第24話 西へ
「積み荷には触れるな。余った荷台は好きに使え。魔物に襲われないように、夜になる前に祠に陣をとって、馬を休ませる。それ以外は何度かの小休憩だけだ。食料と水の調達は自分たちでなんとかしろ。害獣に襲われた際は働いてくれ。何か質問は?」
「特にないです」
「よし、では出発だ」
僕たちを乗せたキャラバンの主は、エライザさんという女商人だった。
髪は短いショートカットで、顔に傷がある、ぶっきらぼうな人だ。歳は40歳くらいだろうか、商業連には属していないらしいから、やり手なのだろう。
馬車の荷台には一応心ばかりか薄く藁がしきつめてあって、旅路で尻が擦り切れる心配はなさそうだった。
「ふふふん、西への道は、馬車の旅路♪」
アイリスはとても楽しそうだ。
僕もつられて外をみた。景色はゆっくりと移ろい変わる。
リヴァティエまでお世話になったトランソンさんの馬車ほどの良馬ではなさそうだが、エライザさんが操るやや歳を経た茶毛の馬は、安定した足取りで街道を進み始めていた。
馬蹄が地を蹴り、鉄の車輪が軋み、小石が跳ねる。
なんとも小気味よい音の連鎖のおかげで、運転席に聞こえさせたくないような話もうまい具合に出来そうだった。
「サツキくんは、セレノスに行ってなにかしたいことがあるの?」
アイリスは身体を外に向けたままそう尋ねてきた。
「えっとね、実は僕たち――というより、ガボを強化するためには、赤い金属片が必要なんだ。今は3枚集まったけど、たぶん、魔物や魔族と渡り合えるようになるには、もっともっと要る。それを集めるのには、人や物が集まる大きな街を移動するのが効率が良いと考えたんだ」
「魔物から取り出されたチップが、安定して存在している――そして、ガボちゃんはチップで強くなる、と。にわかに信じがたい話だね」
アイリスは驚いていた。
どうやらエルフの魔術師たちは、魔物についても沢山研究をしていたらしい。魔物がチップを守る最重要臓器であるケルヴァイン装甲には、物理に加えて、強い魔術耐性が敷かれている。それはつまり素材を解明することが、魔法への理解に繋がると考えられたからだ。
その中で、生け捕りにされた魔物を解剖する実験も多数行われたというが、結果として、チップの取り出しに成功した事例はなかったようだ。
取り出せるチップとそうでないものがあるのか、はたまた取り出せる技術をもった存在がどこかにいるのか。
分からないことは多いが、とても参考になる情報だった。
「ところでサツキくんは、【ダンジョン】について知っていますか」
「ダンジョン、なにそれ」
「ウィズドラム家が治める水の都セレノスから北に少し行ったところに、古い廃村があって、そこに広い地下空間へとつながる抜け穴があるんだって。地下には人のような姿をした醜い害獣がうろついていて、時々地上に抜け出してくるみたい。それで村は人が住めなくなってしまったって話だよ」
「なにそれ、こわ。そんなところには近寄らないようにしようね」
「うん、ただね。時々、それなりに価値の高い調度品や魔術素材が掘り出されることがあったりして、それを生業にしている冒険者もいるんだって」
「ふーん、ひょっとしてアイリス、興味あるの?」
「え、まぁ、ちょっとだけね」
意外だった。こんなに肝が据わってたっけ。
魔術的な興味になると、話が変わってくるのかもしれないな。
「昼だ。そこの川辺で30分の間、小休憩をとる」
エライザさんの声がした。
彼女は手早く馬車から馬を開放し、川辺で水を飲ませている。
僕たちも荷台から降りて、皮袋で水を掬った。冷たくて美味しい。
「どちらか片方が残れば、持ち場を多少離れてもかまわん」
エライザさんはそう言って、川の向こうの森を顎でしゃくった。
それだけの時間があれば、僕らならイノシシの一匹くらいなら取ってこられるかもしれない。今日の晩飯が豪華になるぞ。
「ちょっと行ってくるね、アイリス」
「はい、気を付けてくださいね」
チップが三枚になったことで、双脚パーツで高速移動しながらセンサーユニットを扱えるようになったのだ。
僕は素早く木を蹴って駆けあがり、そこから勢いよく空に飛びあがって空中でホバリングしながら広範囲にエコーを散らすと、すぐに目当ての獲物は見つかった。
一番高い木のてっぺんにゆっくりと降りると、ちょうどいい太さの枝に飛び降りて、その反動で大きく跳躍した。
「やっほぅ!」
すぐ眼下にはイノシシの群れがいた。
空を蹴って急降下し、そのうちの一匹の首をへし折ると、素早く形成したアームユニットでイノシシをむんずと抱えて、僕は元来た道を戻った。
「ほう」
10分足らずで獲物を持ち帰った僕をみて、エライザさんは初めてその表情を少し変えたように見えた。
