9 蝗害。
【アンタ、どうせ童貞じゃないんだろ?】
【しかもココには、処女膜なんて無い】
《や、止めてくれ、頼む》
【そう言ったのにさ、前の領主様は、俺達に】
【させないと言い触らす、税を上げるって】
《私はそんな事をした事も、するつもりも》
【もう、どうだって良いんだよ】
【支配するかしないか、でしょ?】
【前の領主様が、そう言っててさ】
【確かにな、って】
《頼む、止めてくれ》
【恨むなら、前の領主様を恨めよ】
【アイツが全部、壊したんだから】
《止めてくれ!!》
「大丈夫だ、もう問題は無い」
《あ、アナタは》
「東の王族候補、フェルナンドだ」
『コチラが書類となります、どうぞ』
紙は、確かに本物で。
印章の指輪も、確かに絵と同じ、けれど。
《何故、ココを、アナタ方が何故ココに》
『蝗害の被害が最も少なく、帝国より報奨金を賜り、視察と女騎士団設立の公表にと村へ寄ったのですが。告知はお読みになりましたか』
もしや彼らに、握り潰されていた。
《いえ》
『使用人や陪臣は、どうなさったのです』
《民が怯えておりましたので、その殆どを、手放す事に》
「何故、私や伯爵家に相談しなかった」
《私が、誠意を見せ続ける事で》
「だが、蝗害問題が有っただろう」
《もし、実際に蝗害が起きたなら、魔法を得ると》
「であれば、得られなかったか、騙されたかだ」
《では村は》
『壊滅状態です、城から北東に向かい、円形に周囲を視察する予定でしたが。最も、被害が大きい』
《そんな、虫除けの方法も》
「とてもそうは見えなかったが」
『そうですね、まだ幾ばくかしか見ていませんが、あぜ道の修繕は僅か。きっと、アナタが開け放った屋敷にのみ、使われたのでしょう』
確かに鍵はしていないが。
開け放つなど。
《そんな》
「では、ココで、一体何をしている」
私は。
私は、ココへ、逃げ出した。
《もう、逃げ出す他に、無く》
「書類はどうなっている」
《申し訳御座いません》
着の身着のままで逃げ出してしまった。
貴族の職務を放棄し、私は。
「事情が事情だ、そこまで咎める事はせぬ。だがココで、今直ぐ、決断して貰おう」
『外には村人が居ます、選んで下さい、女性としてココから出るか。このまま、男爵として殺されるかです』
女性として。
《一体、何を》
「魔道具は既に理解しているな」
『この指輪を嵌め、この制服を着るか、このまま出るかです』
魔道具。
女性。
「すまんな、騒がせた」
『無事に団員を見付ける事が出来ました、ありがとうございます』
《も、申し訳、御座いませんでした》
『いえいえ、私らも迷う場所、ですから』
《にしても、こんな所に山小屋が有ったんだねぇ》
「あぁ、だな」
可哀想な領主は、女騎士を選んだ。
本当に良かったですよ、流石にココでいきなり修羅場が始まってしまったら、私がカナコさんに何かを願ってしまう所でした。
「さ、参りましょうか」
《は、はい》
珍しい鳥が見えた気がしたので、少し様子を見に行く、と。
そこから団員がはぐれた、としているので、怯えや恥ずかしそうにしていても問題は無い。
ですが、あの男が気になります。
最初は全く興味無さげにししていた筈が、小屋を見付けると直ぐに単独で動こうとした。
しかも、未だに小屋を覗き込んでいる。
完全に、アレが犯人の一部でしょう。
「先程の方ですか」
《はい》
「大丈夫ですよ、何も問題有りませんから」
《本当に、申し訳御座いません》
「いえ」
もし彼に間違いが有るとするなら、きっと善良過ぎた事でしょう。
『失礼します、ルイーズです』
私は、確かに助かった。
けれど、全てが終わったワケでは無い。
《はい、どうぞ》
『失礼します、お加減は如何ですか』
《はい、問題は有りません》
あの小屋は、いつか息抜きにと。
就任当初に、少しずつ酒や食糧を私財から備蓄を増やし、いつか過ごせる様にと。
『では、改めてお伺い致しますが、事の発端からお教え頂けますか』
《はい……》
就任以前の視察では、暗く淀んだ様な村だ、そうした印象でした。
そして就任した際は、先ず領民の怯えが気になりました。
それ程、以前の領主が酷かったのだろう、と考え。
出来るだけ使用人を手放し、村人の中でも比較的領主の補佐が出来る者を、屋敷に入れる事にしたのです。
そうすれば、いつか理解を得られるだろう。
何も隠し事は無い、だからこそ、いつか。
『手紙などは』
《申し訳御座いません、不信感を拭う為にと、見せていました》
だからこそ、蝗害対策についても、理解しているだろうと。
甘過ぎました。
全ての責は、私に有ります。
《あれ、あの子らはどうしたんだい》
「お貴族様のお仕事の手伝い、だそうだよ」
『はぁ、流石に王族候補様には、何もしないだろうね』
《いや、まさか、単なる貴族とは違うんだ》
「そうそう、字も読めるし計算も出来るんだ、流石にそこまでバカじゃないだろうに」
『だと良いんだけれどねぇ、どうやら隣では、補助金とか言うのを貰ったそうじゃないか』
《補助金、けど確か、隣は何の被害も》
「なら、報奨金も同然じゃないか」
