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12.近づく


 アンディー侯爵家主催のパーティーでは、普段会わない貴族たちもチラホラ見かけられた。

 そのほとんどがジェランダ公爵家サイドの貴族で、派閥が顕著に現れている。


(感じる……なぜ私たちが参加しているのだという視線を!)


 周囲からかなり怪しまれていたが、公爵家の次期当主であるカシスを無碍に扱えず、相手方から挨拶されていた。

 カシスがそれに応えている間、私は隣でブラッド様を探す。


(……いた!)


 ブラッド様は少し遅れて会場入りした。

 隣には見目麗しい令嬢がいるが、おそらく今回のパートナーだろう。

 じっと目で追っていると、視線に気づいたブラッド様が私の方を見た。


(ここは興味を持ってもらうように……)


 私はブラッド様に向けて余裕があるような笑みを浮かべ、頭を下げる。

 正直、仮面舞踏会の一件もあって本当なら避けるのが普通かもしれないが、仲良くなるにはこちらから歩み寄らないといけない。

 そんな私を見てブラッド様は目を丸くしていた。


「カシス、行ってくるね」


 恐らくブラッド様の興味を引けた。

 あとは……と思い、私はカシスから離れてバルコニーで一人になる。

 相手はすぐに姿を現した。


「俺に何か用か?」

「ブラッド・ジェランダ様。お会いできて嬉しいです」

「まさか自ら会いに来るとはな。避けられるだろうと思っていたが、案外ヤワじゃないらしい」

「何のことでしょうか」


 シラを切り、笑顔を浮かべる。

 言い逃れするつもりはないが、仲良くなるためには過去の件を水に流す必要があるだろう。


「はっ、まあいい。用件を言え」

「用件などありません。ただ……ブラッド様とお話しできたらと思っていました」


 冷静な私の態度が気に食わなかったのか、ブラッド様が眉を顰める。


「俺と話を? そんな話、信じると思うのか」

「どう思っていただいても構いません」

「はっ、馬鹿馬鹿しい」


 ブラッド様は全く信じる気がないようで、鼻で笑う。


「俺は別にまたお前を攫ってもいいんだぞ。お前はあの男が唯一見せた弱味だからな」


 あの男とはカシスのことだろう。

 敵対しているのが見てわかる。


「では今から私を攫いますか? その道中でお話するのはいかがでしょう」

「正気か?」

「ええ、もちろんです」


 だって私が攫われても、カシスが必ず助けてくれる。

 その自信が私にはあった。


「どうやら俺は舐められているらしい」

「そのようなつもりはありません。ただ私はブラッド様と友人のような関係を築けたらと」

「お前と友人だと? 笑わせるな。まあ、そうだな……体の関係なら持ってやってもいいが」


 突然のクズな発言だったが、ブラッド様は女性関係であまりいい噂を聞かない。

 社交の場では毎回違う令嬢と参加しているという情報も出回っている。


「どうする? 受け入れるか?」


 ブラッド様の手が私の髪に触れようとした時、タイミング良くカシスが現れた。


「俺の婚約者に気安く触らないでくれますか?」

「カシス……」


 カシスは笑顔を浮かべていたが、目が笑っていない。

 怒りのオーラ漂うカシスはすぐさま私のそばにやってきた。


「相当惚れ込んでいるようだな」

「ええ、そうです。彼女のことが好きで好きで堪りませんが、それが何か?」


 平然と言ってのけるカシスに対して、聞いている私が恥ずかしくなる。


「メアリー嬢は俺と友人とやらになりたいらしい。お前はそれで構わないのか?」

「彼女の願いなので、当然受け入れますよ」


 全く、カシスはさらっと嘘を吐くのだから。

 最初はヤンデレ全開で、聞き入れてくれなかったのに。


「だったら触れても良いだろう。メアリー嬢も受け入れていたからな」


 ブラッド様まで自然に嘘を吐くのか。

 まあカシスが信じるわけがない……と思ったが、カシスから殺気を感じてゾッとする。

 恐らくブラッド様に向けられてのものだったが、このままでは溝が深まるばかりだ。

 慌ててカシスの袖を軽く掴み、声をかける。


「カシス……!」

「……あまり俺の婚約者を困らせないでいただけますか」


