第26話 ドラクシアの脅威
翌日、エライザさんに起こされる前に、僕はガボに起こされた。人間が見張りをしていた体裁を取っていた方が無難だろうとのガボの判断だった。
その通りだった。危ない危ない、まだ知り合って間もないのに、油断していた。案の定、少し遅れて起きてきて、僕を見たエライザさんは満足そうだった。
「取り繕わなくていいよ。あんたの召喚獣は寝ないでいいんだろう?その調子で明日からも頼むよ」
と思いきや完全にバレていた。
荷台の隙間から何度か様子を見ていたらしい。気づけなかったガボは少し不貞腐れていた。
ベテラン商人の抜け目なさは尊敬に値する。誤魔化そうとして怒られなかったのは、イノシシのおかげかもしれない。
馬車は日の登る前に出発し、順調に道を進んだ。
アイリスは相変わらず、瞑想したり、紙に何かを熱心に書き込んだりと、やる事に困ってない。
僕はエライザさんに許可をとって、昨日みたいに荷台の上に登らせてもらった。さすがに剣を振ることは出来ないが、僕も試してみたいことがあった。
甲拡鎧と魔装腕の検証だ。
ガボ曰く、胴、両腕、両脚の5箇所それぞれ、2つのチップで強化、3つのチップで能力を覚醒させられるという。頭とナイフは5つものチップが必要なそうだ。
つまり、合計25のチップが集まった時、僕の能力は一旦の完成系になるということだ。そんなに沢山、果たして集まるのだろうか。
その他、竜帝様の持っていたような特殊なチップについてはよくわからないらしい。
「脚に関しては今のお前には使いこなせないどころか痛い目を見る可能性が高いから、ひとまずは胴と腕を試すぞ」
「わかった」
甲拡鎧を装着した途端、僕は荷台の上に座り込んでしまった。白、赤が基調のかっこいい鎧なのだが、とてつもなく重い!
(戦いで使いこなすことはまだ出来ないが、この鎧にはバリア機能がある。バリアを展開してみろ。どこかで役に立つかもしれない)
ガボに言われた通りに、鎧のもつ防御膜を薄く広げていくイメージを鎧に流すと、不可視のバリアが少しずつ広がっていった。
(バリアは害のある物理・魔法を自動で弾く。お前の判断で選択することも可能だ)
「へぇ、それって、ハァ、かなり便利そうだね、ハァハァ……あれ?」
突然目の前が暗くなり、僕は思わず荷台の上に伏せた。危ない、危うく馬車から転がり落ちるところだった。
「魔装腕による魔法以外の特殊能力はすべて、お前の体力と引き換えに発動する。しっかり鍛えろよ」
気がつくとガボは装着を解除していた。
あのままだと、気絶していたかもしれない。
――先は長そうだ。
「次は腕だ。お前は多分アイリスみたいに瞑想とやらで魔力は鍛えられないが、とにかく魔法を使うことで少しずつ伸びるはずだ。どうせ今は戦力として使えないんだから、旅の間はいつも空になるまで魔法を使ってみろ」
そして手持ちのチップがすべて一つの腕へと集約した。2つの時は巨大な腕だったが、今はスリムだ。代わりに、青い流線型の金属が取り巻く神秘的なデザインである。腕を握ると、巨大な腕と同じくらいの腕力も感じる。こりゃすごいぞ。
(石を動かしてみろ。シンプルに、どうしたいかを腕に命じるだけでいい)
拾っておいた小石を荷台の上に置き、腕を差し伸ばして、思い切り念じた。
石よ、動け!
……ん?おかしいな。
動け!
う、ご、け!
こいつ、小石のくせして!
うごけー!!
僕の強い思いとうらはらに、石はぴくりとも動かない。
うきー!!!
