5.不安③
「ごめんねカシス、不安にさせて。本当は会いに行こうとしたんだけれど……その、カシスは忙しいでしょう? だから毎日会いに行くのは迷惑かなと思って……事前に話しておくべきだったね、ごめんカシス」
「迷惑じゃないよ。それに、君と会うためなら喜んで時間を作る」
「それだとカシスが無理する羽目になるからダメ」
「じゃあこれからメアリーは毎日会いに来ない?」
うっ……そんな悲しげに言われたら、毎日会いに行くと口走ってしまいそうだ。
「毎日は、あれだけれど……週に一回ぐらいは」
「週に一度だけ? 社交シーズンでもないのに」
「カシスこそどうなの? 仕事の方は」
「そっちは順調だし手を抜く気もない。夜はちゃんと休むし、信じられなかったら使用人に聞いてくれていいよ。それだったらもっと俺に会ってくれる?」
思わず可愛いと言ってしまいそうになるのを必死で堪える。
どこか必死な姿は滅多にお目にかかれないだろう。
「自分の体も大切にしてくれるなら、たくさんカシスに会いに行くね」
「絶対だよ」
カシスは安心した様子で私を優しく抱きしめた。
一週間会っていないだけなのに、なんだか数ヶ月ぶりに再会した気分だ。
嬉しいのはカシスだけではない。私も今、カシスにあえてとても嬉しい。
(とはいえカシスがこんな行動を起こすなんて……時折ヤンデレ属性なのを忘れてしまう)
もし誰かに見つかっていたら大事になっていただろう。
カシスはどうやって逃げるつもりだったのかと思っていると、ふとカシスの腰辺りにある固いものが当たる。
恐る恐る確認すると、なんとカシスは帯刀していた。
「カシス……もしかしてこれ、今日使った……?」
もし侵入したことが屋敷の人間にばれていたとしたら、喋れなくするのが普通だろう。
「使ってないから安心して? 護身のために持ってきただけだから。それに、誰にも見つかってないよ」
「それならいいけれど……うん? いいのかな? この家の警備が薄いってことでは?」
「うん、少し危ないと思うよ。警備を強化するよう、手配しておくね」
「ありがとう……?」
なんだか感覚が鈍くなってきて、正常な判断ができなくなっている気がする。
まあ警備を強化してくれるのであれば、ありがたく頂戴しようと思った。
「じゃあカシス、そろそろ……」
帰るよう促そうとした時、部屋の外で足音が聞こえた。
先程思わず大きな声をあげてしまったため、誰かに聞かれていたのかと思い、慌ててカシスを毛布で隠して私は起き上がる。
息吐く間も無くドアがノックされ、見回りの兵が様子を見にきた。
「メアリー様、起きていらっしゃったのですね。部屋から音が聞こえた気がしたのですが、何事もなかったでしょうか」
「寝付けなくて窓を開けたら、風が強くて物を落としてしまったの。多分それじゃないかしら。騒がしくしてごめんね」
「いえ、謝るなどめっそうもない……! お休みのところ押しかけてしまい失礼いたしました」
相手はすぐ部屋のドアを閉め、無事に乗り切れた。
「ふう……良かった」
危うくカシスがバレるところだった。
毛布をそっと剥がすと、カシスはじっと私の方に視線を向けていた。
「もう大丈夫だよ、カシス。ちょっと窓から外の様子を見てみ……わっ」
カシスを無事に逃すため、ベッドから降りようと思ったが、カシスに腕を引かれてバランスを崩す。
急いでベッドに手をついたが……カシスに覆い被さる形になった。
「……っ」
側から見れば私が押し倒しているように思われそうな状況だ。
カシスとの距離が近くてこれ以上はと思ったが、まるでカシスの瞳に囚われたように動けなくなる。
「メアリー」
暗い夜の部屋で、私の名前を呼ぶカシスの声はどこか甘さが含まれている。
このままだとカシスのペースだと頭ではわかっているのに、体が言うことをきかない。
カシスの手が私の後頭部に置かれ、私は素直に目を閉じた。
カシスに誘導されただけなのに、私が上になっている分、積極的になった気分だ。
「……ん、これ以上はダメ……早く人が来る前に帰ろうカシス」
真夜中の空気がより一層危険さを際立たせ、私は理性を振り絞ってカシスに声をかけて離れる。
もっと粘られるかと思ったが、カシスは素直に離してくれた。
「そうだね。さすがにこれ以上は俺も持ちそうにないから」
先ほどとはまた違った余裕のない表情は、私の胸を高鳴らせる。
「じゃあね、メアリー。今度は明るい時に会いに来るよ」
「私が会いに行くからカシスは家にいて大丈夫だよ」
私の家に来るまでの時間すら、今のカシスには惜しいかもしれない。
「けれど君が大変だよ」
「大変じゃないよ。だってカシスに会いに行くんだから、嬉しくてむしろ元気になっちゃう」
それに私はカシスと比べて時間に追われていない。
当主の仕事なんてないし、あるのは公爵夫人になるための礼儀作法を習っていることぐらいだろうか。
カシスの顔に泥を塗らないためにも、このジャンルは頑張らなければいけない。
「君は俺を喜ばせるのが得意だね」
「そんなつもりで言ってないよ。だって本心だから」
この部屋に来た時のカシスとは思えないほど、今のカシスは幸せそうに微笑んでいた。
「気をつけてね、カシス。誰かと会っても殺しちゃダメだよ」
「うん、わかってるよ」
最後にカシスは私の頬に軽く口づけした後、軽い足取りで窓から部屋を抜け出していった。




