第29話 石碑の村
北部戦線が順調に魔族の侵攻を押し返しているらしいと噂される中、僕たちの西への行商は、まるで何もなかったかのように続けられた。
そして、行程が半分を過ぎた5日目の朝――。
「そもそも魔族と魔物の違いってなに?魔物の上位版が魔族なんだっけ?」
僕はアイリスに疑問を尋ねてみた。いろいろ詳しそうだから。ガボみたいに小言も言わないし。
「いえ、魔族と魔物は、全く別の生き物です。魔族も人間と敵対してるけど、魔族は魔人と言われる一種の亜人で、脳も心臓もあります。かたや魔物はご存知全く別次元の存在で、生物かすら定かではない。魔物がなぜか魔族を絶対に襲わないという性質を利用して、彼らは魔物を戦争の道具として用いているんです」
「魔族と人間はなぜ争っているの?」
「それは――分かりません。ただ、魔族は魔族同士の交配に加えて人間から突然変異で産まれることがあり、大人になれば殆どが人間への敵対心を持つため、忌み嫌われます」
「じゃあ魔王は?」
「魔王は、魔物の長と言われています。過去に竜族と魔王が争って終ぞ討伐できなかった時も、魔王は何度かコア以外の全てが塵と化したそうだけど、かのケルヴァイン装甲と金属片だけは消滅させられず、竜たちは消耗し撤退したそうです」
「なるほどな……道理で」
ガボが納得したように頷いている。
「なるほどなって君――そのこと知らずに、その……意気込んでたの?どう考えても僕らじゃ無理でしょ」
非難を存分に込めてガボにつっこんでおく。
どうか思いとどまってもらいたいものだ。
「なんだか物騒なお喋りはそこらへんにしておけ。村についたぞ。色々あったから、ここで少しまとまった休憩と補給としよう」
エライザさんは、途中の村での一泊を予定に組み込んだ。少しお尻が痺れてきていた僕らにとっては有難い。
村は簡単な柵で外周が囲われており、ひとり門番は置かれているが、現役を退いた老人が日光浴がてら座っているだけだった。
「ようこそ旅の方、石碑の村、ヴィランへ。ここへは何用で?」
「西都セレノスへの行商だ。休憩と補給と、一部荷下ろしにな。明日には発つ」
「そうですか、何もない所ですが、どうぞ寛いでいってくだされ」
老人はにこりと微笑むと、道を開けてくれた。
村は小さい農村のようだが、家はしっかりとした石造りのものが多く、稲はどれも豊富に実っている。
村に一つの宿はすぐに見つかり、エライザさんは隣接されている厩舎に馬を繋いだ。
「よしよし、ここまで強行軍で悪かったな。すぐ美味い草をもらってきてやる」
馬は嬉しそうにいななき、エライザさんの手に鼻筋をこすりつけた。
彼女に目配せされて僕たちは宿へと入っていく。
看板には、「石歩亭」とあった。
「いらっしゃい」
「三名二室と、馬だ。朝夕食と、干し草を頼むよ」
「はいな。すぐ案内します」
「世話になるよ。旅人は多いか?」
エライザさんは慣れた様子で手続きを終えて、受付の老婆に世間話のように尋ねた。
「そうねぇ、また魔族の奴らがきたとかで、ここ数日はてんで客足は減ってるわなぁ。ま、あたしらには関係ねぇ話だけどね」
「そうか」
「ここには稲と鶏以外何にもねぇが、足守様の石碑のおかげで、魔物には襲われねぇのさ。ごゆっくり」
階段で2階に上がると、5つの部屋があった。
エライザさんが角部屋、僕たちはその横だ。
「すみません、僕たちの部屋までとっていただいて」
「いいさ。なんだかんだ全く想定外の働きをしてもらったし。それに、今回の騒動で一儲け出来そうなんでな」
ニヤっと笑うエライザさんは、まさに商魂逞しいというやつだった。
「飯の時に少し話そう。それ以外は2人とも村の中で好きにしてきてくれていい。どうやら、魔物が出ないのは本当らしいからな」
「ありがとうございます」
2人揃って礼を言い、荷物を部屋に置いて、僕たちは宿の外に出た。
「うぅーん、地に足がつくって、いいもんだなぁ」
僕は大きく背伸びをした。
「ほんとにね。それに、ぜんぜん来たことのない場所に滞在するのって、ワクワクするよね」
「そうだね。あとで道具屋には行くとして……」
「うん、石碑を見に行ってみよう?」
「そうしよう」
満場一致で石碑を見に行く事にした。
村が一望できる小高い丘の上――モルドレイ湿林でセバスチャンと名乗る老執事と出会った所とよく似た場所――に、石碑はぽつんと立っていた。
石碑と名がついているが、前と同様、殆どが異質な金属で覆われており、ところどころで剥げて石が露出している。
ここにも文字が書いてある。
『リヴェリア紀行其の三:『私はこの世界が好きだ。人々は心豊かで、強く生きている。もう、元居た場所に帰りたいとも思えなくなりつつある……しかし、私には使命がある。仲間を集めて、使命を果たすのだ。●●●●●の配列を少し変えると魔物を近寄らせないようにする方法が分かったので、ここに住まう人々のためにもなると良い。
私は確かに、ここで生きている。
アシュレイ・キサラギ』
不思議な事に、其の二と、其の三が繋がった。
まるで僕たちは、この石碑を置いたアシュレイという人の冒険を辿っているかのようだ。
「いったい、いつからあるものなんだろう」
「相当古そうだよね。この人は多分、エルフでもない限りはとっくに亡くなってるんじゃないかな」
「――そっか」
丘に風が吹く。
揺れる草花は、変わらず鎮座し続ける石碑に寄り添っているように思えた。
僕とアイリスはその後、幾らかの食料品と野営の道具を買い、静かな村での休息を楽しんだ。