『どうやら何の被害も無いと、出るらしいんだよ』
《はぁ、じゃああの子達の作戦が裏目に出たってワケかい》
「俺達が抑え込んで上手くやる、って。けど、やっぱり、所詮は庶民の子って事かねぇ」
『最悪はあの子らだけのせいにすりゃ良いさ、私らは何をしたか、なんて知らないんだからね』
《まぁ、大体は想像が付くけれど、ねぇ》
「まさか、ねぇ」
『賢い子なら、きっと上手くやるさね』
クローディア、男色家なんだけど、ちょっと違うから大丈夫かなって思ってたんだけど。
全然、怒ってるんだよね。
だから今回の件は主導するって言った時は、何も言わなかったんだけど。
《良かったですね、アナタ方の大切な村人の本性が知れて》
《ね、じゃ、正直にお話しに行こうねぇ》
「んんっ、ん」
『ん、んんっ』
たった2人だけで、この村を壊滅状態に追い遣ったんだよね。
凄いよね、バカが恨みを持つと、本当にどうしようも無い。
あぁ、だから、恨むより前を向けって世間は言ってるのか。
だよね、バカばっかりなんだから。
「んー!」
『んんっ』
《はいはい、君達には、ちゃんと弁解の場が有るよ》
《そうそう、だから正直にね、じゃないと死んだ方がマシな目に遭うから》
俺達は、以前の領主に手籠めにされた。
しかも、夫人まで加わってだ。
「若いから、少し容姿が良いから、それだけ」
『アイツらも知ってたんだ、字や計算を覚えられて、羨ましいわねって』
「そうやって、俺達を」
『だから、全部、壊してやるつもりだった』
《では、何故、現領主まで追い込んだのですか》
「それは、アンタ達が、何もしなかったからだよ!!」
『ずっと、待ってたのに、何の音沙汰も無かったじゃないか!!』
何か、償いが有るんじゃないか。
何か、謝罪が有るんじゃないかって。
なのに、何も無かった。
前の領主を処分した告知も掲示も。
何も、無かった。
《以前の領主の資料が特に無いから、ですよ。金と帳簿を持ち逃げし、行方知れず、だそうですが。実際には既に事故死、そして内々に身内に処理され、しかもその身内は焼き討ちに遭い殺されていた》
書類も、証拠も、何も無い。
「そんな」
『まさか』
《何かしらの資料が無ければ、訴えが無ければ、動く事は出来無いんですよ。それとも、何の証拠も無く、何の証言も無いと言うのに罪を裁けとでも仰いますか》
先んじてはならない、それは単に甘やかすだけ。
先手を打つのは、明らかに不足しているだろう、そうした事だけ。
念押しをするのは、それだけ重要な事だから。
「けど」
『でも』
《全てを押し付け、何もせず、何の責任感も無くただ甘えるだけ。それが民なら、子供なら許される、とでも》
証拠を提出、若しくは証人を伴い直訴すれば良かったモノを。
敵意を剥き出しにし、無辜なる者に敵意をぶつけ、更には村に被害を齎した。
『誰かが、何かが、残ってると』
《それなりに醜悪な者ですよ、例え愚かであろうと、再編前まで生き残る事が出来ていた。そう仲間が居る事に、思い至りませんでしたか》
『けど、そこにも、何も残って無かった』
《はい、手掛かりや痕跡は、その地の領民により焼き尽くされました》
愚か者の暴力は、本人達の想像を超える被害を齎す。
『そこは、今は』
《その村に全て、留めさせています、抜け出せば即死罪。何の戸籍も無い、身分を示す物が何も無い、そうした状況ですから》
管理に手を割く事で、手一杯な状況です。
自分達で書類を書かせ、村人全員に確認させ、それから正式な書類として受理している。
そのお陰か、蝗害対策はして頂けましたが。
魔法を得るまでには、至る事は出来無かったのですよね。
「けど、でも」
《貴族や王族候補であれば、何でも知っていて、何でも出来るとでも》
違う。
そうじゃない、そうじゃないから、僕らは。
「だとしても」
『直訴だなんて、思い付きませんでした』
《虐げられた被害者だから、ですか、それとも恥ですか》
「アンタ」
《不思議ですよね、あまり酷い状態が長く続くと、自身がこの世で最も可哀想な者だと錯覚するか。若しくは、自身より更に酷い状態の者が居る、とは想像が難しくなってしまう。ユサール、来て頂けますか》
《はい》
その男の子の目は、完全に左右で色が違った。
しかも、腕の色も。
《この子は中央に近い場所で過ごし、目をくり抜かれ、貞操を守ろうとしたが故に腕を切り落とされた元令息。救い出されるまで、誰も助けてはくれなかった、それこそどんな大人でもです。ですが、だからこそ、救いを求める事すら出来無かったのは分かりますが。一体、アナタ達は、何を失ったと仰るんですか》
僕らの体に、欠けは無い。
「だとしても」
《領主は交代しました、願えば良かったのですよ、手助けを請うべきだった。それとも、彼より中身が子供だから、庶民だからですか。ですが、だから何だと言うのです、助けを請い願う事を禁じられては居なかった筈ですよ》
僕らは。
僕らは。
《僕は、僕らは手を差し伸べられて、助けて貰えたから生きています。でも、今まで助けてくれなかった誰かを、恨んではいません。だって、僕も、誰かを助けた覚えは有りませんから》




