第25話 アイリスの父
「魔物の金属片を取り出す――考えたこともなかった。少なくとも長年行商やっていて金属片に巡り会ったこともないが……。そういえば、共和国領内に、相当古いドワーフの集落があると聞いたことがある。彼らは閉鎖的かつ人嫌いで、侵入した旅の者は即煮えたぎる釜に突き落とされるらしいが」
「絶対近寄ったらダメなやつじゃん」
「いえ……サツキくん。エルフはドワーフと昔から中が悪いのですが、彼らの加工技術は超一級で、しかも秘匿とされています。もし中に入ることが出来れば、大きな進捗があるかもしれません」
「へぇ」
それはちょっと、面白そうだ。
危険そうだが、いつか行ってみたいものだ。
「また一つ、旅の目的が増えたね」
「そうだね、ドワーフが喜びそうな旅の手土産でも探してみようかね」
「はは、手土産とはな……いや、案外悪くないのか?あいつら無類の酒好きだから、モノによっては……ふむ。まぁいい、そろそろ寝よう、明日も夜明けと共に発つ。あたしは荷台で商品をチェックしながら寝るから、あんた達は馬の番を頼むよ」
「はい、お疲れさまでした」
アイリスの声に見送られて、エライザさんは背に向けて手を振りながら荷台の中へと消えていった。
僕はリュックからテントを取り出して手早く設置すると、焚き火の前に腰を下ろした。
「馬と火の番は俺がするから、お前達は寝ておけ」
いつの間にかリュックから出てきたガボが、おまけのような細腕でひょいと薪をつかんで、火に焚べた。
「ひとりで大丈夫?ガボ」
「無用な心配をするな。ガルーダの攻撃を受けて無傷だったように、頑丈さだけが取り柄だ。何かあったら念話で叩き起こすから、しっかり寝ておくんだ。ま、召喚術士の特権だな」
「わかった、ありがとうガボ」
主従関係がどちらなのか時々忘れそうになるが、一応僕が彼の主であり召喚術師だ。素直に甘えることにしよう。
こういった寝ずの番を、睡眠が必要のないガボに心置きなく任せられるだけでも、旅の難易度は一段階下がると言えるのだから。
魔物避けの祠には、以前逃げ込んだ祠のように、額に稲妻の模様があるお地蔵さんが祀られていたが、あの時のお地蔵さんより大きく、着ている服や持っている錫杖が立派だ。
魔物から守ってくれますように、と頭を下げてお祈りして、馬の手綱がしっかり木にくくりつけられていることを確認して、僕とアイリスはテントの中に入った。
アイリスとの旅に向けて、道具全般を新たに新調してある。テントの内幕に簡易の仕切りをとりつけて、僕とアイリスは僅かな水で身体を清めた。
静かな夜だから、着擦れの音がする。
なるべく気にしないようにして、僕はすぐに横になった。
――夜は、緊張するな。
あの時魔物に襲われた時は、生きた心地がしなかった。祠があるとはいえ、絶対に襲われない確証はないらしいから、心の準備はしておかないと。でもちゃんと休まないといけない。
「ふー」
小さく息を吐いた。
「サツキくん、魔物のことを考えていますか」
同じ高さから、彼女の声がする。もう横になったらしいが、気を遣わせてしまったみたいだ。
それにしても鋭いな。なんで分かったんだろう。
「よく分かったね」
「私も同じこと考えてたから。夜は、怖いね」
「うん……。あいつらって、なんなんだろうな」
まぁそうだよな。夜は、魔物の世界だから。
魔物。
世界で、忌み嫌われる存在。
生態系は歪でバラバラで、全く分かっていない。
特に、人型に近い魔物とは意思疎通を試みた例もあったらしいが、歩み寄ろうとした人間は漏れなく全員食い殺されている。人間と魔物が共存できたことは、過去に一度もない。
「私も森で暮らしている時も、いつも怖かった。お父さんが生前に家の周りに施した魔物避けの結界がなければ、とっくに死んでいたか、町に逃げ込んでいたと思う」
「魔物除けの結界を自分で?凄いね。アイリスのお父さんは随分と立派な魔術師だったんだろうね」
「うん、エルフの里随一の天才とまで言われていたみたい。だから里の人たちからは、お父さんが人生で唯一犯した過ちは、お母さんと結ばれたことと、私が産まれてきたことだって言われてた」
彼女は少し寂しそうに笑った。
「ひどい事言うな……」
「あ、しめっぽくしちゃってごめん。でもお父さんはそれに怒って村を出て、お母さんとは本当に仲良しだったから、いいの。ただ、そんな偉大な四色魔術師と言われた父が、どうしても完成させられなかった魔法があるの」
「へぇ、君はそれを引き継ごうとしていたのか」
「うん、お父さん、病気で死んでしまう直前まで色んな難しい魔術理論をあの家の部屋のあちこちに貼ってあーでもないこーでもないって。幼い私はそれを側で見ていたけど勿論チンプンカンプンで。その記憶を、紅影草で引き出す事が出来たの」
「いったい、なんの魔法だったの?」
そこで、彼女の返答はふと、止まった。
「アイリス?」
ふと、テントの外の、がらんとした夜の冷えた空気を感じた。
「――雷」
「かみなり?」
「そう、魔力で練り上げた特殊な雷を召喚する魔法。恐らく理論上では、魔物の装甲を伝導し、金属片を直接破壊できる」
「まじで?」
「あくまで理論上は、らしいけどね。火と、水と、土と、風。全ての属性が必要なんだけど、三色魔術師である私でも、幸い本物の水があればなんとかなりそうなの」
思わず笑いが出てくる。
彼女も合わせて笑う。
それが本当に可能なら、世界がひっくり返るだろう。
「僕は、未来の大魔術師様を仲間にしちゃったのかもね」
「ううん、お父さんが完成させられなかったものを私なんかが完成させられるか分からないし、そもそも夢物語かもしれないから。期待せず待っててね。あとこの事はサツキ君にしか話してないから、誰にも言わないでね?」
「ん、分かった。話してくれてありがとう。誰にも言わないよ」
最初に危ないところを助けたのかもしれないが、僕は随分と彼女に信頼されているようだ。それを裏切らないようにしなくちゃ。
「……サツキ君は」
「うん?」
「……ん、いや、なんでもない。明日も早いし、そろそろ寝よっか」
「あ、うん、そうだね」
気がつくと、魔物への恐怖は少し薄れていた。
こうして人と話すのって、いいもんだな。
仲間、か。
ガボといい、僕は恵まれてる。
「おやすみ、アイリス……」
幸せな気持ちに浸っていると、すぐに眠たくなった。
想像以上に疲れていたらしい。
「うん。おやすみなさい……サツキくん」
明日からまた、頑張ろう。




