14 蝗害。
《リリー様》
「リリー様」
『どうか、リリー様』
『申し訳御座いませんが、ココはあくまでも看護院、医院では無く看護を専門とする場所ですので。緊急を要するであろう事であれば、手短にご相談に乗る事は出来ますので、先ずはコチラに書き込みをお願い致します』
《で、ですが》
『書ける方をお呼び下さい、コレは同意書でも有りますので』
「緊急を要するかどうかなんて」
『唇が紫や青くなっていれば緊急を要します、ですが虚偽の報告を行った場合、相応の金額をお支払い頂きます』
『そんな』
『ココは医院では無いのです、本来であれば、動けない患者さんを専門に世話をする場。こうした方を増やさない為、医療について広めている、そうご説明させて頂いている筈ですが』
《ですが》
「けど」
『でも』
『ですが、無暗に門前払いは致しません、ですので』
「あの、書き終えたのですが」
『拝見いたします』
チアノーゼ無し、呼吸アリ、意識アリ。
湿疹、微熱、10代。
「あの」
『緊急を要する心配は無いかと、ですが入浴は控え、いつも通りの飲食物で様子見をしながら医師をお待ち下さい。次の方』
《あ、お願いします》
『はい』
ココに蝗害の被害は無い。
だが、人々はストレスから半ばパニック状態が続いてる。
そうして俺の様な場所に、相談と言う名の不安を解消しに来ようとする。
分かるが、本来は医者や薬師の領分だ。
確かに数は少ないが、不安が故に待つ事すら出来ず、ココに押し掛けて来る。
事前に対策していなければ、流石の俺でもキレていただろうな。
『緊急を要する心配は無いでしょう、ですが薬師にご相談下さい。次の方』
《そんな》
『コチラは善意から見極めさせて頂いているのですが、それともお支払いをして頂けますか、私は仕事が出来ず他の方に仕事を任せている分です』
《い、いえ》
『次の方』
向こうでも、医師や看護師に良く起きる現象なワケだが。
正直、こうした場合は賄賂となる何かを十分にくれて、真に受け過ぎないでくれれば良いんだが。
身内ですら、タダでどうにか情報を得ようとし。
剰え、鵜呑みにした挙句に逆ギレして来るからな。
本当に、身近に居て、緊急を要するなら別だが。
「お願いします!呼吸が止まり、かかりつけ医が来るまでお願い出来ませんか!!」
『分かりました、ですが虚偽であれば』
「はい!幾らでもお支払い致します!!」
近隣の男爵家の家紋か、良いだろう。
だが、もう呼吸が止まっていては、蘇生が間に合うか。
いや、ココに居るよりはマシだろう。
俺が居なければ、殆どの者は居なくなるのだから。
『申し訳御座いません』
婚約者が付き添いを暫く続け、夢現になっていた時、不意に激しく咽ており。
暫くして、そのまま呼吸が止まってしまった、と。
まだ暖かいが。
蘇生させるべき時間を、過ぎてしまっている。
「お願いします!」
《お願いします!どうか》
『残念ですが、このまま蘇生法を試しても、もう話す事すら出来無いかと』
例え息を吹き返しても、報告通りなら、もう。
《そ、そんな》
『元は、どの様な状態だったのですか』
「はい、少し前に……」
熱を出し、2日間、寝込んでいた。
だが、特に体力が無く弱っていたワケでも無い、と。
最悪は、風邪からの肺炎、そして高熱。
そうか、暖かったのは高熱のせいか。
『付き添いはいらっしゃいましたか』
「はい、この方が」
一見すると、本気で落ち込んでいる様に見えるが、どうだか。
万が一にも毒物が使用されたなら、口元を確認され、動揺を見せるかも知れないな。
『失礼致します』
「あ、あの」
遺体には、かすかに酒の匂いが。
『この方は、薬酒などは飲まれましたか』
「いえ、薬酒は弱いモノしか無理な方ですので、今回はお出ししておりません」
確かに、それらの容器も何も無いが。
いや、窓から投棄したか、若しくは小瓶で。
