第32話 赤い目の少女
ジャイアントロスは空にちらほらと飛んでいた。
いかにも狡猾そうで、魚と貝の旨み成分が焼けて生まれたいい匂いの煙の周りを教会の聖書に出てくる天使みたいにくるくると飛び回っている。
明らかに狙っているな。
気持ちは分かるけど。
そしてジャイアントロスという鳥自体もそこそこ脂身があって美味いらしいので、命は余さず頂きたいところだ。
「私の魔法の精度と速度であれに当てるのはなかなか至難かも……火嵐を使えばいけるけど……」
それは明らかにオーバーキルだろう。
多分、普通に客に迷惑だ。
「僕がやってみるね」
投げやすくて空気抵抗の少ない丸い石――幸い浜辺の石はだいたいそれだな。
いくつかを手に取り、向こうに船がいないことを確認して海に落ちるように――。
ヒュン
小さな風切り音とともに渾身の一投は空へと放たれた。
そして当たって、一羽を仕留めた。
落ちてきた鳥をキャッチする。
「サツキくん凄い!」
「へへ、ひょっとしてガボなしでもいけちゃうんじゃない?」
(無理だな)
(……言ってみただけだよ)
続けて仕留めるべく、また投げる。
が、かわされた。
あれ、おかしいな。
それ、それ、それ。
全部かわされた。
どうやら警戒されて、音や気配でかわされているらしい。しかも、結構な余裕をもって。
その後、アイリスも試しに岩砲弾や風刃、火球を空に放ってみるがいずれも有効射程外だった。
「……まずいね」
「……うん」
「狩場を変えてみるか」
「そうだね」
メリンダさんに指定された狩場は、ここと、ひとつ離れた岬の上にもあった。
僕たちは魔物を退けた高揚感もどこかに霧散して、隣の岬へと移動を始めた。
「なんだあれ?」
岬が近づくにつれて、なにか空に、一瞬だけ光る細い線?のようなものが見え始めた。
どうやら地上から空に向かって動いているらしい。
凄い速度だ。
これだけ離れていても、ほんの一瞬しか見えないなんて。
飛行型の魔物が目じゃないくらいの速さだった。
「もしかして、もう1人の冒険者の人かな」
「あぁ、そう……なのかも」
はたして、到着した僕らの前には、妙な金属質の筒のようなものを空に向けて静かに立つ、女の子がいた。年の頃は僕と同じくらいだろうか。
2束に編まれた綺麗な金色の髪が風にひらひらと揺れている。
服装は軽装だがドレス姿であり、どことなく品を感じさせる。
燃えるようなその赤い瞳が僕の姿を映した時、心臓が跳ね上がるかと思った。
なんて綺麗な眼の色だろう。
「なに突っ立ってるの?」
「え?」
しかし、その小さな唇から発された言葉は、思いのほか辛辣だった。
「あんたたちの狩場はあっちでしょ」
「いや……その……はは、なかなか上手くいかなくて、様子でも見に――と」
「――ご勝手に」
その小柄な赤眼の子は、つまらなさそうに手に持った妙な金属質の武器?を空に向けて構えた。
ヒュン
空に向けて静かに、しかし迸るような光の線が――飛んで行った――のだろう。
その視線の先を見ると、一羽のジャイアントロスが空で静かに動きを止めて、地上に落下を始めた。
「……な」
地上にボトリと落下したジャイアントロスは、何か鋭利なものにでも抉られたかのように、身体のど真ん中に大穴が穿たれ、絶命していた。
なんだあれは?弓矢みたいなものなのだろうか。
それにしては――殺傷能力が桁違いだ。
(あれは……)
(ガボ、分かるのか?)
(あの女は……同業だ)
(――え?それってどういう――)
僕が言われたまんま呆然と立ち尽くしている間に、立て続けに閃光が空へと立ち上り、この空域の鳥たちは瞬く間に全滅していた。
女の子は武器の射出孔のようなものから静かに立ち上る煙をふぅと吐くと、武器を腰ベルトのアタッチメントに仕舞った。
一呼吸の間の出来事だった。
女の子はもう用はないとばかりに、すたすたと歩き始めた。
「あ――あの」
女の子に思わず声をかけてしまった。
睨まれているような、鋭い視線が向けられて、気がしりごみしてしまう。
なんだろう、凄く動揺している。
同業ってどういことだろう。
その異次元の強さの武器はなんなのか。
いろいろと疑問は尽きなかったが、口から出た言葉は何とも間の抜けたものだった。
「あの……君の……名前は?」
「ハァ……」
僕の言葉をひどくがっかりしたかのように、女の子は僕の横を通り過ぎていく。
――その最中。
「あんた、そんなんじゃ――じきに野垂れ死ぬわよ」
ひどく冷たい瞳と声で射貫かれた。
「地の底を這ってでも――探しなさい」
そう言ったきり、女の子は去っていった。
――結局、名前は聞けなかった。
☆★☆
赤い目の女の子が去り、ジャイアントロスが一羽もいなくなり静かになった岬で、僕は立ち尽くしていた。
「なんなんでしょうか、あの態度!まったく失礼な人でしたね!」
僕が落ち込んでいると思ったのか、アイリスがフォローしてくれているようだ。
「あぁ、うん……」
失礼な人。確かに。
でもなんだろう。この気分は。決して憤りだけではない感情が僕の中で渦巻いている。
「なぁガボ……同業ってどういうことだ」
「同業?」
アイリスがきょとんとしている。
念話でなくわざと言葉にしたのは、ガボに言い逃れさせないためだ。
前々から少しずつ感じていたことではあるが。
――ガボは、僕に何かを隠している気がする。
「あぁ、それはな、あいつも、金属片で強くなるタイプの召喚術士ってことだ」
「……なんでそんな事が分かるんだ?ガボみたいなの、連れていなかったじゃないか」
「……さぁな、知らん。色んなタイプがいるんだろうさ」
――これ以上問い詰めても、ガボからは何も聞けそうにない。
でも、そうか。
同業と聞いて、ひとつだけ腑に落ちたことがあった。
僕は今、恥ずかしいのと――悔しいんだ。
彼女と戦ったら、僕は間違いなく、1秒ともたずにあの武器で殺される。
それは確定だ。
もし僕と彼女が同格の存在なのだとしたら。
僕は今まで、一体何をしていたんだろう、ってことになるわけで。
「サツキくん……」
アイリスが肩に手を置いてくれた。
「気にするな、あの女は、ああ見えてお前より歳上だろう、スタートも早かったはずだ。それに、有益な情報を残してくれたらしい」
「……有益な情報?」
「あぁ。地の底を這って探せば、チップがあるのかもしれない」
「地の底というと、もしかして」
「あぁ。行ってみようじゃないか、ダンジョンに」
「ダンジョン!」
アイリスの手が離れた。
一瞬現わそうとした嬉しさを隠そうと、アイリスは両手を背後で組んで苦笑いしている。
その姿を見て、さっきまでのネガティブな気持ちは和らいでいった。
「はは。やっぱアイリス、行ってみたかったんだね」
「ま、まぁね。いろいろと、伝承のある場所らしいから。お父さんも調べていたことがあって」
「伝承?」
「うん。ダンジョンはね。――古き沈みし都……なんだって」




