第23話 仲間
D級冒険者となった僕は護衛任務を受けられるようになったので、キャラバン護衛の依頼を受注してセレノスへ向かうことにした。
セレノスは500kmは離れているため、魔導力付きの荷馬車を使っても10日間はかかる見込みと書いてある。
ただ、南部と西部は四の領土間移動において最も安全でキャラバンの従来も盛んだとはいえ、僕のようなD級なりたてのソロ冒険者を雇ってくれるかどうかは不明だった。
依頼を受ける前に、僕はアイリスに会いに森へやって来た。しばらく南部を離れることにしたから、今度会えるのはずいぶん先になると思ったからだ。
森はあれから魔物が出ることもなく、紅影草の依頼もないため、誰も近寄る者もないのだろうか。忘れ去られたように静かだ。
その中でぽつんと、アイリスの家の煙突からは細い煙が立ち上っている。
「アイリス、いる?僕だ、サツキです」
「えっ、サツキくん!?」
「急にきてごめんね。挨拶にきたんだけど、取り込み中なら大丈夫ーー」
「少し待ってて下さいね!」
急に訪れたせいか随分と驚かせたみたいで、ドタンバタンと物音が続いた後、ふんわりとした長い髪の毛を押さえつけながら、アイリスはドアから顔を覗かせてにこりと笑った。
「散らかってますが、どうぞ」
「ありがとう、お邪魔します」
何週間かぶりのアイリスの家の中は特に変わりなく、慌てていた割に部屋の中はとても綺麗に片付いていた。テーブルの上には森で摘んだのだろうハーブティーが置かれている。
「それで、挨拶って、改まってどうしたんですか」
アイリスは小ぶりのカップをひとつ棚から取り出して、ハーブティーを注いで僕の前に置いてくれた。ほどよく温かいハーブティーを飲むと、とても気分が落ち着いてリラックスできた。とっても美味しいや、これ。
かたやアイリスはなんだかもじもじと落ち着かない様子だ。
そんな大層な話でもないんだけど。
「僕たち、南部を離れることにしたんだ。君は魔法の鍛錬でここを離れられないかと思って、ひとまずのお別れを言いに来たんだ」
「え……。あ、サツキくん、冒険者だもんね。でも、そっか。もう行っちゃうんだ……」
「うん、色んなものを見てみたいしね」
「そっか……」
「ん?」
「あ、いえ……」
アイリスは机に立てかけてあった杖を手にとり、相変わらずもじもじとしている。なにか言いたいことがあるのかもしれないが、言い出そうとしない。引っ込み思案なところは相変わらずらしい。
はて、待てよ。
僕は考え込んでいるアイリスを前にして、鏡像を並べたように考え始めた。
アイリスは僕に出来たほぼ初めての友達といっていい。
(サリャーマとギンチには楽しいよりもいじめられた記憶のほうが圧倒的に多い)
しかも、僕に必要とされる仲間、タンク、ロングレンジアタッカー、魔術師。そのうちの、しかもかなり稀有な才能をもった三色魔術師だ。
「うーん」
「あ、あの、サツキくん?」
でも、パーティとはいえ、旅の仲間の一人目に女の子を誘うとか、ちょっと恥知らずというか、ドン引きされたら友達解消とかあり得るかも、それは怖いなぁ……。
「んーごめん、ちょっと待ってね、考え事してるから」
「え、あ、うん」
「似た者同士だな……」
呆れたようなガボの声がしたが、どうせ機械である君に思春期である僕の葛藤は理解できまい。
とりあえず、探りを入れてみるか。
「ねぇアイリス」
「あ、はい、なにかな」
「君の魔法の修行って、まだまだかかりそうなの?」
「あ、お父さんが研究していた魔法研究の記憶起こしはだいたい終わったから、あとは……実践あるのみ、かな」
「そ、そうなんだ、へぇ」
「うん、そうなの。実践っていうと……やっぱり、森を出た方がいいのかな」
「ど、どうなんだろうね」
「私、一人旅なんてしたことないから、信頼できる人がいたら、とても、ありがたい、かもしれない」
「そ、そうなんだ」
アイリスが上目遣いでこちらをのぞき込んできている。
う、可愛い。僕はこういう王道なのに弱いのかも。
弱いって何がだ。
思考が乱される。
これはどういう状況なんだ。
脈ありだと思っていいのか。仲間的に。
思っていいんじゃないか。
だとすると嬉しいけど、出来れば向こうから申請してきてほしい。
僕から申請するにはリスクが――
「ぐえ」
突如脇腹ににぶい痛みを感じたと思ったら、ガボにナイフの柄で小突かれたようだった。
(遠慮深いのは結構だが、そろそろ見てられん。サツキ、彼女の魔法は使える。結果はきっと大丈夫だ、誘ってみろ)
(わ、わかった)
「あの、アイリス、もしよかったらなんだけど」
「……うん」
「僕たちと一緒に、パーティを組んで、旅に出てみないか」
――言えた。
――彼女の反応は。
思わず僕まで上目遣いになった。
「うん」
彼女は笑っていた。
「喜んで。――私の命、サツキくんに預けますね」
☆★☆
僕たちはパーティを組んだことで、無事、小さなキャラバンの護衛依頼を受けることができた。
パーティ名は、アイアンスフィアに決まった。
ギルドの受付前で、早く決めろ、とばかりにそっぽを向いているガボを見て、二人ですぐに決めたのだった。
長らく世話になった月代亭の隅の小さな部屋を掃除し、整理した旅用品をすべてリュックにつめて、僕は女将さんに世話になった礼を伝えた。
「サツキ、気を付けて行っておいで。春が終わって夏がきたら、リヴァティエ名物の生誕祭がある。それはそれは、旨い出店が沢山さ。無事、帰っておいで」
「はい、必ず帰ります!お世話になりました」
女将さんの温かい言葉は嬉しかった。
きっと、初めて、帰ってきたいと思える場所が出来たのが、なによりも嬉しいのだと思う。
僕は何度も頭を下げながら、ひと月以上を過ごした月代亭を後にした。
狭い路地を歩くと、いつかの質屋で会った獣人の少女が店から飛び出したところで目が合い、軽く会釈をした。少女はすぐに、路地の向こうへとパタパタと消えて行った。
アイリスとは街の入り口で待ち合わせをしている。
僕はリュックを背負い直すと、アイリスをしばし待った。
キャラバンの出発までは、まだ時間がある。
アイリスは、きっと自分が終の住処と決めた場所を離れるんだ。
荷物も多ければ、寂しさも大きいだろう。
彼女は多くを語らなかったが、一人旅が初めてと言った。つまり、あの家で、お父さんを看取ったのだろう。大事な家なはずだ。
「お待たせしました!」
少し待つと、アイリスは杖を手に、肩から大きな鞄をかけてやってきた。
頭には大きな三角帽子が揺れている。
「すみません、家の周囲に認識阻害の魔道具を配置するのに時間がかかってしまって」
「ううん大丈夫。……準備はできたのかい?」
僕はナイフを空にかかげた。
アイリスが、杖をこんっとナイフに当てた。
「はい。この杖以外、大事なものはすべて家に置いてきました」
「そう、身軽になったね。これからしばらく宜しく、アイリス」
「はい、不束者ですが、よろしく願いします。サツキくん」
僕たちはそろって、西へ通じる街道へと歩いて行った。