《ごめんなさい、まさか、こんな事になるだなんて》
まさか、こんな事になるだなんて、とは。
『まさか、横になったままの意識の無い相手に、無理に何かを飲ませたんですか』
《そ、あの》
『誤嚥性肺炎の事を知らないのですか!!』
誤嚥性肺炎の危険性を、アレだけ徹底していると言うのに。
まだ。
《けど、でも、本で》
『一体、どの様な本の事でしょうか』
《そ、それは、御伽噺では》
『はぁ』
《でも》
『喉には簡単な蓋しか無いのです、息を吸う為、それと飲食を行う場所が非常に近い。分かりますか、アナタは溺死させたも同然、彼の呼吸を阻害し窒息させたのです』
肺炎を患っていたのであろう場所は、時に浸水してしまう場合が有る。
しかも酒なら、更に呼吸を妨げる事になる。
《そ、そんな》
『横になっている時、その蓋は呼吸する為のみの位置に存在し、飲食物を受け入れる様にはなっていない。ましてや、眠っている時や意識の無い時は、特に、蓋は呼吸のみの位置に有ります。例え上体を起こそうとも、意識が無いなら、どうしても肺と言う呼吸を司る位置に入ってしまう」
だからこそ、呼吸用のチューブが有り。
だからこそ、食事用のチューブとは別に存在している。
だが、ココには無い、そして彼女はそれらの存在を知らない。
《そんな事》
『知らなかった、ですが、飲み物が間違った場所に入り咽た事が無いとでも』
例え量が少なくとも、既に炎症を起こしていたなら。
最早、トドメを刺したとしか言い様が無い。
まさか、婚約者に殺されるとは思わなかったのだろう。
まさか、陸で溺死するとは。
《こんな、まさか》
『婚約者の方も、そう思ってらっしゃるでしょうね』
私は、寝込んでいる婚約者の為に、薬酒を飲ませようとしただけだった。
殺すつもりなんて無かった、薬酒に弱いなんて知らなかった。
まさか、死んでしまうだなんて。
「イヤだ、あの方よ」
《あぁ、病人殺しね》
『事故だって言うけど、本当かねぇ』
「毒を盛ったのかね」
《病で寝込んでいたんだろうに、良くやるもんだよ》
『可哀想に、婚約者に殺されるだなんてね』
違う。
殺すつもりなんて無かった。
本当に、良かれと思って。
「お世話になりました、元婚約者の方は、葬儀の日に御子教会へ帰依なさいました」
『そうですか、お疲れ様でした、さぞ大変だったかと』
「何故、どうしてなのです、何故」
『だからこそ、愚かな方と婚姻を結んではならない。もし今回を生き抜けていたとしても、きっと、いつか痛い目に遭っていたかと。生半可な知識から、怪我や病を悪化させる者は多い。次の生にて、次こそは、賢い方と婚姻なされる様にお祈り申し上げます』
肺炎による死亡率は、約9%。
だが、それは向こうでの事。
「はい、はい、ありがとうございます」
更に老人では、寝ている間に自身の唾液により誤嚥性肺炎を起こし、亡くなる場合が多い。
それは例え、若年層であろうとも起こり得る事。
体が弱っていたり、麻痺が起こっている場合であれば、亡くなる事も有る。
しかも今回は、既に風邪を引いていた状態。
その肺に、何かが流し込まれれば肺炎となる事は容易い。
だからこそ、咳をする。
気管の異物を排除する為、咳をして肺に入れさせない様にする、本能的な防衛反応。
医療関係者では無くとも、分かるだろう。
その考えが甘いのだ、と気付かされた。
徹底的に、教え込まなければならない。
だが、今回の件は、伏せるしか無い。
万が一にも悪用されてしまえば、完全犯罪が成立してしまうのだから。
『リリー嬢?』
『あぁ、来客とはカメリア侯爵でしたか、どうなさいましたか』
『ご報告し合おうか、と』
『成程、だからベールなのですね。どうぞ、コチラへ』
『はいどうも、お邪魔致します』
タイミングが良い、と言ってしまって良いのだろうか。
今は、この溜飲を、憎しみを紛らわせたい。