イノシシさんの命に感謝の祈りをささげてから、ナイフでぶしゅっと頸動脈を切って血抜きをして、腹を割って内臓を取り出し、豊富な川の水で中を洗った。この作業さえしておけば、あとは荷台で話でもしながら皮をむいて、夜には美味しく食べられるだろう。
「ひぇー、サツキくん、すっごい狩りの腕前ですねぇ」
「まぁね。加護を授かってからというもの、誰かさんにそればっかりさせられたから」
アイリスの反応に思わず気分がよくなるが、リュックサックの中の相棒は反応なしである。
(うそうそ、役に立ってるから、とても感謝してるよ、ガボ)
(ふん、どうでもいい)
荷台の上で僕がイノシシの皮を削いでいる間、アイリスはよく瞑想をした。
魔術師が魔力を高めるために、瞑想は良い修行になるそうだ。
うらやましい。僕は狭い荷台の上じゃ剣の訓練もできないし、こうして獲物の皮をはぐのが関の山だ。
瞑想をしているアイリスの身体は淡く光っており、何らかの魔法を小規模に発動させているらしいことは見て取れる。
恰好いいなぁ、僕も魔法とか使えたらいいのに。
「お前も使えるぞ、魔法」
「え、そうなの?」
「あぁ、とはいえ、一種類だけだがな。ボディユニットと同じく、3枚のチップが必要だが、片腕を魔装腕に変化させられる」
「へぇ~、すごいやガボ!どんな魔法が使えるの!?」
「なかなか使い勝手がよさそうだぞ。無属性で、サイコキネシスという魔法が使える。物体を、少し動かすものだ」
「ふんふん。え、それだけ?」
「それだけとはなんだ、便利だろうが!物が動かせたら!小石を手繰り寄せて、無手から投石が繰り出せるぞ」
「サイコなんちゃらで敵に大きな石をぶつけて倒せたら恰好いいのに」
「たぶんそこまでにはならん」
「あ、そ」
(二人とも、やっぱり、息がぴったり。仲良しだなぁ)
ちらりと薄目をあけて、アイリスは二人の様子を微笑ましく思った。
――その時、ふと、地面が少し揺れた。
小さな断続的な振動だった。
エライザはすぐに馬車を止めると、荷台の上に駆け上がり、双眼鏡で周囲を素早く偵察し始めた。
「おい、小僧!お前も荷台の上にこい!」
「あ、はい!」
言われるがままに荷台の上へと昇った。
空の向こうには何も見えない。念のためセンサーユニットを起動させるが、特に差し迫った脅威は存在しないようである。
僕の様子をみて、彼女もまた、緊張した面持ちを少し緩めたようだった。
「……気にし過ぎか。もういい。出発するぞ。祠までまだ距離がある」
彼女はそういうと操舵席へと戻り、馬に優しく鞭うった。
「サツキくん~降りてこないんですか?」
「え、あぁ、降りるよ」
気が付けば、振動は止まっていた。
荷台に戻ると、馬車の再始動にあわせて、イノシシの皮むきを再開した。
夜の帳が降りるぎりぎりに、僕たちは祠へと到着した。
エライザさんは老馬を優しく労うように泥汚れを落とし、ブラッシングをしている。
僕が薪を集めて、アイリスがそれに魔法で火をつけた。
一番大きな鉄板を即席で作った石のかまどの上に置いて、油と塩でシンプルにイノシシの肉を焼いていく。長旅に備えるために携帯食は食べずに水だけを与えられた胃が、その匂いを吸い込んだ途端に大いにその壁を収縮させて盛大な音を鳴らした。僕も、アイリスもだ。
「美味しそうですねぇ」
「うん、アイリスが作ってくれたハーブのソテーもとっても美味しそうだ」
「簡単なものしか作れないけどね」
エライザさんは戻ってくると、もそもそと携帯食を取り出そうとしたので、静止した。
「せっかく沢山あるんだから、一緒に食べましょう、エライザさん」
「え、あぁ、だが……」
「またいつでも取ってこれますから」
最初にああいった手前、遠慮するだろう。
「ささ、どうぞ」
アイリスの柔らかな声と、旨そうな匂いに負けたのか、エライザさんは表情を崩した。
「はは、すまないね。これでスープを作るといい」
彼女が渡してくれた不思議な固形物をお湯に溶かすと、冷える夜に最高に味わい深いスープが出来上がった。
僕たちは三人で火を囲んで、食事をとった。
「坊主……サツキだったか、お前は召喚術師で、アイリスは火魔術師かい。思わぬところで、拾い物だったね」
温かい食事の力は大きい。
エライザさんは朝とはくらべものにならないくらい穏やかな表情だ。
「西へは、仕事を探しにかい?」
「それもありますが――」
彼女はベテランの行商だ。
貴重な情報が得られるかもしれない。僕は半分だけ正直に聞いてみることにした。
「魔物の体内にあるチップ。それをたくさん集めているんです。どこかで魔物から取り出す方法など、聞いたことはありませんか」




