第31話 水の都セレノス
車輪の音と、人の声がする。
ゆっくりと意識が浮上してくるにつれて、身体中に痛みが湧き上がってくる。
更に湧き上がってくる。
――痛い。めっちゃ痛い。
「痛ぁ!」
痛みで飛び起きようとして、それで更に激痛が走り、僕は悶絶して再び倒れ込んだ。
「すまんサツキ、重症だ」
「……やぁガボ。具体的には?」
「四肢の剥離骨折と、右肩は腱板の3/4が断裂、肘も腱が切れてる。筋肉はほぼ全身あちこちで部分断裂してるな。まぁ、水分さえしっかりとっておけば、命に別状はない」
顔の前にふよふよと漂うガボは、さらりとそう付け加えた。
「あ……そ……」
それで僕は完全に起き上がる気を無くした。
右肩には三角巾を巻いてくれていた。僕らは持っていなかった大きな、ちょっと良さそうな布だ。
「サツキくん起きたの。よかった。しばらく安静にしててね。私が、良いポーション買ってくるからね」
「サツキ、アイリス。あんたらのおかげで無傷でここまでたどり着けたよ。いったいどうなることやらと思っていたが……。あんたらはいい冒険者になるよ。約束通り2倍の報酬を用意しておくからね!」
エライザさんは上機嫌そうだ。どうやらこの布は彼女のものらしい。有難い。
そうか、無事セレノスに到着したんだな。
荷台の外から入ってくる木漏れ日と人々の喧騒。綺麗で活気のある街並みのようだ。
北部の魔族侵攻の影響は、今のところ少なそうに見える。
「じゃぁね、2人とも。また縁があれば、護衛の仕事を受けておくれよ」
「こちらこそお世話になりました。また是非お願いします」
エライザさんとは笑顔でお別れとなった。
その後、いきなり悪目立ちしたくもなかったし、ガボが身体スキャンしてくれていたので、僕は教会の治療院ではなく、宿屋のベッドの上に運んでもらった。といっても担架で担がれたわけではなく、またガボの操作によるものだが。
「ふぅ、西へ来る前にいろいろありすぎて、疲れたな……」
「私はポーションを探してくるから、ゆっくり休んできて」
「ありがとう……」
僕はそのまま、すぐに眠った。
――翌日。
気が付くとアイリスも隣のベッドで寝ていた。
彼女は今僕達のもつほぼ全財産をはたいて身体損傷(欠損を除く)を直せる中級ポーションを買ってきてくれたので、変わらない激痛をおして身体を起こし、フラスコに収まっている緑色のポーションを一滴余さず飲み干した。
「お、おぉ」
みるみるうちに激痛が収まっていく。
ものの十数秒で、僕は完全回復した。
「治った!」
ポーション、すごい!
「よかった、サツキくん。魔物との戦い、凄かったもんね」
「あれは……僕自身の実力じゃないんだ。奥の手で、ガボに逆操作してもらってたんだ」
ちょっと悔しいが、格好つけて実力詐称するほうがあとあと気持ち悪いし。
「そうだったんだね。でもあれだけの動きをしてこの怪我ですんだのは、サツキくんの日々の鍛錬の賜だよ。自信もってね」
じーん。なんていい人なんだ。
「ありがとう。僕自身の実力で魔物を倒せるよう、もっともっと頑張るよ」
「うん。私も頑張る」
「アイリスの複合魔法、すごかったな。火と風、だっけ」
「そう、最近ずいぶん魔力が上がって、使えるようになったの。それでも魔力を編むのに時間がかかるから、サツキくんが隙と時間を作ってくれなかったら、とても当てられなかったよ」
僕達は互いににやりと笑ってグータッチをした。
こういう心の底から褒め合えるのって、清々しくてとても良い。
「じゃ、そろそろギルドに行こっか。歩ける?」
「バッチリさ。行こう!」
僕達は宿を出て、ギルドへと向かった。
初日はまったく周囲に気を配る余裕なんてなかったが、まず宿を出て思ったのは、匂いだ。
なんだか香ばしいような、生臭いような匂い。
「海が近いのか」
「うん、薬屋は海が良く見える高台のところにあったの。潮風の匂いっていうらしいね。水面がキラキラしていて、とても綺麗だったよ」
「へぇ」
ギルドへ行く道すがら、街の様子を観察する。
リヴァティエのほうが豪華さではやや上だったが、こちらは白と青を基調にした街並みで、なんというか解放感に溢れているような気持ちよさがある。
