第33話 北上
ジャイアントロス討伐の依頼は、あの赤い目の女の子が異常な速さで狩り尽くしたために、初日で目標達成になってしまった。
あの鳥は渡り鳥らしいのだが、仲間達が虐殺されたのを見て、あのあと寄り付かなくなったのだ。
メリンダさんは目標が達せられればなんでもよいらしく、上機嫌で依頼は達成となった。
一羽しか倒していない僕達は気が引けたため固辞したのだが。
「いいのよ。運も実力のうちってね。美味しいもん食べて、また頑張って」
そうメリンダさんに渡された魚介類を、仕方なく受け取ったのだ。
――そう、仕方なく。
「うまい!」
たった今僕は、目の前でじゅーじゅーと焼けている身がたっぷり実ったホタテや、セレノスの名物らしいラピスタウオという顔の尖った大きな魚の三枚おろし焼きに舌鼓を打っている。
仕方なかろうが何だろうが、美味いものはやはり美味かった。
他にも市場で買った野菜たちも一緒に、金網の上で美味しそうな煙を立ち上らせている。
僕達は泊っている宿『潮風亭』の庭に併設された炭焼き台の上で海の幸を堪能しているのだ。
この海の街では、たいがいの客は市場で仕入れた旬の魚介をこうして自分達で焼いて食べるので、食事は必要な時だけ提供するスタイルをとっているらしい。なんて合理的なんだ。
「明日は朝早くから出発だね」
「ダンジョンのある場所は、北に馬で半日ほど行った場所、だったね」
ダンジョンに行く行商は僅かなので、僕達は自力で行く必要がある。
そのため日中に、僕達は手に入れた依頼料も上乗せして、残金をはたいて馬を一頭買った。
強い馬ではないが、貴重な移動手段だ。
今は宿の厩舎につないでいる。
「古き沈みし都――か。どういう場所なの?」
「よく分かっていないの。ダンジョンは世界各地に点々と存在していて、地上にある入り口は小さいのに、地下はとても広い。そこには必ず、何らかの生活痕が残されているんだって。まるで、大昔、そこに人が住んでいたみたいに」
「――だから、沈みし都、なのか」
「うん。でも、史実にはどこにも、そんなところに村はおろか集落でさえ存在した記録はないの。だから、よく分かっていないんだって」
「……ちょっとこわ――」
「うん、わくわくするよね!なにか、エルフでも解き明かせていないような、大がかりな魔法でも使われているのかもしれない」
「あ、うん。あ、魚おいしい」
僕はとりあえず、たっぷりと栄養をつけておこうと思った。
「宜しくね、ロビンソン」
ロビンソンと名付けた僕達の初馬は、少し歳を経ているが、まだそれなりに走れるという。
特にロビンソンからの気のいい返事はないが、胴体の左右に最小限の野営道具と食料を積んである。
僕達の役割分担からしても、僕が手綱を握ることになった。
穏やかな馬だから、握ってさえおけば運んでくれると、馬商は言った。
ロビンソンの手綱を引いて、北門を出る。
穏やかな街だから、行先を伝えた門兵は「気を付けてな」と手を振って送り出してくれた。
アイリスが先に背に乗り、次いで僕がその前に乗る。
背中から回されたアイリスの両腕に、少しこそばゆい感覚を覚える。
「よ、よろしく、サツキくん」
「うん。酔ったりお尻が痛くなったら言ってね」
「――うん。ありがとう。よろしくね、ロビンソン」
「ひひん」
アイリスが首筋をなでると何故か返事を返したこの中年の雄馬と共に、僕達はダンジョンへの街道を進んでいった。
☆★☆
その頃――。
緑髪をした長身のドワーフの戦士は、燃え落ちる村を前に、小さくため息を一つついた。
積み上げられた人々の死体の山の中には、食い荒らされたものもあった。
その歯型を確認し、男は一層苦い表情になる。
「でかい魔物を連れていやがる。薄汚い魔族どもが」
男は戦士を名乗っているが、本職は別にあった。
男は鍛冶師だった。
男が自らが鍛えた鎧は頑丈で再生するし、本当の得物は、剣ではなかった。
頑丈なのは、ただの血筋だ。
他のドワーフたちより随分と人間に近い見た目だから、大きな人間とみられることが多い。
男は村の外へと続く痕跡を目で辿った。
魔族の軍隊は、この村を滅ぼした後、既に立ち去った後だろう。
だから、今自分に執拗に視線を送っている相手は、軍隊からはぐれた存在ということになる。
「連れて行くんなら、きちんと躾けやがれ」
「グルルル」
よだれを垂らしながら男ににじりよる獣は、四足歩行の獣型の魔物だった。
男はそれを見ると、腰に刺した剣ではなく、マントの奥、鎧の背中部分と巧妙に連結したその棒状の得物に手を伸ばし――ガシャンと機械音がしたと思うと、次の瞬間には巨大な斧を手にしていた。
魔物はそれを見てもなお、臆すことなく男に飛び掛かった。
男よりも更に一回り大きさも重さも上である魔物だったが、片腕で受け止めた男の両足は地に縫い付けられたかのように揺らがず、その鈍く輝く鎧は魔物の牙を一切通さなかった。
男はすかさず魔物を振り払って蹴り飛ばす。
「死ね」
上段から振り下ろした斧は、的確にその首と胴体を両断した。
その下にある固くて分厚いケルヴァイン装甲を意にすることなく。
ぽとりと地面に落ちた二分された金属片は、しばらく振動した後、溶けて消えた。
「――おじきの業なら、あれを取り出せるってか。――どうでもいいが」
男は斧を鎧に仕舞うと、村を一瞥し、また歩き出した。
北へ向かって。
男は、人を探していた。
男と出会わなかった魔族の軍勢は、まっすぐ南西へと向かっていた。




