第27話 赤
気配だけで探っていた戦場、それが肉眼で描写された。
緑の長髪の戦士――重戦士と言った方がいいか――は、斧と重盾を手に、8人もの兵士を相手に大立ち回りを続けている。が、兵士たちは全員、剣士か戦士の加護持ちだろう。重戦士の男への油断も消え去った今、距離をとって包囲し、徐々に浅い傷を重ねていく作戦に変えたようだ。
つまり、ハイエナと一緒だ。
――気配を消す術は山で嫌という程、ガボから教わった。
人間はきっと、動物よりもそういう感覚は鈍い。
高い砦から平地を見下ろすことばかりしてきた人間たちは、特に。
僕はまだ、他者と相対したことがない。
本当はクロスクエストで、じっくり他の冒険者の戦士と実力差を推し量っていこうと思っていた。
それがいきなり、敵意剥き出しの兵士との殺し合いから始まった。
恐らく、純粋な身体能力でいえば、僕は随分と彼らに劣っている。
だが、身軽さと瞬発力と――不思議だが、剣術では決して負けていると思えない。
ナイフを正中に構える。
重戦士の男からいちばん離れたところで槍を構えていた戦士。
軽鎧で、最も頚筋が無防備だった中肉中背の男。
その首筋を、ナイフで切り裂いた。
「かはっ」
飛び散る鮮血と共に、断末魔が漏れてしまった。
「なにぃ!」
奇襲があるとは微塵も思っていなかった兵士たち。
愚かにも、重戦士と相対していた一番ガタイの良い兵士が、こちらへと注意を散らした。
ゴッ
斧は、その兵士の頭を無残にバターのように押しつぶした。
「なんだこの小僧!」
僕が倒した兵士の最も近くにいた兵士に振るわれた剣を、なんとかナイフでいなした。
僕も距離をとるが、完全に認識されたようだ。
重戦士の男とは、兵士たちを挟んで反対側に位置するように立つ。
あと6人。
「方陣をとり、砦に戻れ!立て直すぞ!」
冷静さを取り戻した兵士たちが僕達の間を抜けるように砦へと移動を始めたその時――。
砦の入り口は、突如として現れた巨大な石柱に封鎖された。
「――は?」
更に立て続けて、石柱に取り付いた兵士達目掛けて、そこから太い杭が、ハリネズミのように飛び出した。
兵士達はそれを素早く斬りはらって後方に逃れたが、2人が百舌鳥の早贄のように串刺しになって絶命した。
あと4人。
「熟練の土魔術師がいやがるぞ!」
「ど、どうなってやがる!なんでこんな所に!」
「あの荷馬車か!?脅して引き留めた馬鹿はどいつだ!」
「死んだよ!言ってる場合か!逃げろ!砦は捨てろ!」
兵士たちは北へと向けて疾走を始めた。
重戦士の男は僅かに息を切らしている。追う気もなさそうだ。
アイリスは大魔法を使った直後だ。すぐには次弾は放てないだろう。
だから、恐怖のあまり背を向けて逃げる人間を、追撃できるのは、僕だけだ。
でもやらなくては。
さっきみたいな軽鎧の兵士はいない。
だから――使うのか?人間に対して。あれを?
(許可する)
――意識の切り替えは思いのほかずっと早かった。
高周波ナイフの刃は、その本来の姿を開放する。
地を思い切り蹴って、一番足が遅かった兵士の背中へ向けて一突き。
吸い込まれるようにすっと、刃は重鎧を貫通し、赤く、暖かいものを串刺しにした。
そのまま引き抜く。
「あ、悪魔ぁ!」
振るわれる剣をはじくと、剣はいとも簡単に砕けて折れた。
「ひっ、ソレをこっちに向けるな悪魔めぇ!」
頸を一閃。
――あまりにも軽かった。
可笑しくなるくらい、斬った感覚がない。
残ったのは2人。
半狂乱になって振り回す兵士の剣筋は読みやすい。
強化された機械の腕で強引に剣をつかみ取り、引き寄せるようにしてナイフを突き立てる。
あと、1人。
「は……は……は。貴様ら、どうなるか分かってるだろうな、これは反逆だ。重大な反逆だぞ。ドラクシアの怒りの炎が、貴様達のような塵芥を粉みじんのよう――ブッ」
「あ……」
気づくと、重戦士の男が追いついてきて、最後の兵士にトドメを刺していた。
「塵芥になったのはお前たちのほうだったな」
男は僕のほうに向きなおった。
知らずとナイフを握る手に力が入った。
「――たいそうな得物をもっているな。何者だ?まぁ、おかげで助かったが」
「え……あ……」
ナイフをもつ手が震え出した。
刃は、制限時間を経て、ただのナイフへと戻っていた。
「――その様子、もしかして、人を殺したのが、初めてだったのか」
「え……あ……あの」
ナイフが地面に落ちた。
あの、あまりにも軽かった感覚が忘れられない。
「――そうか。すまなかったな。死体を運ぶのを手伝おう」
男はそう言って、兵士たちの死体をまとめて抱えた。
「サツキくん!」
「アイリス……無事でよかった」
駆け寄って来たアイリスの声を聞いて初めて、ようやく言葉が出てきた。
でも、今は猛烈に気分が悪い。
アイリスは持っていた布で顔を拭いてくれた。
布が、赤く染まる。
「あの人とエライザさんと一緒に、後処理はしておくから、サツキくんは休んでてね」
アイリスは走っていった。
僕も手伝わないといけないのに……。
今の気持ちを何と表現したらいいのか。
始まる前には想像もしていなかった。
地面に、胃の中身をぶちまけた。
「げぇ……」
――とにかく、最悪の気分だ。