 カシスなりに耐えてくれたようで安心する。

 しかしブラッド様と友好な関係を築ける道のりは、果てしなく長そうだ。


「行こう、メアリー」

「あ、待ってカシス……ではブラッド様、またお会いしましょう!」

「は? またって……」


 ブラッド様はもう関わって来ないだろうと思っていたのか、私の言葉に対して驚いていた。

 もちろん今回のことは始まりに過ぎない。

「あの、カシス……?」

「……なに」

「なんでもないです……」


 ブラッド様との接触に成功し、今日の目標は達成したということで、私とカシスは帰っていた。

 その馬車内で、カシスに絶賛抱きしめられ中だ。

 思わず声をかけたが、あまりに不機嫌な声で返されたため、何も言えなくなる。


(私がブラッド様と関わろうとするの、すごく嫌なんだろうな……けれどきっと、カシスなりに我慢してくれてる)


 口にはしないが、態度にはしっかり表れている。

 正直とても可愛い。最近カシスが可愛く見えることが多くて感情が大忙しだ。

 ここはカシスを落ち着かせるためにも、大人しくする。


「メアリー」

「どうしたの、カシス」

「彼が君に触れようとした時、受け入れたっていうのは嘘だよね?」


 信じたいが不安で仕方がない……という負の感情が伝わってくる。


「もちろん嘘だよ。私はそんな関係を望んでいるんじゃないから」

「……うん」

「他にも何か不安なことがあるの?」


 カシスは安心するどころか、さらに表情が曇っていく。


「彼は……」

「ブラッド様が、なに?」

「多くの令嬢と、関係を持っているんだ」

「うん、そうみたいだね」

「あの容姿は令嬢たちの間で人気らしいし、相手の心を掴むのが得意で、すぐ令嬢たちは気を許してしまうようで……」


 カシスはさっきから何を伝えたいのだろう。

 話の内容はブラッド様の女性関係のことばかりだ。


「カシス? いったいなんの話をしているの?」

「俺なんかより……彼の方が、女性にとって魅力的だろう? だから、いつか君が彼に心が傾くかもしれないと思うと怖い」

「……はい?」


 カシスの言葉に驚くあまり、固まってしまう。

 突っ込みどころ満載だったが、カシスは本気でそう思っているようだ。


(いや……いやいやいや。『俺なんかより』って何? カシスは自分よりブラッド様の方が人気だとでも思っているの?)


 私たちの世代で圧倒的人気を誇っているのはもちろんカシスだ。

 ブラッド様も一定の支持があるかもしれないが、令嬢たちの間でいつも話が出ていたのはカシスしかいない。


「カシスはもっと自分がどれだけすごいか自覚した方がいいと思うよ? こんな紳士的で優しい人、他にいないよ。カシスはみんなの理想の的だったからね?」

「……ありがとう」


 全く信じていなさそうなカシスのお礼は、むしろ気遣ってくれてありがとうの意味合いで受け取れる。


「言っておくけれど、今ブラッド様が人気なのは婚約者の座が空いているから! カシスには私がいて、互いに愛し合う仲だから誰も入り込めないって諦めてるの」


 今では私とカシスの仲が理想だと言われているぐらいだ。


「昔はもう令嬢たちから数え切れないぐらいカシスに関する話を聞いていたよ……みんなカシスを狙ってたから。カシスの誕生日の時だって……」


 自己肯定感を上げようと頑張っていると、私を抱きしめる力が強まった。


「カシス……?」

「そんな言葉が欲しいわけじゃないよ」


 チラッとカシスを見ると、今度は拗ねているように見えた。


「早く俺を安心させて、メアリー」

「……っ」


 そういうことかと、ようやくカシスの狙いがわかる。


「私が心に決めた人はカシスだけだよ。こんな風に私に触れていいのもカシスだけ」

「……俺のこと、好き?」

「うん、好きだよ。大好きカシス」


 私の言葉に満足したのか、カシスは顔を綻ばせた。

 日に日にカシスは感情を隠さなくなっている気がして、良い変化である。


(同時に甘え上手にもなったけれど……)


 欲しかった言葉を聞けたカシスは、私にキスを落とし始める。

 私は抵抗することなく、されるがままになっていた。



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