第28話 黄昏
砦が燃え落ちている。
地下牢には魔物の死骸がいくつかあり、それを兵士の死体のそばに配置した。
出来る限りの偽装処理を施して、それでも火種になるのは避けられないだろうとため息をついていると、大男の戦士が近寄ってきて頭を下げた。
「スヴェイン・グルガラッドという。ドワーフの戦士だ。あんたらまで巻き込んですまなかった」
「本当だよ!あんたさえいなければこんなことには――!」
「あの……助けていただきありがとうございました」
激昂するエライザさんに割って入るように、商人の男と、娘が猛烈な勢いで頭を何度も下げた。
陳謝する彼らの無事な姿をみて、エライザさんは頭をぽりぽりとかいた。
「はぁ……。まぁ、なってしまったものは仕方ない。とにかく一刻も早くここを離れて西へ向かおう。あんたらはどうする?」
「私と娘は、北へ武器を降ろしに行くのは勿論やめて、一度南部へ戻ります」
「俺は、北へ行く」
男は平然とそう言ってのけた。
「ばっ、馬鹿じゃないのか!?このことが知れ渡れば、この先の検問はますます厳しくなって、あんたみたいな怪しいやつは真っ先に――」
「許可証とやらなら、砦から拝借しておいた。俺には時間がない」
「あぁそうかい、勝手にしな。サツキ、アイリス、行くよ!」
「あ、はい」
「はい」
僕は彼らに頭を下げて、荷馬車に乗り込んだ。
「サツキ」
背後からの声に振り向いた。スヴェインだった。
「いい剣だった。達者でな」
「あ、はい。あなたも、どうかご無事で」
「心配いらない。恐らく、もうじき北のやつらは、この砦の事どころじゃなくなる」
「――え?」
ヒヒィン!と、エライザさんがいつもより強く鞭を打ったことに、馬は驚いて走り始めた。
「じきわかる。じゃあな」
そうして、僕達は西への行路を再開した。
エライザさんは無言のまま、全力で馬を駆った。
ずいぶんと遅れてしまったから、夜までに次の祠にたどり着けるかどうかぎりぎりの所だった。
僕は返り血を入念に拭きながら、しかし、考えることは山ほどあった。
「ねぇ、ガボ」
「なんだ」
「あの兵士たちは、弱かったの?」
「まぁな。まっとうな戦闘職でないものも居た。だがそれ以上に、お前が強くなったんだよ」
「そっか……僕、強くなってたんだ」
「落ち込んでいる暇なんてないぞ。世の中、悪い人間なんて溢れる程にいるんだ。いつかはこういう日が来ただろう。それに、自惚れるなよ。お前じゃまだまだ、魔物や魔族に遭遇すれば死ぬ確率の方が高いんだからな。生きてる事に感謝しろ」
「……うん、そうだね」
ガボなりに励ましてくれてるのだろう。
そうだな、今の気持ちは、罪悪感ではなく自己憐憫だ。やらなければやられていた。甘ったれているのかもしれない。
アイリスはどうだろう。
彼女の方をみると、笑顔を返してくれた。
――勝手に落ち込んでいたのは、僕だけか。
そりゃそうだ。アイリスは僕の倍近く生きてきて、魔族に故郷を滅ぼされて逃げ延びた過去がある。きっと、もっともっとつらいことが山ほどあっただろう。
――僕だって、強くならないと。
「サツキくん」
アイリスが自分の膝をぽんぽんと叩いている。
なんの真似だろう。
戸惑っていると、手を引かれて、僕の頭は彼女の膝の上におさまった。
「つらいことは、無理に蓋をしないほうがいいですよ。本当の意味で強い人って、きっと、なんども挫折を味わった人だから」
それと、この膝枕にどういう関係があるんだろう。
「泣きたい時は泣いていいんですよ、って話です」
「別にそんな……こと」
そう言おうとしたら何故かダメだった。
涙がじわりと滲んだのが分かった。
恥ずかしいのですぐ横を向く。
「あんまりサツキを甘やかすなよ」
「ガボちゃんが鞭役ですからね」
「――」
なんだか、とても気持ちが和らぐ。
アイリスの膝からは、懐かしいような匂いがする、気がする。
僕には両親の記憶はない。いつから孤児だったのかも分からない。それが当たり前だったのだが。
実は胸の奥底には小さな穴がぽつんと空いているのかもしれない。
「ありがとう、アイリス」
僕の声と、ガボの声が重なったような気がした。
そのまま猛烈に眠くなって、僕は意識を手放した。
⭐︎★⭐︎
慌しい音が、人の声が、飛び交っている。
気がつくとアイリスの姿はなく、僕は柔らかい穀物の袋を枕にしてもらっていた。
外は薄暗い。無事次の祠についたのだろうか。
「外に出てみろ」
「あ、ガボ。わかった」
大きな祠と地蔵さんが見える。無事着いたのだ。
その周囲に、大勢の商人たち――ひょっとすると複数隊のキャラバンかもしれない――の中に、彼らと激論を交わしていてるエライザさんの姿と、その横に寄り添うアイリスの姿を見つけたので駆け寄る。
「起きたか、サツキ」
「寝入っててすみません。これは?」
「魔族が大規模な侵攻を起こしたらしい。北部への多面的な侵攻で、一部の魔物が内陸まで入り込んで、北は大混乱だそうだ」
スヴェインの声が脳裏をよぎった。
「北と西は領界線を長く接しているからな。西へ行く商隊の多くが南へ引き返してきて、この騒ぎだ」
ちらりとアイリスを見た。
「途中で砦が魔物に襲われていたのも、魔族の襲撃と関係あるんじゃ、て噂されているらしいよ」
本当に、スヴェインの言った通りになったのか。
この騒ぎをみると、北の軍部ですら握っていなかった情報を、あの男は知っていたのかもしれない。
さらには、予見していたこの混乱に乗じて北上したのか。
「あたしは情報交換が要る。大量の輸出キャンセルが出て西も需要が高まっているだろう。お前たちは今日は荷台を使っていい。しっかり休んでおけ」
僕たちは荷台へと戻ると、思わず顔を見合わせた。
大規模な魔族の侵攻。
僕が生きてきた中では、一番大きな規模だそうだ。
アイリスは不安そうな顔をしている。
これから一体、何が起こるのだろう。
「きっと大丈夫」
「……うん」
そう言うと、アイリスは少し微笑んだ。
僕が言っても大した励ましにはならないかもしれないが、言っておきたかった。
余計なことを喋って周りに聞かれないためにも、僕たちは言われた通り、しっかり休んでおくことにした。




