14.一時の幸せ
フィズの存在については、再び情報屋に依頼して探ってもらうことにした。
正体を突き止めない限りブラッド様を取り込むのは難しそうで、社交の場でブラッド様と会う作戦は一旦終わりにした。
ようやく落ち着きのある日常が戻ってきた頃、今度はカシスの誕生日がやってきた。
「カシス、お誕生日おめでとう!」
社交界デビューを果たしてから、カシスの誕生日パーティーは二度行われていた。
一度目はカシスの家と私の家だけで行う、いわゆる身内だけのもので、二度目は多くの貴族を招待して行われる、交流をメインとした大規模なものだ。
今日は身内だけの誕生日パーティーがある。
「ありがとう、メアリー」
毎年、私とカシスは最初に二人だけで過ごす時間があり、そこでプレゼントを渡すのが決まりになっていた。
今年もカシスにプレゼントを贈り、パーティーが始まるまで二人で過ごす。
(今年はいつも以上に甘えただな……)
私の肩に頭を置き、ぎゅっと手を握ってくるカシスは甘えモードに入っている。
「ねえメアリー、今は俺のこと考えてくれてる?」
「……? それはもちろん」
プレゼントを喜んでくれたらいいなとか、誕生日パーティーでたくさん楽しんで欲しいなとか、頭の中はカシスで埋め尽くされている。
「嬉しい。最近の君は、ずっとジェランダ公爵令息のことばかり考えていたから」
「うっ……」
確かに否定できない。
ブラッド様と仲良くなるために奮闘していたため、カシスとの時間を少し疎かにしていたかもしれない。
その証拠にカシスの甘えたモードが最高潮に達していた。
(全力で懐いてくる犬みたい……可愛い。今日はたくさん甘やかしてあげよう)
なんだかんだ私についてきてくれることに感謝しながら、カシスの頭を撫でた。
「カシス、もう少し我慢できる?」
「できないって言っても、君は諦めないよね」
さすがはカシス、私のことを全てお見通しだ。
「諦めないよ」
「どうしてそこまでするの?」
「それはもちろん、カシスと幸せな日々を過ごすため!」
このままでは王太子殿下にカシスが危険認定されてしまい、平穏な日々が訪れることはないだろう。
「俺との幸せのため、か」
「だからあと少し我慢してねカシス」
「……うん」
嬉しそうな声。
少し落ち着いたようだ。
再びカシスの不満が募る前に解決しないと。まずはフィズという組織を見つけるところからだ。
その時、部屋のドアがノックされる。
使用人がパーティーの開始に合わせて呼びにきたのかと思い、何も考えずに返事をした。
「メアリー! 貴女、いつまでカシス様を独り占めし……」
部屋に入ってきたのはシェリー様とフリップ様だった。
シェリー様とはあれから何度か会ったり話をし、今では友人のような関係を築けている気がする。
まだまだツンツン全開だったが、それもまた可愛い。
「シェリー様、フリップ様。呼びに来てくださってありがとうございます。すぐ向かいますね」
「あ、貴女……なんと破廉恥な!」
「シェリー様?」
「人前でそのような……カシス様は子供ではありませんわ!」
突然シェリー様が頬を赤らめて騒ぎ始める。
いったい何事かと思いカシスを見たが、カシスは先ほどと変わらず私にぴたりとくっついたままだ。
「もちろんわかっていますが……」
シェリー様が何を言いたいのかわからないでいると、隣にいたフリップ様と目が合った。
「……兄上はメアリー嬢の前だと、そのような姿を見せるのですね」
「フリップ様?」
「人前では一切隙を見せない完璧な兄上にも、人間らしいところがあって嬉しいです。ね、シェリー」
「そ、それはそうですけれど……」
なるほど。シェリー様はこんな甘えたなカシスを見るのが初めてで戸惑っていたわけだ。
しかしフリップ様から同意を求められれば、それ以上否定できないらしい。
フリップ様が大好きという可愛らしい想いが伝わってくる。
色々な意味で胸が苦しい。
(カシスは二人の前でも、今の姿を見せてもいいと判断したんだろうな……それがすごく嬉しい)
カシスの変化は目に見えてわかり、周囲との関係性も変わりつつある。
「さ、カシス。そろそろ行こう」
「……もう終わり?」
そんな捨てられた子犬みたいな目で見られたら、もう少し甘やかしたくなるが、これ以上のことを二人に見られるのはさすがに恥ずかしい。
「カシスを祝うパーティーなんだよ、そろそろ行かないと」
カシスは渋々私から離れたが、カシスを祝う場でそんな顔をされては困る。
「そうだ! カシス、今週中に時間を見つけてデートに行こう!」
私の提案に対してカシスはすぐに嬉しそうな顔をして、それを見たシェリー様が可愛いと思ったのだろう、「うっ……!」と悶えていた。
その様子を見たフリップ様が面白くなさそうにしていて……素晴らしく尊い瞬間を拝めた気がする。
フリップ様もシェリー様が大好きという感情がひしひしと伝わってきた。
「あっ、やっと来たわね」
「待っていたわ!」
主役の登場にキャロル様とお母様は笑顔で出迎え、その後ろで公爵様とお父様が穏やかな表情で見守っていた。
毎年恒例の誕生日パーティー。
どれだけ忙しかろうと、ヴィクシム公爵夫妻も私の両親も必ず時間を空けて参加している。
「カシス、本当に愛されてるね」
「……俺もそう思う」
隣にいる私にしか聞こえない声で呟いたカシスは、少し照れくさそうにしながら、あどけなく笑っていた。
◇◇◇
「今年もカシスを祝ってくれてありがとう」
「キャロル様」
珍しくお酒で酔った私のお父様にカシスは捕まってしまい、いつのまにかお母様も参戦したことで、随分と長話になっていた。
その様子を遠目から眺めていると、キャロル様に声をかけられる。
「少し外の風に当たらないかしら?」
珍しくキャロル様に誘われ、私たちは公爵邸の壮大な庭へと出る。
(いったいどうしたのだろう……)
キャロル様の様子がいつもと違う気がして、緊張してしまう。
「ふふ、そんなに緊張しないで? 私は貴女にお礼を言いたいの」
「お礼、ですか……?」
「ええ。私はね、本当に感謝しているの。貴女がカシスと出会い、カシスを選んでくれて」
「そんな……むしろカシスは私にはもったいないぐらいです。お礼を言うなら私の方で……」
突然キャロル様にお礼を言われて焦ったが、私よりカシスの相手にふさわしい令嬢がたくさんいたはずなのに、私がカシスの結婚相手になることを受け入れてくれたのだ。
それにカシスが仕組んだこととはいえ、伯爵家の危機から救ってくれたのも感謝しないといけない。
「貴女と出会ってから、カシスは変わったわ。それはとても良い方向に……だから私はつい貴女に期待して、甘えてしまったの」
「キャロル様……? 失礼ですが、先ほどからいったい何の話を……」
「ありがとう。カシスを見限らないでくれて。本当に……ありがとう」
ポロッと、キャロル様の美しい瞳から涙が零れ落ちる。
子が親から離れていくのが寂しいのだろうか。
少し感傷的になっているのかもしれない。
そう思いたいのに、なぜか胸がざわついてしまう。
「あの、キャロル様……」
「もう、歳のせいで涙もろくなってしまっているみたいだわ。ごめんなさいね急に」
キャロル様はすぐに涙を拭い、明るい笑顔を浮かべる。
「さっ、戻りましょう。そろそろカシスを助けてあげないと」
この嫌な予感がどうか気のせいであってほしいと願いながら、私はキャロル様の後をついていった。