(あ……)
突然、強い吐き気のようなものを感じた。
次いで視界がぐるんと回る。
「魔力切れ、ここまでだ。ま、諦めずに続けることだな」
またしても僕は荷台の上に仰向けに倒れ込んでいた。
⭐︎★⭐︎
「すまんが今日は昼休憩はなしだ。ドラクシアとの領境にある検問近くを通るんでな」
ドラクシア、という名が出したときのエライザさんの緊張感が尋常ではなかった。
僕には決して荷台に昇ったりしないよう厳命があり、アイリスの瞑想すら禁じた。
「ドラクシアは、戦争したがっているんだ。それはもう、末端の兵士を見ていても分かる」
「戦争って――共和国とですか?」
「違う。内戦さ。あいつらは本気で聖都転覆を狙ってやがって、足がかりとしてまずは他の四大貴族のいずれかに因縁をつけて攻め入ろうとしているとしていると、あちこちで噂されている」
「……どこに?」
「いちばん危ないのが、君達が向かう、西部さ。その最前線とされているのが、今から通る、西と北の間の小きな検問だ。北へ行くキャラバンはこれまでにありとあらゆる因縁を吹っ掛けられて、拉致されたり資産を没収されたり、挙句の果てには現地での反逆罪で処刑されたなんてことも聞く。だが西へ素通りする商人が被害にあったこともあるらしい。本当に、嫌な連中だよ」
西への旅路は魔物が少なく安全、と聞いていたのだが。
まさか人間同士、それも同じ国の人間同士でそんなことになっていたとは。
「そんな暴挙を、王直属の近衛軍隊――それを統括する勇者が見過ごすはずが――」
アイリスは信じられない、といった表情をしている。
僕よりはるかに時世に詳しいのだろう。ふむ。勇者――ってなんだっけ。
(世襲の最強職だ。魔族との大きな戦争には、かならず代々勇者の大きな功績がセットだ)
(へぇ、そんなに強いんだ)
(剣術は剣聖に勝り、魔力は四色魔術師に匹敵し、治癒術士並みの回復魔法を使うそうだ)
(……ずるくない?)
「ところが、ここのところ、魔族との最前線と思われていた北部以外、西部と東部において、魔族の侵略が軒並み増えていてな。ドラクシアは自領を守るのに手いっぱいと一切手を貸さないものだから、王国軍は疲弊しているのさ。一方、ドラクシアは近年異常に力をつけてきている、と」
「そうですか……アークランド様が――」
アイリスは思い悩むような表情をしている。
(アークランドって?)
(今世の勇者の名前だ。アークランド・セオン・リオネスタ。歴代でも最高傑作と名高い武力と、人格にも大変優れた、非の打ち所がない人物らしい。おまけに、燃えるような赤髪のイケメンだそうだ)
(そこまで聞いてないんだけど……ふーん)
なんだろう、一瞬、胸の奥がちりっとしたような。
アイリス、その勇者のこと、知ってるのかな。
「ま、とにかくそんな情勢だから、お前たちは決して兵士を刺激しないようにな。あたしも何かあったら無難に切り抜けるから」
「う、うん」
「宜しくお願いします」
そうして馬車はあえてやや速度を落としながら、検問の横を通過していく。
「おいおい武器商人さんよ、北部へ商品を運びたいのなら、もっと不正がないように荷台をしっかり陳列しておいてくれないと、時間がかかって仕方がないぜ」
「は、いえ、最終検品はこの検問ではなく、北都アーカムノア郊外の商業連で行われるはずですが」
「あ?貴様、俺たちの仕事が間違ってるっていいたいのか?」
「いえ!滅相もありません。十分に検品いただければ有難く存じます――」
商人が、難癖ふっかけられているようだ。
確かに、思っていた以上にドラクシアの兵士は腐っているらしい。
「いい態度だ。まぁここには休憩所もある。ゆっくりしていけよ。ところで荷台にいるのはお前の娘か?なかなか良い見た目してるじゃないか。名前は?」
「は……シュナですが――」
「じゃぁ検品は非番の兵に任せて、シュナちゃんは暇だろうから、俺達がちょっと砦を案内するついでに遊んでやるよ」
「え?――ひッ」
兵士たちが商人の娘を無理矢理に荷台から連れ出そうとしている。無茶苦茶だ。
「あっ、あの!何ぶんご入用でしょうから、少しだけですが」
商人は必死に兵士たちに賄賂を渡して引き留めようとしている。
「は?貴様、俺達をこんなつまらない金でどうこうしようってか?舐めくさりやがって!」
「がふっ」
