさの理由と、サツキ君の強さの理由が分かったよ」
今の話でそんなことが分かるものだろうか。
「そう、ならまぁ、いいや」
彼女がいいならいい。
僕たちはしばらく、焚き火の弾ける音を聞きながら、2人で何を話すでもなく、ゆっくりと時間は流れた。
⭐︎★⭐︎
数日の北上の末、ダンジョンに着いた。
通称『西のダンジョン』の周りには、人がちらほらと住んでいる。
特にダンジョンが人に害がないということで、一種の町の観光産業のようになっているらしい。ただし西のダンジョンは発掘される調度品も多くないため、年々寂れていっているようだ。
スラム街、といった雰囲気で、人々にはどことなく活気がない。
僕たちはガラの悪そうな輩がうろうろしている闇市を見て回ることなく、すぐダンジョンへと入ることにした。
ダンジョンへの入り口は、それほど大きくはない地面に開いた穴だった。そこに、梯子がかけられている。
穴の向こうは、暗くてよく見えない。
「これを、降りていくのか……」
「サツキくん、先に行ってくれるよね?」
「ま、まあね」
なんだか不気味だ。人工物があるだけ、まだほんの少し安心感はあるけど。
「おや、誰かと思えば、サツキ君じゃないですか。奇遇ですねぇ」
少し尻込みしていると、思わぬところから声がかけられた。
以前農場で出会った、考古学者の……えっと、ヴィンセントさん。
「お嬢さんは初めまして、考古学者のヴィンセントといいます。君たちは今から潜るんですよね。よかったらご一緒していいですか、経験者ではありますので、少しなら案内もできるかと思います」
願ってもない。
「ぜひお願いします!アイリスもいいよね!」
アイリスの方を見ると、彼女はヴィンセントさんを見て、少し困惑したような顔をしていた。
「王都直属の考古学者さんだよ。いろいろ面白い話も聞けるし、いい人だから心配いらないよ」
ヴィンセントさんはにこにこしている。
「え、あぁ、うん。ごめんなさい、何も分からないので助かります。宜しくお願いします」
アイリスははっとして、急いで頭を下げた。
「いえいえ、急に同行を申し出て失礼しました。警戒されるのも当然です」
「それじゃ、行こうか」
「私から降りましょう」
ヴィンセントさんはカンテラを取り出して中に火を灯し、梯子を降りていく。
穴の向こうが、それで少しだけ先まで見えるようになった。
僕たちは彼の後を追って、地の下へと降りていった。