ギルドにつくと、受付嬢に依頼の達成を報告した。
「はい、エライザさんからも完了報告を受けていますので、これにて依頼達成です。こちらが報酬の14万Gです」
大金だ。ほんとに2倍くれたらしい。エライザさん、太っ腹だなぁ。
10万G程を中級ポーションに持っていかれただけに、これだけで1カ月は宿代を気にせずにすむのがありがたい。ほんと、薬師とか治癒術士を引いた人は人生勝ち組だよなぁ。
「次の依頼を受けられる場合は、D級冒険者が受けられるC級までの依頼を掲示板でご確認ください」
受付嬢に礼を言って、僕達は掲示板を確認してみた。
ないと思うけど、報酬にチップがあるようなものは…………ないよな。
セバスチャンさんの依頼主、ほんとに何者だったんだろうな。
「サツキくん、これは――」
アイリスが指さした依頼を見てみると……。
『求む!集え!ダンジョン探索チーム。伝説のティーカップを求めて』
「ごめん、却下」
「――やっぱり?」
目を輝かせているアイリスには悪いが、依頼そのものは金持ち貴族の道楽丸出しだった。
あまり関わって良いことはないだろう。
魔族の討伐遠征の依頼もちらほら見かけたが、D級の僕達だけで受けることはできない。
「あ、これなんか――」
一枚の紙きれが目に留まった。
『海辺の害鳥駆除依頼 依頼主:外食協会 期間:1週間』
「これなんかいいんじゃない?海の近くで仕事も出来るし。一応クロスクエストらしいけど、自由参加可だから他の冒険者とそんなにバチバチやることもないだろうし」
「いいんじゃないかな。狩り高に応じて仕事終わりに海の幸支給、ね」
「それもいいよね」
それがいいよね。
「うん、買わなくても済むのは有り難いね。買うと結構高そうだから」
アイリスはほんといい人だなぁ。
初めての仲間が彼女でほんとによかった……。
僕たちはその依頼を受注し、現場へと向かった。
――初めて見る海は、なんだか圧巻だった。
確か神父さんが日曜学校で……人は古来に土と風とマナから産まれ出でたので、海棲生物とは異なる存在だ、とか言ってた。
なるほど。
どういう理屈か分からないが、大量の水が押し寄せては、引いていく。
誰かが大掛かりな魔法で水を手招きしているわけでもなさそうだけど、ずっとそれを繰り返している。
ザザァ、ザザァ
「なんか、ずっと見ていられるなぁ」
「うん」
海水をすくって舐めてみる。辛い。
塩はここから作られているというのは本当らしかった。
潮風の匂いも少し濃い気がする。
人と海とは無関係――か。
じゃあ、この懐かしいような感覚は、どこから来るんだろうな。
僕たちは海岸沿いの手頃な石に腰掛けて、しばらくそうして海を眺めていた。
そして遅刻した。
眺め過ぎた。
「ごめんなさい!海を眺めてたら時間が過ぎていました!」
もうちょっとマシな言い訳があれば良かったのだが、事実なので仕方がない。
依頼主である『海の家ババキュー』の店主は、恰幅の良い中年の女性だった。
「正直だねぇ。いいよ海が初めてなんだろう。そういう反応する旅の人、時々いるさね。さて早速依頼だが、客に出すホタテやらサザエらぁ高ぇ魚貝を隙見て空から急降下する害獣、ジャイアントロスってのが、今年はうじゃうじゃ湧いてしまってな。店の敷地の外で、客に迷惑にならんよう、駆除してくれ」
店の外で、客に迷惑がかからないように、か。
となると盗んでる現場を捉えるわけにはいかないから、僕は投石、アイリスは風魔法とかになるかな。
幸い手頃な石はそこら中に転がってはいるけど……。鳥を狙ったことはない。
うーん、報酬につられて受けたけど、なかなか骨が折れるかもな。
「そういやあんたらの前にひとり、お嬢さんみたいなえらいべっぴんのオナゴが依頼受けて、変な武器でバンバン狩ってたから、うかうかしてると狩り尽くされるかもな」
なんだって!僕のホタテが!
「アイリス、行こう!」
「はい!」
「頑張ってなー」
穏やかな顔で手を振ってくれるメリンダさん――本人曰く通称「海の家のおばちゃん」――に頭を下げて、僕たちは浜辺へと向かった。