兵士は商人の男のみぞおちに蹴りを入れた。
「お、お父さん!や、やめてください。私なら一緒に行きますから」
「ハ、オヤジもこの娘を見習って素直に応じていればよかったのにな。で?オヤジの醜態は、娘がちゃんと償わないとな?」
「う……シュナ………………」
あまりにも酷い。
あの娘にこれから何が起きるのか、想像もしたくない。
(これは確かに酷いな。内戦を起こそうとしているってのも頷ける)
そんな理由で、無関係の善良な市民の尊厳を踏みにじって。
許されるはずがない。
「お、お前たち、決して助けようなんて真似はするなよ。もうすぐ通り過ぎる。私達は……無関係だ」
震える声でエライザさんが語り掛けてくる。
横を見ると、アイリスもまた、歯をくいしばって下を向いていた。
――僕達は、この馬車が西部にたどり着くために雇われた、ただのD級冒険者であって。
この状況を何とかできる存在ではない――。
「待て!」
その時、兵士の大きな声が響いた。
僕の身体は、びくりと震えた。
「そこの戦士の男、待たんか!」
僕達ではなかった。
安堵?情けない。だがせめて――。
僕はセンサーユニットを装着し、荷台の中から感覚を研ぎ澄ませた。
金属が打ち合う重鎧を着た、背が高い男――が、検問を堂々と通過しようとしている――ようだ。
「――なんだ?」
「なんだ、ではない!西から北への移動には通行許可証が必要だろうが!提示せんか!」
「以前はそのような物は必要ではなかったが?」
「なんだその口の利き方はァ、貴様さては西の間者じゃなかろうか」
「こんな堂々たる間者がいるなら会ってみたいものだ」
「なめくさりおって若造が!」
兵士が剣を抜く細い銀鳴が走った。すでに一触即発の雰囲気だ。
「よりによってこんなタイミングでおっぱじめやがって畜生め……」
エライザさんの怨嗟にも似た低い呟きが、やけにはっきりと聞こえた。
「戦士に向けて剣を抜くことの意味が分かっているのなら、相手をしてやる」
「死ね、野良犬が!!」
ゴッ、と。
人が斬られる音を、初めて聞いた。想像していたより、鈍い音だ。
得物は、斧だろうか。
「貴様、やってしまったな!アラーム!!アラーム!!総員、この男を殺せ!殺せぇ!!」
沢山の兵士が集まってくる気配――。
「そこの茶色の馬の荷馬車も止まれ!!男の共犯の恐れがないか後で改める!」
馬車が止まった。
「は、はは。終わった――」
「エライザさん、このままだとどうなりますか?」
僕はすぐに確認する。
「十中八九、あの男の共犯にまつりあげられて、私は破滅だろうな」
「――では、今、あの兵士達を全滅させればどうですか?」
「え……あんた、何を?」
「時間がありません。サーチをかけたところ、あの砦には緊急連絡をとばせる間鳥は飼っていないようです。兵士の数は全員で10人、幸い他の関係者は北も西にもいないようです」
「――それなら、全滅させれば、私達は助かるかもしれない。だが――」
また、鈍い音がした。
盾を持った戦士の男は余程頑丈なのか、何人かに斬られても平気な様子で、2人目を手にかけた。
あと8人。
「穀物庫があるなら、火魔法で火事があったことに見立てることはできます。特に、地下牢に魔物の死骸でもあれば、魔物に襲われたようにも。それで戦争を起こすには、状況証拠が乏しい筈です」
アイリスはいつの間にか杖をもち、顔を上げていた。
この馬車に警告してきた兵士も、戦士の男の処刑に加わったようで、向かってくる様子はない。
戦士の男はかなり強そうだが、8人の兵士を相手に、次第に体力が奪われていっているのが分かる。
あの男が倒れれば、次はここだ。
「ええい、くそ!勝算はあるのか?」
エライザさんが半ばやけくそのように真っすぐに問うてくる。だがそれは商人の目だ。
曖昧に答えてはならない。
兵士達の気配――。今の僕の力――。
「はい。戦士の男と、アイリスと協力すれば、全員殺せます」
「じゃぁ行ってこい!畜生!」
「はい!アイリスは援護よろしく」
「任せて」
僕とアイリスの初仕事が、まさかこんなことになるなんて。
双脚ユニットと、単腕ユニット。僕はナイフを手にした。
(安心しろ。お前の剣術は、人を斬ることに、向いている)
そんな声が、耳を掠めた――。
勢いよく荷台から飛び降りて、僕は走った。




